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    oki_tennpa

    @oki_tennpa

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    oki_tennpa

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    街に流星が落ちてくる話/パラロイ西師弟
    死ネタのような、なんでも許せる人向け

    Sparkle『フォルモーントシティ上空にて巨大な隕石の落下を確認。市民の皆さんは直ちに地下シェルターへ避難してください』

    ネオンの街に閃光が走る。
    次いで響く轟音、轟音。
    眠らない街は文字通り、明るい不夜が訪れ永い眠りを待つ箱庭になってしまった。
    兎の何倍もよく聞こえるクロエの耳は一瞬で処理落ちして、世界は無音になった。
    くるくる動くヴァイオレットのレンズでも捉えきれないほどの光の束が七色に波打って雲を散らし、凪いだ空はバグを起こしたホログラムのように端が崩れていく。
    熱いのか冷たいのかも班別できない、兎角不快で不躾な風が吹き荒れアスファルトの欠片がボディをぴしぴし鳴らす。
    人々の悲鳴とけたたましいクラクション、レベルシックスのサイレンがビル群に響く。
    クロエの隣にいた潔癖の気があるほどに整った容貌の青年が崩れ落ちた。

    「ラスティカ。しっかりして」

    握った手は冷たく、鼓動も早い。
    声を聞ききたいのに耳は何も拾えないまま、感覚が遮断されたようだった。
    虚ろな瞳がクロエを捉え、震える右手が耳の後に伸ばされる。
    マゼンタの髪の下を数度撫でられ、ぱちん、と首筋に小さな振動が走る。
    すると突然戻ってくる音、世界の情報量が一瞬で膨れ上がり頭の中を高速で通り抜けていく。

    『────して、月の欠片──約二分の一の質量を持った──』

    その中で唯一、世界を俯瞰する観測者のように静かな声を拾い上げる。
    心臓が高鳴り、ラスティカの呼吸と自分の僅かな駆動音、そして理事長の声だけがいやに鮮明に聞こえた。

    『あぁ、愛しい世界にお別れを告げるには少々時間が足りないな。さぁ、よく聞いて。この星は今日、この日を持って終焉を迎える。』

    それは唐突な幕引き。
    誰にも避けることの出来ない永いお別れ。
    人間と、アシストロイドの歴史は案外あっけなく終わりを迎えるのだった。

    忙しなく息をする大理石の唇はまだ白さが勝り、サイケデリックなネオンに照らされた頬は水の底のように青が透けていた。
    ぐらぐらと揺れる視界が酷く不安定で、端の方は暗雲がちらつき脚と頭が断絶されたみたいに身体のコントロールが効かない。
    一歩、一歩と足を踏み出す度にアスファルトは容赦なくラスティカを襲い、真っ平らな土踏まずは衝撃をリアルなまま伝えた。
    走っているのか転んでいるのかもわからない、そもそも最後に走ったのなんて何年前のことだろう。
    流星が落ちる。
    ラスティカの手を引いて軽快に走るクロエの向こう側にある空は碧く、どこまでも深いラピスラズリの中に霧が蠢き終末のネオンに烟っていた。
    誰かの幸せのためにその身体を百ぺん焼いた彗星は、半分に割れた月の欠片らしい。
    ひび割れたハイウェイの眼下に街が見え、人々は泣きそうな顔で笑っていた。
    この世の終わりを彩るためのホログラムが次々と浮かび上がり、ビルディングの硝子窓が宝石のように輝いていた。
    ハイクラスの居住区の、ガーデンのすみっこに作られた展望エリア。
    クロエがくるりと振り返り、胸をぴかぴかさせながら華やかに笑った。
    酸欠に歪む、涙に濡れた眼界の中でウィスタリアの瞳が眩しいくらいに輝いている。

    「見て!ラスティカ!空がきらきらしてて……こんなの初めて見た、近くの空も遠くの空もみんな違う色をして吸い込まれそうな感じ……胸がどきどきして思わず走り出しちゃった!だって、見たことないんだもん。こんな景色。だから、この街のいちばん高い場所であんたと見たくなったんだ」

    見上げたラスティカの瞳には煌々と燃える彗星とその光の中で微笑んでいる彼の親友の、マゼンタが美しく溶け、映っていた。
    喧騒を乗せた風が涙を攫って千年樹の花が二人を祝福するかのようにさぁ、と舞う。

    「ねぇラスティカ、もっと色んな所を見に行こう。この世界にはきっと、綺麗な場所がたくさんあるよ」

    サイレンを聞いてからずっと震えていた手を取られ、ダンスを誘う時みたいに優しく、激しく引かれる。
    そのままクロエに抱きしめられて、勢いのままくるりと回る。
    フォルモーント・ラボラトリーの上空で花火が上がった。
    シルバーとライムグリーンのホログラムがポップなフォントで厳かに、お別れのカウントダウンを始める。
    秒単位のドラムロールで減るそれが0になる瞬間を見るひとは一体何人いるのだろう。

    「花火だ!あんな大きいの、市長の誕生日以来かな?ヒースもかっこよくて……ラスティカ、顔色が悪いよ。脈拍も早いし……。ご、ごめんね。俺、走るの早すぎた?」
    「は、はは……数字として表されて僕はようやく実感したようなんだ。情けないことに、今になって身体が震えている」

    逆流しそうな胃酸と、人間のわりにはやたら冷たい手。
    拙い旅芸人が操るマリオネットのようにぎこちなく頭を抱え、流星から目を背けた先の地面は無機質なコンクリートだ。
    合成繊維のグレーのブーツさえ燃え盛る月の欠片の光を帯び、赤く照らされる爪先に口元を覆った。
    もう逃げ場は無い。
    どこにいてもあの星が、酔ったように美しく光る星がここへ落ちるのだ。
    クロエが心配そうに眉根をよせ、愛らしい顔いっぱいに困惑と、それ以上の親愛の笑みを浮かべていた。
    エンジニアには珍しく、傷一つない人形のようなラスティカの手を優しく包みマナプレート埋まる自分の胸へと当てた。

    「ラスティカ……ほら、俺はここにいるよ。俺の事を見て。それからゆっくり息を吸って、吐いてみて」

    ラスティカの顔が前を向き、クロエを見ている。
    彼はまだなにも失っていないのに、底の見えない喪失を飲み下した人のような顔をしていた。
    ネオンさえ届かない高い夜空と千年樹の隙間から零れる、透明な朝焼けの青い瞳が揺らぐ。
    どこか虚ろな目をしたまま言葉を紡ぐ彼は、藁にすがる子供のようにクロエの手を握っていた。

    「僕は、死ぬのが怖いんだ。…………君とバラバラになるのも、君が壊れてしまうのも」

    断線したキーボードのように安定しないピッチの、震える声。
    風音にかき消されそうな程に細く、珍しく言葉の形を取った感情にほの白い百合の花が綻ぶ。
    薄紅の千年樹が懐かしい華やかな香りを撒き撒き、テクノポップとネオンの中をゆっくりと花弁が舞い散る。
    クロエはこの世界が好きで、ラスティカが好きで、ずっと一緒にいたかった。
    今この瞬間の、滅びへ向かう街はいっとう激しく輝いている。

    「心配しないで。あの綺麗な星が落ちてくる時も、あんたの傍にいるって約束するよ」

    きらり、小さな流れ星が降る。
    数え切れないほどの白銀の欠片が瞬き、燃え、宝石箱をひっくり返した夜空を滑る。
    何も言わないラスティカの、端正で色の無い顔に無数の影が落ち濡れた瞳はクロエを呆然と見上げていた。

    「クロエ、きみは……」

    彼は手を伸ばして、力なく虚を掴んだ。
    薄暗い一人のラボで自分が死んだ後のクロエについて、幾度となく考えた。
    結局答えは出なかった。

    「君は、壊れてしまうのが怖くないのか?」
    「どうして?ラスティカといられるなら怖いことなんて何も無いよ。だって俺はあんたに作られて、たくさん愛されて、心まで貰ったんだから!」
    「僕が愛した?」
    「うん!あんたは気付いてないかもしれないけど、ラスティカは誰かを愛せるんだよ。覚えてないけど、俺のメモリーを消して、回路を辿って、あの日再起動してくれたみたいにさ」

    ラスティカは目を見開いた。
    クロエは、彼のアシストロイドの青年は何かを懐かしむみたいに光らない胸を押さえそれでも幸せそうに微笑んでいた。
    泣きそうな顔をしていたけれど、ラスティカを祝福しているみたいにも見えた。
    誰も愛せなくて、愛されなくて、他人と距離を保つことで自分を守っていた科学者が自分を守るためにクロエを愛することができた幸運を祝うように。
    薄暗いラボで泣いてるラスティカの頭を撫でる腕も無かった頃からずっと、傍で見守っていた友達のように。

    「僕は────本当にクロエを愛することができたんだろうか……」

    結果論の肯定と断罪の否定の両方を求めているラスティカの問が空へ吸い込まれていく。
    いよいよ壊れてきた重力がビルディングを雑草のように引っこ抜きながら、あるいは誕生日を祝う蝋燭のようにところ構わず刺さり、世界は誰も見た事のない場所へ変貌していく。
    誰かの奏でる音楽がいよいよもって激しく、火の粉を散らすように鮮烈な歌声が響く。
    連なった八分音符が鼓動のようなリズムを刻み、一瞬の休符、それから華やかなシャウト。
    いつか見たシリウスよりも明るく輝く、この街をエンドロールへ導く箒星がその美しい尾でホログラムをかき消しながら空を切り裂いて落下する。
    ほろほろと端から崩れたカウントダウンは煙のように星空を歩き、真っ赤に装いを変えてとびきりご機嫌なフォントで秒読みを始めた。
    レベルシックスのサイレンがファンファーレのように鳴り響く。

    「わっ……!」
    「ラスティカ!?」
    「あ、ありがとうクロエ」

    ふわりと、重力に攫われたラスティカの手を掴んで降ろす。
    亜麻色の髪が風に揺れ、夢のように舞う薄紅色の花びらが透明なコバルトブルーの瞳を隠し、瞬きをする間もなく揮発性のエーテルのように天へ昇っていく。
    二人はその千年樹の花が昇る様子を静かに、物も言わず見送って、それから駆け出した。
    行先はフォルモーント・ラボラトリー、かつてのラスティカの研究室だった。

    ぐにゃ、とひしゃげたドアをクロエが押しのけ幾年ぶりかの自室は淡白に愛想なく二人を迎えた。
    一脚の椅子が寂しく置き去りにされた部屋。
    低く唸りを上げる清浄機と殺菌用のウルトラヴァイオレット、それから誰かの心みたいに分厚い防音ドアがこの城を保ち続けていたらしい。
    作り付けの折り畳み式ベッドを、睡眠のために使った記憶はあまりない。
    今日も、そして明日もそんな思い出に用なんて無いからふいと目を背け、ラスティカは壁をなぞる。

    「おいで」
    「そこに隠してたの?」
    「きみの左手を借りてもいいかな」
    「勿論!」

    ラスティカは何かを懐かしむように差し出されたクロエの左手を優しく撫でる。
    寝食を忘れ、親愛も知らず、命を削りながら組み上げた大切な友人は世界が滅ぶ今この瞬間もあどけない笑みを浮かべていた。

    「どうしたの?」
    「いや、始めようか」

    『ファーストコードを入力してください』

    強化素材の壁にふわ、と浮かび上がるメッセージウィンドウに呼応してクロエの薬指にリチウムのような赤い光の輪が浮かび上がる。
    まるで花火のように明るいそれは紫や青、また金色を覗かせながら眩しいくらいに美しく輝く。
    人間の歴史の最後を照らす、希望の光。

    「綺麗」

    ため息とともに零れた言葉も不思議な指輪に飲まれ、重ねた手で四桁の数字が打ち込まれる。

    『認証。セカンドコードを入力してください』

    解錠の響きは他人事なラのフラット。
    メッセージウィンドウが群青に染まったかと思えば次の主観にはオーロラのキーボードが揺れていた。
    先程とは違うコードの入力欄は随分長くて、それを設定したエンジニアは少しばかり緊張した面持ちをしていた。
    地響きがする。
    地表が跡形もなく砕けちる時の星の悲鳴のような地響き。
    ラスティカにはそんなノイズなんてもう聞こえていないようで、浅い息を繰り返しながらキーボードを操作する。
    指先が震えていて、脈拍が極端に早い。

    『認証。データを開示します』

    目の端に映る薔薇色、ひっくり返る視界、次いで聞こえる駆動音。
    彼の頬の下でほの白く光っている百合の花が、どうしてか少し暖かかった。
    建物が悲鳴をあげる。
    サイレンが防音ドアすらすり抜けて、もう終わりが近いことを告げている。
    傾いた床の上を気の毒なメモリが滑り、椅子の足で止まった。

    「クロエ、どうして。君の記憶が」
    「ごめんね、でももう間に合わないんだ!だから…………ねぇ、俺の手を握ってて。ラスティカに作られたんだもん、最後まで一緒に行くよ」
    「……そうだね、僕達は一緒に行こう。クロエ、起きたら何処へ行こうか」
    「俺達なら何処へでも行けるよ。あぁ、楽しみだな。また会おうね、おやすみ。ラスティカ」

    そうして流星は、この街で弾けた。
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