湖畔くつくつ煮えた熱湯に、はらりと散らした謎の草。
それをぐぐっと飲み干せば、口に残るのは苦さばかり。
塩も胡椒も、パンも無いディナーだけれど隣には友達がいて、歌があった。
「どう?ラスティカ。美味しい?」
「うーん……?初めて食べるものだから、少し口の中が驚いてしまったみたいだ」
「え、火傷したの?」
「ふふ、してないよ」
「スプーン置くの早っ!」
けらけら笑う二人は、何がそんなに面白いのか様々な草をちぎっては茹で、ちぎっては茹でていた。
それを次々に食べ、辛い!と顔を顰めたりあちち、とリズムを刻む様子は美味しそうではなかったけれどとても楽しそうだった。
暖かな焚き火に照らされた横顔は万華鏡のようにくるくる表情を変える。
「ねぇねぇ次はこれを茹でてみようよ!コーンみたいな香りがするし、美味しいかも!」
「本当だ、ポタージュになるかもしれないね。シュガーも入れよう、コーンスープは少し甘いから」
ラスティカの指先から零れたシュガーは少しのきらめきを残しながら鍋に消え、砂糖水特有の甘ったるい香りがした。
二人はあのミルクとコーンのまろやかなスープとは程遠い、草の浮いた煮え湯を覗き込む。
期待と不安と、やっぱり不安をスプーンに乗せてひとくち、出来たてを味わう。
「苦い!あはははは!」
お揃いの感想、喉を雑巾で拭いた時のような苦味が口いっぱいに広がる。
そこからはもう全部がおかしくて、お喋りをしてまた苦いスープを飲んで大笑いして、大いなる厄災も呆れた頃に二人はようやく眠った。
瞬く星が優しく見守る夜の森、大きすぎて盗まれなかったふかふかのベッドの上で──。
星が揺れる水面に二対の箒の影が落ちる。
風の音がして湖面は小さく波立ち、真っ黒な水面に写した星座はいとも容易く崩れてしまう。
けれど僅かな月光は水銀のようにあやしく光り、さざ波の縁に小さな金剛石を零した。
「見て、ラスティカ。あんなところに湖がある。地図には乗ってたっけ?」
「さぁ。でも綺麗な場所だね。もう冬の始まりだから紅葉が美しい」
「じゃあ、あそこで野宿しようよ!木もたくさんあるから夜露も避けられるだろ?」
どこか御伽噺じみた意匠の箒は鱗粉すら残さずにぱっと消え、琥珀で作られた大きな林檎が静かな闇の中で優しく輝いていた。
赤い葉の紙吹雪と、アンバーの幻燈の中に瀟洒な青年が降り立つ。
彼に腕を引かれるもう一人の青年は、都会の風を耳飾りにした紳士的な男だった。
「落ち葉がさくさくしてる」
「もしかしたらこの地面は寒がりで、落ち葉を沢山かけて眠っているのかも」
「落ち葉のベッドなんて考えたこともなかった!でもパッチワークみたいで確かにお洒落かも」
「僕達もやってみる?団栗の気持ちになって眠るんだ」
「あ、あんた頭に葉っぱついてるよ。まだ寝転がってもないのに」
立ち並ぶ木々の陰影に魔法使いの影が重なり、離れて、また重なる。
長い指のシルエットが複雑に、どこか色を孕んで絡まる。
跳ねる苺色のくせ毛を夜風が攫って金木犀が静かに香り、冷たくあまい秋の空気が音もなく巡る。
耳を澄ませれば鈴の音にも似たさざ波の内緒話が遠くから聞こえ、透明な風リンゴ揺れる。
「ラスティカ、湖の方まで行ってみようよ」
「それはいいね。僕のアミュレットで紅茶を淹れよう。ここは椅子も無いみたいだからベッドに腰掛けて」
「あの林檎の木の下がいいかな?」
ぱちん、と彼が指を鳴らせばたちまち大きな白いベッドが現れグリザイユの森をホテルへと変える。