クロエとオ-エンと寝間着の話になる予定だったもの赤、青、それから水玉。
くるくる巻いたラングドシャみたいな布をたくさん抱えて中庭を歩くクロエは、踊り出しそうなくらいご機嫌だった。
だって今日は早起きをして中央の市場へ行ったから、商隊の卸すエキゾチックな布と出会えた!
おはようございます、と店先で挨拶した瞬間に一目惚れした色とりどりの布、布、布。
ステップを踏むみたいに歩いて噴水の前でポーズを決めるような、全世界に布を見せて回りたいようなわくわくした気持ち。
もうクロエの頭の中では裁ち鋏が布地を走り糸のかけられた足踏みミシンとのお喋りは止まることを知らない。
数日前から作っていた皆の寝間着はもう半分ほど完成していて、早く渡したくて仕方がない。
「ムルにはお揃いのヘアバンド、オーエンのブランケットは……紫にしよう。あ、糸の色を変えてもいいな……えへへ、楽しいなぁ。みんなのパジャマを作れるなんて夢みたい……」
「へぇ、クロエは夢を見てるの?」
耳の後ろに冷たい吐息がかかってクロエの肌が粟立つ。
アイシングシュガーのような粉雪がしゅるしゅると渦を巻き、砕いた氷砂糖の結晶がインバネスコートの裾へと変わる。
帽子の陰に隠れた血潮と柑橘の瞳が一瞬、クロエのすみれ色を見た。
「わわっ!オ-エン!?」
冬の朝に窓を開けた時の、澄んだ北風が音もなく流れて空から薄い雲が零れている日の冷たい空気。
触れれば溶けそうなほど繊細な睫毛の、人形じみた顔には背筋が凍るほど美しい笑みを浮かべ彼は囁く。
「そんなに怯えて可哀想なクロエ。お裁縫の楽しい夢に僕が出てきた気分はどう?」
さっきまで吹雪に打たれていたのかと疑うくらいに温度のない、冷たい皮の手袋がクロエの目を隠す。
幼い子供の遊びみたいなその仕草は朝の中庭にこそ似合っていたけれど、烟る雪煙にも似たオーエンの声とは酷くアンバランスだった。
クロエは背中が冷えるのを感じながら小さく息を吸って血の香りがないことと、蝋燭よりも弱く燃える彼の体温を確認した。
それならきっと、いつも通り友達みたいにお喋りをすればいい。
自分はつい早口になってしまうから深呼吸をして、努めてゆっくり話す。
「オ-エンにどっちのウールがいいか聞こうと思ってて。二色あってね、厚い方が手触りはいいんだけど……」
オーエンは何も言わない。
舌打ちもせず、まるでクロエを品定めするみたいにして黙っている。
このままぱっと消えてしまいたいような、もう少しお喋りに付き合ってあげてもいいような二つの気持ちを天秤に乗せて揺らしている。
スラックスの裾から這い寄る初夏特有の温い空気が冷たい身体をそっと蝕む。
「薄い方はなんと!甘い香りがするんだ!羊にルージュベリーを食べさせてるんだって。そしたら羊も紫なのかな?」
噴水の弾けた水と、風に吹かれた釣鐘草の色彩が視界の端で斜行する。
ふと、ウィスタリアの瞳が見たくなってぱっと手を離した。
「そっちがいい」
クロエは久々に入り込む光にぱしぱしと数回瞼を閉じて、それから身体ごとくるりと回転してオーエンの手をぎゅっと握った。
くるくる揺れる瀟洒な瞳はウールとオーエンを行ったり来たりして、真っ直ぐ見つめると葡萄の香りのソーダ水、心持ち首を傾げて見れば日に透かした紫水晶の色をしている。
「オーエン」
「僕のブランケット、その布にして」