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    mae

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    ひざひげ現パロ
    鍵アカウントで一時期ツイートするのにハマっていた主任の膝丸と別の会社に勤めている髭切(同居してる)シリーズの短編。
    モブが出ます。

    ウサギの話「ウサギ飼い始めたんすよ」
     そう切り出したのは、助手席に座る後輩であった。深夜にまで及んだ接待ミーティングの帰り、練馬に住むというその後輩を車で送っている最中のことだ。
     朝から降り続く雨はフロントガラスを叩き続け、止む気配を見せない。今頃どうしているだろうか、と脳裏に浮かぶのは兄の姿だった。
     常ならばこの時間、兄は広いダブルベッドのど真ん中を占領してすやすやと寝息を立てているはずである。けれど今夜は、会社の飲み会があると言ってた。車へ乗る前に連絡はしたが、返事はなかった。もう終わっただろうか。帰路には着いているはずだ。雨に濡れていないといいが。
    「ウサギは懐かないって聞きますけど」
     後輩は続ける。
    「めっちゃ懐くんすよ。家に帰ると、スススって寄ってきて。白くてふわふわで。手とかにチュチュチュってしてきたり、耳がピピピって動いたり。そのまま抱くとマジであたたかくて、生きてるんだ……てなるんすよ。もうほぼ彼女っすね。オスだけど」
     白くて、ふわふわ。
     擬音を交えて話す後輩の言葉に、いわゆる雪ウサギのような動物が思い浮かんだ。雪原の白に混じり、窪みからひょっこりと顔を出し、鼻をひくつかせるウサギの姿。
     ウサギにも種類があるらしい。あまり詳しくは知らないから、思い浮かんだその情景は、昔どこかで見た野生動物番組の記憶の断片だろう。
     白く短い毛に覆われた真ん中にぴんと立つ耳はピンク色で、目は……何色だったか。黒ではなかった気がするが。想像の中のウサギの目が、黒から茶色になり、次第にとろけるような飴色になる。
     それはまるで兄の瞳の色だった。
     ウサギのつぶらな瞳が光を帯びていき、睫毛が軽やかにカールして、穏やかな眉とキメの細かい肌が見えた。白くてふわふわとした体毛は金糸のような髪になり、丸みを帯びた足がすらりと伸びて、ウサギはいつの間にか雪原に佇む兄となった。
     兄者がウサギに……いやいや……。
     どうやらだいぶ疲れているらしい。頭を振って意識を取り戻す。
     交差点を右折し、環七通りへ入った。深い夜の道はずいぶんと空いている。フロントガラスに打ち付ける雨が激しさを増した。気が付かないうちに加速している。
    「主任はウサギ飼ったことあります?」
     浮かれた声で尋ねられた。
     ない、と答えると、ですよねと返事。
     ですよねとはなんだ。ウサギを飼っていない顔に見えるのだろうか。ウサギを飼っている顔というのがあるのかはわからないが。
     だが、後輩の反応通り、ウサギと言われて雪ウサギと兄に続き思い浮かぶのは、付き合いで連れて行かれた新宿のジビエ専門店だった。
     そこではワニの焼肉やダチョウの唐揚げ、ツキノワグマとヒグマの食べ比べなどが振る舞われたのだが、ウサギの肉も当然のようにあり、サラダ感覚で出されたのを覚えている。鶏胸肉のようなさっぱりとした味で、たしかに美味かった。
     だが、そこで強く印象に残るのは、食材だけではなかった。
     店員である。
     女性店員が、白いふわふわのうさぎの耳と、同じく白いふわふわの布でできたビキニを身に纏って接客してきたのである。通常の飲食店という認識で入店したために、その衝撃はとても大きかった。もちろん実際には、入店前の認識と同じく特別なサービスなどない一般的な飲食店ではあったのだが。 
     とにかくウサギと聞いて紐解かれる記憶としては、最悪な部類であろう。『ですよね』との返答に対し、異議を申し立てるのも憚られる程度には。
     そんなことを考えているとも知らずにウサギを語り続ける後輩へ相槌を打っていると、雨粒の光るフロントガラスの向こう側、反対車線から、一台のタクシーが向かってくるのが見えた。ちょうど中央線をくぐり抜けたあたりである。後輩の最寄り駅まではあと二十分弱。
     兄だ、と思った。
     すれ違う瞬間、タクシーの後部座席に座る兄と目が合った。気がした。思わずブレーキを踏むと、ウオッと隣から慌てたような声が聞こえる。どうしたんすかという不安げな声には答えず、車を路肩に寄せて運転席から外へ出る。
     不気味なほどの静けさの中で、雨は降り続いていた。アスファルトから生臭い匂いが滲み出し、街灯が反射して、ぬらぬらと黒く光っていた。
     まつ毛に雨が当たる。
     小さく息をついて気付く。土砂降りとも言えるこの雨だ。濡れたガラスの向こう側など、見えるはずがなかった。さらに加えるならこの暗さで、街灯が明るいといえど、それが兄だとわかるはずもない。
     だが目が合ったことは確信していたし、それを裏付けるように、反対車線の路肩には、すれ違ったばかりのタクシーが一台停まっていた。
     傘をさすことも忘れて、吸い寄せられるようにそのタクシーへ近づいた。と、同時に、後部座席のドアがゆっくりと開く。
     ス、と伸びてきた足は白いスラックスに包まれている。その色のスラックスは知らないが、足の伸び方としなやかな動きはたしかに見覚えがあった。
     続いて現れた白いベストと白いシャツ、襟元には形の崩れていない白い蝶ネクタイ。見覚えのある体躯だ。
     タクシーから顔を現したのはやはり兄で、しかし降り立った瞬間に、ぴょん、と何かが飛び出した。
     ゆるくカーブのついた毛先、街灯が反射して白く見えた頭の上に、白くてふわふわとした、立派なウサギの耳がふたつ、雨に打たれながらも天へ向かって伸びている。
    「ウ、ウサギ……」
     予想外の装いに、俺はたじろいだ。
     な、なんだこれは。幻視か?
     思わず目を凝らすが、何度見ても兄の頭上には、白くてふわふわとしたウサギの耳が付いている。というかよく見たら全体的に、なんというか……。
     彷彿とするのは、先程思い浮かべたばかりのジビエ専門店の女性店員であった。兄はビキニではなかったが、全体的な白さとふわふわの耳、視覚的サービスの威力はまるで同じ、いや、それ以上だった。
     視線に気が付いたらしい兄は、頭上を指差す。
    「これ。さっき飲み会で」
    「飲み会……」
    「外す?」
    「いや」
     兄の手を取った。手は雨に濡れてわずかに湿っていた。目が合うと、兄の飴色の瞳が瞬いた。
     タクシーへ待つように合図する兄を引っ張るようにして車へ戻る。助手席に座る後輩が目を見開いてこちらを見た。
     視線の先は当然、兄である。……ウサギの耳を装着した、兄だ。
     え、ウサギ? と素っ頓狂な声が漏れ出るのが聞こえた。こればかりは正しい反応と言わざるを得ない。突然ウサギだ。あまりにもタイムリーである。
     後輩は、恐る恐るといったように、俺の方へと視線を投げた。
    「し、知り合いの方すか?」
    「ウサギだ」
    「あ、あ~~、やっぱウサギ……いやウサ……え、ウサギ? えっ何? 主任の? 主任のウサギ?」
     助手席側に回り込み、当惑する後輩を引っ張り出す。兄が、持っていたらしい傘を後輩に差してやっている。後輩の手に、その傘と一万円札を握らせた。さらに困惑した様子でこちらを見る後輩へ、反対車線へ停車しているタクシーを示す。
    「何も言うな」
     最早こちらに言うべき言葉は見当たらなかった。説明するにも、俺自身、現状を量りかねているのだ。しかし後輩の取るべき行動が一つしかないことは、明白だった。それがわからないほど、愚鈍な後輩ではない。
     疑問符を浮かべるばかりの肩に、言外の含みを持たせて手を乗せると、後輩は手のひらの一万円札をギュッと握った。こんな時間まで接待に付き合ってくれるような真面目な後輩だ。後輩は真っ直ぐに視線を合わせたまま、真剣に頷く。
    「俺も、ウサギに会ってきます」
     そう言って反対車線のタクシーへと走っていった。良くできた後輩だ。機転が利いて察しの良いところは、今日の接待でも、何度も助けられた。最後の一言は、全くもって必要なかったが。
    「僕ってウサギだったんだ」
     タクシーが発車するのを確認してから振り向くと、濡れたウサギの耳に触れる兄がいた。すっかりと雨の染み込んだシャツは肌に張り付き、暗がりの中でもその下が透けてみえた。上着を脱いでいる己も同じようにびしょ濡れなのだろう。
     こうなっては仕方がなかった。濡れ兎の兄を助手席に押し込み、自身も運転席へと収まる。
     息をつくと、兄がセンターコンソールを乗り越えて近づいてきた。当然のように俺の手を取る。
     つい先程、この車内で聞いた後輩の言葉が響く。
    ――ウサギは懐かないって言いますけど、めっちゃ懐くんすよ。家に帰ると、スススって寄ってきて。
     兄はあたためるようにこちらの手のひらに息を吹きかけた。それをじっと眺めていると兄が笑った。笑うと、ウサギの耳がわずかに揺れる。街灯に反射した白で目がくらむ。
    ――白くてふわふわで、すげえかわいくて。手とかにチュチュチュってしてきたり、耳がピピピって動いたり。
     兄は、草食動物というより肉食動物だし、被食者よりも捕食者だ。具体的に動物を挙げるならば、その性質はウサギよりもライオンに近い。
     それなのにどうしてこうもウサギという小動物と重なる部分を見つけてしまうのだろうか。ウサギの格好をしているから、という安直な理由を当て嵌めるのは相応しくない。視覚的効果より、今の兄の仕草の方に、後輩の語るウサギを連想してしまっているのだ。
     兄の横髪に手を触れる。すっかり濡れて、雫が滴っていた。その下の、本当の耳にも触れてみるが、すっかり冷えている。そのまま手を首に回し引き寄せると、兄は回した腕でこちらの背中をやさしく叩き、頭をゆるやかに撫でた。
     兄はウサギなどではない。
     けれども後輩にとってのウサギと、己にとっての兄がとても近い位置づけであることは確かだ。後輩はもはやウサギをペットという枠組みで見てはいなかった。柔らかい体躯に触れ、伝わる温もりから生を感じ取ることで心弛びていた。
     兄が今このおかしな恰好をしているのは、蜘蛛の巣のように張り巡らされたこの都市のこの道路ですれ違ったのと同じくらい運命的であったというだけで、いわば偶然の産物に過ぎない。
     ウサギと兄の共通点とはつまり、心を落ち着ける存在ということだ。
     考えをまとめて兄から離れると、兄はゆるく笑みこちらを眺めていた。その笑みは、先程までの微笑みとはいささか異なる、いわば余興を見ているかのようなものに変わっている。
     不審な目線を送ると、兄は笑みを絶やさないまま、自身の頭を指で突いてみせた。
     兄の頭はいつの間にか、いつもの丸く美しい頭になっている。
     それに気がつくと同時に、自分自身の頭部に、つい先程までなかった締め付けるような感触がある。いや、まさか。恐る恐る手を伸ばすと、あるはずのないものが、俺の頭から生えている。
    「今度はお前がウサギになる番」
    「あっ……兄者……!!」
    「あはは! 似合う似合う」
     頭には、先程まで兄が装着していたウサギの耳がしっかり嵌まっていた。カチューシャだったのか。
     声を出して笑う兄は珍しい。けれどその対象が己であることに喜んでいいのか悲しんで良いのかわからない。
     兄はこちらの腕を掴んでひとしきり笑うと、やっと満足したのか、目尻に浮かぶ涙を拭いながらこちらを見上げた。
    「運転できないウサギより、運転できるウサギの方がいいからね」
     理屈はわからないが、兄がそういうのならばそうなのかもしれない。
     とにかく兄が俺を見る度に、笑……微笑むので、ウサギ耳を頭から外し窓の外へ放り投げたい衝動を抑え込み、ハンドルを握り直して、兄へ微笑みを返したのだった。
     

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