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    ringofeb9

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    吹奏楽部の麿水と沖田組の話です。

    #麿水
    maruWater

    朝の気分 いつもより早く目が覚めてしまった。水心子正秀はまだ布団で寝息を立てている源清麿を起こさないよう楽器ケースを持って部屋を出た。3泊4日の合宿も今日で終わりを迎える。起床時間にはまだ早いから練習場には誰もいないはずだ。他人の音に邪魔されずに練習出来そうだ。水心子は靴を脱いで練習場所となっている体育館に入る。フルートの音が聞こえた。カルメンの間奏曲を吹いている。可愛く着飾ったような華のある音で誰が演奏しているのかすぐにわかった。水心子が自分の席にケースを置いたタイミングで曲が終わった。
    「おはよう加州。今日は随分と早いな」
     音の主はフルートを担当している加州清光だった。パートリーダーも務めていて、1年生の時からコンクールの舞台に乗っている実力者だ。
    「水心子おはよー。なんか目が覚めちゃって。二度寝も出来ないしそれなら起きて練習しようかなと思って。水心子もそんな感じ?」
    「ああ。私も加州と同じだ」
     水心子は事前に用意していた水入れにリードをつけてから楽器を組み立てた。
    「そういえば清麿は? 一緒に朝練来てるイメージあるけど」
    「まだ寝ている。昨日、遅くまでリードを削っていたようだからな」
    「そっか。ダブルリードってやっぱ大変だね」
    「手はかかるが、オーボエもファゴットもいい楽器だと私は思っている。……それはそうと、大和守はどうした? いつも一緒にいるイメージがあるが」
    「安定? 多分まだ寝てるんじゃない? メッセージ送っても既読つかないし」
     加州はスマホの画面を確認した。新着メッセージは来ていない。
    「そうか。普段の朝練でも眠たそうにしている印象があるから朝に弱いのかもしれないな」
    「実際、朝は強くないからなー、あいつ。しばらくしたら来るとは思うんだけど……そうだ水心子。1曲、俺に付き合ってくれない?」
    「私でいいのか?」
    「うん。アンサンブル、やりたい気分なんだよね。コンクールの練習ばかりだと息詰まるし。よく清麿と二重奏やってるの見て羨ましいなと思っちゃって。安定誘ってやろうにもあいつバスクラだからフルートと合わせられる曲なくて。フルートの3年も人間関係のいざこざやら受験やらコンクールのレギュラー争いが熾烈を極めそうで自信ないとかでみーんな辞めちゃって3年は俺だけになったし。後輩誘うにも気を遣わせちゃうなと思って」
     困ったように加州は笑った。
    「加州も色々と気苦労が多そうだな」
    リードを水から出して水心子は口に咥えた。
    「そういう水心子だって。自由曲はソロ多いしマーチングはドラムメジャーでかなり動くから大変そう」
    「気遣い感謝する。……しかし、私なら平気だ。任せられた務めは果たせることを誇りに思っているからな」
     楽器を持って水心子は加州の隣に座った。
    「それで、曲は?」
     咥えていたリードを取り出して楽器に取り付けながら加州の譜面台を水心子は覗き込む。
    「これ。今の時間にぴったりでしょ?」
     加州はニッ、と笑った。
    「なるほど。確かに、今の時間にぴったりだな。その前に少し指を慣らしていいか?」
    「いいよー」
    「感謝する」
     水心子はリードを咥えて息を吸った。指を動かして音階を浚う。しばらく指を動かした後でリードから口を離した。
    「準備は出来た。始めるか。初見だから至らない点があるだろうがよろしく頼む」
    「こちらこそ」
     加州はチューナーの電源を入れて基準となる音を鳴らし、水心子の耳元に近づけた。楽器を構え、電子音に耳を澄ましながら水心子は同じ音を出す。チューナーの音を切って譜面台に置いてから加州も同じ音を鳴らし始めた。合図を出して音を止める。目を合わせてそれぞれの準備が整ったところで2人は同時に息を吸った。降り注ぐ陽光を表すようなフレーズをフルートが吹き、オーボエは音を伸ばして伴奏に徹する。時折、役割を交換しながら曲は進む。加州が選んだのはペール・ギュントより「朝」だった。フルート以外と二重奏をやりたいと言ったら彼の師が幾つか楽譜を貸してくれた。朝はそのうちの1つだった。
     爽やかな朝を思わせる短い曲を吹き終わると拍手の音が聞こえた。
    「水心子も加州も凄いね。朝からいいものが聴けたよ」
     指揮台に座りながら清麿がぱちぱちと手を叩くのが見えた。
    「おはよう清麿。今から朝練か」
    「うん。でも、来たのは僕だけじゃないよ」
     体育館の隅で楽器を組み立てている安定に清麿は目を向けた。バスクラリネットを抱えながら加州へ向かって走ってくる。
    「ずるいよ清光! 合わせたいなら僕を呼べばいいのに」
     不服そうに大和守は加州を睨む。
    「お前がクラリネットに持ち替えてくれたら付き合ってやるって。だから練習しといて」
     タオルで足部管に溜まった水分を取り除きながら加州は安定の話を聞き流す。どうやらこれが日常茶飯事のようだ。
    「わかったよ……」
     加州とは反対側に置かれたピアノ椅子に腰かけて安定は音出しを始めた。
    「水心子。僕たちも戻ろうか」
    「ああ。ありがとう加州。楽しい二重奏だった」
    「俺も楽しかった。やっぱ上手だよね、水心子。俺も頑張らないとなー」
     加州は楽器を膝の上に置きながら楽譜を捲った。水心子は椅子から立ち、自分の席に戻ろうと歩く。
    「水心子。ちょっといい?」
    「どうした清麿?」
    「どうもしないけどちょっと……ね」
     体育館の隅に置いた楽器ケースを開いて清麿はストラップを首にかけた。
    「……もしかして、妬いてる? 加州とアンサンブルしたことに」
    「……少しだけ。あんな演奏聴かされたら余計に」
     楽器を組み立てながら清麿は答えた。
    「大人げないよね、僕」
     清麿は苦笑した。
    「いいんじゃない? 高校生はまだ大人じゃないし」
     座りながら楽器を準備する親友を水心子は眺めながら返す。
    「……アンサンブルは誰とやっても楽しいけど、一番気持ちよく演奏できるのは清麿が相手の時だから。それは忘れないで」
    「え?」
     楽器をストラップに引っかけたところで目を丸くして清麿は水心子を見つめた。
    「練習、戻るね」
     立ち上がり、自分の席へと水心子は戻って行った。
    「……」
     呆けたように清麿は親友の後ろ姿をしばらく見つめてから我に帰った。
    「無自覚って怖いなあ……」
     リードケースをジャージのポケットに入れて清麿も自分の席へ向かった。顔は熱いし、心臓の音はうるさい。雑念を振り払うように清麿は首を横に振ってから息を吐いた。
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