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    hanpa114

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    hanpa114

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    梅酒を漬ける数字と見守る?マツヨ。
    ネタバレると、うっかり?十四松にプロポーズする一松な話です。

    #一十四
    oneFourteen

    幸福に漬かる「今年もこの季節がやってきましたなぁ」
    「うん」
    毎年このくらいの時期になると父さんの遠縁の農家から規格外の梅が送られてくる。その大半はある処理をして送り返すのだけれど、その一部がお礼として手元に残った。
    今年も例にもれず大量の段ボールが送られてきて、ぼくと一松兄さんは楽しみ半分面倒半分につなぎの袖をまくる。いつの間にかこの慣習の当番にされたぼくと一松兄さんは、勝手知ったる手つきで早速処理に取りかかった。
    まずは竹串を使い梅のヘタを一つ一つ取り除いてゆく。手間は手間だけれどもなかなかどうして地味で妙な面白さがある作業に、ぼくらは暫し没頭した。
    しかしそれも三十分もすると集中力が切れてくる。
    「はー…。めんど…」
    「ねー!楽しいけど、数が多すぎてちょっと飽きんね!」
    久し振りの労働に早くも凝りだした肩を回して一旦作業の手を止め、冷蔵庫からよく冷やされたグラスを取り出した。中には作業開始前に注いであった梅酒が揺れている。梅酒は昨年漬けたものの最後の一杯で、毎年手伝いもしないのに虎視眈々とそれを狙うハイエナたちからどうにか死守したものだ。
    「あ~うまぁ」
    「ぅんまぁー!」
    「仕事の合間に飲む酒は絶品ですなぁ、十四松さん」
    「せやね、一松兄さん!」
    無事守られた最後の梅酒に舌鼓を打って、ぼくらはどうにか作業のペースを上げた。
    さっきと打って変わって、新入りの野良猫がどうだとか新しく発売されたお菓子がどうだったとか、兄弟の面白おかしい失敗談なんかも交えて気楽に取り組んだ。
    そうこうするうちに全てのヘタを取り終えて、傷がつかないよう丁寧に実を洗う。それから一つずつ水気を布巾で拭き取って、あらかじめ用意していた清潔な果実瓶に順次詰め始めた。
    「あら、もう始めてたの?」
    幾つかに氷砂糖と梅を交互に詰めたところで、買い物から帰った母さんに声をかけられる。
    「うん!」
    「…早く漬ければその分早く出来るし」
    手を止めずにそう返すと、母さんは買ってきたものをしまいながら「あらあら」と嬉しそうに笑った。そうして台所に居並ぶ果実瓶をぐるりと見回して「毎年のことながらすごいわねぇ」と感嘆の息を吐く。
    なんとなくぼくらもそれらを追って見て、改めて(すげぇ)と思った。
    「おれたち、ニートなのに毎年よくやるよね」
    「ねー!」
    茶化して称え合うと、母さんもまた同意を示してうんうんと頷く。
    「ホント、あんたたちってば意外とちゃんとしてるんだから。それなのにどうしてまだニートなのかしら」
    「それほどでも!」
    「…このくらい、フツーじゃない?こんなの、仕事の内にも入んないし」
    一応は褒められているだろうに、多分に含みと嫌味が織り交ぜられていて、素直には受け取れない。はぐらかして応えたぼくらに構わず、母さんは続けた。
    「何言ってんの。これだって立派な売り物になるんだから、ちゃんとした仕事よ」
    有無を言わさずニッコリと微笑まれて一瞬言葉に詰まる。ぼくたちはチラリと視線を交わした。
    「そう言われればそうだけど…でも所詮、自分たちで漬けた梅酒ひと瓶分の労力だよ?まともに毎日働くなんて夢のまた夢だって。ヒヒ」
    肩を竦め、ゆるゆる首を振る兄さんの口角は皮肉に曲がっている。
    「現物支給オンリー!ひっじょーに厳しー!」
    追従してぼくも不平半分カマ掛け半分に明るく突っ込んだ。しかし相手は百戦錬磨の母さんだ。あっさりとスルーされる。
    「そうね、あんたたちが漬ける梅酒は下手なトコのものより全然美味しいわよ。でもそれって、元々いい梅を使ってるからでしょ?規格外って言っても、これだけの梅は買うなったら結構値が張るんだから」
    言外に買ったら高いものが報酬で何か文句があるのか?って言われ方に、これはいよいよ現物のみならず現金も幾らか貰っている確信を得る。薄々分かってはいたし、ぼくとしては一松兄さんと二人で何かに取り組めるのが楽しいので現金が得られないからって別に腹が立ったりとかはしない。しないけど、やっぱり多少なりとも現金があるとないとじゃ事情が違ってくることもあるから、ちょっとはヤル気が削がれたのも事実だ。
    自然とぶすくれていたのだろう。
    母さんが慌ててたように言葉を注いだ。
    「でもそうね、あんたたちは案外真面目だし、やり出したら一生懸命に取り組むわよね。その上意外と器用で、覚えちゃえば一通り卒なく熟るし、何をやらせても手際と段取りは良くって」
    偉い偉い、なんて取ってつけて持ち上げてくるのに、一松兄さんが短く嘆息して首を振った。
    「いや、こんなの毎年やってるから慣れただけだし、手際も何もないから。それにそもそも、こんな単純作業に器用とか関係なくない?」
    「まぁ、確かに器用云々は梅を漬けるのにはあんまり関係ないけど…ほら、あんたたちは他の子たちと違って黙々と最後まで責任持って出来るじゃないの」
    確かにぼくらは一つのことをやり始めたら熱中する傾向にある。素振り然り、猫の捜索然り。一度やり始めたらとことんやり抜かなければ気が済まないところがぼくと一松兄さんにはあった。
    現に今だって二時少し前に始めた作業が捗りに捗って、予定ではもう少し掛かる見込みが三時を目前にして終わりが見えている。
    しかも休憩用にと用意した梅酒が最初の一口以降まるで減っていなくて、それすらもぼくらがいかに集中して作業に没頭していたかを物語っていた。
    ぼくらはなんとも言えなくなり、口の代わりに少々動きが鈍っていた手の動きを早める。
    もう、さっさと終わらせて遊びに行くに限る。
    ぼくと兄さんは視線を交わしただけでそう示し合わせた。
    すると母さんは何を思ったのか、少しだけ意地悪く笑う。
    「だけど、そうねぇ。あんたたちの場合、二人揃ってるからこそ、ちゃんと出来てるのかも」
    「…え?」
    「…は?」
    思いがけない指摘に、ぼくらはポカンと顔を上げた。
    母さんはふふふと笑って、ぼくらの飲みさしの梅酒を一口含む。
    「うん、美味しい」と呟いた母さんは上機嫌に緩んだ頬に手をやった。
    「だって、これがおそ松とだったなら、一松はサボってばっかりになるあの子を叱って手が進まなくなるし、十四松はあの子に釣られて遊んじゃうでしょう。カラ松とでは真面目に出来ても、あの子はあれでかなり不器用だから、あんたたちは世話を焼きたくなって作業そっちのけになるに決まってるわ。だからってチョロ松相手じゃあ、あんたたちってば甘えてあの子一人に全部やらせるんじゃないかしら。逆にトド松とだと、あんたたちにあの子の方が甘えてズルするだけだろうから、結果的に苛々したあんたたちの作業効率が落ちると思うのよ」
    さすがは母さんだ。ぼくらのことを本当によく見ているし、よく分かっている。
    実際、ぼくと一松兄さん以外の兄弟が作業に参加すれば、恐らくは母さんの言う通りになるだろう。
    容易に想像できる喧しい惨状を思って、小さく苦笑う。
    「そう考えたら、あんたたちはこれからもセットにしておくべきなのかしら。確かに時々とんでもないこともするけど、それ以上に物凄くまともにもなるじゃない?それに他の子達と違ってケンカも少ないし、妙にバランスが取れて仲がいいものね。いっそ結婚できなかった時は、ずっとセットでいてくれた方が却って母さん安心かも」
    と、気楽に、半ば感心しながら聞き入っていた話が思わぬ方向に流れて、ぼくはうっかり瓶に注ぎ入れていたリカーを零した。
    あれ、まさか?母さんは、もしかして知ってるんだろうか?…ぼくと一松兄さんが、もう何年も前から兄弟以外の呼称で表せる関係であることを。
    知っていて、試すようなことを言っているんだとしたら、ぼくはどんな顔をしていいか分からなくなった。
    気付いているとして、母さんはぼくらのことをどう思ってるの?怒ってる?悲しんでる?それとも救いようがないって呆れてる?
    まだまだ母さんのようには相手の機微を読み取れないぼくは、テーブルを拭くのが手一杯って顔をして俯いた。
    今更だけど母親に自分たちのことを否定されるのが、忌避されるのが怖い。別にぼくらは大罪人でもなんでもない。ただ、多くの人たちが他人に運命を見出すように、ぼくらはそうできなかった。他でもない、兄弟相手に運命を見出しただけ。それが、本来なら許されざること(そもそもそれは誰が決めたのかな?)だとしても、もう引き返せないだけだ。なのにもし、母さんに叱責され、嫌悪されたら?あまつさえ、兄さんと引き離されるようなことになったら、どうしよう?そうしたらきっと、ぼくはぼくでいられなくなる気がする。考えただけで身体が震えた。
    それでも、心の奥底では母さんがぼくらの声を無視して無為に責めたてるような人でないことだけは、やたらと確信があった。
    とは言え、想像だけで先走った緊張に耐えきれず、ぼくは顔が上げられない。執拗に零したリカーを拭き取っていると、不意に何を思ったのか兄さんが口を開いた。
    「…じゃあ、」
    いつにも増して低く真剣な声音だった。
    あれ、と思って思わず目を上げた先に兄さんの顔はなく、ボサボサ髪でどっち向きなのかすら分からないつむじだけが見えた。
    「こいつが結婚しなかったら…。そん時は、おれが責任持って、一生こいつの面倒見る。ずっと、そばにいる」
    冗談とも本気ともつかない平坦な、それでいて微かに震えるような物言い。内容がすぐに入ってこなかったぼくはポカンとして、それからじわじわ理解して驚いた。
    「え」
    それって…それって、もしかしてもしかしなくても、そう言うこと?
    でも、なんで今?こんなところでこんな時に、母さんの前で?
    いやむしろ、こんな時だから?悪い想像で震えるぼくを、兄さんは考えてくれたんだろうか。…それとも。
    未だ俯いて黙々とテーブルを拭き続ける兄さんのつむじを、ぼくは混乱しながらもまんじりともせずに見た。
    場所とか状況を考えなければ、兄さんの言葉は純粋に嬉しい。
    だけど今目の前にはぼくらの母さんがいて、場合によってはこの地上で最も大切な女の人を傷つけ、失う可能性があった。
    手放しでは最愛の人の決意にも似た宣言を喜べないぼくに、兄さんが何某かの反応をくれるより早く、母さんが軽快に応えた。
    「あらあら。それじゃあ、あんたたちに限っては生涯一人きりでいるかもしれないって心配はしなくていいのね」
    実に明朗なセリフに居をつかれる。呆気に取られたぼくはぐるんと眼球を一回転させた。
    「え、えぇえ…?」
    やばい、なんかいろいろテンパってひっくり返るかも!だって、それって、肯定してくれたのもおんなじだよね?!え、違う?!
    「男寡なんて不安しかないじゃない。そりゃあ、結婚できればしてくれるにこしたことはないけど、こればっかりは一人じゃあどうにもならないし。それなら、せめて兄弟寄り添って生きていければ、まぁいいわ。一人より二人だもの」
    嘘かホントかそんなことを言って、母さんは目を細めた。じっとぼくらを交互に見て、また笑う。
    ようやく兄さんが顔を上げた。
    「…や、こいつが結婚できなかったら、って話だし。今から結婚出来ないって決めつけは流石に早くない?」
    「そーお?だって十四松よ?」
    いつも通りの皮肉な笑いを浮かべた兄さんを見て、ぼくもようやく調子が戻ってきた。ふと、恐々伺うように兄さんの視線がチラリとこちらに走って、ばっちりぼくの視線と絡んだ。ぼくはそれに精一杯の思いを込めて笑顔を浮かべる。
    「うん!ぼくも、結婚できる気がしないかな!」
    (兄弟で結婚出来ないと言うなら、ぼくは一生結婚出来ない)そう気持ちを込めて、はい!って元気よく挙手する。すると母さんは戯けるように肩をすくめて首を振った。
    「ほら。…って言うか、あんたはどうなの、一松」
    「ヒヒ…、十四松お前、諦めんの早くない?…おれ?おれはいいよ。どう考えても他人と暮らすとか無理だし。そもそも家族以外を大切に出来る気がしない。だいたい、仮にそんな相手がいたとして、こんなどクズの面倒を一生見させられるとか、相手が不憫すぎじゃない?」
    どうにか届いたらしいぼくの返事にホッとしつつ、未だチラチラ見え隠れする不安を皮肉る兄さんの手を、ぼくは布巾ごとしっかり握った。
    「そんなことないよ!一松兄さんといるの、スッゲーたのしーから、だいじょーぶ!」
    躊躇いがちに、湿った布巾の向こうから手が握り返されて、うっかり涙が滲みそうになる。
    「考えてみればそうね。あんたたちの相手は母さんでもそりゃあ大変だもの。まだ見ぬどこぞのお嬢さんにそんな気苦労をさせるのかしらって思ったら、そんな相手もいないのに申し訳なくなってきたわ」
    それを知ってか知らずか、母さんがまぁまぁ酷いことを言った。とは言え、本心でないことくらいはわかるし、今のぼくらはとっても幸せだった。
    「…母さん?さっきから何気に酷くない?」
    「ね!ひっで〜?!」
    抗議しながらケラケラ笑うのに、母さんも一緒になってうふふって笑う。
    「冗談よ」
    そうして、目元を細めた母さんがじっとぼくらの繋がれた手を見たのに気付いたけれど、ぼくらはもうそれを解く気にはなれなかった。
    すると、今日イチ意地悪な顔をした母さんが、半分以上も梅酒の残ったグラスを取り上げて言う。
    「じゃあ、そうねぇ。これからの予行練習も兼ねて、この後夕飯の準備までしてくれると、母さんは嬉しいなぁ」
    「えーっ?!」
    「はぁっ!?」
    追加労働を言い渡されたぼくらは素っ頓狂な声をあげた。手を解き、台所を出て行こうとする背に叫ぶ。
    「ちょっと!」
    「かーさん!?」
    だけど母さんは立ち止まらず、振り返らずに「仲良く、ちゃんと最後までやりなさいよ」と言った。
    ぼくらは顔を見合わせる。
    しばし見つめあって、やがてゆるゆると笑い合った。
    それからゆっくりと居並ぶ果実瓶を振り返って残り僅かな作業に戻る。
    恐らくはこれからも変わらず、二人でこうして幾度となく梅を漬けるだろう未来を思い、ぼくらは溢れ返りそうな幸福に酔いしれた。
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