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    jujuno_yu

    エロ、グロ節操なし。女体化大好きマン

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    jujuno_yu

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    探夜馴れ初め編 (BJ第二ラウンドまで)

    初めて彼を見た時、敵ながら思わず目を奪われた。

    寒いのは昔から嫌いだった。
    着込めば対策出来るというけれど、貧乏人の僕は着込めるほどの洋服を持ってなかったし、寒さは懐のひもじさをより一層際立たせる。翌朝の労働のために早起きしなければいけないのに、凍てつくような酷寒の日は隙間風が容赦なく吹き込んで体温を奪っていくものだから到底寝付けやしない。嫌なことばかりを思い出す。例えば、自分はただ眺めているだけだったショーウィンドウの先のプレゼントを手にした同い年くらいの子どもの、如何にも幸福そうな笑顔、とか。

    だから、荘園で行われるゲームで通称"レオの思い出"と呼ばれるそのマップに対して、ノートンは常日頃から苦手意識を持っていた。ステージの演出である夜闇は、照らされる満月のおかげで多少はマシといえど視界は常に不良だし塵肺症の自分が咳き込む度に冷気が肺を刺していつも以上に苦しい。
    マップはランダムに決まるとはいえ、ゲームが始まる前からノートンの機嫌は大層悪かった。ワープ補助で移動距離を短くしてくれる祭司のフィオナ・ジルマンはBANされているし、周りはどいつもこいつも新参ばかりだ。待機している周りの人間にノートンの機嫌の善し悪しが伝わって気まずそうにしているのも分かっているので、むっつりと口を横一文字に引き結んだまま黙っていることしか出来ない。ひとたび口を開けば『足引っ張らないでよね』と嫌味を言ってしまう自分が目に見えているので。
    ろくな試合にならないだろうなと予測していた。

    それを、違った意味で裏切られた。

    『あっはははは!もう終わり?』

    戦斧と思しき長柄の武器を振るった後、少年の無邪気な高笑いがフィールドに響く。

    「呆気ないなぁ。もっと楽しませてよ」

    さらに運の悪いことに、相手は夜の番人 イタカと呼ばれる新ハンターだった。
    ノートンを含め、まだ対策の取れていない者たちによる試合の結果はもちろん散々なものであった。ノートンのような牽制方ではなく解読や補助メインの人間が初手から追われてしまい即ダウン、寄せられた暗号機付近にいた者が救助催促をされてしまいダメージを負いながらも椅子耐久の二割にも満たないまま救助。そしてダブルダウンし、暗号機が三台ほぼ新規の状態で一人が飛んでしまった。一番最初に解読していた暗号機を終わらせたノートンはセカンドの救助に向かう。この広いマップでは、ハンターの挙動次第では早めに向かわなければ耐久の半分を越してしまうことも大いに有りうるのだ。引き分けも難しくなったこの状況下で、それでもやれることはやる──……これは仲間を想って、という綺麗な感情からではない。活躍をすることで負けた時に減ってしまうポイントの数を少なくするなんとも打算的で姑息な行動理念からだった。
    しかしそれは、叶わなかった。到底新参の索敵とは思えない正確な中距離キャンプの末に、椅子に辿り着く前にダウンを取られてしまったからだ。ノートンが磁石でスタンを入れたとて、風を操るこの少年にすぐ距離を詰められてしまう。状況にもよるかもしれないが、ノートンの性能とは基本的に相性が合わないと直感した。
    雪原に自分の血が滴り落ちるのを、焦点が合わず揺れる視界でぼんやりと追うことしか出来ない。少年の耳障りな嘲笑が、振り抜かれてぱっくりと割れた頭の傷から脳に響いていくようで余計にイライラした。反論の余地はない。けれども、ノートンが培った負け犬精神では俯いてただ黙っていることなんて不可能だった。患部を押さえながらも顔を上げて睨みつける。その瞬間、そこに広がる光景に目を見張った。満月を背に凛然と佇むそのさまに。
    赤と黒を基調とした彼の衣装は、所々で繊細な金糸の刺繍が施されていて、夜闇で煌めいていた。狼もモチーフにしているらしく、如何にも手触りの良さそうな黒々とした首回りのファーが豪奢で野性的な印象を与えるも、上品さも兼ね備えていた。
    両手を広げた彼がスキルを使用し風を集めると血紅色のマントがはためき、太陽を模した首飾りと仮面のチェーンがその動きに合わせて無機質な音を立てる。
    真髄の衣装なんて所詮は決められた物語に沿って作られた仮初の姿であるのに、まるで彼は生まれながらに王であるかのような品格だ。
    純白のこの雪の中で最も映える"赤"は、フィールドに広がったサバイバーたちの生臭い血ではない。彼だ。この鮮やかで狂おしいほど美しい彼こそが、この夜を統べる主役だった。自分たちのような引き立て役が居なくとも、ただそこに存在するだけで気高く咲き誇る華となり、燦然と煌めく星にもなるのだ。

    『お。上がったね。揺れを感知されないように少しずつ進めてたのかな。姑息だね』

    暗号機の揺れを注視していた彼が突如として上がったことに対してなんの驚きも無いばかりか楽しげな口調でそう言った。裏向きカードが発動される音が響く。

    『どれだけ逃げても必ず見つけて仕留めてあげる。精々無様に足掻いて小銭でも稼いでなよ』

    神出鬼没から瞬間移動に変更した彼は、未だ地に伏していたノートンをそのままに『怖いんなら投降したっていいんだよ、負け犬さん』と嘲笑を浮かべながら上がりたての暗号機へと飛んでいった。なるほど、ゲームの特性を理解しこちらの魂胆を見抜いた上で煽ったわけだ。
    遠くの方で仲間の悲鳴が聞こえた。残りの暗号機は解読進度が0パーセントの二台。他にアイテムを持てず、落ち合って治療し合う手立ても無ければ、この後にいくらチェイスを伸ばしたとて勝てる見込みもない。現に、ものの十数秒で仲間は一発殴られてしまっている。
    ──それでも。投降を希望する仲間の提案を拒否し、ノートンは起死回生を吐いて立ち上がった。それは、彼の言うような小銭を稼ぐためではない。
    投降?馬鹿馬鹿しい!
    どれだけ金を積んでも、実際に試合で目の当たりにした者しか見ることが叶わない高尚な舞だ。それを堪能せずして、なんとする。
    近くの暗号機へと走り出す。仲間や自身の肺が悲鳴を上げていても構いやしなかった。吹き荒ぶ風が肌を刺してもノートンの心は震え上がり、そしてどうしようもないほどに昂っていた。







    そんなことがあったつい数日後のこと。
    新ハンターの参入を祝し、サバイバーの館の大広間を解放して懇親会が開催された。飾り付けは催しが好きな女サバイバーたちがこぞって行っていた。カラフルなバルーンアートがあちこちに飾られており、庭師のエマ・ウッズが手がけた花がアレンジメントを施されて広間を彩っている。堅苦しさを取り払って歓迎ムードを前面に押し出した反面やや子どもっぽい気もするが主に女性陣には好評らしい。
    真っ白なテーブルクロスを掛けた長テーブルの上には所狭しと並べられたフライドポテトやナゲット、骨付きのチキンやローストビーフ、彩り豊かな大皿のカクテルサラダにうず高く積み上げられたスコーンにチーズやスモークサーモンを乗せたカナッペなどの料理たち。違うテーブルでは様々なジュースやワインが置いてある。デザートの種類も豊富で、生クリームをふんだんに使ったショートケーキから趣向を凝らした一口サイズのケーキやクッキーに、数種類のフルーツで出来たタルトはつやつやと輝いていた。手頃なサイズのクラッシュゼリーの入ったグラスや芸術作品のようなマカロンのタワーまである。荘園に来る前のノートンの生活では考えられないご馳走の数々だ。定刻までにゲームで体を動かして腹を空かせた甲斐があったというもの。
    少々試合が長引いたため遅れて合流すると、もうパーティは始まっていた。着飾ったサバイバーたちがあちこちで立食しながら談笑をしたり、演奏に合わせて愉快に踊ったりしており、フロア全体が浮き足立っている。

    「おーい、ノートン」

    自分を呼ぶ声の方向を見るとすでに料理をよそっていた仲間たちがノートンのための席を空けてくれていた。軽く手を振り返して応えてから、それに倣って自分もまずはご馳走を取りに行く。
    目玉はキャビアの添えられたカナッペだろうか。ノートンは育ちの卑しさから、好きな物ではなく高価な物を真っ先に手に取る癖があるのだ。料理に視線を奪われながら皿を手にしようとしたその時、ちょうど同じタイミングで手を伸ばした誰かと接触してしまった。

    「あ、すみません」

    そう謝罪しながら見遣ると、なんと本日の主役であるイタカがそこにいるではないか。彼を見たのはあの試合以来だ。今日の彼は悪目立ちしたくないのか、あの豪勢な服ではなく通常衣装に身を包んでそこに佇んでいた。周囲の華やかさと相反し、主役というには随分地味なその格好は逆に目を惹くのではなかろうか。仮装パーティじゃあるまいし。
    おまけに鋭く尖った奇妙な歩行器具も着用していなかったため、予想よりもはるかに低い背丈にノートンはちょっと驚いてしまう。この線の細さだからこそあの機動力を出せるのかもしれない。

    「…この前はどうも」

    つい不躾に眺めてしまった上に主役相手に無言でいるのもなと思い、何と無しにそう会釈する。仮面の奥で彼がどんな表情をしているかは窺いしれない。しかし彼はノートンの挨拶を一瞥すると、

    「誰お前」

    と、無感情な声質でばっさり切り捨ててすぐさま視線を外してしまう。ぽかんと呆けるノートンを置いて、次の瞬間にはもう目にも留めず皿を手に取ってさっさと離れていく。

    「は?記憶力どうなってんの?」

    聞き捨てならずノートンは思わずその背に追い縋った。あの試合で生き汚さこそあったものの一番活躍していたのは間違いなくノートンであったし、その証明に減らされたポイントも低かった。しかも人のことを負け犬呼ばわりしておいて覚えていないとはどういう了見だ。

    「お前に興味無いって言ってるんだけど?そんなことも分かんないの」

    平然と答えながらイタカはグレイビーソースのかかったローストビーフをトングでごっそりと取って自身の皿に盛った。ついでにカクテルサラダから大きな葉物をいくつか見繕い、そばに並べられていたバターの香る焼きたてのクロワッサンも二つ手に取る。オリジナルサンドウィッチにでもするつもりだろうか。せっかくこんな沢山の種類のご馳走が目の前にあるのに、そんな無難な食べ方で腹を膨らませるなんてとんだ愚行だ。ノートンはローストビーフにチキンにお目当てのカナッペをふんだんに盛った自分の皿と見比べながら、この少年との相性の悪さを痛感した。持ち合わせたスキルの特性といい、食事への意識といい、とことん気に食わない子どもだ。
    辟易とつつイタカの動向をあからさまに睨みつけていると、彼を呼ぶ声と共に誰かが近づいてきた。隠者 アルヴァ・ロレンツである。重たげな黒衣を纏う彼もまた、華やかなパーティには似つかわしくない。……彼の持つ皿だけは随分とご機嫌だが。

    「もう居たのか。てっきり来ないものかと思って、部屋まで探しに行ってしまった」
    「あぁ、アルヴァ。招待されてるのに来ないわけにはいかないよ」
    「それもそうだな。君はこういう場は苦手だとばかり」
    「うん、あまり得意じゃないかな。これ食べたらさっさと引き上げるつもり」

    イタカはアルヴァを見上げながら普通に会話し始めた。自分との対応の差に愕然とする。

    「それは勿体ない。デザートは食べないのか?こんなに沢山あるのに…」
    「うーん…甘いものはあまり得意じゃないんだ。アルヴァは……よく食べるんだね」
    「研究で頭を使うから、脳が糖分を欲しているのだろうな」
    「ふふふっ、それにしたって食べ過ぎだよ」
    「あっちの席を取っているのでイタカも一緒にどうだろうか。ルキノとアントニオもいる」
    「そう?じゃあ、お邪魔しようかな」

    そんなことを楽しげに話しながら彼らはフェードアウトしていった。その最中、アルヴァがイタカの背にそっと手を回して擁護するような仕草をした後でノートンのことをやや非難めいた眼差しで見てきたのが余計に癪に障った。荘園にやってきたのはアルヴァの方が数ヶ月だが先であるので、大切に面倒を見ている後輩が変な輩に絡まれたとでも思われたんだろうか。ノートンはその場でカナッペを摘んで自分の機嫌を取りながら、二人の背中を見送った。
    人間の非道な所業の末にその身を憎悪に焦がして狩人に堕ちた者も少なくはないと聞く。イタカの非友好的さ加減から見て、恐らくノートンのみならず人間自体をとても嫌っているのだろうなと容易く理解出来た。人間を人間だと思っていないタイプだ。自分も思う節がないわけではないが、そういう人間には近づかないが吉だ。もちろんメリットもないのだし。



    ──けれど、馬鹿にされたら目にものを見せてやるのが染み付いた負け犬精神というやつなので。




    彼と再び相見えたのは月の河公園での試合だった。次にロケットチェアに座らされたら脱落が確定しているのは三人のうち少女ただ一人の状況。トンネル対象であった少女を磁石補助で助け、距離を充分に離した後にヘイトを買ったノートンがダウンを取られたことでそのまま通電。心音外まで逃げきれた少女が"哀れみ"を使用しゲート解放中の仲間の元へ飛んでいく特異な音がフィールド上に響く。その刹那、イタカがゲート前への瞬間移動で仕留めようとしたが焦りが判断を鈍らせたのだろう。自分がノートンの磁石の間合いに入っていることを失念していた。そうしてまんまと磁石スタンされる形で特質発動を阻止されてしまう。

    「どう?これで僕のこと覚えてくれた?」

    ハッチの場所は近くだと分かっていた上で受け持ったラストチェイスだったが、たった一つの磁石を使ってしまったためそこまで持ち堪えられることは到底不可能だ。
    倒れた板を挟んだ向こう側。それでも不敵な笑みを浮かべるノートンに、引き寄せられた体勢から立て直したイタカは盛大な舌打ちで返した。瞬間移動が成功していれば開けきれなかったゲート前で解放作業中だったもう一人とその元に飛んで行った少女もろとも仕留められていただろうに。引き分け以上は固かったこの戦況で、ノートンの活躍によって全てを覆された彼の心境は想像に容易い。
    結局予想していた通り、ハッチに辿り着く前にスキルを使用して移動速度が早くなった彼に対応出来ず板当てと相打ちになる形でノートンはダウンを取られてしまった。
    ノートンをロケットチェアに雑に放って縛りつけた彼は、あと一歩という所で飛ばせるはずだった少女が逃げていくのをただ眺めることしか出来ない。

    「あははっ、残念でした」

    始発側のゲートを忌々しそうに一瞥した彼に、ノートンはさも可笑しそうに笑ってみせる。飛ぶ瞬間は何度体験したって慣れないし正直怖い。けれども、彼の表情を崩せたことが何よりも愉快だった。不遜な王は生意気な口を叩き歯向かった下民を自慢の武器で殴打し裁きを与える。

    「…………小賢しい奴」

    射抜くような侮蔑の視線。この目は、今だけは自分のものだけだ。驕り高ぶった忌々しい金持ちたちを見返してやると奮起していた自分が少し報われた、そんな気分になった。







    「夜の番人 イタカ。探鉱者 ノートン・キャンベル」

    ゲーム終了後、待ち構えていたナイチンゲールに二人して捕まった。

    「煽り行為は禁止されていますが?」

    独房のような簡素な部屋に通され、硬い椅子に並んで座らされて詰問を受ける。淡々とした口調だがそれが余計に威圧感を漂わせるのだ。物静かな人が怒ると怖いというやつを見事に体現している。

    「僕悪くないし」

    そんなことを言いながら隣のイタカは足を組み興味無さげな様子で手慰みに自分の三つ編みの乱れを眺めている。反省の色は全く感じられない。

    「こんなこと抜かしてるけど事の発端はそっちなんで」

    殴られた頬がじんじんと熱を持ってきた。若干の喋りにくさから、恐らく患部が腫れてきているのだろう。怪我の治療もさせてもらえないあまりかいけしゃあしゃあとした少年の言い分にイライラを募らせたノートンは大人気なくも彼を指差して非難した。

    「ゲームの治安維持に御協力を。いつ荘園の主の忌諱に触れるとも限りません。こちらの警告には従っていた方が懸命ですよ」
    「はいはい、分かったよ。…それで?ペナルティは?」

    さっさと終わらせてよ、一秒でも長く人間と一緒の空間に居たくない。イタカは溜め息を吐きながら不快感を前面に出した声音で言った。ノートンは苦虫を噛み潰したような顔で沈黙することではからずも同調する。

    「………そうですね、」

    思案するようにナイチンゲールは顎に手を当てた。少しの静寂の後、『……では、』と判断を下す。

    「お二人で暫くの間ブラックジャックモードに行ってみてはいかがでしょう。その様子ですと先日行われた懇親会の意味を成しておりませんし」
    「……………は?」

    その言葉に一瞬、息の仕方を忘れてしまった。二人揃ってぽかんと口を開け呆然と聞き返すことしか出来ない。

    「夜の番人。貴方は荘園の主からも高い好感を得ているほどの、狩人としての勘の良さやセンスがあります。しかしまだサバイバーの特性を理解しきれていない部分もあり、足をすくわれる場面が度々発生してますね」

    ナイチンゲールの鋭い指摘に思うところがあったのか、イタカは答えに窮した様子だ。

    「ブラックジャックモードでそれを補いつつ、二人の親睦を深めるよう努めてください」









    「本当にありえないんだけど」

    ブラックジャックモードへの参加を言いつけられた二人は、ゲームの待機部屋に向かっていた。

    「いつまで僕を待たせる気?」

    頬の治療を終えてから落ち合うと、イタカ自身も服装や頭髪を直してきたらしくなんの乱れもなく完璧な佇まいでノートンを待っていた。腕を組んで全身から大層不服そうに機嫌の悪さを醸しているが、相変わらず外見だけは全てが整っているので余計に気に食わない。

    「そんな似合わない金髪にするために待たされたわけ?」
    「…うるさいな。ちゃんと五分前には来ただろ」

    先程の対戦のせいで衣服に血が付着したため違う衣装を身に纏ってきたが、どうせ彼は豪勢なあの服を着てくると踏んでいたので引き立て役らしく無難な装いにした。随分と不評のようだが、実際に彼という"魔物"を管理することになるのだからこの服が丁度いいだろう。ノートンのこの服の名称を知ったらどんな顔を作るのかと想像することで憂さを晴らす。

    「ルールはちゃんと予習してきたの?」
    「あまり僕に話しかけないで」
    「確認しただけだろ。…あのさ、表面上だけでも仲良くしようって思わないわけ?何のためのペナルティだと思ってんの」

    前を往くイタカに早足で追いついて横並びになると、すっかり腫れた頬に貼られた冷湿布をこれ見よがしに指差して『あとこれ、まだ謝られてないんだけど?』と圧をかける。しかしイタカはそれに見向きもせず『ちょっとはマシな顔になったんじゃない。』そう、ぬけぬけと言ってのけた。なんて奴だ。

    「言われなくても目を通してきたよ、当たり前でしょ?初手のドローではカード二枚引いて僕がハンターになるようにして。じゃないと許さないから」
    「そんなの運で決まるんだから無茶言うなよ…」

    その見た目の通り傍若無人…いや、暴君と表した方が適切そうだ。コミュニケーション能力が皆無すぎて深まる親睦もくそもない。先が思いやられる。ノートンは一層辟易とした。
    待機部屋に着くと既に何人か集まっていた。手を振って挨拶をしてきた占い師のイライ・クラークの隣に腰掛ける。

    「やぁ。このゲームに参加するなんて珍しいね」
    「ペナルティで仕方なくだよ。イライはよく参加するの?」
    「割とね。チェイスの練習に持ってこいなんだ」

    こうやって参加するのは初めてではないが、それでも数える程しかない。普段の対戦の息抜きや暇潰しなどで参加する者が多いと聞く中で、イライの見上げた精神に思わず頷いて感心する。

    「イソップも、他と連携を取らなくていいからってことでたまに参加してるんだって」

    そんな理由で参加しているのは、席を一つ空けて隅に座っている納棺師のイソップ・カールくらいなものだろう。背後に立って陽気にお喋りしているのが泣き虫 ロビーと呼ばれる比較的人懐っこいハンターなので、お遊びの延長で連れてこられた可能性もあるが。

    「……それで、ペナルティって?その顔の傷と関係があるのかな?」
    「スルーしてくれたんじゃなかったのかよ……ちょっと煽りあったら仲良くしろってことで組まされることになった」
    「それは良くないね」
    「元はと言えばあっちが先にしてきたんだ」

    少し離れたところで白黒無常とリッパーと話しながら、見るからに不承不承でここに来ましたと体で体現しているイタカのことを指を差せば、その姿を見たイライは『っふ』と思わず小さく吹き出して笑った。

    「子どもの挑発に乗るような大人だったんだねぇ、ノートンは」
    「……だって、ナメられたままでいろっていうの?」
    「それでもノートンは大人なんだから、スマートに対応しないと」
    「僕もそう思います。煽った側が罰を受けるだけですし、煽り返したから面倒なことになったんでしょう」
    「煽られても言い返したりせずプレイでやり返すのが君のやり方だと思ってたんだけどなぁ」

    イライは知り合って数年来の仲間の新たな一面を見たことが嬉しいのかどこか楽しげで、いつの間にか聞いていたイソップは『意外と子どもっぽいんですね』と呆れ気味だ。なんとまあ散々な言われようである。負けじと言い返そうとしたその時に最後の参加者が入室し役者が出揃ったことで入り口の扉が閉じられ、ゲーム開始までのカウントダウンとアナウンスが流れた。
    それぞれのサバイバーたちの背後にハンターが背を向ける形で立つ形で控えるが、最終的にサバイバーにどのハンターが憑いたのか分からない仕様になっている。事前に零していた場合はその限りではないが。
    すると、あまりこういったお遊びに興じることのないノートンがこの場にいるのが珍しいらしく、やけに周囲の視線が刺さってくるのを感じた。

    「っうわ、な、なにこれ…っ!?気味が悪い…!」

    ブラックジャックモードでは一番大きな数字を持つサバイバーが一定時間の間ハンターと代わる形でゲームを進行する。肉体を共有し合うと表すべきなのだろうか、そしてその仕様を行うための奇妙な呪いがかけられた特異な装飾品をお互いの体のどこかに着けられるのだ。
    背後のイタカが腕に着けられた装飾品に向かって威嚇するように唸り、わざわざ見なくともだいぶうるさい挙動をしているのが分かる。

    「うぅ〜……くそっ…こんな妙なもの着けて人間と一緒にされないといけないなんて……」

    諍いなんていうものは情緒が同レベルの者同士の間でしか発生しないとはよく言ったもので。こんなのと一緒にされたくないとノートンこそ大層不満ではあったが、今度は顔には出さなかった。彼と違って大人なので。








    マップは聖心病院。初期位置は正面ゲート前、院内の出窓付近だった。

    『分かってる?ちゃんと大きい数字引いてよね』

    ノートンの内側に"仕舞われた"イタカがまた早々に無茶振りをする。話を聞いてたのかよと思いながらも『はいはい』と上辺だけ返事しておいた。
    どこからともなく現れたリッパーがカードを切る。手元に配られた数字は2。言われた通りに引き続きドローを希望すると3が配られた。手札は5となり、第一ラウンドで主導権を握るには少ししょっぱいスタートになってしまい顔を顰めると、すかさずイタカから『使えないやつ』と小言が飛んでくる。喧しい。

    『まぁお手並み拝見ってところかな。精々無様に逃げ惑いなよ』

    言葉を交わすことすら面倒になって相槌も打たぬまま出窓の暗号機に取り掛かろうとしたその時、無数のトランプが視界を覆った。ハンターに成り代わる合図だ。途端に内側のイタカが嬉しそうに笑いを零す。それは無邪気な響きだけれど、地を這うような底知れぬ狂気を滲ませていた。普通にしていたら見目だけは人畜無害そうな顔をしているのに、やはり彼は人間を狩る側のニンゲンで、サバイバーの自分とは相容れない存在なのだとノートンはひっそりと肌を粟立たせた。




    内側から見ている彼の戦いはまさに圧巻であった。スキルの能力と武器の射程や可動域を適切に理解をし、追い詰めていくその俊敏さ。自身の苦手とする板場を避け開けた場所へ瞬間移動をしていく合理性。ダウンを取ったサバイバーが起死回生を吐いて立ち上がった頃合を見計らって容赦なく捕らえにいく姿はあまりにも狡猾で。仕留めきれず少々ムキになる場面はあったが、カウントダウン残り66秒で第二段階のスキルが解放され本領が発揮されると、サバイバーたちは為す術なく蹂躙されていった。やはりまだ対策しきれていないらしい。
    誰よりも近い距離であの戦いを目の当たりにしていたノートンは、今度は別の意味で全身を総毛立たせていた。共闘するのなんて真っ平御免であったが、これを見ることが出来るのなら参加する価値は大いにある。たったの第一ラウンジでノートンはそう考えを改めていた。

    「ふふっ、こんなものかな」

    戦斧の先端付近に付いたカンテラをいたずらに揺らした彼は、機嫌が良さそうにそう独り言ちた。
    世界が色を失い、またもトランプが視界一面を舞う。そうして入れ替わったノートンの手にはあれだけの人間を嬲った感覚は一切なく、代わりに300ポイント分のチップが残った。

    『あーあ、次も僕のターンだったらいいのになあ』

    そんな物騒なことを続けざまに吐いた彼の願望は叶うことはなく、空軍のマーサが結魂者 ヴィオレッタと入れ替わる形で第二ラウンドが開始された。
    彼女の蜘蛛糸による加速は磁石による反発を無効にしてしまう可能性もありうるため、ノートンが苦手としているハンターのうちの一人であった。先程の手札で7を引いてしまったので、うっかり捕まってしまうとドローされかねない。いくら手元に300ポイントがあるとはいえ、慎重に行かねばイタカからまた小言や罵倒が飛ぶことだろう。万一、ドローさせられた挙句10でも引いて早々に脱落してみろ、一生口をきいてもらえないぞなどと危惧しながら。
    病院内の二階に一時的に避難をしたノートンはヴィオレッタが瞬間移動で直近の暗号機に飛んでこないか警戒をしつつ、他のサバイバーが追われるのを慎重に待つ。開始時のたった一つだけの磁石で挑む相手にしては分が悪すぎる。

    『……?なにしてんの?』
    「彼女と僕の磁石は相性が悪いから、初手から回さないで少し様子を見る」
    『そんなことしなくてもお前が逃げ切ればいい話じゃん』
    「おい、人の話聞いてた?」

    慎重にしていてもまさか小言が飛んでくるとは。幸いにも300ポイントを君が集めてくれたから若干の余裕はあるとさりげなく讃えてやろうとしたのにと辟易としながら、誰かが追われ始めたのを見計らって出窓の暗号機へ移動する。狙われないことが一番ではあるが、瞬間移動されてしまった時のためにチェイスルートを思案しつつ解読を進め始めた。解読率が二割に差し掛かったその時、サバイバーのダウンを取り切れなかったヴィオレッタがノートンの暗号機に飛んできたではないか。心音が始まる前にノートンはすぐさま右手側の窓枠を乗り越え、板場へと駆け出す。本来のマップならば設置されているロケットチェアのすぐ横にある板を倒して相手の出方を待つと、早々に追えないと判断されたのか心音が遠ざかっていった。まだどくどくと脈打つ心臓を諌め、板の加速は敢えて残すためにやや遠回りをしながら先程の暗号機へと帰っていく。すると、同じく病院内に逃げ込んできた作曲家のフレデリック・クレイバーグと鉢合わせをした。彼が窓枠に近い方で解読を進めているので、ノートンはその反対側に位置する板を敢えて倒すことでチェイスに入ったら今度は板を乗り越えた加速で逃げる手筈だ。
    なんとなく会釈をしてみると、少々ナーバスなきらいがあるフレデリックは僅かな時間だけ目を合わせた後に、暗号機の音にかき消されそうな声で『…どうも』と義務的な挨拶を返したのみだった。自分も社交的な方でないと自負しているが、その同族嫌悪とでも言うべきだろうか、はたまた上流階級への妬みか或いはそのどちらもか、傍にいると彼の挙動がいちいち妙に鼻につく。
    ノートンは磁石の影響で調整の頻度が高いために、わざと調整ミスをしてハンターをおびき寄せてやろうかなどと意地の悪いことを思案したところで、小屋側にてイソップのダウンが通知される。そして間髪入れずにここが瞬間移動の標的となってしまった。チェイス中から暗号機の揺れを見て目星を付けていたのだろう。さすがは古参のハンターである。
    フレデリックは窓枠へ、ノートンは板を乗り越えてそれぞれ散っていく。ヴィオレッタがフレデリックを追い始めたのでノートンは再び出窓に戻るが、チェイス中の彼はよりによって病院内を利用することに決めたらしく、同様に板を乗り越えて戻ってきたではないか。

    「おい、嘘だろ…」

    ノートンは思うさま顔を顰めて迎え、そう呟いた。
    音叉を使用する特異な音が響く。階段を駆け上がった彼が板加速と合わさってみるみる距離を離していくと、当然のごとくヴィオレッタの次なるターゲットは出入り口方向へ逃げ出したノートンだ。糸を張り巡らせる姿がチラと見えたので、一気に距離を詰められないように出窓から出入り口の中間に磁石を投げ捨て、そうしてから院内の壁を隔ててスタンを入れることで加速を殺す。残りのカウントダウンは30秒。持ち堪えなければ。







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