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    6_rth

    @6_rthのポイピク。
    ボツ、えっち、習作含めてデータ保管のため全作品置きます。

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    POIPOI 29

    6_rth

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    しぇゆ未満。
    自覚がないしぇん、察したヌーベル。添える程度にしか出てこないゆ。

    #百合
    Lesbian
    #アサルトリリィ
    assaultLilly
    #しぇんゆ
    fuelOil

    星火燎原 星が閉じ込められていた。
     よろしければどうぞと差し出したのは、同じレギオンに所属している楓さんだった。これはどうしましたのと聞いてみれば、実家から送られて参りましてと、にこりと笑う。
     ラウンジの隅のテーブルに二人でいた。講義がそろそろ終わる時刻になる。周囲には人の気配が少なく、少し離れたところに数人座っているのが見えるだけだ。彼女たちが辛うじて上級生だと分かるくらいには、距離があった。
    「たまの甘味も必要でしょうと。走り続けるにはエネルギーが要りますもの」
     欧米の血が半分流れているその顔つきは、やはり彫りが深い。しかし、それでいて近寄り難いとは感じさせない。輪郭の柔らかさだろうか。
    「そうですわね。わたくしたちが最大限に力を発揮するには、わたくしたちだけではいけませんから」
     遠くで人の声がする。聞き覚えはなかったから、上級生のものだろうと推測した。声は一定以上こちらに近づくことも、遠ざかることもない。向こうのテーブルに座ったようだった。
     楓さんは暫く黙りこくっていた。その間に、紅茶を一口だけ嚥下する。過ごしやすかった最近に比べ、今日はひどく暑い。液体が食道から胃に落ちてゆくのを感じた。
     何でもご自分でなさろうとされる方だと、そう思っておりましたわと、楓さんはそれだけ言った。予想をしていた通りの答えだった。しかし、その顔に波はない。
    「そう考えていた時期があることは、事実ですわ。わたくしはそうあるべきだとも。右も左も見ることをせず、只管前だけを見て邁進することが、故郷を取り戻す最短なのだと、信じてやみませんでした」
     先ほど渡された瓶を手に取る。中身の星はカラカラと音を立てた。金平糖のような甘味は貴重なものだ。楓さんのご実家はいくつ送られたのだろう。わたくしが知ることではないが。
    「変わったのは優秀なルームメイトのおかげでしょうか?」
     茶目っ気を含ませたその問いには、何も返さなかった。只、手の中の星を眺めていた。黄色、橙、白の三色が入った瓶は、よく見れば夜空の星ではなく、西に傾いていく夕日を思わせた。
    「あなたがいなくても、わたくしの考えは変わらなかったかもしれませんわね」
     わたくしとしては、何の気もなく発した言葉のつもりだった。本心を偽る必要などないのだから。けれど彼女からすれば、ほんの冗談のつもりだったものに思わぬ反撃を受けたらしい。長い睫毛に縁取られた大きな眼が、虚をつかれたというように瞠られる。
    「……まぁ、まぁ! わたくしにそのようなことを仰られても。身も心もすべて、梨璃さんのものでしてよ」
    「存じておりますわ」
     瓶をまたテーブルに置く。カタン、とガラスの当たる音がした。そうして代わりに陶製のカップを持ち上げる。紅茶は残り少なかった。すべて飲み干した。
     時間にはもう少し余裕がある。もう一杯と、ポットを手に取った。いかがですかと楓さんに聞けば、くぐもった声でいただきますと言った。
    「そうやってわたくしを籠絡しようとしないでくださいな」
    「そのような意図はございませんわよ」
     静かな調子で返す。紅茶の芳醇な香りが場を満たした。なかなか良い銘柄を見つけましたのと、楓さんが持参した茶葉だった。わたくしの行きつけの専門店でも扱っているだろうか。
     軽い冗談の応酬にも満足したらしい。彼女はわたくしがおかわりを注いだカップを手に取った。先ほど茶葉を持参した際、香りが気に入りましてと言っていたが、それを裏付けるように紅茶の香りを楽しんでいた。碧い眼がうっとりと細められ、心なしかその表面に薄く水の膜が張る様は、わたくしを骨董品を眺めている心地にさせた。
     話すこともせず、ただ黙っていた。紅茶を楽しむ彼女の邪魔をする気はなかった。彼女をじっと見つめるなどという無粋な真似はせず、視線をそっと逸らす。テーブルの片隅には、わたくしたちがつい数十分前まで行っていた、ノインヴェルト戦術時のパス回しとフォーメーションに関する指示体系を書き記したノートが置かれていた。元を辿れば、わたくしたちが集まっていたのはこのためだった。
     講義の終わりを告げるチャイムが鳴った。今はまだ静かなラウンジも、じきに喧騒で満たされるだろう。
     次の講義がありますので失礼いたしますと、楓さんに告げる。彼女は立ち上がる様子もなく、どうやらこの後も講義はないようだった。
     荷物をまとめて立ち去ろうとするわたくしを、神琳さんと呼び止めた。鞄の中から取り出した瓶を、楓さんはわたくしの手の中に押し込んだ。
    「これは?」
    「雨嘉さんにもお一つ」
    「あなたが渡せばよろしいではありませんか」
     これは楓さんのご好意であって、わたくしが渡すのは筋が違う。クラスが違うとはいえ、同じレギオンの雨嘉さんとは過ごす時間も多いだろうに。
    「今日はミーティングもお茶会もございませんもの。同室の神琳さんならきっと、間違いなくお渡ししていただけるとわたくし、信じておりますのよ?」
    「レギオンでの予定が無かろうと、わたくしたちは集まるでしょうに」
     ミーティングや訓練の有無に関係なく、一柳隊はよく集まるのだから、そこで渡せばいいはずだ。わたくしの言葉を聞いた楓さんは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
    「本気で仰っています?」
    「正論では?」
     淑女がなさる顔ではございませんわよ、と一言窘めれば、彼女は額に手を当てた。頭痛を抑えているようだった。残念ながら心当たりはなかった。
    「……とにかく。わたくしは今日、雨嘉さんにお会いする時間がございませんの。あなたにだけ渡して、雨嘉さんには渡さないなどという不平等は許されざる行いです。ですので、それは神琳さんからお渡しいただけますか?」
     静かだが、有無を言わさぬ口調だった。楓さんの言うことが真実でないことは明白だったが、そう言われた以上は無碍にもできない。何も言わず、黙って二つ目の瓶を鞄へ入れた。
    「それでは、ごきげんよう」
     わたくしの背中に、楓さんの返事が投げかけられた。それはひどく疲れたような、けれどどこか満足気な響きを含んでいた。


     今日最後の講義が終わった後のことだった。
     ポケットに入れていた携帯が音もなく震えた。メールが一通、届いていた。差出人は楓さん。この講義が始まる前に話していたその人だった。
    「楓と梨璃と二水、出かけるんだって」
     隣で講義を受けていた雨嘉さんにも届いたらしい。宛先は一柳隊全員で、その内容は雨嘉さんの言う通りだった。三人で町に出かけてきますとだけ書かれたメールは、レギオンの連絡事項にすらなっていない。そもそも今日は集まらないのだから、連絡義務もなかった。
    「どうして送ってきたんだろう」
     雨嘉さんの声は小さかった。一方、楓さんの真意を理解したわたくしは、何も言わない。彼女は先ほどの嘘を真実に変えてしまった。強引なことに。
    「万が一が起きた時、どこにいるか分からないのは困るからではないかしら」
    「……あぁ、確かにそうかも」
     もしかすると、ただ単に梨璃さんたちと出かけるのだと言いたいだけかもしれなかった。しかし、それを口にすることはしなかった。
    「神琳、放課後はどうする?」
    「たまには夕食まで部屋にいるのも、悪くないかと。雨嘉さんはいかが?」
     私もそうしようかなと返されるまで、さほど時間は掛からなかった。その返事に、では帰りましょうかと告げ、揃って教室を後にした。
     それから二人で廊下を歩いて行く。時折、思い出したように雨嘉さんは口を開いた。それは今日あった話であったり、或いはこの前の出撃についての内省であったり、様々だった。耳に心地よい声を聞き、相槌を打てば、表情には現れない感情が声に乗せられて返ってきた。
     寮室の空気はひどく籠っていた。これでは不快でしょうと窓を開けたが、生憎今日は風が弱い。換気には暫く時間がかかる。
     入浴時間まで課題でもと、教科書を鞄から取り出す。課題はいくつかあるが、提出期限が先に来る一般科目から片付けていこうと、問題集に取り掛かった。
     正面の雨嘉さんは戦術理論史に関する読書レポートの作成のため、課題となる教本を読んでいた。期限は今月末だが、わたくしも少しずつ読み進めなければならない。できることは早めにしておくに限るのだから。
     問題集がひと段落ついたから、一度休憩にしようかと顔を上げる。時計は、入浴時間まであと一時間半程度のところにいた。雨嘉さんはまだ本を読んでいた。こちらに気がつく様子はなかった。
     どうしようかしらと考える。集中しすぎてこちらに気がつかないのは、いつものことだった。キリが良さそうなところで名前を何度か呼べば、それで済む話である。
     黒い前髪が顔を隠す様子を見つめながら、名前を呼んだ時のことを予想してみる。一度では気がつかない。三回目、いや、四回目の呼び声にやっと気がつく。それから不機嫌だと勘違いされがちな無表情の中で、緑の目をほんの少し見開いて眉根を寄せるのだ。その仕種も人から見れば怒っていると評されるのだけれど、本人はただ困っているだけのこと。ごめんね神琳、と相変わらず一見分かりにくい表情で、雨嘉さんは謝るのだろう。
     予想したけれど、それは今までの経験そのものだった。わたくしと彼女は、出会って一年も経たない間に幾度となくこのやりとりを繰り返していた。
     決してそれが嫌になったわけではない。確かに雨嘉さんは集中の度合いをコントロールできるようになった方が良いけれど、かと言ってわたくしはこのやりとりを煩わしく思っているわけではない。
     けれども、声をかけることはしなかった。彼女の手の中にある教本は、じきに閉じられそうだと分かるほどに読み進められている。わたくしが雨嘉さんのことを考えている間にと考えると、妙な心地がした。そんなに長い間考えていたつもりはなかったのだ。
    「……神琳?」
    「雨嘉さん」
    「考えごとでもしていたの?」
     今のわたくしは普段の雨嘉さんのようだった。声をかけられ、視線を正面に向ける。かち合った緑の目は不思議そうに瞬いた。教本はもう閉じられていた。付箋がいくつかページの外に飛び出している。
    「あなたが読み終わるのを待っていただけよ。レポートはできそうですか?」
    「あ……そうだったんだ。レポートは、うん。大事だと思ったところには付箋を貼ってるから、もう少し読み込めば何とかなる、と思う」
    「そう。あなたなら問題ありませんわ。一度休憩にしましょう? 適度に休まなければかえって効率は落ちますから」
     テーブルの上を片付ける。入浴後は夕食も控えているからと、軽くお茶だけ。お菓子は食べないほうがいいかしらと考え、そういえば楓さんに貰い物をしたと、鞄の中から瓶を二つ取り出した。一つを机に置き、もう一つを雨嘉さんに見せるように振る。カラカラという音は軽い。
    「それは?」
    「金平糖です。ご実家から送られてきたと楓さんから」
    「こんぺいとう」
     呟くその声はどこか宙を漂っていた。いつもと同じ無表情なのに、その声音も相まって幼く感じられた。思わず笑みを零せば、雨嘉さんは目尻を下げる。
    「初めて見た」
    「アイスランドでは見かけないかもしれないですわね。金平糖というお菓子です。お砂糖でできていますのよ」
    「砂糖だけ?」
    「えぇ」
     わたくしの手の中にある瓶をじっと見つめる。そんな雨嘉さんの手に緑の星が詰まった瓶を握らせれば、彼女は口を引き結んで顎を引いた。驚いている。
    「お茶を淹れてきます」
    「わ、私も……」
    「あなたは座っていらして。疲れたでしょう」
     金平糖に意識を持っていかれた声で手伝いを申し出られても。わたくし一人に準備をさせる申し訳なさを感じるだろうとは思ったけれど、わたくしとしては大したことではない。
     背後からカラリという音が聞こえて、思わずくすくす笑ってしまう。気になったものを見つめる癖のある雨嘉さんのことだ、きっと瓶の中身を見つめているに違いなかった。
     お茶を用意する間に横目で彼女を伺ってみれば、予想通り興味深そうにじっと金平糖を見つめている。
    「そんなに気に入りましたの?」
     お茶をお盆にのせて運びながら尋ねる。雨嘉さんは瓶から視線を外すことなくうん、と答えた。呆れとも何とも言えない気持ちに苦い笑みが浮かぶ。これは聞いていない。意識が完全に金平糖に持っていかれている。出会った時から彼女にはそういうところがあった。以前であればそれをよく思えなかった。あの頃のわたくしは、彼女とどう付き合っていくべきか、彼女はわたくしとの交流を通してなにを改善するべきか、それに重きを置いていた。けれど、角を矯めて牛を殺してはならない。何事も極端になりすぎてはならないものだ。朋友というものは互いの欠けているものを補うものだと知ったから。
     カップを置く音でようやく現実に戻ってきた雨嘉さんは、椅子に座り直して姿勢を正した。
    「なんだか星みたいで可愛いね」
    「可愛い、ですか」
    「神琳はどう思うの?」
    「貴重品だとは思いますわよ」
     今度は雨嘉さんが苦く笑う。それから、神琳らしいね、と言った。
     可愛いというその評価は、言われてみれば理解できないわけでもなかった。要は物の見方の問題なのだろう。
    「小物として部屋に飾ってもいいね。カラフルで、部屋が明るくなりそう」
    「そういう視点もありますのね」
    「本来は神琳の言うとおり、貴重品なんだろうけどね」
    「物の使い方は一つではないでしょうから」
     部屋が明るくなると、気持ちも明るくなる。それはそれで良い考えだと思った。当の本人は困ったように眉尻を下げているけれど、わたくしはまた新たな価値観を得たことに満足していた。
    「……お茶、いただきませんか?」
    「そうだね。せっかく淹れてくれたのに、冷めちゃう」
    「ストレートにしてみましたの。お砂糖ではなく、金平糖を入れて飲むのはいかがかと思って」
     紅茶にはいろいろな飲み方がある。金平糖を入れて飲むというのは、紅茶について調べているときに本で読んだことだ。試したことはないが。
     わたくしの言葉に雨嘉さんは黙って瓶の蓋を開けた。興味を惹かれたらしい。それに続いて、わたくしも瓶を手に取った。
     手のひらに伝わる砂糖のトゲの硬い感触。雨嘉さんが指で摘む。
    「硬いんだね」
    「砂糖の塊のようなものですから」
    「こんな形になるなんて不思議」
    「作る過程でトゲができるそうです」
     金平糖が二粒、音もなくカップの底に沈む。溶けるには時間がかかるだろう。ティースプーンでかき混ぜても、何も変わらなかった。
    「少しずつ味が変わっていくそうです」
    「だんだん甘くなるってこと?」
    「えぇ」
     紅茶を一口飲む。金平糖は溶けていない。いつもと同じストレートティーだ。
    「そんなに気になるのでしたら、一つ召し上がってはいかがかしら」
     先ほどと同じように、金平糖を見つめる雨嘉さんに声をかける。彼女の視線は懐疑を孕んでいた。本当に甘いのか考えているのだろう。わたくしの言葉に顔を上げる。
    「……そ、そうだね。うん。折角だし一つ、食べようかな」
     妙に強張った声をしていた。しかしわたくしの提案を呑んで、ほっそりとした指が星を一つ摘む。そうして星を食べた彼女は目を瞠った。
    「甘い」
    「お砂糖ですもの。わたくしの言ったことは本当だったでしょう」
     飴玉のように口の中で転がしているのか、その緑の目が右へ左へと忙しなく動く。それからふと、僅かに目尻を下げる。甘さに満足しているらしい。
    「こんな不思議な食べ物、はじめて」
    「お気に召したようですわね」
    「うん。楓にお礼、言わなくちゃ」
     そこでわたくしは、妙な引っ掛かりを覚えた。楓さんがなぜ、あんなにも強引だったのか。彼女のことだから、必ず何かしらの意味があるはず。
     考えを巡らせながら、角の丸まった金平糖の沈む紅茶を飲む。ほんの僅かな甘味を感じた。まるで考えを急く自分を咎められているような心地がして、静かに深く息を吐く。
    「ちょっと甘くなってきた」
     目の前の雨嘉さんはわたくしの思考などつゆ知らず、紅茶を飲んでは淡く微笑んでいる。この人のこういうところは、きっと長所と呼ぶべきなのだろう。
    「……よろしければ、もう少し時間があるときに、もう一度しませんか」
    「え?」
    「まだ味わっていたいのは山々ですが、入浴時間が迫っています」
     あ、と雨嘉さんは小さく声を上げた。時計はあと15分で入浴時間に差しかかろうとしている。
    「……そっか。そうだね」
     本当は別に、そこに合わせなくても良かった。夕食後でも入ることはできるのだから。けれど、雨嘉さんはわたくしの言葉を否定することはしなかった。それも経験から予想できたことだった。しかし、本意ではなかった。
     そっとカップの底を見つめる彼女から視線を逸らし、冷め始めた紅茶を、丸くなった金平糖ごと飲み干す。やたらと甘い。やはり、時間をかけて溶かすべきだった。


    「雨嘉さんは喜んでくださいましたか?」
    「……えぇ。とても」
     翌日の朝。椿組の教室で楓さんが開口一番、そう言った。
     私の端的な回答に彼女は笑みを浮かべる。明らかに機嫌が良かった。梨璃さんと二水さんのおかげだろうか。
    「喜んでくださったのなら何よりです。わたくしがお二人を思って差し上げたのですから……」
     雨嘉さんだけでなく、わたくしも? 楓さんの言葉に目を細める。その様子を彼女が見逃すはずもなく、その青い目が弧を描いた。
    「神琳さんはわたくしの意図には辿り着かなかったようですわね」
    「人に物を差し上げる際に、疚しいことなど考えませんもので」
    「わたくしのどこが疚しいと?」
    「楓さんのことは何も言ってませんよ」
     軽い言葉をいくつか投げ合った後、楓さんはふと表情を変えた。それは冗談を言い合う時の年相応のものではなく、夢結様が偶に見せるような、そんな顔だった。
    「神琳さんのことですから、どうせわたくしから貰ったと馬鹿正直に言ったんでしょうね」
     年長者のような顔はすぐに消え去り、彼女は先ほどよりも呆れの色を濃くして言う。
    「あなた以外から貰っていませんもの」
    「そういう意味ではありませんのよ、もう……。金平糖をプレゼントする意味、ご存知ないのね」
     なるほど。そこで得心した。詳しくは分からないけれど、楓さんが気にしそうなことだ。
    「でしたら尚更ですわね」
    「そう言うと思いましたわ……」
     この石頭に期待する方が間違いですわね、と失礼なことを言う。
    「わたくしと雨嘉さんは、ルームメイトですから」
     きっとそれ以上の感情があると、楓さんは思っているのだろう。金平糖を人にあげる行為には、その感情に関連する意味があって、彼女はそれを気にして直接渡さなかった。わたくしはそういうことだろうと推測した。そしてそれが外れているとも思わなかった。
    「嘘はご遠慮くださらない?」
    「紛れもない真実ですわ」
     嘘ではない。わたくしたちはルームメイトであって、それ以外の何者でもない。今までも、これからもずっとそうだ。
    「……本当に石頭ですわね。あの子が誰かにとられても?」
    「それはわたくしの関与すべきことではないでしょう」
    「それこそ嘘でしょう」
     本心だ。あの子がそう選んだのであれば、わたくしが口を出す必要などない。そう思っている、そう確信しているはずの心に僅かな漣。
    「認めてしまえばよろしいのに」
     楓さんの言葉には、ただ微笑んだ。それをわたくしの答えだと認識した彼女は、仕方のない人と呟いて、それからちょうど教室に入ってきた梨璃さんのもとへ行ってしまった。見送ることはしなかった。
     認めることなど何もない。けれど、信じて疑わない己が心に立つ波は、未だ消えてはいない。その波は何から生まれたものか。わたくしには分からない。
     ふと、昨日飲んだ僅かに甘い紅茶の味を思い出した。舌に転がる丸くなった金平糖も。
     あんなに残念そうな表情をするのなら、お風呂は後にしようと言ってくれれば良かったのに。言い出したのはわたくしだけれど、忍びなかった。彼女はきっと何も言わないだろうと分かっていながら、ああ言ったのは我ながら幼稚だったと思い返す。
     そうして、次にゆっくりと過ごせるのはいつだったかしらと、頭の中でカレンダーを思い浮かべる。
     出撃や哨戒のない休日のお昼なら、金平糖がすべて溶け切るだろう。たまには休養も兼ねて、二人、静かに過ごすのも良い。アイスティーにすれば香りだって飛ばない。とても素敵な考えに思えた。
     いつだって考えや感情が分かりにくいと言われる雨嘉さんが、眉間に皺を寄せることもなく穏やかな微笑みを浮かべて、ぽつりぽつりと言葉を探しながら話をする。わたくしは戦いの中にあるその僅かな時間を、好ましく思っていた。
     次の講義は雨嘉さんと同じだから、その時に提案してみようかしら。考えながら、ふと先ほどまでの漣が消えていることに気がつく。
     わたくしたちはルームメイトだ。他の方よりも強く繋がっている。それを懐疑的に見られたことに、わたくしは多少なりとも揺れたのだろう。雨嘉さんを信頼しているというのに。
     そう考えるわたくしの耳の奥でぽちゃん、と金平糖が沈む音がした。
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    💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💘💘💘💞💞💖💖
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    6_rth

    DONE何が何でも5章までにかつに何とか付き合ってほしかった。
    断章Ⅱは含みませんがイベストメモストその他含んでます。大島家と東城さんは多分こんなに仲良くない。独自解釈あります。
    ほんのりめぐタマと月歌ユキとあさにーなの要素があります。
    blooming
     ヒトサンマルマル、購買から少し離れた階段の陰。天候は晴天、視界良好。風向きは……留意する必要なし。
     ピークを過ぎて人も少なくなった購買で、見慣れたオレンジのフードはやけに目立つ。壁に半身を押し付け、気配を殺してそっと覗くと、ちょうど観察対象の彼女が会計を済ませようとしているところだった。
     ……そうして観察対象はわたしの予想通り、購買でサンドイッチを購入した。種類は遠目で分からない。双眼鏡は生憎持って来ていなかった。諜報員たる者、いついかなる時でも準備をしていなければならないのだけれど、午前の座学が押して寮室へ取りに戻ることができなかったのだ。
     観察対象Aは速やかに会計を済ませ、教室の方へ戻っていく。その背中で黒くしなやかな尻尾が緩やかに揺れるのを見て、それからわたしはそっと壁から離れる。冷たかったはずの壁は、わたし自身の体温ですっかり温くなっていた。
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