帰っても恋人がいないからヤケ食いに来たっちゃんごほん、と咳払いをした飯田がソフトドリンクの入ったグラスを掲げる。
「ヒーローショートのビルボードチャートランキングトップ5入りを祝して!」
貸し切った個室の中に「かんぱーい!」の声とグラスを合わせる音が響いた。一気に場の空気が盛り上がった。やっぱ飲み会って好きなんだよなあ。特に気心が知れたやつらでやる飲み会は良い。めっちゃ楽しい。
「なにニヤけてんの。キモいよ」
「ヒドくね」
隣の耳郎が辛辣なので泣き真似をしつつ逆隣の切島に絡む。
「切島ぁ! 耳郎がヒドい!」
「うおっ、始まってすぐなのにもう酔ったのか? ほどほどにしとけよー?」
「飲んでないんですけど」
二人ともひどーいとメソメソしていると目の前からおしぼりが飛んできた。上手い具合に目にぶつかったのでマジで痛い。呻きながら後ろに倒れると芦戸にぶつかってしまい「ちょっと!」と睨まれたけどそんなの気にしちゃいられない。
「ちょっとバクゴーくん 本気で痛いんですけど!」
俺の向かいで黙々と飯を食う爆豪が視線だけ寄越してきた。しらーっとした顔で黙々とテーブル上の食べ物を胃に収めている。
「そういえばさぁ、バクゴーが参加してるの珍しくない?」
「確かに。飲み会に参加してるの久しぶりに見たかも」
寝転がる俺を切島のほうに押し除けてこっちの島にやってきた芦戸に耳郎が同意する。俺の場合誘っても断られるのがデフォすぎてあまり意識してなかったけど、そう言われればそうかもしれない。
「切島が誘えば来てたとか?」
「いやーそもそも距離あったから誘わなかったし、一回誘ったけど断られたな」
寝転がったまま切島に尋ねたらそう返ってきた。つまり誰が誘ってもてんで来なかったのに、今日は顔を出したということだ。これが意味するのは何かと考えて、ハッとする。
「爆豪! お前まさか! イズクちゃんにフラっ、ぎゃあああああああ!」
起きあがった俺に向かって唐揚げについていたレモンの皮の汁を飛ばしてきた。激物だ。目に激物を入れられた。痛みからのたうち回る俺の足をガッと掴んだのはテーブルの向こう側にいる人で、背後に般若が見えるような顔で俺を見下ろしていた。
「てめェ……、俺に断りもなく出久をちゃん呼びしただけじゃ飽き足らず、フラって言いかけたなァ? まさかフラれたって言いかけたわけじゃねえよなァ?」
「あだだだだだだだだいだいいだいいだい何それなんのツボ」
「てめェが二度と口を聞けない体にしたっていいんだぞゴルァ」
余っていた箸を使って俺の足裏をゴリゴリ押してくるので悲鳴を上げて暴れる。それを許そうとしない爆豪と絶叫する俺という構図は、見かねたみんなが助けてくれたことで崩れた。仕事以上に疲れた俺はげそっとした顔でソフトドリンクを飲む。苦笑しながらお疲れと労ってくれた切島に涙が出そうだ。
「ねーねーねーねー! 上鳴の言ってたイズクちゃんって、もしかして、バクゴーが文化祭の時に手繋いで歩いてた子?」
芦戸は目を爛々と輝かせる。そんな様子に爆豪は嫌そうに顔を顰めた。そしてそれで怯むほど浅い付き合いではないので、芦戸に混じって耳郎までどうなんだと聞いている。
「あー! うっせえうっせえ! そーだよ!」
「やっぱりー! あのバクゴーが女の子と一緒に歩いているのでさえ貴重なのに、ちっちゃい女の子に合わせてゆっくり歩いてんだもん! 凄まじいギャップだった」
わかる。あの爆豪が連絡ひとつで走っていっちゃうくらいなんだもの、俺もやべえと思った。見たことがある俺はワケ知り顔で深く頷く。
「じゃあじゃあ、その子とバクゴーってぇ?」
「………」
「やっぱりぃ?」
「………」
「付き合ってぇ?」
ニヤニヤしながら食い下がる芦戸にチッとキレのいい舌打ちをした爆豪が持っていたグラスをテーブルに叩きつける。
「付き合っとるわ! なんか文句あっか!」
噛みつきそうな勢いで肯定した爆豪に女子のキャーという声が上がった。いつの間にか他の席のみんなも爆豪と芦戸の話に耳をすませていたらしい。
「付き合ってどれくらい? 三年くらい?」
「まだ一年だわクソが!」
「どこで知り合ったのかしら?」
「幼馴染だから知り合うも何もガキの頃から知っとるわ!」
「じゃあじゃあ、どこに惚れたん?」
「てめェに言うなら本人に言うわ!」
ガルルルルと唸り声でもあげそうな顔でスパンスパン質問に即答する爆豪に「おおー!」という感嘆の声と拍手が起こった。わかる。あの爆豪が答えるくらいだから本気で好きなんだなって伝わって感動するよな。
「お前が言ってたのってその子だったのか」
障子の後ろからひょこっと顔を出した轟に爆豪はふんと鼻を鳴らした。否定をしないってことは合っているってことだ。それは全員思ったようで、今度は轟にみんなが群がる。爆豪だと捻くれた回答をしても天然の轟ならそのままを答える、というのは三年間で培った共通認識だ。轟は蕎麦を啜りながら矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えている。一方爆豪は、意識が逸れたならそれでいいのか、座り直してまた黙々と食べだした。
「しっかし、変わったよなー」
俺が脳内で思っていたことが無意識のうちに口に出ていたかと思った。実際は俺ではなく隣にいる切島が発したものだった。
「よっぽど緑谷のこと好きなんだな」
爆豪がニカッと笑う切島を睨みながら噛んでいた唐揚げを飲みこんだ。そして次の唐揚げに箸を伸ばしつつ口を開く。
「じゃなきゃ付き合ったりしねーよ」
俺ならここで「キャー純愛!」とか騒ぐが、切島もわりとピュアボーイなところがあるから「そっか!」とピッカピカの笑顔で頷いている。なんだよこの二人。平和か。
「それにしても、なんで今日は飲み会に参加したんだ?」
切島の質問は純粋な疑問であると伝わっているようで、爆豪は眉間に皺を寄せつつも舌打ち混じりに答えはじめた。
「ボランティア活動で一泊二日。だから家行ってもいねェ」
「緑谷が?」
「他に誰がいンだよ」
唐揚げの下に敷いてあった萎びたレタスも食べている。さっきからやけに食ってんなあと思っていたけど、これ多分ヤケ食いだな? 会いたかったのに会えなくて拗ねているらしい。
「寂しくてヤケ食いとか、わっかりやす」
思わずそう言った俺にギンッと目を向いた爆豪の背に再び般若が浮かんだ。いや、今度は修羅かもしれない。とにかく人ならざる者が背後に浮かんでいた。それなんのツボだよと思う場所をピンポイントで突いてくる爆豪に悲鳴を上げる俺が救出されるのは、みんなが轟から情報を絞るだけ絞りとった後だった。