まだ至れない体育祭の時はドーパミンで上手いこと会話できる状態だっただけだと思っていたから、模試の付き添いに来ると聞いた夜は魘された。きっと顔を合わせたらすぐ怒鳴られると怯えていたけど、彼は終始無言で静かだった。
「模試ってそんなに受けるモンなのか?」
そう尋ねられたのは二回目の付き添いの時だった。まるで僕に興味をもっているような質問にぎょっとしたけど、プロヒーローになる彼は大学受験とは無縁だから模試に興味があるのだろう。知的好奇心旺盛なんだなと思いつつ説明した。
それを皮切りに彼は少しずつ話しかけてくるようになった。こちらが拍子抜けするほど単純な質問ばかりで、恐怖から強張っていた体から徐々に力が抜けていった。
もしかして僕から話しかけてもいいのかな。会話はできるようになってきたし、僕だけ質問に答えるのも変だ。それに僕も雄英の授業内容が気になる。
「……あ、の」
緊張のあまり小声で話しかけて恐る恐る顔を上げた。いつの間にか隣に並ぶようになった彼は静かに僕を見下ろしていたので、手をぎゅっと握りつつ思い切って質問した。
「雄英は? 数学とか英語の授業ってあるの?」
僕を見下ろす目が少しだけ大きくなった。視線が左斜め前にいって、真正面にいった。
「現代文とかもフツーにある。ヒーロー科ならではっつったら、個性伸ばしの特訓とか、被災時の対応とか、応急処置の仕方とかもやっとる」
驚きのあまり淡々と話す姿を食い入るように見つめる。僕の質問に答えてくれた。嬉しくて思わず笑みが溢れる。
「ヒーロー科の授業の時はいつもヒーロースーツ着てやるの?」
「あー……、場合による。ヒーローとして動く前提ならスーツ、スポーツテストとかの基礎的なやつなら運動着」
「そうなんだ! ちなみに、個性伸ばしの訓練は? かっちゃんはどんなことしたの?」
「俺はA・Pショットとか作った」
「作ったの」
「まあ」
普通に会話できているのが嬉しくて口角が上がったまま戻らない。彼とこんな風に話せる日が来るとは思わなかったから感動もひとしおだ。
「すごいね。ヒーローを育てる! って感じの授業だ」
名だたるプロヒーローを輩出しているのだからすごいとは思っていたけど、聞いただけでもとてもハードな授業をやっていた。きっと僕ならこれっぽっちもついていけない。受験すらしなかった僕じゃ太刀打ちできないのが目に見えている。
足元を見ながら歩いていたら、不意に隣にいたはずの彼がいなくなっていた。首を傾げつつ振り返ると思ったより近くに彼がいた。
「俺はヒーローになるから、見とけ」
それだけ言って歩きだした彼をしばらく眺めて、置いていかれることにはっと気づき慌てて追いかけた。
謎のタイミングで出てきた宣誓はまるで僕を励ましているみたいに感じた。下ばかり見ている僕にお前の分もヒーローになるからって言っているような、なんて。これは都合のいい解釈だし、気のせいだ。