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    おぢん

    @Odin_Genshin

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    おぢん

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    01. 足踏み 階段 祝う

    行秋の書庫は、飛雲商会の地下に広々と備えられている。薄暗くひんやりとしたそこは居心地が良く、本を読む行秋の隣でこうして桃符を作る時間は一瞬のように過ぎていく。
     もっとも、ぼくがここを頻繁に訪れる理由はそれだけではないけれど。
    「重雲、」
     伏せられた睫毛がふわりとこちらを捉え、擡げられた顔は薄く朱に染まっていた。桃符を削り終えて、隅に置く。それから唇を重ねて、そしてまた新しい桃符を取った。一連の儀式のようにそれは行われる。この部屋で行秋が一度だけぼくの名前を呼ぶ時、それはこの儀式の開始の合図だった。無論深い意味などない。ぼくが桃符を削るように、行秋が頁を捲るように、それは至極当然の行為なのだ。
     別段愛を囁くわけでも、その先を求めるわけでもない。親友の垣根の上から少しだけ手を伸ばし合うだけ。この部屋に限っては誰もそれを咎めないし、ここ以外でぼく達がその垣根を越えようとするつもりもない。
     また一つ桃符が削り終わり、かたりと音を立てて隅に置かれた。それから柔らかな音が小さく響き、また木板を削る音と頁を捲る音だけが流れる。
     行秋がぱたりと本を閉じた。ぼくも桃符から手を離す。どちらがそう決めたわけでもなく、それはただの親友に戻る合図だった。
     重い扉が少しだけ軋み、暖かく軽やかな空気が流れ込む。地上から差し込む光が、ぼく達をやんわりとまどろみから覚まさせた。
     ひとり分しか幅のない階段に足を掛けた行秋が、ふと振り返って口を開く。
    「重雲、正式に許嫁が決まったんだ。」
     思わず足踏みした。ぼくの爪先は書庫から出ていない。けれど一度きりの呼びかけに応じるには、ぼく達は少し遠過ぎた。
    「おめでとう」
     絞り出したそれが、まともな言葉になっていたかどうかも分からない。
    「ありがとう。重雲なら祝ってくれると思ったよ。」
     その顔は逆光やらぼやけた視界やらでしっかりとは見えなかった。
     ここにしがみついて泣きでもすれば、あの儀式は守られるだろうか。振り返れば、ひんやりとしたあの空気は外気と混じってぬるく沈んでいた。
     扉が名残惜しそうに閉まる。長居はすまいと階段を駆け上がった。
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    おぢん

    PROGRESSエイプリルフール親友 腐向けではない 仄暗いかも「ごめんごめん、今読んでる本が思ったより面白くてね。」
     万民堂に入るなり、軽い調子で謝ってみせる。待ち合わせの相手は気にせぬ様子でお冷の氷を舌の上で弄んでいた。
     二人して香菱に適当におすすめを見繕ってもらい、調理場から流れる小気味よい音が腹をくすぐった。昼食というにはやや遅いこの時間は、人気の万民堂といえども客はそう多くない。
    「それで行秋、話というのは?」
     昨日、いつになく真剣な面持ちで誘ってやったせいか、わざわざ居住まいを正してから話を切り出した。
    「……これは重雲が望むような話ではないかもしれないけれど」
     きっといつかは知らなければいけないことだから、と続ければ、口を真一文字に結び、身を乗り出してくる。
    「魈仙人曰く、今の世に、君の探している妖魔は存在しないそうだ。ここ数百年は、瘴気の残滓にあてられた魔物ばかりで、とても君の体質に敵うようなのは、もう​──」
     どんな表情をしているだろう。絶望、それとも怒っているだろうか。ちらりと目をやれば、それは存外けろりとした顔をしていた。
    「今日は嘘をついてもいい日なんだろう。さっき香菱にも騙されたところだ。」
     今日は何を言っても 1177

    おぢん

    PROGRESSドラゴンスパインと親友 1草木も凍る冷え切った寒空の下、ざくざくと霜柱を踏み締める音だけが響く。薄く引き結ばれた口元から漏れ出づる吐息は、慶雲頂の薄雲のように細くたなびいた。
     方士が璃月を離れてどれほどの時が経ったろうか。俗世の喧騒から逃げるようにして行き着いた雪原は、歓迎も拒絶もせず、ただ彼がそこに在ることを受け入れた。そうは言っても、依頼さえあれば出向かねばならぬのは当然のことで。久々に訪れた璃月港は、灰色の静寂に馴染んだこの身に酷く眩しかった。
     聞けば飛雲商会は益々の発展を遂げているようで、極彩色の錦傘は先行きの明るいのを喧伝するかのようだ。ちらちらと舞い降りる白雪を、未だ網膜に焼きついたままの丹青の残滓が淡く彩る。
     この山眠る大地に雨が降ることはなく、雨傘など差し方も忘れてしまった。もっとも、かの錦は日除けにすらならないと誰かが言っていたけれど。
     洞窟の奥地の氷柱にどさりと背を預けた。背から伝わる心地よい冷気が、俗世に浮かされた熱を諫める。どこからともなく聞こえる氷河の静かなる唸りは穏やかに頭蓋を揺すり、遠い記憶を呼び戻した。
     あの日もこうして囁くような唸り声に耳を澄ませていた。
    「重雲重雲、 2972

    おぢん

    TRAINING01. 足踏み 階段 祝う行秋の書庫は、飛雲商会の地下に広々と備えられている。薄暗くひんやりとしたそこは居心地が良く、本を読む行秋の隣でこうして桃符を作る時間は一瞬のように過ぎていく。
     もっとも、ぼくがここを頻繁に訪れる理由はそれだけではないけれど。
    「重雲、」
     伏せられた睫毛がふわりとこちらを捉え、擡げられた顔は薄く朱に染まっていた。桃符を削り終えて、隅に置く。それから唇を重ねて、そしてまた新しい桃符を取った。一連の儀式のようにそれは行われる。この部屋で行秋が一度だけぼくの名前を呼ぶ時、それはこの儀式の開始の合図だった。無論深い意味などない。ぼくが桃符を削るように、行秋が頁を捲るように、それは至極当然の行為なのだ。
     別段愛を囁くわけでも、その先を求めるわけでもない。親友の垣根の上から少しだけ手を伸ばし合うだけ。この部屋に限っては誰もそれを咎めないし、ここ以外でぼく達がその垣根を越えようとするつもりもない。
     また一つ桃符が削り終わり、かたりと音を立てて隅に置かれた。それから柔らかな音が小さく響き、また木板を削る音と頁を捲る音だけが流れる。
     行秋がぱたりと本を閉じた。ぼくも桃符から手を離す。どちらがそう 897

    おぢん

    DONE青写真
    五彩招福親友短編
    「重雲重雲、これはどうだろう。」
     地べたにしゃがみ込む行秋を見れば、自信ありげに瑠璃百合を手にしていた。
    「それは水色だと言っていたはずだから、受け取ってもらえないと思うぞ。」
     青も水色も似たようなものじゃないか、とわざとらしく頬を膨らませる行秋の隣で、どうしたものかと首を捻ることしかできないでいる、
     数日前から、李同という商人に写真機を渡されて頼み事を言付かっているのだ。どうも様々な色合いの写真を集めているらしく、今日は青いものが映った写真を撮ってくるように頼まれ、こうして璃月港を歩き回っている。
     昨日も赤い写真を頼まれて持って行ったのだが、彼はどうも几帳面な性格のようで、この被写体は赤ではないと、随分と没にされてしまった。
     それでも遠巻きに絶雲の唐辛子を撮ったりしてなんとか納めることができたのだが、今日は一段と難航している。
     璃月の建物は赤や緑で豪華に塗り立てられているし、そもそも自然に青色というのはそう多くあるものでもない。夜泊石はどうかと写真機を構えたが、売り物を勝手に撮るなと石商に諭された。
     海の写真は青だろうか水色だろうか、と埠頭の方を見渡せば、パシャリと光を 2388

    おぢん

    DONE
    海灯祭の話
    満天の星空のように輝く海灯。日頃華やかな璃月港も、今日は一段と煌びやかさを増し、道ゆく人々の表情も目を輝かせている。
     以前のぼくなら間違いなく海灯祭のような活気溢れる場所に訪れることはなかっただろうが、最近は体質をうまく抑えられているのもあり、行秋の誘いに二つ返事で応じた。璃月に居るからには一度は参加したいとは思っていたし、商会の仕事で毎年忙しそうにしている行秋と回れるのは、最初で最後かもしれなかったから。
     人混みの中で少しばかり心が浮つき、雲の上を歩いているようにふわふわとした感覚。知っているはずの場所なのに別世界のようで、氷菓を片手にきょろきょろと見て回った。
     ぼんやりと空を飛び交う灯を見つめていると、千岩軍に声をかけられ、海灯を手渡された。日頃お堅い千岩軍が率先して祭りを盛り上げようとしているのに、思わず笑みが溢れる。
    「有名ではありますが、海灯を思い人と一緒に放てば結ばれると言う言い伝えがあります。良い海灯祭を!」
     すぐに放ってやろうと思っていたが、その言葉を聞いて、もう少しだけ仕舞っておくことにした。
     さてこれからどうしようかと思案すれば、後ろから肩を叩かれ、振り向 2411