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    おぢん

    @Odin_Genshin

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    おぢん

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    ドラゴンスパインと親友 1

    草木も凍る冷え切った寒空の下、ざくざくと霜柱を踏み締める音だけが響く。薄く引き結ばれた口元から漏れ出づる吐息は、慶雲頂の薄雲のように細くたなびいた。
     方士が璃月を離れてどれほどの時が経ったろうか。俗世の喧騒から逃げるようにして行き着いた雪原は、歓迎も拒絶もせず、ただ彼がそこに在ることを受け入れた。そうは言っても、依頼さえあれば出向かねばならぬのは当然のことで。久々に訪れた璃月港は、灰色の静寂に馴染んだこの身に酷く眩しかった。
     聞けば飛雲商会は益々の発展を遂げているようで、極彩色の錦傘は先行きの明るいのを喧伝するかのようだ。ちらちらと舞い降りる白雪を、未だ網膜に焼きついたままの丹青の残滓が淡く彩る。
     この山眠る大地に雨が降ることはなく、雨傘など差し方も忘れてしまった。もっとも、かの錦は日除けにすらならないと誰かが言っていたけれど。
     洞窟の奥地の氷柱にどさりと背を預けた。背から伝わる心地よい冷気が、俗世に浮かされた熱を諫める。どこからともなく聞こえる氷河の静かなる唸りは穏やかに頭蓋を揺すり、遠い記憶を呼び戻した。
     あの日もこうして囁くような唸り声に耳を澄ませていた。
    「重雲重雲、もしも、もしもの話なんだけれどね、」
     囁きと内緒話でもするように、行秋も衣摺れのように声を潜める。互いの手が届く距離にしか世界が残されていないかのように身を寄せて、ありとあらゆる空想の話に潜り込んだ。体質を抑えられたら、古華派が再興したら、そして、
    「もし僕が先に死んだら、どうする?」
     生きとし生けるもの全てに終わりがあることなど、三つの子供でも知っている。それでもこの春風のように無邪気で強引で、そして暖かに笑う彼が死ぬところは、他のどんなもしもの話よりも縁遠いと思った。
    「心配しなくても、年に一度くらいは手を合わせるさ。」
    「む、年に一回とは少し薄情じゃないかい。」 
    「行秋のことだから、そう簡単に死にはしないだろう。」
     大袈裟に不本意そうな素振りをしてみせる行秋を尻目に、また地底の囁きに耽る。
     あれが空想で終わればどんなに良かったろう。
     洞窟の中は比較的暖かい。吹雪から隔絶され、青く染まった空気は海底のように穏やかに揺蕩う。
     微睡む深海の真ん中で、ちらちらと燃える篝火の子守唄を聴いていた。見晴らしのいいその丘は、無限にひらけているようでありながら、静謐の揺り籠のようにぼく達を包む。この高台から一歩足を踏み外したところで、水底の海月のように、あるいは降り始めた雪のように、ふわりと空を飛べるのではないかとさえ錯覚させた。
    「​──雲、重雲!」
     はっとして微睡みから目を覚ませば、両の足は宙に放り出されていた。氷柱にゆるりと腰掛け、宙を歩く予行演習のように虚空を踏み締める。
    「もっと近くにおいでよ。そんな所にいては凍えてしまうよ。」
    「暖まり過ぎても修行にならないだろう。まあ、少しだけなら良しとしよう。」
     もっとも、本来ならば吹雪に打たれでもした方がいいのだけれど。修行の内容をねだる行秋に零したところあまりにも心配して、こうしてついてくる始末となったのだから、今回は少しばかり自重する。
     氷柱から降り、雪に埋もれた地面をようやく踏み締める。改めて降りてみれば、雪の上というのは存外ふわりと浮いたような心地がするものだ。呑気に行秋の方に振り返れば、どういうわけか彼は自分より幾分か高い所から慌てたように手を差し伸べた。
     何かと思いながらも手を伸ばせば、信じがたい力で引き寄せられた。強かに氷柱に打ち付けられ、痛いじゃないかと行秋の方を見やったが、その姿はない。
     どさり、と下の方で何かが落ちる音がした。まさか、と身を乗り出して覗き込んだが、どうやら雪の塊が落ちただけらしい。ひと心地ついて首を擡げれば、赤い柱が目を引いた。
     先程まではなかったはずの、赤い氷柱。それとその根本に見えるのは​──
     意識はそこで途切れた。


     もう何度目かも分からない頭の疼きで目を覚ました。はっと辺りを見回せば、叩き割られた赤い氷柱、そこから転々と牡丹が伸び、手元に目をやると​──冷たくなった親友の姿があった。
     声にならない叫びが喉を突く。頬がぱりぱりと音を立て、塩混じりの細氷が舞った。どうして何も覚えていないんだろう。どうして最期を見ることができなかったんだろう。ゆるく繋がれたままの手が、幾ばくかの暇のあったことを伝えた。
     体質を克服したいと日々願ってはいたし、当然努力もしていた。しかし、制御さえすればきっと妖魔退治に役立つであろうこの体質を、心の底では嫌ってはいなかった。けれど今は、ただ憎い。こんなに大切な時間を奪われておいて、憎まずになどいられようか。もし意識を手放さなければ、何か処置ができたかもしれないのに。最期の言葉を覚えていられたかもしれないのに。どうして行秋はぼくを助けたりしたんだろう。行秋の力なら自分で治せると思ったから? あのままいくらか重いぼくが落ちていれば、もっと手前の湖にでも突っ込んで助かっていたかもしれないのに。そうでなくとも、冷静な行秋なら処置ができたかもしれないのに。どうしようもないもしもが嗚咽となって漏れ出た。
     ひとしきりのもしもを目が溶け出るほどに溢して、吹雪のように掠れた声しか出なくなってからどれほどの時間が経ったろうか。ふと、往生堂の胡桃の話を思い出した。
     人間の死体を扱うにあたって一番恐るべきは、腐敗であると。早く燃やしてしまえば問題ないが、葬儀屋としては毎度そうすることもできない。内部まで体温をすぐに下げてやらないといけないから、あなたの神の目は便利そうですね、と人を食ったような笑い声にどこかそら寒いものを覚えたのだった。
     そこから帯革のそれに手をかけるまでそう時間はかからなかった。赤い空洞に神の目を埋め込めば、いやに柔らかなままの感触に思わず顔を顰める。繋いだままの手をゆっくりと解き、傷口を覆うように組ませた。
     震える右手で剣指を組む。最大にして最後となるであろう元素を込めたそれを、高々と振りかぶり​──
    「​──急急如律令‼︎」
     
     
     遠くの雪崩に長い夢から引き戻された。獣のように小さくぶる、と身を震わせ、静かに氷柱に向き直る。
    「​​行秋、」
     あれからどれほどの時が経ったのだろうか。幾度の春を越え、短い夏をやり過ごし、秋が暮れ冬が来ても、かつての親友はあの春風のように暖かな笑みを浮かべたまま、この雪山の一角に眠っていた。春風を閉じ込めたままなのを確かめるように、また少しだけ元素力を注ぐ。年々厚くなる氷のせいで、もうぼんやりとしかその存在を確認することはできないけれど。己と変わらぬ背丈を閉じ込めた氷塊は柱となり、今や氷山と見紛うほどに磐石だ。それでもたった一日注ぐのをやめただけで、この春風はふわりと溶け出て在るべきところに還ってしまうような気がした。
     あの時、正直に毎日こうして参ってやると言っていれば、何かが変わっていたろうか。何千層にも重ねられた薄氷の中で琥珀のように佇む彼は、ぼくの愚かな償いを見て何を思うだろうか。また一分だけ厚くなった壁の向こうには、語りかけたところできっと聞こえやしないけれど。
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    おぢん

    PROGRESSエイプリルフール親友 腐向けではない 仄暗いかも「ごめんごめん、今読んでる本が思ったより面白くてね。」
     万民堂に入るなり、軽い調子で謝ってみせる。待ち合わせの相手は気にせぬ様子でお冷の氷を舌の上で弄んでいた。
     二人して香菱に適当におすすめを見繕ってもらい、調理場から流れる小気味よい音が腹をくすぐった。昼食というにはやや遅いこの時間は、人気の万民堂といえども客はそう多くない。
    「それで行秋、話というのは?」
     昨日、いつになく真剣な面持ちで誘ってやったせいか、わざわざ居住まいを正してから話を切り出した。
    「……これは重雲が望むような話ではないかもしれないけれど」
     きっといつかは知らなければいけないことだから、と続ければ、口を真一文字に結び、身を乗り出してくる。
    「魈仙人曰く、今の世に、君の探している妖魔は存在しないそうだ。ここ数百年は、瘴気の残滓にあてられた魔物ばかりで、とても君の体質に敵うようなのは、もう​──」
     どんな表情をしているだろう。絶望、それとも怒っているだろうか。ちらりと目をやれば、それは存外けろりとした顔をしていた。
    「今日は嘘をついてもいい日なんだろう。さっき香菱にも騙されたところだ。」
     今日は何を言っても 1177

    おぢん

    PROGRESSドラゴンスパインと親友 1草木も凍る冷え切った寒空の下、ざくざくと霜柱を踏み締める音だけが響く。薄く引き結ばれた口元から漏れ出づる吐息は、慶雲頂の薄雲のように細くたなびいた。
     方士が璃月を離れてどれほどの時が経ったろうか。俗世の喧騒から逃げるようにして行き着いた雪原は、歓迎も拒絶もせず、ただ彼がそこに在ることを受け入れた。そうは言っても、依頼さえあれば出向かねばならぬのは当然のことで。久々に訪れた璃月港は、灰色の静寂に馴染んだこの身に酷く眩しかった。
     聞けば飛雲商会は益々の発展を遂げているようで、極彩色の錦傘は先行きの明るいのを喧伝するかのようだ。ちらちらと舞い降りる白雪を、未だ網膜に焼きついたままの丹青の残滓が淡く彩る。
     この山眠る大地に雨が降ることはなく、雨傘など差し方も忘れてしまった。もっとも、かの錦は日除けにすらならないと誰かが言っていたけれど。
     洞窟の奥地の氷柱にどさりと背を預けた。背から伝わる心地よい冷気が、俗世に浮かされた熱を諫める。どこからともなく聞こえる氷河の静かなる唸りは穏やかに頭蓋を揺すり、遠い記憶を呼び戻した。
     あの日もこうして囁くような唸り声に耳を澄ませていた。
    「重雲重雲、 2972

    おぢん

    TRAINING01. 足踏み 階段 祝う行秋の書庫は、飛雲商会の地下に広々と備えられている。薄暗くひんやりとしたそこは居心地が良く、本を読む行秋の隣でこうして桃符を作る時間は一瞬のように過ぎていく。
     もっとも、ぼくがここを頻繁に訪れる理由はそれだけではないけれど。
    「重雲、」
     伏せられた睫毛がふわりとこちらを捉え、擡げられた顔は薄く朱に染まっていた。桃符を削り終えて、隅に置く。それから唇を重ねて、そしてまた新しい桃符を取った。一連の儀式のようにそれは行われる。この部屋で行秋が一度だけぼくの名前を呼ぶ時、それはこの儀式の開始の合図だった。無論深い意味などない。ぼくが桃符を削るように、行秋が頁を捲るように、それは至極当然の行為なのだ。
     別段愛を囁くわけでも、その先を求めるわけでもない。親友の垣根の上から少しだけ手を伸ばし合うだけ。この部屋に限っては誰もそれを咎めないし、ここ以外でぼく達がその垣根を越えようとするつもりもない。
     また一つ桃符が削り終わり、かたりと音を立てて隅に置かれた。それから柔らかな音が小さく響き、また木板を削る音と頁を捲る音だけが流れる。
     行秋がぱたりと本を閉じた。ぼくも桃符から手を離す。どちらがそう 897

    おぢん

    DONE青写真
    五彩招福親友短編
    「重雲重雲、これはどうだろう。」
     地べたにしゃがみ込む行秋を見れば、自信ありげに瑠璃百合を手にしていた。
    「それは水色だと言っていたはずだから、受け取ってもらえないと思うぞ。」
     青も水色も似たようなものじゃないか、とわざとらしく頬を膨らませる行秋の隣で、どうしたものかと首を捻ることしかできないでいる、
     数日前から、李同という商人に写真機を渡されて頼み事を言付かっているのだ。どうも様々な色合いの写真を集めているらしく、今日は青いものが映った写真を撮ってくるように頼まれ、こうして璃月港を歩き回っている。
     昨日も赤い写真を頼まれて持って行ったのだが、彼はどうも几帳面な性格のようで、この被写体は赤ではないと、随分と没にされてしまった。
     それでも遠巻きに絶雲の唐辛子を撮ったりしてなんとか納めることができたのだが、今日は一段と難航している。
     璃月の建物は赤や緑で豪華に塗り立てられているし、そもそも自然に青色というのはそう多くあるものでもない。夜泊石はどうかと写真機を構えたが、売り物を勝手に撮るなと石商に諭された。
     海の写真は青だろうか水色だろうか、と埠頭の方を見渡せば、パシャリと光を 2388

    おぢん

    DONE
    海灯祭の話
    満天の星空のように輝く海灯。日頃華やかな璃月港も、今日は一段と煌びやかさを増し、道ゆく人々の表情も目を輝かせている。
     以前のぼくなら間違いなく海灯祭のような活気溢れる場所に訪れることはなかっただろうが、最近は体質をうまく抑えられているのもあり、行秋の誘いに二つ返事で応じた。璃月に居るからには一度は参加したいとは思っていたし、商会の仕事で毎年忙しそうにしている行秋と回れるのは、最初で最後かもしれなかったから。
     人混みの中で少しばかり心が浮つき、雲の上を歩いているようにふわふわとした感覚。知っているはずの場所なのに別世界のようで、氷菓を片手にきょろきょろと見て回った。
     ぼんやりと空を飛び交う灯を見つめていると、千岩軍に声をかけられ、海灯を手渡された。日頃お堅い千岩軍が率先して祭りを盛り上げようとしているのに、思わず笑みが溢れる。
    「有名ではありますが、海灯を思い人と一緒に放てば結ばれると言う言い伝えがあります。良い海灯祭を!」
     すぐに放ってやろうと思っていたが、その言葉を聞いて、もう少しだけ仕舞っておくことにした。
     さてこれからどうしようかと思案すれば、後ろから肩を叩かれ、振り向 2411

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