首輪耳障りな金属の音。
サーベイランスを覆うようにして嵌められたモノ。
エンカクの小指が入る程度の隙間に息苦しさは感じないが、それでも従属させられたような感覚に眉間の皺が深まる。
仕上げとばかりに鎖が繋げられて、目の前の顔が満足そうに微笑んだ。
「・・・・・・おい、これはなんの真似だ」
くだらない酔狂に付き合わせるな。
呆れが込められた問いかけにも笑みを浮かべたまま。
防護も担う会社のロゴが入ったジャケットを脱ぎ、白衣ともいえるインナーのみの姿はより一層華奢で脆弱な存在にエンカクの目には見える。
その華奢で脆弱な存在―――ドクターは、己の首にエンカクに施したものと同じものを付けると、それから伸びる鎖をハイと手渡してきた。
「いつも通りもいいけど、たまには『遊び』をしないかい?」
「『遊び』?」
これのことか、と。
手渡された鎖を引き寄せれば、その華奢な身体がエンカクへと倒れこむ。
そのまま、エンカクが勝手に寛いでいたベッドへと転がして、覆い被さるようにドクターを焔色の双眸が愉し気に見下ろした。
事の発端は、とある『苦情』からだ。
ドン、と。
机の上に積み上げあられていた書類の束が僅かに浮いたように見える。
グラグラと揺れながらも、雪崩のように崩れなかったことに胸をなでおろしつつ、机に振動を与えた手の持ち主をフェイスガード越しに見つめた。
「え、えっと・・・・・・」
「あンのさぁあドクター」
ムン、とその隣で腕を組み少々ご不満な様子のオペレーターの声に、ドクターはそちらへと顔を向ける。
「もうさぁあいつ、あの長身のキザなサルカズどうにかしてくんない?」
「ど、どうにかとは?」
「『俺には関係ないな』って!重い荷物運んでるうちら素通りよ!」
「えぇっとぉ・・・・・・」
「いくら重装オペでもねぇ!こっちはか弱い女子なのよ!」
ドン、と。
再び強く置かれた手に机がミシリと悲鳴を上げる。
「普通に他の頼み事しても無視だし!ドクター以外と喋んないし!!」
「(パヒューマーとかシャイニングとかよく話してるような・・・?)」
「もう!ドクターの指揮しか聞かないのなら!ちゃんと!躾しといてね!」
「し、躾って・・・・・・あ・・・・・・」
言うだけ言って気が済んだのか、立ち去っていく背中を見送ってドクターはため息を漏らす。
『あの長身のキザなサルカズ』というと今のところエンカクの事を指しているでいいだろうか。
思い返してみれば、確かに彼女たちの言う通りのところが無いわけではない。
だが、だからと言って自分の言うことも素直に聞いてくれるのも作戦指揮以外では偶にだ。
「いや、最近はわりと?結構素直に?私の話を聞いてくれるけども、躾・・・・・・しつけ・・・・・・?」
「やぁっほぉー!ドクター!」
この請求書にサインちょーだい。
ヒラヒラと一枚の紙を揺らしながら姿を見せたのは、ロドスにおける騒動の火種の一つ。
クロージャである。
差し出された請求書を厳重にチェックし、それが購買部の仕入れ関係であることを確認するとドクターは手早くサインを記した。
「はい、いいよ」
「あーりがとー。ところでさー、さっき『躾』がどうのって言ってなかった?」
「言ってたけども、君が部屋に入ってくる前だったはずだけど?」
「んひひひ。まぁまぁ細かいことは気にしないで!なんの躾か知らないけど、ここにこーんなものがあります!」
「要らないよ。要らない。クロージャがそういうときは絶対ロクな・・・・・・」
「躾といえばコレ!まぁ処理し忘れてた要らない在庫だからドクターにあげるねー」
「ねぇ聞いてる!クロージャ!ねぇ!」
「にゃはは!サインありがとー!じゃあねー」
言うだけ言って立ち去って行った可愛いブラッドブルード。
本日二度目の言うだけ言って立ち去っていく背中を見送って、ドクターは手元に残された『ソレ』に再度溜息をもらすのだった。
「―――と、いうわけなんだけど」
「・・・・・・」
これまでの経緯をきっちり説明すれば、見上げていた男の顔がみるみる苛立ちと呆れとが見事に両立した表情を浮かべている。
無言のまま、ドクターに覆い被さっていた身体を起こし、首に嵌められた首輪を引きちぎろうとする姿に、慌ててストップをかけた。
「要らないとは言ってたけど、一応貰い物!」
「貰い物?こんなもの即刻捨てろ。同族とはいえあの女が持っていたモノだぞ」
「言いたいことは、わかるけどッ」
一応エンカクの破壊活動を止めることが出来たのを確認すると、ドクターはそのまま疲れたようにベッドへと倒れこんだ。
壊すのは止めたが、エンカクは未だに訝しげに自分に嵌められた首輪を確かめている。
その際にジャラリと揺れた鎖をぼんやりと眺めていたドクターは、不意にエンカクの首輪からのびる鎖を掴んでそれなりの力を込めて引き寄せた。
「ッ・・・・・・なんの、真似だ?」
突然の事に身体のバランスは崩れたようだが、それでもドクターを押しつぶさないようにベッドへとついた両手でその屈強な身体を支えている。
そのエンカクの首の後ろに引き寄せた鎖を回して、今度は両手でエンカクの顔を引き寄せた。
「躾っていうけど、君はロドスに来た時ほど我儘じゃなくなったからなぁ」
「お前は、遠慮がなくなったな」
「自分のモノに遠慮は必要?」
「誰がお前のモノだ」
「きみ」
告げて、引き寄せた皮肉屋の薄い唇を奪う。
リップ音を立てながら吸った唇から顔を離せば、エンカクは自身の首輪の鎖を持つドクターの手をシーツへと押さえつける。
「本当にお前は奪うばかりの奴だな」
「知らないよ。けど、君が言ったんじゃないか」
「『武器』として使えとは言ったが、それはこういうことじゃないだろう」
「それは、もう、今更じゃない?」
近づいてきたエンカクの濃藍色の髪がドクターの鼻先に触れた。
互いが動くたびに聞こえる鎖の音。
己を見据える焔色の双眸にドクターは小さく笑みを向ける。
「君が欲しいと言った、そして代わりに『私』をあげるとも言った」
「・・・・・・」
「お互いがお互いの所有者だ。ほら、これで対等」
「対等?俺とお前が?笑い話にもならないな」
「でもほら、今私を繋ぐ鎖は君の手の中だ」
そう告げれば、やはりエンカクは嘲笑のような笑みを浮かべて「くだらない」と吐き捨てる。
エンカクならばそう言うだろうと思ってはいた。
ほんの少しの『お遊び』のつもりだったのだが、やはり気に入らなかったかと、苦笑と共に謝罪を向ける。
「ふふ、そうだね。ゴメン、玩具に少しはしゃぎすぎたみたいだ」
今外すよ。
エンカクに嵌めた首輪を外そうと、囚われていない自由なほうの手を伸ばす。
君にならば飼われてあげても良いよ、と告げたらどんな顔をするだろうか。
ロドスに縛られた今の自分がそんなことを言うことは出来ないけれど。
首輪に指先が触れたのと同時に、エンカクが僅かに上体を動かし、ドクターの手から逃れた。
どうして、と問う前に降りてきたのは獰猛なキス。
少し息苦しいまでに執拗に吸われ、食まれながら。
身を捩るたびに互いの首輪から伸びた鎖が鳴りつづける。
「ぁ・・・・・・ッ」
「ならば、俺以外の誰にも・・・・・・、いやなんでもない。戯言だ、忘れろ」
「エンカク・・・・・・」
首輪を外そうと伸ばしていた手で、鉱石が浮かぶ頬へと増える。
『俺以外の誰にも』のその先の言葉。
それはきっと予想通りならば―――。
「―――君以外の誰にも、わたしはこの命を差し出すつもりはない」
狩りとられるときは、君の手で頼む。
きっと、これが正解なのだろう。
だというのに、どうしてそんなに苦々しい顔をするのか。
エンカクの浮かべた表情に小さく笑って、ドクターは目の前のサルカズにその身を明け渡した。