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    まさよし

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    まさよし

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    オーカイ パラロイ 色々都合よく解釈してます
    普通に付き合ってイチャイチャしてます
    え?日本が舞台?みたいになる描写があるんですが目をつぶってもらえると助かります(?)
    オエが物理的に壊れます 直るけど死ネタっぽいです

     明後日の昼頃に帰る。今回は一週間くらいいる予定だから。
     このメッセージが届いたのが昨日で、要するに俺はこの散らかった部屋を明日までに片付けておかなければいけないということだった。オーエンはいつもこうやって急に帰ってきては、好きな期間滞在してまたどこかに旅に出る。一週間なら長いほうだ。
     オーエンはここに来る時は、帰る、という言葉を使う。半年か一年に一度、長くても一週間だけを過ごすこの家を、自分の帰る場所だと思ってくれている。それを認識するたびに、うれしいような寂しいような、どちらともつかない感情が胸に生まれる。だったらもっと長くいてくれていいのに。たとえば、ずっとここにいて、たまに一週間くらいの旅に出る、それじゃいけないんだろうか。アシストロイドを家族に迎え入れるほどの収入なんてないのに、もしそう出来たとしても仕事ばかりで退屈させることはわかっているのに、そんなことを考えてしまう。

    「おかえり」
     帰ったらすぐに部屋の掃除をして、一週間もいたらクローゼットに押し込むだけじゃバレるだろうからある程度は整理しないとな、チラシとかの紙ゴミも溜まってるから朝までにまとめて……そんなことを頭の中で計画しながら家に帰ると、人好きの良い笑顔を浮かべた見目麗しいアシストロイド……オーエンが俺を優しく迎え入れた。旅先で落とすなよ、と釘をさしてから渡した合鍵がどうやら役に立ったようだ。いや、そんなことを考えてる場合じゃなくて。
    「思ってたより早く着いたから」
     呆気にとられている俺の、明日じゃなかったのか、という思考を見通したように言葉が返ってくる。
    「……そうか、おかえり」
    「ただいまでしょ?」
    「あぁ……うん、ただいま」
     帰ってくるのを待っていた俺が逆に帰りを待たれていて、どう言えばいいのかぎくしゃくしてしまう。機嫌の良さそうなオーエンは、晩ご飯作ってあるから、と、これまた機嫌の良さそうな声で言う。オーエンが楽しそうにしていればいるほど、俺の頭は悪い予感でいっぱいになった。
     短い廊下を抜けてリビングにたどり着くと、そこには思っていたとおりの光景が広がっていた。朝までは服やらタオルやらが散らばっていた床は、白いフロアタイルがしっかりと見えるように掃除されていて、綺麗に磨き上げでもしたのかモデルハウスと比べても遜色ない状態に仕上がっていた。同じように磨かれたテーブルの上にはデリバリーで注文したような、いや、それよりも立派で見栄えのいい料理が並んでいる。高級料理店のもののようだ、と言えないのは俺の収入に合わせた材料で作られているためで、それさえあればオーエンは簡単に世界一の逸品をここに並べるだろう。
    「おまえ、こんな使用人みたいなことするなよ」
    「どうして? 僕のことなんだと思ってるの?」
     オーエンは不思議そうに、かつ少し不機嫌そうに言う。言わんとしていることはわかっている。僕は高性能の、それも最高級のアシストロイドなんだと、そう言いたいのだ。家事のひとつやふたつ、完璧にこなせて当たり前なんだと。俺だってそんなことはわかっている。でも、そうしてほしくないと思う理由があった。
    「……俺の恋人なんだろ」
     目を逸らす。改めて言うとやっぱり恥ずかしかった。
     オーエンは自由で、こう言うと大げさだが、少し傍若無人だった。優秀過ぎるがゆえに、自分の言うことや願いごとはすべて叶って当然なのだと思っている、そんな気がする。だから俺の都合なんて考えずに急に帰ってくるし、恋人にもなる。そう、恋人にもなったのだ。ある日、僕、おまえと恋人になるから、と、当たり前のように言われた。なりたい、とか、ならせて、とかじゃなく。もちろんはじめは拒絶した。そういうのはお互いの合意が必要なんだと諭した。そこからのオーエンの言い分はこうだ。
     でも僕がここを帰る場所にしても、おまえは嫌だって言わなかった。僕が作った料理だっていつも美味しそうに食べてる。僕に負の感情を持っているとは思えない。バイタルサインを観測しても、僕が恋人になるって言ってから感情が高揚してる。おまえにもわかるように言うなら、喜んでるってことだよ。おまえがそれを認められないとしても、今おまえに恋人がいないのは事実でしょ。僕がそこに収まってなにか不都合があるの。
     正直、子どもみたいな言い分だと思った。途中の、バイタルサインがどう、というのが無ければ。そういうことを言われると、そうだったのか? 俺ってもしかして、自分で気づいてないだけで、オーエンのことが? と、そんなふうに思えてきたのだ。そうなると、じゃあこいつの言うとおり恋人なんていないのだから、オーエンとそうなっても……と、そう思ってしまっても無理は……いや、今思うと、少し無理がある気がしてきた。俺って俗に言う、ちょろい、ってやつなんだろうか。認めたくないがそうかもしれない。実際、恋人としてオーエンと接していくうちに、こいつは結構利己的なうそをつくことが多いのだと気づいた。今回だって、帰る予定の日をわざと遅く言ったんだろう。そのほうが、なにも言わずに帰ってくるより、帰ってくるって聞いた時にすぐ掃除していればよかった、と俺を後悔させられるから。だから、もしかしたらあのバイタルサインの話も、それと同じだったのかもしれない。けれど、その考えに至った時にはすでに俺は、オーエンからメッセージが来たら喜んで、返事が遅いとじれったくて、たまの帰りをずっと待ちわびる、そんな模範的な恋人になってしまっていた。もしも今さらあれがうそだったと告げられても、俺はこの立場を手放さないだろう。
     オーエンは、俺の言葉を聞いて、たぶん笑っていた。目を逸らしているから実際のところはわからないのだけれど、きっと意地悪な笑みを浮かべているのだと思う。俺が気まずく思ったり恥ずかしがったりすると、こいつはいつも喜ぶから。
    「そうだね。それも、とびきり尽くすタイプの」
     ゆっくりと顔を上げると、案の定オーエンは笑っていた。底意地の悪そうな笑顔と声色なのに、やっていることも言っていることも真逆で、だから俺はこいつを叱りつけるようなことが出来なかった。オーエンは、なんでも強引に決めるわりに、自分はアシストロイドだからと献身的に世話を焼いてくる。そういうふうに造られているから、だとしたら寂しいと思ったけれど、ある時俺がそう聞いたら、オーエンは、全部自分の意思でやっていると言っていた。だから俺は、自分の考えた悪い予想よりも、そっちを……恋人の言うことを信じることにした。まあ、やりたくてやっているんだとしても、俺としては、たまに帰ってきたときくらいはゆっくり過ごしてほしいのだけれど。
     促されるままに料理の用意された席に腰掛けると、俺の小さな願いを無視して、オーエンは皿もコップも並んでいない向かい側の椅子に座った。俺は俺で、美味いものを食いながら旅の土産話を聞いているうちに、奉仕されている気まずさなんて忘れて笑ってしまうのだから薄情なものだった。

    「実は今日、非番になったんだ」
     オーエンが帰ってきてから四日目の朝、簡単な朝食が用意されたテーブルに寝巻きのまま座って、制服は? と聞いてきたオーエンにそう返事をする。
    「はは、驚かせたくて!」
    「……まだなにも言ってない」
    「昨日はなにも言ってなかったのに、って言おうとしたんだろ?」
     そう言うとオーエンは不満げな顔をして、でもそれ以上なにも言わなかった。図星だったと正直に語っているような反応に思わず笑みがこぼれる。突然予定を変えて相手を振り回すのも、先回りして返事をするのも、やるほうはこんなに楽しいのか。俺に出し抜かれて苦々しい顔をするオーエン、という珍しい光景を得意げに眺めながら、こういうのがくせになったら修正が難しそうだからほどほどにしておこうとも思った。

     仕事から帰ってきてからどこかに出かける、ということは何度もしてきたが、こうやって日の高いうちからふたりで過ごすことなんてほとんど無かったから、行きたいところも特に思いつかなかった。そうすると自然に行き先はオーエンの望む場所になる。
     何度も食べたことがあるはずの桜色のソフトクリームをオーエンは、こんな美味しいものははじめて食べた、と言うかのように幸せそうに食べている。恋人がそんなふうに喜んでいたら、見入ってしまっても仕方ないだろう。そうやってじっと見つめていると、手にひんやりとしたものが伝った。思わず手元に目を向けると、溶け出してしまったソフトクリームが手の中にあった。そうだ、俺だけ食べないのも、と思って自分の分も買ったのだった。幸せそうな恋人の姿を見るのに夢中になって手に持っていたソフトクリームのことすら忘れていた、と自覚するととんでもなく恥ずかしいことのような気がして、せめてオーエンにはばれないようにと慌ててかじりつく。もちろんそれがうまくいくことはなく、視線を感じてちらりと見てみると、いいものを見つけた、とでも言いたげに意地悪く笑うオーエンがいた。オーエンはそのまま俺の手元に顔を寄せて、俺の手を濡らしている溶けたソフトクリームをべろりと舐めた。
    「やめろ! 汚いから!」
     必死に声を上げてもオーエンは悪びれもせず、当たり前のように言う。
    「僕は不衛生なものを食べたところで人間みたいに体調を崩したりしないよ」
     それからまた俺の手に舌を這わせるオーエンを、俺はなにも言えずに見つめていた。あたたかい感触に胸が高鳴るのは事実だが、なにも言えない理由はそれだけじゃない。
    「……あ。いや、汚くないよ」
     オーエンは笑みを消して、無表情に言う。はじめは不機嫌になったのかと思っていたが、付き合っているうちに、こいつは気まずいと思った時にこういう顔をするのだろうとわかってきた。俺が呆れながら、そんな気の遣い方されたら逆に傷つくぞ、と笑うと、オーエンは俺を一瞬にらんでからそっと目を背けた。そう、不機嫌になった時はこういう反応をする。
    「恋人らしいことしてるつもりなんだけどね」
     オーエンは、なんでいつもうまくいかないんだろう? と一人言のように言う。悲しんでいるわけではなく、本当に理由を探しているようだった。
     その、恋人らしいこと、というのをオーエンなりに一生懸命やっていることはわかっている。それがうまくいっていないことにいちいち腹を立てたりはしない。むしろ、なんでも出来るこいつがこうやって失言をして、さらにそれを下手な取り繕い方で軌道修正しようとする姿は、可愛らしい、とすら思える。そうやって試行錯誤しているのはすべて俺のためなんだと思うと、月並みな言葉だけれど、愛されているのだと実感出来るのだ。そのたびに、安心するようなむずがゆいような、うまく言い表せないけれど、確かに幸せだと感じる。
    「……僕も同じこと思ってるよ」
    「え?」
    「僕のために頑張ってくれて、可愛いなって」
     なにも言っていないのに、オーエンはまた、俺の考えていることを見透かしたように言う。もうすっかりいつもの調子に戻って目を細めて笑っていた。
    「あんなに忙しい仕事なのに、僕が帰ってきたタイミングで都合よく休みが入るわけないもの」
     う、と言葉に詰まる。朝、非番になった、と言ったが、オーエンの言うとおり、これは降って湧いたような幸運ではない。この三日間、オーエンにバレない程度の残業をして苦手な書類仕事を片付けて、それから同僚にかなり無理を言って、あと……まあ詳細は省くが、そんな涙ぐましい努力をしてなんとか手に入れたものだ。
    「……なあ、はじめからわかってたのか?」
    「さあ、どうだろうね」
     オーエンは得意げな様子で俺の反応を堪能している。その姿を見ていると、俺はうまく出し抜いたと思っていたけれどあれは全部演技だったのか、と思えてきた。……いや、ちがう。はぐらかしているだけだ。絶対そうだ。そう自分に言い聞かせながら、いまだ手元に残っていたソフトクリームをさっさと腹に収めた。

     それからもオーエンの言うとおりに街を歩いて、商業ビルの屋上に備え付けられた展望台にやって来た。平日だからか人はまばらに見えるだけで、それをいいことにオーエンにもたれかかるようにくっついて、色とりどりのネオンに染められた街を見下ろす。俺のほうからオーエンに寄り添っていくことなんてないからか、オーエンは珍しそうな表情で俺を見てから、景色に視線を戻して言った。
    「まだもうちょっと見て回りたいところがあるから、今すぐには無理だけど……いつか言ってあげる」
    「なにを?」
    「プロポーズ」
     一瞬なにを言われているのか理解出来ず、固まってしまった。それから状況を飲み込んで、でもそれからもなにも言えなかった。だってこんな急に、臆面もなく言うことじゃないだろ。ムードを作ってほしいなんて言うつもりはないけど、もうちょっと心の準備をさせてくれよ。
     顔に熱が集まってくるのを感じる。オーエンは俺が返事をしないことなんか気にせずに笑っている。
    「家族になろう、ずっと一緒にいようって。似合いそうな指輪も用意するよ」
    「……楽しみにしてる」
     ようやくひねり出した返事を聞いて、オーエンは満足した様子で、ちゃんと待っててね、と、聞いたことのないような優しい声で言った。
     その時、強い風が頬を撫でた。オーエンの髪がさらりと揺れる。
    「春一番だな」
     何気なくつぶやくと、オーエンは、春一番? と不思議そうな目で俺を見た。
    「知らないのか? 春一番って言うんだ。こういう、春のはじめに吹く風のこと……定義とか、詳しくは知らないけど」
     オーエンは、そうなんだ、覚えておくよ、と言った。前まではこういうことがあったら、そんな役に立たないことばかり覚えてるんだね、と俺をからかうことばかり言っていたけれど、最近はこうやって素直な返事を聞かせてくれる。旅に出て知らないことに触れることが多くなって、受け入れることを覚えたのかもしれない。
     こういう会話をする時、人間みたいだ、と思う。オーエンがそれを喜ぶかわからないから、言えないままだけど。

    「ナイトレイさんですか」
     不意に、名前を呼ぶ声が聞こえた。振り向くと、目深に被った帽子に眼鏡とマスク、それから真っ黒なスーツに身を包んだ、いかにも怪しい出で立ちの男が立っていた。顔はほとんど見えなかったけれど、その眼鏡の奥にあるくぼんだ目には見覚えがあった。そうだ、確かこいつは。
     数ヶ月前に、二人組の強盗犯のうち一人を捕らえた。こいつは、取り逃した片割れだ。
     そう気付いた時にはもう遅かった。スーツの内ポケットから出てきた手には銃が握られていた。向けられている銃口から咄嗟に身を逃そうとしたけれど、その前に横から強い衝撃を受けて、気づけば倒れ込んでいた。オーエンに押された、庇われた、それを理解する前に銃声が響いた。
     俺はまだ動けずにいたけれど、男は俺を撃たずに走り去っていく。集まってきた人達から逃げるほうを選んだのだろう。本当は追いかけなければならないとわかっていたけれど、銃弾を受けて目の前で倒れているオーエンを置いていくことなんて出来なかった。
     オーエン、と必死に名前を呼ぶ。聞こえてるよ、うるさいな、と相変わらずの悪態をついているけれど、大丈夫か、と聞いても答えてくれない。動きもしないし、声だっていつもより小さい。
    「あと五分……いや、三分くらいかも」
    「なにが?」
    「停止までの時間」
     か細い声で、オーエンはなんでもないことのように言った。なにを言っているのかわからなかった。いや、本当はわかってる。けれど、受け止められなかった。停止? それってつまり。
    「はは、そんな顔するなよ。これくらいなら、ラボに運んでくれたら明日には直ってる。パーツも安いほうだし」
    「金の心配なんかしてない!」
     的外れなことを言われてつい声を荒らげながら、ほんの少しだけ安心した。よかった。いなくなってしまうんじゃないんだ。だから壊れてもいいなんて思わないけれど、二度と会えなくなるわけじゃないと思うと少し気が紛れた。
     あ、とオーエンがつぶやく。どうした? と聞いても答えがない。少ししてから、やっぱりだめだ、とため息まじりの声が聞こえた。
    「バックアップ出来ないや」
    「……え?」
    「クラウドと接続する部分が壊れて……人間で言う、打ちどころが悪かった、みたいなやつ」
     ほんの少しの安堵が、その言葉を聞いて一瞬で消え去ってしまった。そんな、とこぼれた声は自分でも驚くほど震えていて、それを聞いたオーエンはきっと俺以上に驚いていた。
    「……そんなに心配しないでよ。昨日の夜までの分は残ってるから」
     ずっと動かなかったオーエンが、俺のほうに手を伸ばす。見ていて痛々しいほどにゆっくりとした動きだった。思わずその手を取って、両手で強く握りしめた。ひどく冷たく感じるのは、こいつが機械だから、それだけなんだろうか。
     オーエンはその様子を見ながら、ふと、ああでも、と口にした。
    「今日の僕は消えちゃうんだね」
     オーエンはそう言って、それから、見たことのないくらい悲しく、苦しそうな顔をした。俺に罪悪感を与えるためにわざと作ったような芝居がかった顔じゃない。本当に、心から絶望していて、人間ならきっと涙をぼろぼろとこぼしているだろう、そんな表情だった。
    「……やだ」
     オーエンは俺のほうを見た。そんな目で見ないでほしい、見ていられない、そう思うくらい胸が締め付けられて、それでも目をそらせなかった。大丈夫だ、と繰り返す。今度は俺がオーエンをなぐさめる番だった。ちがうのは、オーエンの言葉は事実で、俺の言葉はなんの確証もないただのうそだというところだ。
    「いやだ、消えたくない」
    「……大丈夫、大丈夫だから」
    「カイン、ねえ、消えたくないよ」
    「大丈夫だよ、おまえは最高のアシストロイドだから。きっと全部覚えていられる」
     手を強く握りしめて、何度も無意味ななぐさめをする。オーエンはそれを聞いても、ひとかけらも安心なんてしない。こいつは自分の身になにが起きているのか完璧に理解しているからだ。俺の言葉なんて気休めにもならないだろう。それでも、黙ってとは言わなかったから、俺はずっとそう言い続けた。大丈夫、おまえは消えたりしない、大丈夫だ、絶対に大丈夫だよ。言いながら、泣くのを必死にこらえた。最期に見るのが俺の泣き顔だなんてあんまりだと思ったから。ぎこちないとはわかっていたが、優しい微笑みを浮かべようとつとめた。オーエンは俺の両手に包まれた手を頬に伸ばして、力なく撫でながら言った。
    「……カイン。愛してる。愛してるよ。あいして、」
     そこで手は重力に従って落ちそうになって、なんとか途中で握り止めた。停止した。オーエンが、死んでしまった。

     それからすぐオーエンをラボに運んで、受付の職員からここで待っていても仕方がないからと事務的に促され、重い足取りで家に帰った。夕食にカップラーメンかなにかを食べた気がするけれど、よく覚えていない。
     朝起きてから仕事に行って、あの強盗犯の話をして、あれはあのあとすぐに捕まったのだと聞いて安心した。非番だからとなんの護身用具も持たずに過ごし、結果間抜けにも襲撃されたことへのお叱りは後日行われるとのことだった。本来ならこういうことはその日に行われるものなのだが、今回は上司のスケジュールが空いていないのだと。それが俺への不器用な配慮であることは考えるまでもなかった。
     それからも一日中やたらと気を遣われて、そうなると俺が大切なものを喪ったあわれな人間なのだと言われているようで逆に息苦しかった。
     帰路につく。ラボに寄ってオーエンを迎えに行かないと。大通りに出ると、カイン、と俺を呼び止める、聞き覚えのある声がした。振り向くよりも前に、オーエンは俺の隣に駆け寄ってきて、いたずらっぽく笑った。いつものオーエンだった。ほんの一日会わなかっただけなのに、何十年ぶりに再会したような気持ちになって、人目もはばからずに抱きしめたいくらいだった。けれど俺はそうしようとは思えなくて、そのままふたり並んで舗装された道を歩いた。
    「ねえ、僕はなんで壊れたの?」
     家に着くまでの短い間、少しの会話のあとにオーエンがそう聞いてきた。意図的にその話題を避けていたけれど、やっぱり気にならないわけないよな。そう思いながら、なるべく暗くならないように、さっきまでの世間話の延長みたいに聞こえるように答える。
    「俺を庇ってくれたんだよ」
    「は? けがなんかしてないよね?」
    「ああ、俺はひとつも……」
    「そう。だったらいいけど」
     俺の言葉を聞いて、オーエンは途端に不機嫌になった。そうやって真っ先に俺の心配をしてくれることが、うれしいことのはずなのにどうしようもなく苦しかった。
    「また無茶な捜査してたんだろ」
     オーエンは俺をとがめるように言う。わかっていたけれど、いざそれを突きつけられると時間が止まってしまったみたいになにも考えられなくなった。このオーエンは、昨日俺が非番になったことを知らない。昨日俺と過ごした時間を知らない。
    「……なに? その顔」
     いぶかしげにそう聞かれても、なにも答えられなかった。黙ったまま、きっとあからさまに悲しんだ顔をしている俺を、オーエンはやっぱり不機嫌そうに見ていた。
    「僕が壊れたのがそんなにいや? もう直ってここにいるだろ。それなのになにが悲しいの?」
     人間の情緒ってよくわからない。そう言ったきりオーエンも黙ってしまって、重苦しい空気のまましばらく歩いた。きっと、オーエンの言うとおりなんだろう。悲しむ必要なんてないんだ。オーエンは変わらずに隣にいて、変わらずに俺と接している。俺だって変わらずにいたらいい。そうしたらこれまでのふたりに戻れる。
     もう少しで家に着くというところで、あたたかい風が吹いた。オーエンの、昨日までと同じ綺麗な髪が、昨日までと同じようにふわりと風になびく。
    「……この風、なんて言うか知ってるか?」
     思わず口にしてしまった。どうしてこんなことを聞いたんだろう。なにを期待しているんだろう。望んでいる言葉が返ってこないことなんてわかっているはずなのに。
     オーエンは少し考えてから、不思議そうな目で俺を見つめて言った。
    「風に名前なんてあるの?」
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    💖💖💖💖💖☺☺☺😭💘💘💘💘💘💘😭😭😭🙏🙏🙏🙏🙏👏👏👏👏👏
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    Replies from the creator

    まさよし

    DOODLEオーカイ 現パロ 社会人してる
     日付が変わってもう小一時間経っている。予定通り進んでいれば今頃はとっくに家に帰ってベッドの中に入っているはずだったのに、現実の僕はほとんど通ったこともないような路上で寒さに震えそうになりながらゆっくり歩いている。原因は隣にいる酔っ払いで、ゆっくり歩いているのもこいつの歩幅に合わせているせいだ。
     カインのことはずっと前から気に入らなかった。第一印象から最悪だった。就活で神経をすり減らしたのだろう陰気な雰囲気の両隣のやつらと違って、まぶしいほどの笑顔で自己紹介を始めたときからずっと。実際に働き始めてからも、例の陰気そうな同期の連中に明るく声をかけて、初対面らしいのにあっという間に仲良くなっていた。先輩や上司からの印象も、ノリのいい元気な、仕事の飲み込みも早い将来有望な後輩、といったもので固まっているようだった。が、もちろん僕はそんな感情は抱いていなかった。僕はあいつに対して、弱みを見つけて壊してやりたい、その評価をなんとかしてどん底まで落としてやりたい、そんな気持ちしか持っていなかった。そのために面倒な仕事をめちゃくちゃな納期で押し付けても、あいつは、勉強になります、の一言で受け入れた。しかも僕の大嫌いなあの太陽みたいな笑顔すら浮かべているのだから最悪だった。
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