アベンチュリン・タクティックス ルート1 第8話:特等席琥珀祭2日目。星とアベンチュリンはそれぞれのシフトを終えると、昼食がてら出店を回っていた。
ホストととして人気上昇中だった星は途中で握手だのサインだの、まるでアイドルのように求められることが多くなった。
他の子の人気も増えているようだし、アベンチュリンはきっと営業成績1位を取ることはできない。この調子で星のファンが増えていけば、自ずとアベンチュリンのファンも減るはずだ。
「まだホストカフェは営業中だから、よかったら行ってみてね」
「星様、カフェに来ないの?」
「うん、シフトはもう終わったんだ」
「そうなんだ……」
「あ、でも後で顔は出すからね。先に行って待っててもらえる?」
「分かりました~♡」
「また後でね~、星様♡」
「うん、またね」
星の案内を受けた女子2人は、きゃっきゃっとはしゃぎながら星たちの教室へと歩いていく。どうやら1日目に星のところへ来た子らしい。これでファンはゲットだぜ!
星が営業のためにとクラス出し物のパンフレットを渡し、サインをして積極的に自分を売っていく。その間のアベンチュリンはというと………。
「………」
笑顔を張り付けているものの、どこか物騒で。星の後ろで見守るアベンチュリンは、今にも人を殺してしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
すれ違う人たちはあまりの怖さに、顔をすぐに背けている。
星が楽しそうにしているのはとっても嬉しい。すぐに動画に収めるだろう。が、それが自分以外の相手によるものとなると話は違う。
今は自分とデート中だというのに………。
気づけば、アベンチュリンは女子に囲まれる星の手を取り、引っ張って歩き出していた。
「星、そろそろ行こう」
「えっ、待って。まだ全員にサインを書けてな———」
「いいんだよ。今の君はホストじゃないんだから」
そうして、星の人気上昇ぶりにアベンチュリンが嫉妬しつつ、1日目に回り切れていなかった出店や教室での出し物を回った2人。
アベンチュリンは昼から用事があるらしく、星は名残惜しくも彼と別れた。気分が上がっているのか普段のデートよりも楽しかった。
「ふふっ……」
1人になって少し寂しい。だが、アベンチュリンの人気を抑制できた気がする。星の口から自然と笑みがこぼれていた。
「————」
「ねぇ、あの子」
「うん、可愛い」
微笑む星を見た全員が小さく囁く。中には見とれている子も。
彼女の笑みは天使。誰もがそう思った。小さな微笑みですら、太陽よりも眩しい。きっとアベンチュリンがこの場にいれば、星を見つめる全ての人間を睨みつけていただろう。
もちろん、アベンチュリンの危機には即座に対応するため、星は気を抜かすさず、常に周囲を警戒している。
流石に祭りで人目もあるため、バッドは手元にないが、唐辛子スプレーで初手は対処するつもりだった。
『13時に体育館に来てね』
別れる前にしたアベンチュリンとの約束。恐らくトパーズとこそこそ何かしていたことを見せてくれるのだろう。
星は静かに期待しながら、時間潰しに学園内を歩き回く。
屋台で食べお腹を満たすと、約束時間通り体育館に向かった。そこには予想以上に人がいて、寿司詰め状態。しかし………。
「あ、来た!」
星と目が合うなり、手を振ってきた白銀の美少女エレーナ・トパーズ。青紫の瞳を煌々と輝かせる彼女は、周囲の視線を集めていた。
眩しい……可憐だ……これが学園のマドンナと呼ばれる美少女か。
「? エレーナ、どうしたの?」
「アベンチュリンに君を案内するように頼まれてね。私もぜひ星にはステージが見えやすい場所で見てほしかったんだ」
「それでわざわざエレーナが案内してくれてんだね。ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして。楽しんでいってね~。あ、アベンチュリンだけじゃなくって私も見ててね」
「?」
エレーナに案内されたソファ席はステージが見やすく、人もほど良く離れた席が用意されていて………ってこれは特等席では?
横を見れば、学園長やお偉いさんたちが座っている。本当にここに座っていいのだろうか。
そうして、静かに開始を待っていると、体育館のライトが少しずつ暗くなっていく。
ステージ上に現れたのは、隣クラスで有名な桂ちゃんという、最近星によく話しかけてくれる少女。
マイクを持つ彼女は元気よくぴょんぴょんと跳ね、鉛丹色の髪を大きく揺らす。司会者にはもってこいの逸材だった。
「みんなぁ~~!! 元気にしてる~~!」
スーチューバーとして活動している桂ちゃん。彼女はそれはそれは大人気だそうで、校門前でファンに待ち伏せされていることもしばしば。
だが、彼女は雑にあしらうことなく、全員にサインを書いてあげているらしい。人気であるのも分かるかもしれない。
そんな大人気スーチューバーの桂ちゃんが声を上げた途端、耳を抑えたくなるほどの歓声が上がった。
桂ちゃんの紹介とともに次々にステージ発表が行われていく。コピーバンド、コント、ダンスなど様々な出し物が披露されていった。全てレベルが高く、星の瞳には輝いて見えていた。
「………」
アベンチュリンならこのダンスは好きなのだろうか、この曲は好きなのだろうか———気づけば、星の頭は彼のことばかり。
星が座るソファは2人用だったのか、少し空間が空いていた。
アベンチュリンが隣にいてくれたらな………。
もっと楽しんだろうな………。
「約束通り来てくれたんだね」
————————。
恋しがっていた彼の声。
隣を見れば、星の横に座っていたアベンチュリン。
ステージライトが端麗な彼の顔を穏やかに照らす。
制服ではなく、モード系のバンドマンのような服。でも、華美すぎない。ダボっとした袖の大きい白のトップス。ベルトは彼のイメージカラーのエメラルド。黒のパンツを上手く合わせたすっきりとしたデザイン。
金と砂金石のアクセサリーは優しくライトに照らされ輝いていた。
「————」
歓声が聞こえなかった。ステージ上の声が聞こえなかった。アベンチュリンの虹の瞳しか見えなかった。声が出なかった。
虹色の瞳が星を捕えて離さない。
「………………いつからいたの?」
「ついさっき。僕の出番の前に星の顔を見ておきたいと思って。あとちゃんと来てくれているか心配になったんだ」
そんなこと決まっている。アベンチュリンとの約束なら守るに決まっている。
「星、そこで見ててね。僕だけを……ずっと見てて」
「ちょっ、アベンチュリ———」
星が呼び止める前に、観客をかき分け走り出したアベンチュリン。幕が上がり、ライトがステージを照らす。
キーボードの前に立つトパーズと、ドラムを担当しているのだろう足が魅惑的な紅紫髪のお姉さん、ベースを持ちサングラスで目元を隠す青紫髪の男性。
そして————。
「……アベンチュリン」
青紫髪の男がギターを投げ、アベンチュリンはそれを軽やかにキャッチ。マイク前に立った。
なるほど、これのリハーサルをするためにトパーズが迎えにきていたのか。
彼はピーコックグリーンのギターを構え、トパーズと視線を合わせ、観客へ……星へと視線を向ける。
生彩を放つアベンチュリンは星を見つけると手を振り、チャーミングにもウインクをしてきた。可愛い。星も小さく振り返した。
「僕はアベンチュリン。そして、こっちが」
「エレーナです! 今日はよろしくね!」
「僕は……石像……名前は石像だ」
「翡翠よ。皆さん、全力で楽しんでいってね」
スポットライトをふんだんに浴びるアベンチュリン。端正な顔立ちの彼がライトを浴びれば、一流のアーティスト。
ハニーブロンドの髪は炯然として、眩しい笑顔を振りまく彼は誰よりも輝いている。
だが、星は気づいていない。彼女に向ける笑顔だけは全く違った。虹のような瞳に柔らかなハイライトが輝く。
真っ暗な観客席の中でも、アベンチュリンは愛してやまない一番星を見つけていた。
「君に聞いて欲しい」
バラードになると、会場の空気がガラリと変わった。
歓声は聞こえない。彼の声が星の胸に真っすぐ響く。ギターの音色は力強く、静かな会場に美しく響く。
『僕の胸で綺羅星は煌めいている』
『be my savior,take me away』
初めて耳にする歌。でも、その一つ一つの歌詞が星の胸に響く。
目を閉じれば、少し冷たい風が吹く夜の丘にいるよう。心地がいい。見上げれば、本当に星々が瞬いているよう。紺色の空に無数の流れ星が煌めいていた。
そんな世界にいると錯覚させてしまうほど、彼の声は透き通っている。
「………」
そっと目を開けた琥珀の瞳に映る、最初で最後の星の恋人。瞳から流れ落ちた一つの涙。
………なぜ涙が流れるのだろうか。全然悲しくはないのに。むしろ————。
「ああ………そっか。私、嬉しかったんだ」
誰よりも輝いてるアベンチュリンを見れて嬉しかったんだ。そんな彼が自分に笑ってくれるのが嬉しくってたまらなかったんだ。
アベンチュリンの金色の髪が大きくなびく。目を閉じ楽し気に歌っていた彼は、目を開くと星の方へと視線を向け、甘く微笑む。
「一緒にいてくれてありがとう————星」
彼が最後に零した言葉は小さな声だったが、星にははっきりと届いていた。