アベンチュリン・タクティックス ルート1 第2話:傷だらけの指 「愛してる」と伝え合った日から、星とアベンチュリンは随分と距離が近くなっていた。
休み時間や昼休みは常に一緒で、グループワークもメンバーが自由に決められるのなら、同じグループになる。周りは本当の付き合っているのだなと察していた。
そんな相思相愛となって時のある日のこと、珍しく星は1人で過ごしていた。
「あ、アベンチュリンだ」
教室へ戻るため渡り廊下を歩いていると、窓の外に見えた中庭。そこにあったのはアベンチュリンの姿。副会長と話している彼は真剣な表情だった。生徒会での仕事だろう。
邪魔してはいけないと思いつつ、仕事をしている彼が気になった星がこっそり見つめていると、アベンチュリンの視線がこちらに向いた。
「!」
目が合った瞬間、アベンチュリンの顔にぱぁと笑顔が咲く。大きく手を振ってきた。星もつられて微笑み小さく手を振り返す。無邪気に手を振る彼の姿は可愛いかった。
離れていれば、星の視線は自然とアベンチュリンを追いかけ、目が合えば笑みを零してしまう。
昔の自分には決してありえなかったこと。誰かと目があって笑い合うことなんて、かつての自分には想像できなかった。
だが、今はアベンチュリンの姿を見る度に胸が高鳴る――――この変化は嫌いじゃない。
お昼休みとなり、昼食を食べようと教室を出た星とアベンチュリンは食堂――ではなく、中庭に来ていた。木陰となる場所を探して、2人で並んでベンチに腰を下ろす。
「今日はお弁当作ってみたの……はい、これアベンチュリンの分だよ」
「えっ? 僕に?」
普段はアベンチュリンから星に贈り物をすることが多い。しかし、本当の彼女になったからには恋人として何かしてあげたい………そう思い、星は弁当を作った。
「うん。弁当なんて作ったことないし、料理もあまりしたことないから味は保障できないけど………口に合わなかったら食べなくていいから。いつもの食堂に行こう」
「いいや、全部いただくよ。ぜひ食べさせて」
星の手元を見れば、何個ものカットバンが貼られている指。最近アベンチュリンと遊ぶ時間を減らしすぐに帰っていたのは料理の練習のためだった。
「星、その指ってもしかして………」
「っ………」
指のカットバンには気づいていたが、てっきりケンカをしていたせいだと思っていたアベンチュリン。まさか料理でできたものだったとは、と瞠目していた。
傷だらけの指をアベンチュリンに見つめられ、星は「料理はほんとに得意じゃなくって……」と背中に隠す。そんな可愛い彼女に、アベンチュリンは柔和な笑みを漏らした。
「傷痛くない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。深くは切ってないから、すぐ直るよ」
「それならよかった」
自分のために何かしようと思ってくれた。自分のために苦手な料理をしてまで弁当を作ってくれた。心の底から嬉しかった。
人目もあるが、そんなことは気にしていられない。この嬉しさを伝えなければと、アベンチュリンは星を抱き寄せ、額にキスを落とす。
「ありがとう、星」
「どういたしまして」
感謝を述べれば、照れて耳を赤く染める星。ぽんぽんっとアベンチュリンは頭を撫で、お弁当へと視線を戻す。
ふりかけがかけられたタコさんウインナーに玉子焼き、野菜炒めに唐揚げ。別の入れ物にはフルーツと中身は至って普通。だが、アベンチュリンの瞳には輝いてみえる。眩しすぎた。
これが星が一生懸命作ってくれたお弁当………食べたいけど、食べたくない。冷凍保存して初めて思い出に残しておきたい。愚かな星の恋人アベンチュリンは1人葛藤しつつ、照れくさそうにしている星を見る。
「星が苦戦したのってどれ?」
「うーん、玉子焼きかな。姫子みたいに綺麗に巻けないし、焦げちゃうこともあって何度も失敗した…初めの1個目は真っ黒焦げだったんだ………」
「真っ黒か……でも、今日の玉子焼きはとっても綺麗な色をしているね」
「そう?」
「うん」
アベンチュリンは箸で玉子焼きを取り、口へと運ぶ。塩と醤油を仄かに感じる玉子焼き。卵の香りが広がった。好みの味だった。
「美味しい……いくらでも食べれそうだ」
「ほ、ほんとっ?」
料理の練習は彼の『美味しい』を聞きたくって頑張ってきた。包丁はうまく扱えないし、火加減だって分からない。料理には信じられないぐらい不器用な星。何度原型が分からなくなった玉子焼きを作ったことか。
だが、姉御や親友なのかに教えてもらいながら何度も練習し、食べられるものを作れるようにはなった。しかし、食堂のものと比べれば、味は大したことはない。見た目だって普通のお弁当。
「うん、美味しいね」
『美味しい』――――そのたった一言で星の心に光が広がる。琥珀の瞳がきらりと煌めいていた。
自分の弁当で彼に喜んでもらえた。指の傷は痛むが、頑張ってよかった。嬉しくて涙が零れそうになるが、ぐっと堪えて星は美味しそうに食べる彼を見守りつつ、自分も手作り弁当を食べる。
隣で作ったものを食べてくれる度に、口角を上げるアベンチュリンが可愛く、星も自然と笑顔になっていた。
「食べてくれてありがとう、アベンチュリン」
「こちらこそ。ごちそうさまでした」
アベンチュリンはあっという間に完食。空になった弁当がこれほど嬉しいとは。また次も作ってこよう。星はもう次のメニューを考えていた。
昼食を終えた星はアベンチュリンと少しおしゃべりをして、教室へと戻る。
アベンチュリンと近くにいると落ち着く。教室は一緒だが席は離れている。別にそれには不安なことはないけど、こうして2人きりでいるのはまた違う。一層心が安らいだ。
ああ………昼休みが永遠に続けばいいのに。
「このままサボっちゃう?」
「え?」
一緒にいたいと思っているのは星だけではなかった。アベンチュリンもまた星との時間を求めていたのだが、星は横に首を振った。
「だめ。授業は出ないと」
「えー。別に出なくてもいいと思うけど……今日の範囲は僕が後で教えるよ?」
「だめ」
可愛い顔を見つめてきてもだめだ。星は頑なに拒否した。本音はアベンチュリンと2人だけで過ごしていたい。このままサボってデートをしたい。
が、授業は受けたい――――彼と同じ大学に行くために。
これまで真面目に授業は受けたことはなかった。体育以外の時間はほぼお休みタイム。しかし、アベンチュリンの本当の恋人となってからは、星は変わった。
授業は寝ず、教科書は持ってきてノートも取る。宿題は必ず終えていた。
そんな星の変わり具合に、最初こそ先生方に驚かれ「大丈夫か? 頭どっかで打ったか? CT撮りに行くか?」とか心配された。
自分が変になったと思われていると察した星はすぐさま「行きたい大学があるんです」と答えると、担任は涙を流し、職員室中に拍手が響いた。そんなに喜ばなくても………あまりにも大げさすぎる。
また、担任に希望校を聞かれたので教えたが、分かりやすく眉を顰められた。星自身も担任の意見には完全同意だった。
星が目指す大学は難関大学の1つ―――仙舟大学。
さすがは優秀なアベンチュリン。彼の目指す大学は偏差値が非常に高い。今の星の学力ではまず合格は無理だろう。だからこそ、勉強する。猛勉強だ。授業を休むことなど、遅れている今はできない。
「じゃあ、放課後は遊んでくれる?」
「うん、図書館でね」
「図書館か………勉強デートだね」
「そ。だから、キスとか私の勉強を邪魔するようなことはなし………あ、朝の数学で分からない所があったから教えてくれる?」
「もちろん」
★★★★★★★★
教室に戻ろうと、星とともに廊下を歩いていくアベンチュリン。歩く度に周囲から感じる強い視線。だが、それは自分に向いているものではなく。
「………」
彼女の魅力に気づいたのだろうか、最近星に視線が集まっていた。前から星に惚れている男はいたが、彼女に向く視線が一層増えた気がした。
星を見つめているのは男子だけじゃない。女子たちも興味深そうに星を見ていた。
「星ちゃんって笑うとあんなに可愛いんだね………」
「なんか美人さんになってなーい?」
「前みたいに近づきにくい雰囲気はなくなったね、なんでだろ?」
「会長と付き合い始めたからじゃない?」
「え、話しかけちゃおうっかな」
「このカチューシャ、星ちゃんに似合いそうだよね」
とおしゃれをさせたくなってうずうずしている女子が多い事多い事。
彼女たちに教えられ可愛くなっていく星も見てみたいが、彼女と過ごす時間を減らしたくない。可愛くさせるのは自分。可愛い星を愛でるのも自分。女子たちには悪いが、星との放課後の時間はあげない。
そうして、放課後。アベンチュリンと星は図書館へ向かい、人の少ない場所へ移動。2人で並んで座って勉強を始めた。
約束通り星に数学を教え、彼女からぶつけられる疑問にアベンチュリンは分かりやすく説明する。
飲み込みの早い星はすぐに理解してくれた。授業をまともに受けていない割には頭がいい。回転も速く、理解力もある。この調子で勉強に励めば、自分と同じ大学に行けるだろう。
一緒に過ごしてくれるだけで幸せなのに、大学も一緒に過ごしたいと思ってくれていて嬉しかった。だから、彼女を全力でサポートしてあげたい。
集中して参考書をにらめっこする星。真剣な表情も可愛くカメラに収めたいと思うが、邪魔したくない。アベンチュリンはこっそり動画を撮影した。
可愛い星をカメラに収め、星と同じように問題集に向き合っていると、2人に近づく女の子。昼休み、廊下で星を見つめていた女子の1人だった。
「ねぇ、星ちゃ――――」
「ごめん、今彼女集中してるから」
「そうだったんだね。ごめんね、会長」
アベンチュリンが一刀両断すると、女の子は申し訳なさそうに去った。幸い、星は問題に夢中になっているのか、こちらに反応することなく、ひたすらにペンを動かしている。アベンチュリンはふぅと小さな息をついた。
閉館が近づき、2人は図書館を出てリムジンで帰宅。アベンチュリンは星を送ると、リムジンに乗り直し自宅へと帰っていく。
最近、増えた星に注目する人間。その視線は好奇心や興味だけだったり、それ以上のものだったりと様々だ。容姿や家の良さゆえに、自分も注目を浴びてきたアベンチュリンはその厄介さを理解していた。
注目を浴びれ浴びるほど、星が他の人間と接触する可能性が増える。ヤバい男は彼氏がいようと関係なくナンパするだろうし、女子の中にも星に恋愛感情を抱く人間もいるはずだ。
星が他の人間に取られて、自分と過ごす時間が減る――――そんなのは嫌だ。
放課後の星との時間は誰にもあげない。彼女がその人との時間を望んでいたり、外せない用事だったりすれば譲らなくはないが………それ以外の時間は自分のもの。
「星は僕の恋人……僕だけのものだから………」
星と別れた帰りの車内。静かな瞳を夕暮れの空に向けて、アベンチュリンは1人呟いていた。