ぼくのもの「ねえ…幻太郎、どう?痛い?」
乱数の楽しげな声を背後から聞きながら、幻太郎は息を数回、小さく吐いた。うつ伏せになったまま、少しでも痛みが和らげばと試行錯誤してみるものの、体全体がまるで神経そのものになってしまったかのように、空気に触れることさえも火で焼けつくような刺激になる。鳩尾にぐっと力を入れ、喉元をきゅっと締めて、溢れそうになる涙をなんとか押し留める。
「でも、痛みに慣れると気持ち良くなったりして?」
チャッチャッ、という軽やかなリズムに加え、乱数の声が弾んだ。肌を絶え間なく削られ、段々と血の色に染まっていくタオルが視界に入る。鑢で擦られる痛みに、段々と体全体が熱を持ち始めた。部屋は空調が効いていると言うのに、幻太郎の身体はじっとりと汗ばんでゆく。
「幻太郎、休みたくなったら言ってね」
「ええ…」
返事はしたものの、幻太郎は微動だにしない。乱数も動かす手を止める気配はない。ほんの気の迷いだった、今思えば、その気の迷いに乱数と遭遇したのは偶然などではなかった。幻太郎は「見いつけた」とスマートフォン片手に笑った乱数に、背中に銃口を突きつけられたような感覚に陥った。その足で、「お仕置き、何がいい?」と並んで歩いた時の、なんと生きた心地のしなかったことか。
「ねえ幻太郎、僕の愛が足りなかったの?幻太郎は嘘つきだし、見える形で僕の愛を残さないとだめなのかな」
そう笑った乱数の目が、じっとりと幻太郎の体全体を舐めるように見た時の冷えたあの時の心持ちは、今熱を持ったこの体でも温めることは出来ないだろう。それほど乱数の目は冷え込んでいた。
「今度裏切ったらどうなるかよく考えてね」
「…あなたを裏切ったりなんか…」
痛みと熱で朦朧とする意識の中、幻太郎は声を振り絞る。乱数は幻太郎の返答に満足したのか、幻太郎の臀部に手をやった。大輪の花が二輪、白い肌の上で舞っている。
「本当は元々、僕のポッセだってわかるように幻太郎と帝統に僕が彫るつもりで勉強したんだけどね、まさか先に幻太郎にやる羽目になるなんて思わなかったなー」
幻太郎の位置からは乱数の表情は見えない。だが、乱数が微笑みながら幻太郎の肌に手を置いていることは容易にわかる。細い指先がつつつ、と肌の上を滑り、切先の鋭いものでプツ、と肌を貫く感覚に、幻太郎は息を呑む。
「ねえ、もし、もしもだよ。次、僕を裏切ったり怒らせたら、帝統と一緒に胸に入れようか。こことは比べものにならないくらい痛いんだって…」
これ以上ないほど優しく甘く、乱数が幻太郎の耳に口を寄せる。冷え込んだ声と痛みの温度差で、幻太郎の身体がぶるりと震えた。乱数は一体、自分の体に何を彫ったのだろう。乱数の静かな怒りは自分の体に何を埋め込んだのだろう。
「でももう僕のものだって印をつけたし、おいたはしないかな?この墨、僕の血が入ったトクベツ製だから。今度幻太郎が何かしたら、血が沸騰して爆発しちゃったりして?」
子供が戯れるような軽快な声で悍ましい事を呟きながら、乱数が幻太郎の臀部をゆっくりと撫でている。幻太郎はそっと目を閉じた。次に目が覚めた時、乱数と目を合わせて笑う事をそっと願った。