警察兄弟と夏のとある日 暑い夏がやってきた。といってもこの職業柄夏休みというものはほぼほぼ無く、むしろ夏祭りやらなんやらのせいで業務は忙しさに拍車をかけていた。
「あっっつい…」
「口に出すな、弟よ」
でも暑いよ…と隣で愚痴る弟に、俺は小さく息をついた。夏祭りが行われるため俺たちふたりは神社の周辺を巡回して回っていた。
「夏祭りいいなぁ〜わたあめ、ラムネ、ソース焼きそば…」
「焼きそばなら家帰って作ればいいだろ」
「兄ちゃんはわかってないなー!!」
あの空気感が大事なんだよ!と頬を膨らませてこちらを見つめる弟に、思わず吹き出しそうになって堪えながら俺ははいはいと適当に返事をした。
「あ、そういえば兄ちゃんあれ得意だったよね!射的!」
「あ?そうだっけ?」
「そうだよ!俺が欲しいのとか絶対取ってくれたじゃん!バーン!って1発で!ヒーローみたいに!」
「ヒーローって……お前の中のヒーロー感なんかずれてないか?」
ぽたりと暑さから垂れる汗を拭いながら、俺はやれやれと肩をすくめて答える。弟の俺に対するリスペクトがすごいことはなんとなくわかっていたが、まさか過去の自分に対してもそんな風に思っていたなんて思わなくって、少しだけ照れた。
「ずれてないよ!俺の中で兄ちゃんはヒーローだからね!悪を倒し正義を全うするヒーロー!」
なーんて、なんて笑っていう弟が眩しくて、思わず目を逸らす。そんな俺を見て弟は、あ!兄ちゃんが照れた!レアだ!なんて言って騒ぎ出した。うるせぇ、と脇腹をどついて黙らせる。
「ヒーロー、ねぇ」
ぽつりと漏らした言葉に、隣の弟が首を傾げた。ヒーロー、ヒーローねぇ。
お前は俺のやってることを知ったとしても、俺にそう言ってくれるのだろうか。俺が、本当はお前の大嫌いな悪と手を組んでいることを、もしお前が知ったら……俺は、お前にとって何になるんだろか。
「兄ちゃん?大丈夫?暑い?」
黙り込んだ俺を見て、心配そうに弟が顔を覗き込む。
「…大丈夫だ、弟よ」
「でも兄ちゃん、顔色が悪いよ」
「兄ちゃんは、大丈夫だ」
祭りの時間が近くなったこともあり、増えてきた人混みに思わず顔を顰める。ただでさえ暑いのに、人が増えたらもっと熱くなるじゃないかとため息をついた。ふとすれ違った子供たちの会話が耳に入る。
「お兄ちゃん、アレとって!」
「任せとけ、兄ちゃんが鉄砲で全部とってやるからな!」
「すごい、お兄ちゃんヒーローみたい!」
「あはは!なら俺がお前のこと守ってやるよ!」
ばっと、勢いよく振り返る。けれど人混みに紛れてしまったのか、そこには幼い兄弟なんてどこにもいなかった。
「兄ちゃん?」
不思議そうに、弟が尋ねる。俺はそれに何でもないと返して、足を進めた。
俺が守ってやるよ。頭の中で声が反響して、くらくらとする頭を押さえる。あの日にした約束を、俺は守れているのだろうか?俺は、本当に、弟を
頭がガンガンと音を立てて痛み出す。先程まで垂れていた汗は、不思議と止まっていて、心当たりのある症状に俺はああこれはやばいなと足を止めた。とたんに、うわぁと急には止まれなかった弟が俺の背中にぶつかって──俺は、普通にコンクリートに顔面を打ちつけた。兄ちゃん!?なんて弟の叫び声が聞こえて、ああそんな叫ぶなようるさいなぁなんてぼんやりと目を閉じて俺は意識を失った。普通に、熱中症だった。水分はちゃんと摂らないとダメだな…なんて俺はお祭りの救護室で目を覚まして、横でわんわん泣いている弟を見てため息をついた。
「兄ちゃん死んじゃった…」
「勝手に殺すな、弟よ」
ぽんぽんと弟の肩を叩いて、兄ちゃんが死んだ〜!と騒ぐ弟を落ち着かせる。すみません、と祭りのスタッフに頭を下げて、俺たちは交番へと戻った。
「兄ちゃん!俺、兄ちゃんのこと助けるから!調子悪かったらすぐに言ってね!」
麦茶を飲んで、ふんすとやる気満々で拳を握る弟に、俺は笑って答えた。
「そうだな、じゃあ助けてもらおうかな」
「任せて!俺、兄ちゃんのヒーローになるからね!なんでも言ってね!俺が助けるから!」
へへーん、と腰に手を当てて笑うあいつの言葉に俺は瞳を瞬かせる。俺の、ヒーロー。
「……そうだな、じゃあペットボトル捨ててきてくれ。ヒーローよ」
「雑用じゃん!!」
そういうのじゃなくて!なんて騒ぐ弟に俺は笑って外を眺めた。夜も遅くなってきたのに、まだまだ気温は高くて、人も多くて熱気は下がりそうにもない。
弟よ、お前がヒーローになるんだと言うのなら。俺は、最後はお前に見つけて欲しいなぁ。でも、やっぱりお前には何も知らないでいて欲しいから、あと少しだけ、兄ちゃんにヒーローやらせてくれないかなぁ。
ペットボトルを捨てに行った弟が、ただいま〜と戻ってきた。おかえり、なんて俺は言葉を返して立ち上がる。そろそろまた巡回の時間だ。
「行くぞ、弟よ」
「わかってるよ、兄ちゃん!」
暑い夏はまだまだ続く。明るい電灯の下を歩く弟を眺めながら、願わくば来年もこうやってふたりで過ごせたらなぁなんて思いながら、俺は夜の街へと足を踏み入れて行った。