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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    pixivより引っ越し。原作リト師弟が出会う話前編。
    「僕が一番すごいんだから、みんな僕よりかは下手くそに決まってるだろう?安心して無様に不格好に戦士らしく食い下がるといい!」
    リーバルとテバにリト師弟してほしかった夢の跡。

    #ゼルダの伝説
    theLegendOfZelda
    #リーバル
    revel
    #テバ
    teva
    ##リト師弟

    リトの戦士は生意気である 前編諸注意

    ※たぶんED後時間軸。
    ※キャラも設定もふわふわしてる。
    ※リト師弟してほしかった捏造と願望だけでできている何か。

     ──ヘブラの山には龍が棲む。

     音を吸い込む白さ。
     この世ならぬものが覗いていそうな透明さ。
     さあ龍を見てやるぞと、揚々やってきた心をぽっかり食べてしまう鈍色の。
     寒気怖気のヘブラの雪山。

     命知らずの旅人は言った。
     ヘブラの山には登れない。ヘブラの山にゃ龍が棲む。
     青い青い龍に一目見られたならば、つまの先から心の底まで凍りつく。

     悪運のつよい不幸者は言った。
     ヘブラの山には登れない。ヘブラの山にゃ女神に仕える龍が棲む。
     白い白い龍が一息風を吹いたならば、向くも返るも銀灰の闇。

     信心深い学者は言った。
     ヘブラの山には登れない。ヘブラの龍は、女神の手元を離れし聖なる獣。
     道理も祈りも通じぬ天災そのもの。
     ひかる光る龍の怒りに触れたならば、ただではすまぬが唯一の道理。

     リトの英雄は言った。
     ヘブラの山には登らない。ヘブラの龍はハイラルに生かされし我らが女神の使い。
     女神の眷属に害なすなど愚の骨頂。
     だがしかし、リトの英雄は笑った。

     ──わざわざ居城を出てきておいて、ヒトの頭上に居座るなんて無礼千万。たいそうな図体をしておいて、迷惑だ。その唯一柔らかそうな目は飾りかい。

    リト史録〔英雄の軌跡〕女神と龍の話 より


     白と黒の塊が跳ねるように転がっていく。
     よく見れば、それが羽毛でできていると分かるだろう。まだ幼いリトの子供は、生え揃ったばかりの羽毛をぶわりぶわりと風に膨らませ、一目散に逃げている。
     階段を転がり、アーチを跳ね越えて、ちょっと飛翔用の“せり”から飛び降りてみたり家屋の中をすり抜けたり。小さな身体を活かしてあの手この手で追跡を撹乱する。途中で滑り込んだ店の番頭に水をかけられそうになり、様子をみていた井戸端ならぬ炉端会議中の女性たちにイチゴを放り投げられるなどして、植え込みの影に潜り込む。
     上へ行っては下へ行き、徒労感の募るリト族の大人たちは隠れた毛玉に気づかず、おぼろ影を追って通りすぎていった。
     足音がすっかり離れたのをよく確認して、毛玉はようやく鳥の形に落ち着いた。
    「何とか、撒いたな」
    「“ホン”は無事か?」
     本。木板の記録書が多いリトの村では珍しい、濃緑の紐で綴じられた、紙の書物。自分達の背丈の半分はあるかの本を抱えて、毛玉は逃げてきた。
    「べつに怒ることないよなぁ。おれたちは“イダイなセンジンのレキシ”を自分から学ぼうとしてるだけなんだから」
    「そうとも。むしろ褒められてもいいくらいだな!」
     どこか誇らしげに呟く毛玉たちの黒曜石のような目はきらきらと手元の本から離れない。わんぱく盛りの男児としては座学など真っぴらごめん、暇があれどもなくとも風の呼ぶままに翼を広げて飛び回っていたいもの。それが、自ら書物を紐解き学ぼうなどと子供心を掴んで放さないのは───……
    「いる矢、細をうがち、天かけるすがた、はやてのごとし……!」
     ───この書物が100年の荒風を越えてリトの村に伝わる伝説を記した、唯一の史書であるが故に。
     “射る矢は細を穿ち、天翔ける姿疾風の如し英雄リーバル”。
     リトの空だけに収まらぬ偉大なる戦士。その栄光と悲劇を忘れ得ぬための。唄に長けるリトの集落で、記録という記録は詩による口伝が大部分を占める。にもかかわらず、わざわざ文字に起こされ引き継がれてきた史書の価値は、子供が持ち出したのを大人が血相を変えて探し回るほどには高い。
     しかしながら、後のカミナリを算用してでも英雄の一端を見たい知りたい子どもの憧れというものは、鈴は着けられても紐でくくるにはいかない勢いだった。
     ずいぶん重たい本を容赦なく地面に広げて、ちょっと気がかりだったのか、広げたスカーフを本の下に敷き入れて、並んだ毛玉は意気揚々と覗き込む。
     ぱらりぱらり紙をめくる音がゆっくりと響くにつれて、毛玉二人の呼吸もゆっくりと落ち着いていく。
     寒さの厳しい北の地に住みかを構えたリト族。ハイラルで唯一、空を制する支配者リトの民の歴史。
     リトの村からずっと東へ行けば火山が燃え盛り、リトの村からずっと南へ行けば、日差しがひしめく砂漠が広がる。
     火山を下った大河の先にはリトと祖を同じくすると言われるゾーラ種が棲むらしい。彼らが選んだのは空ではなく、水の世界を駆ける翼(ヒレ)だったとか。
     緑が絶えず、人々に豊かな恵みをもたらすこの世界・ハイラルで、リトの村は小さな田舎の集落と言えるだろう。
     しかし、リトの誇る英雄は、その小ささに収まるものではない。
     読み進める度に思い思いの歓声をあげ、息をのみ、また、そうっとページをめくる。固まった姿勢に身体が痛むのも気付かずに、毛玉たちは“本”の英雄譚に夢中だった。
     ──しかし、である。
    「ん?」
     ばり、と妙な音を立てたページが毛玉を物語から現実に戻す。ひらひらとつまんでいたページを揺らし、表も裏もついでに小口の上下も覗き込んで、違和感の正体を探す。
    「おい見てみろよ。なにかとじて・・・あるぜ」
    「剥がれかけてるな……」
     薄い紙を破らないように慎重に頁の端を持ち上げて、異物を取り出す。剥がれ落ちる糊がぱりぱりと音をたてる。
     現れたのは一枚の紙切れだ。少し埃を被って束ねられた紙の中でも、一等小さく、上等なそれを日に透かす。それは、所々に鮮やかな色が見えるものの、全体は色褪せ日に焼け、かつての美しさは損なわれているのだろうと分かる、古びた絵姿だった。
     普通の絵姿と違うのは、まるで切り取ったように鮮明な描写と、絵具を全く重ねていないような、つるりとした紙質。
    「なんだ、これ……というか“だれ”だ……?」
     異質な紙切れに写っているのは、自分達より少し歳を重ねた、それでも大人とは違うとはっきり見てとれるリトの若者。
     よく見ようと毛玉たちが紙切れを手元に引き寄せた途端。
     ──風が吹き通った。
    「おわっ!」
     砂ぼこりが舞う程の強風に目を瞑ると、手元から紙切れが逃げ出していた。
     渦巻く風は紙切れを天高く連れ去り、もはや舞う木の葉と区別がつかない。
    「……やっべぇんじゃないのか」
     ひらひらと遠のく紙切れを気にしながら黒毛玉が白毛玉に振り返る。同時に肩の向こうに影を見つけた毛玉は目を丸くした。もちろん、視線のあった影の方も眉を吊り上げた。
    「こらぁ!!見つけたぞお前たち!」
    「うわっ、にげるぞ!」
     渦を巻いて飛ぶ紙切れを見上げている間に、植え込みからはみ出た白黒毛玉に大人たちが気付いた。まだ遠くから聞こえる怒号に若干の余裕を持ちながらも、毛玉たちの気持ちは逸っていく。
     ──おれたちも、こんなふうになれるかな。
     心からそう思ったのは本当だった。
     ただ、普段はたった数ヵ月の違いを大人ぶる幼馴染みが、自分と同じような顔をして憧れを隠さないのが、何だかつまらなかったのを覚えている。

     ───天地がひっくり返る。
     地に足がついている状況ではないのだから、空がひっくり返っているという方が正しいか。上昇気流が背中を押し上げるのを感じながら矢をつがえる。
     狙いを定めるのは一瞬だ。弓を構える瞬間だけは、俺たちは空の支配を捨て、自然のままに落ちる。一呼吸の半分よりさらに短い瞬きの間に判断と身体への命令を揃える。この辺りは泳ぐ感覚に似ているかもしれない。
     弧を描く矢の軌道を意識して前方上の“的”に放つ。
     すぐさま身体をよじり風を捕まえて上昇する。背後でぱきりと砕ける音がした。
    (あと、3つ………)
     丸い目玉が並んでいるような青い的とにらみ合いをして、わずかな横ばいの気流に乗り身体を運ぶ。上昇気流が激しい分、上以外の方向を持った力は弱められてしまう。ほんのコンマ数秒の移動をやけに長く煩わしさを感じながら腰の矢筒から数本の矢を取り出した。
     手前と奥に並ぶ2つに、連続で矢を引き絞る。矢が落ちるのを確認する前に右後方へ振り向き一射。背後からは、ぱりんと音が一つだけ。
     ───外した。
     歯噛みしそうになるのを堪えて身体を縮める。抵抗が減り落下するように下方へ降りて、青い目玉が現れた。視認するより早く、足で弓を構え、鋭利な“鉤爪”で弦を切らぬように引き絞る。
     射つと同時に足を離し、気流に乗った弓を手で回収する。手が届く前にぱりんと的が割れる音がした。飛行の邪魔にならぬよう極限まで薄く軽く作られた木製の弓は、少しの風でも浮かぶのだ。
     握りしめた木の感覚を確かめながら風に煽られ岩壁に打ち付けられる矢を見つめる。足で構えた拍子にバラバラと落とした矢たちだ。拾いにいくのは難しいだろう。
     テバは小さくため息をついた。
    (また、ハーツのやつに怒られるな。)
     ハーツとは村を代表する弓職人の男である。
     今しがた谷底にばら蒔いた矢をすっかり無視して、弓弦の張りを確かめている男、テバの幼馴染みであり、小さい頃から何かと一緒に馬鹿をやっては大人たちに怒られていた。
     しかしハーツは上手く口を利いて逃げてはテバ一人が大目玉を喰らうこともあった。何かと器用な幼馴染みは現在、村の商店に矢を卸している。魔物が出没するに加えて、狩りの地としても知られるタバンタ近辺では、弓矢を持つ旅人も少なくない。
     弓の手入れだけでなく矢の販売も需要はあるらしいが、訓練の度に弓の調整と矢の補充とにやってくるテバに、「店に卸す分の矢までみんなお前が持ってっちまう」とハーツはぼやいていたのだった。
     はあ、ともう一度ため息をついてから、テバは訓練場の東屋まで羽ばたき、補充すべき的を確認する。
    (3つ、か………)
     ───ヘブラ地方タバンタ域。
     雪山に程近い西の高地にある小さな集落に伝わる古き英雄は、一度飛んだだけで、瞬きの間に“4つ”の的を射抜いたという。
     舌を打ちながらテバは代わりの的を設置する。
     先の失敗は集中が足りていないせいだ。頭の中の、状況確認の詩文にこだわるなど、集中も何もない。らしくないことをしてしまったのは最近ずっとそういう奴の話を聞いていたからか。
     最近村に戻ってきたというおっとりとした物腰に反して世界を旅する豪胆さを兼ね備えた詩人殿の含みを持った笑顔を思い出して、テバは眉を潜めた。
    「追い付けねえなぁ」
     ぼやく男の口は柔らかに潤う唇ではなく。
     べっこうのようにぴかりと光を反射する黄色の嘴だった。不機嫌そうにひそめられた眉はずいっと長く、ぎらりと鋭い眼光を放つ金の目玉は丸く。両の琥珀を引き立てる、黒の“いちょう”のような隈取りが目元には影を落としている。
     吹雪の吹き付ける飛行訓練場においても男はうすっぺらな革鎧に鋼の胸当て、少々の飾りを着けたまったくの軽装。
     それもそのはず、身体から顔、頭のてっぺんまで西日を反射してぴかぴかと照る真っ白い羽毛におおわれ、すべてを跳ね返すかのごとく奔放に立ち上がった鶏冠は日輪の兜のようだった。先程、器用に弓を引いてみせた脚は勿論、鋭い鉤爪のついた鳥脚である。
     鳥が人の形を成したような生き物。このハイラルという世界でリト族と呼ばれる種族。中でもテバは、リトの戦士であった。
    「日が落ちてきたか」
     雪の止まないヘブラ山の空は、重たげに雲が伸びていて陽光は見えない。やって来たときはぱちぱちと火花を散らしていた囲炉裏が鳴りを潜め、薄暗くなった東屋で肌寒さを感じて、テバは呟いた。
     火の始末をしながら、そろそろ帰らねばならないだろう、と自分を納得させて、テバは矢の回収を諦めた。いつものことだ。記憶の中の、わぁわぁと何か言いたげな親友の呆れ顔を頭の隅に追いやっていると、──どさり、と雪崩れる音がした。
     不審に駆られて弓を手に辺りを見渡す。目には感覚を失わせるような銀世界が広がるばかりであったが、耳には新しい情報が飛び込んできた。
    「いやぁ!下手くそ・・・・だねえ!」
     一拍。テバは目を閉じて、もう一度開けた。
    「………誰だ。用があるンなら、またにしてくれ。俺は今、虫の居所が悪ィんだ。」
     無礼な。何を指して言ったのか、など分かりたくもないが、とにもかくにも、無礼な。
     きょろきょろと目を配るも、声の主は見当たらない。テバは自身の声が幾段か低くなっているのを自覚して返事をした。
    「聞こえなかったのかい?下手くそだって言ったんだよ。折角、僕が指摘してあげようとしてるのに、耳を貸さないなんて、駄々を捏ねる雛鳥のすることだ」
    「なるほどな。ケンカなら買うぞ」
    「短絡的、暴力的、ああ嘆かわしい! まったく、そこらのライチョウの後ろでもついてまわったらどうかな。少しは気品ってものがわかるかもしれないよ」
     どう考えても“ご挨拶”だ。こんな見ず知らずの、それこそ、顔も見せない相手にずけずけ言われて黙ってるのは、世間ずれしたぽやぽやの小僧か、海よりもふかく山よりも高い寛容さをもった聖人くらいのものだ。
     ついでに言うなら、やれやれ、とため息まで聞こえてきそうな大仰な口調は短気なテバを多いに苛立たせた。
    「───、────?」
     きん、と氷を弾いたような音が耳を抜けて、見えない声が遠のいた。上手く聞き取れない。
    「……何を言ってる?」
     紅い月を先触れに魔物の被害が急な拡大を見せている昨今、言葉を弄くる珍種が出てもおかしくはない。少なくともテバはそう思っている。しかしそこまで流暢に人を煽る程の知能が、人に悟られることなく発達したとは考えにくい。相手は不躾な流れ者だろうと当たりをつけて、弓こそ下ろしたものの警戒は解かずに腰を落とす。
    「だからさぁ、言ってるだろ? 僕は───」
     ぼそぼそと何事かを呟いたようだが、やはりテバには判別できなかった。姿は見えないが、嫌みっぽくすっと目を細くした(ようにテバには感じられた)透明男がさらに言い募ろうとして、しかし、声が続くことはなかった。
     声が止んだのは、小さな羽ばたきの音に気がついたからだった。
    「父ちゃん!」
    「──チューリ?」
     テバは目を丸くしながら勢いよく飛び付いてきて着地した小さな白い毛玉、リトの子供を抱き止めた。
    「もう晩ご飯なのに、ちっとも父ちゃんが帰って来ないって、母ちゃん怒ってるよ!」
     ぱたぱたと元気よく吹雪の静寂を打ち晴らしたのは、一人息子のチューリであった。
     背丈はまだ大人の腰ほど。まだ鶏冠になりきらない頭のてっぺんの黒い羽毛がぴょこぴょこりと揺れ、テバは思わずその丸い頭の上に手を置いた。
     日課の訓練の後に自分を帰らせておいて、ちらとも帰ってくる気配のない父親を心配して迎えに来たようだ。いつの間にか体力をつけた息子をほほえましく思いつつも今は褒めてやるより気にかかることがある。
     さぁ帰ろうと手を引く息子に、なあなあの返事をしながら、テバは先程までの声の主を探した。
    「……日が暮れる。お帰りよ、リトの民。夜は、君たちには危険が多い。じゃ、次はもう少しまともな弓を見せてくれよ!」
    「なに!」
     ばさり、と鋭く羽ばたきが響き、風が唸った。
     風に流される雪を追って空を見上げたが、ちらちらと白く視界を掠めるばかりの有り様に、舌打ちをしようとして、テバはチューリの存在を思い出した。
    「父ちゃん?」
    「いや、なんでもない……」
     突然声を荒げた父親にくるくるとよく動く目を向けて首を傾げながらチューリは帰宅を急かした。すごい風だったねえ、あれなら僕も村のてっぺんまでいっちゃいそう! とはしゃぐ空路の中、吹雪の取り巻く飛行訓練場から離れて幾分か。
     日の沈む山際を捉えて漸くテバも急ぐ気を思い出し、鳥目のリト族に優しくない夜がやって来る前に、と帰路を急いだ。
    *****

     村に帰りついた頃にはもう店仕舞いも終わってしまっていて、考え事をするには十分な静けさが広がっていた。
     24時間営業を豪語するネック(24時間営業に益があるかは謎だが、テバが見たかぎり、日暮れ以降に利用するのはいつでも奇怪な格好をしている風変わりな旅人だけである)の防具屋紅孔雀の灯りと、詩人殿の奏でる楽器のかすかな旋律だけが昼間の賑わいの名残を見せている。
     家では既にチューリが食事を始めており、育ち盛りを主張するように威勢のいい食べっぷりを眺めていると妻がおかえりなさい、と声をかけてくる。
     妻のサキは、生まれついた華やかな羽根に加えて物憂げな瞳から、この田舎じみたリトでも蝶よ花よと大事に育てられた、ある意味一風変わった女である。本人の気性か物腰は控えめだが、譲らない一線を持つのは気品というものなのだろうか。契りを交わして早幾年未だにふと、なぜ彼女は俺を選んだのかと疑問に思うことは、ままある。
     テバは、ああ。と適当に返事をして背負っていた弓の一式を片付ける。
    「今日は何かあったんですか?」
    「ああ、少しな」
     おざなりに返事をするテバに、サキもまたそうですか、と言うだけだった。
     あの声はなんだったのか。自分の飛行が下手とは、いや弓が下手といったのか?テバは片方ずつ手で軽く押さえながら肩をぐるりと回した。そのまま首元に手をやって、今日の鍛練の分析を始める。
     時間内での合計撃破数は伸びなかった。気がそぞろで矢を落とした。風を捕まえるのはいつもより自然だったか。飛行ルートは最善だった、矢が当たりさえすれば最高記録に追い付けたはず。
    「いつもは夕餉までに帰ってきますのに」妻の声がする。うん、と生返事を返して、テバの思索は続く。
     100年前の伝説に残る英雄の技術には及ばなくても飛行技術では村で随一と言われることもあって、どうにも面と向かって下手くそと卑下するほどテバの自尊心は低くなかった。
     ──やはり、弓の腕か。
     テバはちらりと部屋の隅に置いた銀灰色の弓を見て、ほう、と息をつく。
     ハヤブサの弓、と通称されるこの弓はリトの伝統技法で作られた一級品であり、さらには親友のよしみ、とハーツがテバに合わせてアレコレと調整を重ねて、テバ自身もまた改良を加えている世界に一つと豪語できる特別品である。大きさと比例する威力や飛距離に目をつぶれば、かの英雄が愛用したとされるオオワシの弓にだって引けを取らない。
     そこまで考えて、テバは自分の意地汚さを一蹴した。そんなわけがあるか。オオワシの弓に並ぶ品ではない。
     だってテバにはオオワシの弓は扱えなかったのだから。
    「まさか、また怪我でもしたんじゃ………?」妻の声がする。うん、とやはりテバは生返事をした。もう少し答えらし答えを出すまで考えていたかったのだ。
     このままオオワシの弓について考えていけば何やら薄暗いもやに飲み込まれるような気がして、テバはかぶりをふった。
     ──問題を戻そう。
     正体不明の声がテバの弓を下手と見抜いたことだ。しかしながらテバにも村を守護する戦士としての自負がある。そうそう下手などと言わせるつもりはない。
     そもそも見ると言ったってどこから見ていたのだろうか。
     東屋には誰もいなかったし、気流の起こる崖に立っていれば気づくはずだ。
    「あの、聞いてます?」うん、と言ったような気がする。
     屋根の上からでは奥の動きは見えまいに。本当にきちんと見ていたかも怪しいか。何か難癖つけてからかいたいだけの迷惑な輩かもしれない。だがそれにしちゃあ随分と自信のある口ぶりだった……。
    「………」
     繰り返し繰り返し思い出して、テバはただでさえ“きつい”眉をさらにぎゅうっと寄せた。
     繰り返し繰り返し話しかけて、サキはとうとう席を立った。チューリはちらっと母の顔を見つめた。
     繰り返し繰り返しおかわりをして、チューリは成長期真っ盛りの本能の命じるままに、さっさと寝床に入った。
    「あの……あなた?」
    「ああ……」
    「……ご飯、いらないんですね?」
    「ああ……、はっ?」


    「へっくしょい!」
     次の日、テバは親友ハーツの元を訪れて、弓矢の仕上がりを待つ間に大きなくしゃみをした。
    「風邪か?」すぐさまハーツが嘴を挟む。
    「いや………噂でもされているんだろう」
     嘴ではそう言ったものの、ずず、と鼻をすすりあげて、テバは先日の冷えた夜を思い出した。
     訓練場の無礼な声の正体に気を取られて、料理を暖め直して出迎えてくれた健気な妻にもかかわらず、そぞろな返事をしたテバが、いかにして夕飯にありついたかは想像に難くないだろう。
     先日のテバの夕飯はなまぬるく萎れたサラダによく冷えたサーモンムニエルによく冷えたシチュー、ほんの少しだけ温もるミルクだった。寒空の冷たい食事よりも、じわりと温いミルクが、羽毛の生え揃うリト族の身にもよく染みたらしい。
    「……まあ、春先は冷えやすいからな、色んなものが」
    「夫婦仲とかな」
    「……ハーツ」
     敢えてぼかした言い方を見透かされ茶化され、テバは苦し紛れにそっぽを向き、ハーツと呼ばれた黒羽のリトの男は、風になびいたような形の黒髪を揺らして、からりと笑った。
     幼馴染みとして付き合いの長い分、人一倍テバをからかうのはこの男であるし、テバが友人としても弓師としても一番に信頼するのもまた、この男、ハーツである。
     他人の家の事情をからかってはいるが、男親一人で一人娘を育てているハーツは嫁がいない。娘がいるのだから結婚なり番なりの相手はいたのだろうが、逃げられたのか死に別れたのか、テバは一度も親友の伴侶を見たことがなかった。もともと兄貴分ぶって話を盛っては減らし気のいい口調で流すことの多いハーツであるから深く尋ねたこともない。
     テバはハーツ自身から話を始めるまでは尋ねないことをかつてに決めた。いつか話すだろうと放っておける程には互いに長い付き合いである。
    「夜冷えを舐めたらいけねえぞ。俺たちは寒さに平気と思っていても、芯から冷えるのはまた別な恐ろしいもんだぜ。それと、女子供はなおさら冷えがこたえるもんだ」
    「ずいぶん実身のある言い方だな」
    「ん、そうさな……」
     ハーツは作りかけの弓をいじくる手を止めてまだ眠ったままの彼の娘に目を向けた。
     ハンモックのような、宙に揺れるリトの寝具の上で薄桃色の羽毛に覆われた小さな腹が上下している。まだ柔らかい雛鳥の羽毛は吐息よりも微かな風でさえふわふわと揺らされそうだ。
     朝日が段々と羽毛に射し込んで来るのに気付いてかいないでか、小さくピィと鳴いて身じろぎする。起きるのは時間の問題だろう。
    「ハーツ?」
    「ああ」
     声をかけられてからも少し遠い目をして、ハーツはかぶりを振った。
    「なんでもねぇよ。ほら、持ってけ。今度はあんまりサキちゃんに心配かけるなよ」
     気を取り直したようにニヤニヤと含み笑いを添えて矢束を投げ渡してくるハーツに、ため息だけを返して、テバは家の最奥から外に繋がる“せり”に脚をかけ空へ飛び出した。

    *****

     テバは一人で飛行訓練場を訪れた。戦士として自分の技を修練するためだ。
     幼いチューリはまだまだ遊びたい盛りで連日の訓練は酷だ。いくら戦士に育てるといっても、火急の危険があるリトの村ではない。子どもは子どもらしくのびのびと過ごす時間も必要だろう。という点ではテバも妻のサキに同意したので、チューリの休養と自身の研鑽を兼ねて、定期的にテバは一人での訓練を行うことにしている。
     また、ヘブラ山に近く、絶えず雪の降っている飛行訓練場は、管理する者がいなければ忽ち白く塗り潰されてしまう。
     以前は利用者がいなければ、村の者たちで順番に当番を決めて雪払いと備品の補充を行っていたが、テバが戦士となり、チューリの訓練のため自身の修行のために連日と入り浸るようになってからは飛行訓練場の管理はテバの仕事の一部になった。
     チューリがいない今日は降雪の中でも力押しで飛んで、滑らぬように慎重に屋根に着地する。足場を確めてから、そのまま翼に積もった雪を振り落とすように羽ばたく。
     ついでに屋根の雪を落として回って、訓練用の谷底の上に長く突き出した欄干に降りる。
    「やあやあ、おはよう。いーい天気じゃないか」
     すると突然、聞こえてきた勘に障る声に脚を滑らせかけて、テバはどたりと大きく物音を立てて着地してから、誤魔化すように咳払いをした。同時にちらちらと目の前を落ちる雪の群れもしっかりと見た。
    「いい天気、ねえ……」
    「いい天気だとも。姿を隠すにはもってこいの吹雪だ。ほら君の後ろ!」
     ばっと振り返った先には鈍色のキツネが走りすぎていくだけだった。反射とはいえ何となく気まずく思って、テバはぎぎ、とぎこちなく首の向きを戻した。
    「おいおい上だよ、上。ついでにもっと遠くだ。まさか鳥目で見えない、なんて言わないだろ? 今は昼だよ。 ……もう少し親切に言ってあげようか。右に九時の方向、もっと街道の側だ。さあ」
     言われた方向に目をやると、かすかに何か動く影が見えるようにも思われる。獣か、魔物か、遭難者か。視力の高いリトの目をしてぼやけるようなその微かな影を、声の主は既に見分けているのだろうか。
     ──だとしたら、やはりリトか?それとも凄腕の弓使いなのか……?
     己の目では見分けられぬ吹雪の向こうに目を凝らして、テバは背負っていた弓を一振りして背負い紐を落とした。
     ──ひとつ、騙されてみるか。
     声に従って歩く様は操り人形にでもなったみたいだと違和感に眉をひそめながらもテバは辺りを警戒して歩みを進める。
     せっかくやって来た東屋から街道方向へ飛び下り、若干の崖を滑空して越えて、まだ急かす声を振り払うように山岳を見下ろして羽ばたく。
    「よし。上、そして右に二歩、それから───」
     羽ばたきの音を最小限に上昇して壁ぞいに降りる、そこから右に二歩。背後の峡谷を振り返るように顔を出し──……
     ひたり、と視線が交わった。──テバは迷わず弓を引く。
    「ッ魔物か……!」
     かち合った目玉が動く前に突き刺さった矢は、音もなく魔物の消滅を飾る紫煙に溶けた。
     人工的な──作ったのは人ではないが──作意を持って拵えられた高台には粗野な造りの弓が落ちる。
     紫煙が溶けきる前に、テバはすぐさま身を隠した。ちらりと岩影の端から様子を伺うに、まだ、気づかれてはいない。キース──蝙蝠のような一つ目玉に羽の生えた魔物──がいないようで助かった。
     テバは息を詰めて、弓を引き絞り直す。 
     敵陣は醜い猪豚のような、ハイリア人の小男のような奇妙な姿をした魔物、白い斑のボコブリンが3体に、何だか親玉風のこれまた猪面の巨体を持つ魔物、モリブリンが2体。それらが武器を置いてうろうろと動き回っている。
     せっせと板やら泥やら資材を運ぶ様子は、どうやら拠点を作ろうとしているらしい。鉄の箱が落ちている。──律儀なことに見張りを置いて。それも目敏く動きの速いリザルフォス──巨大な爬虫類のような、二足歩行で火やら氷やら舌ベロやらを吹いてくる魔物──短剣のような攻撃範囲の短い獲物では厄介な相手──が奥の見張り矢倉に立っている。
     空から急襲するにも、弓引く前に警笛を鳴らされて他の魔物たちに一斉に武器を持たれては、相手取るのが厳しくなるだろう。
     ギャギャ、と些かいぶかしむような濁った高音の鳴き声にテバはじりじりと身体を下げた。
     一度弓を下ろして、手持ちの矢を確認する。至って普通の木の矢が十分に。雷の矢が3本ほど。メドーを熨すためにしばらく仕入れていた爆弾矢の余りが数本。周りへの被害が尋常ではないために、爆弾矢はできれば使うことを避けたいところだった。
    「まぁ、やるしかないな……」
     もう一度魔物たちの位置関係をさっと確認して、テバは高く飛び上がった。
    「まずは笛!」
     真っ先に気付いた見張りのリザルフォスが角笛に手を伸ばす前に弦を引き、打ち落とす。
    「さあ来い、雷を食らえ!」
     笛はなくとも悲鳴に反応して集まってくる魔物を誘導して鉄の箱に“雷の矢”を打ち込む。
     金属によって拡散した電撃に怯んだところにヘッドショットで小さいボコブリンの2体を沈める。
     飛び上がって少し離れて呆然としている3体目の頭上を取り、後ろから踏み倒し、近距離から脳天を撃ち抜いた。
     身体が地面に降りる前に、もう一度雷の矢を鉄の箱に打ち込み、残ったモリブリン2体の動きを止める。すかさず頭部を狙って撃ち込むが中々しぶとい巨体は数本矢を食らった程度では倒れない。
    「しぶといな、だが、こいつはどうだッ!」
     残りの一本の雷の矢も箱に撃ち込んで片方のモリブリンを紫雲に還す。
     最後に痺れから解放された動きのとろいモリブリンの足払いを避けて、振り返り様の鼻面に一発二発三発。立て続けに頭を狙われてよろけた巨体を飛翔の勢いで蹴りつける。
     くぐもった鳴き声をあげながらモリブリンが落ちていく。遠く鈍い悲鳴が聞こえて、辺りは静かになった。
    「──及第点! まぁ、まずまずだね」
     びゅう、と風の音がしてテバの目に入ったのは吹雪の欠片と翡翠の光だった。晴れてもいないのに爛々と光る翡翠の目に、少し怖じ気づいてぽろりと言葉がこぼれる。
    「“ちび”じゃないか……」
     そう言うと、何故だか突然巻き起こった上昇気流にテバは足元を掬われた。
    「のわっ……!」
    「不注意だねえ」
     危うく崖下にダイブするところだった。
     いくらなんでも空の支配者が間抜けに谷底へ落っこちるような真似はリトの男の沽券に関わる。テバは慌てて崖近くから離れて、くつくつ笑う声に目を針のようにしながら風が収まるのを待っていると、元々あまり器用ではないテバの、それでも様にはなっていた横髪の編み込みはぐちゃぐちゃになった。
    (だからリトの伝統だか何だか知らないが、装飾は好みじゃないんだ)
     悪態を心の内でついてから、そしらぬ顔で着地した“ちび”を見やる。
    「大口を叩いていたと思ったら、ほんのがきんちょか」
    「ヒトを見た目で判断するなって教わらなかったのか? 白坊主クン」
    「変な呼び方をするな」
     なんとも気を抜かれたテバは、飛行訓練場へと歩みを進めながら、人を指差す無礼な翼を払いのけた。
     俺が白坊主ならお前は青坊主か。海にでも化けて出ろ。というかお前もヒトを見た目で判断してるじゃないか。
     リトでも珍しい深い藍がちの群青色の翼を横目に、テバが胸中に反論を打ち当てている間、横に並んだ“ちび”はぐるりとテバの上から下までを覗き込んで、ついでにもう一度テバの周りをぐるりと一回りして腕を組んだ。
    「ああ、生意気にも特注仕様の弓じゃないか。あんなおかしな姿勢でも射てているから、もしやと思ったけど。リトには今もいい弓師がいるみたいだね」
    「どの嘴が生意気だと言うんだ」
    「きみ、その弓師に感謝しなよ?」
     この男、人の話を聞かない。自分の気が済むまで一方的に喋りつくすタイプか。
     思わず振り返ってしまったテバは何かを訴えようとして挙げかけた手を下した。
     この手の相手の対処法は、聞き流すに限る。くるりと背を向けて、崖を昇り坂を昇り来た道を戻る。飛んだり歩いたりでそのまま着いてくる上に、喋りながらも器用に欄干に降り立つ男の話は止まる様子を見せない。
     会話を諦めたテバは何だか遠回りになってようやく着いた飛行訓練場で火を炊く準備を始めた。
     かちん!「────!」
     散る火花を目で追いながら慣れた手付きで火打ち石を打ち付けていく。
     かちん!かちん!「───、────?」「────!!」
     かちん!「───君も大概、図太いよね。僕が言えたことじゃあないけど。」
     気温が低いのか中々火がつかない様子だったが、火打ち石を打ち付ける音が長々と続くご高説を丁度よくかき消していた。わざとではない。たぶん、とテバは心のうちで付け足した。
     かちん!
    「羽の肩飾り。戦士の証だろう。二重の色羽なら、今、リト最高の戦士は君ということかな」
     かちん!と高い音の後にじわじわと火種が燃え出す。ようやく火がついた。
     同時に声を遮る音も消え、その声すらも一息止まった。遠くにケーンと猛禽の鳴き声が響き、テバが顔を上げると存外近くに嘴が迫っていた。
     ふぅん、と鼻を鳴らしてじいっと見つめてくる“ちび”は事もあろうに指をさして、こう宣ったのだ。
    「今の君が“最高の戦士”なんて。リト族も落ちたものだね」
    「なんだと……?」自分だけのことならまだしも、リトの伝統そのものをけなされては、テバの怒りにも火がつくというもの。
    「なんだ、怒るのかい。ただの事実だろ。僕の方がきみの何倍も上手くやる」
    「言わせておけば……大口を叩くなら、弓を取れ。坊主」
     長い眉を鋭く寄せて自身の弓を構えつつ、テバは視線で、備品の弓を示す。殺気を押し殺すので一杯一杯で、随分と低い声が出た。
     しかし男は物怖じせず、淡々と嘴をきく。
    「生憎と、自分の弓は人に譲ってしまったんだよね。リトの戦士が一人として、挑戦を万全の状態でなしに受けるのは、かえって無礼というものだ。それに……」
    「む……」
    「それに、リトの戦士の誉れは何より“翼”だ」
     そう言って青羽の男は姿勢を低めた。リトの飛翔姿勢の基本の型だ。男の後ろ髪を束ねる翡翠の飾りがきらめいて一呼吸の内に、気流が変わった。吹雪をやめた気儘なそよ風は、キンと冷えて一つの流れを生み出している。
     ──まさか、ここで飛ぶ気か?
     テバは制止をかけようとした。リトの羽ばたきは野鳥や家禽の比ではなく凄まじい風圧を起こす。室内が無事では済まない。
     しかし、間に合わない。ぐっと男は脚を踏み出し、爪が床を蹴る音がした。
    「っ………!」
     テバの不安は的中し、あろうことか東屋の屋根の下、狭い室内で男は羽ばたいた。自分より一回り小さな体躯からは見合わぬ力強い羽ばたきは相応の強風を生む。
     炉の火が消え、掛け物がひっくり返り、矢の束が舞う。紐がほどけ、ばらばらに落ちていく矢が全て空中に並んだ、瞬間。
     ──風が吹きわたった。
    「……見事」
     テバは素直に言葉をこぼしていた。飛んだ数々の矢の全ては、操られたように、屋根べりから下がる氷柱をすべて、貫いていた。そのどれもが家財道具には一つも傷をつけず、氷柱のみに刺さっている。
     ──風を意のままに従える力。空の支配者足るリト族の中でも、極めることは至難の業だ。
     テバは認識を改めた。ただの“ちび”ではない。この男は、戦士として認めるべき実力を持ったリトだ。
     あまねく自然は神の思し召しであり、神の作った世界で生きる人々は逆らえない。その世の理をひっくり返すような、離れ業だ。それもここまで細かなコントロールとなれば──テバは足元に転がってきた備品の花瓶を受け止めた。
    「お前の力は認めよう。……それで、この部屋の中は片付けていくんだろうな?」
    「……フ」
     得意気に伸びた背がぴくりと固まり、音がつきそうな程に目を細めて黙りこんだ。
     キザったらしく手をひらひらと振って遠ざかる青い後ろ姿を見て、鈍らせた思考のなか、再びテバはこう思うのだった。
    「やっぱりガキじゃないか」
     今度は上昇気流は起こらなかったが、屋根のつららが一本。ぱきりとおれて、鶏冠についた氷の粒を掠めていった。


     空は快晴。折角の翼を空に誘うように風は吹きすさぶ。リトの村でならまだしも、この飛行訓練場で青空を見上げることは滅多にない。渓谷に湧く上昇気流を利用した訓練場はヘブラの雪山に近付くため、吹雪が絶えない。
     それがどうしたことか、ここ最近は空が祝杯でも挙げているかのように晴れ間、晴れ間、晴れ間!鍛練のためとはいえ、テバも青空を背に飛べることは大層気分がいい。
     が、テバは首をひねった。
     今日なんて朝一番のまだ夜も明けるか明けないかの早さで出てきたはずなのに、なぜ既に先客がいるのか。
     先客。もう何度も何度もこの先客に先を越されている。そのせいで会う度に、うずく翼を思う存分広げたい衝動に大岩を転がし落としてくるように歯止めをかけていく目の前の男のことである。
     そう、目の前の男。リトでも珍しい、朝日で焼き込んだような深い深い紺青の羽毛に翡翠の瞳を輝かす、生意気なちび。先日に吹雪の向こうからテバを「下手くそ」と呼ばわり、類稀なる見事な風の技でこの訓練場の室内を荒らしていった、あの“ちび”である。
    「………」
    「えらく静かだな、今日は。」
     今日は、とテバは言った。これまで会ったときはさんざんとお喋りをした嘴は固く引き結ばれ、ちびは黙っている。
     ごきげんよう、などと挨拶を交わす質でもないが、それにしたって普段であれば嘴を開けばつつくような言葉が飛んでくるというものと、とうにテバは知っていた。
     ──そういう理解が生まれるに十分な程には、テバはこの頃この長い嘴のやかましさの餌食にあっていたのだ。
     ───例えば、ある日の口火は批評を押し売りするかという具合だった、とテバは思い出す。
    「左への挙動に無駄が多い。利き腕は右かな。それとも怪我でもしたのかい? 狙いはきちんと定まってるのに、打つのに躊躇して風に乗り遅れているみたいだね」
     訓練場の的を一通り打ち壊して、あずま屋に降り立ったテバの後ろに気配もなく立っては、見ていたかのように開口一番のお言葉であった。
     テバは気が長い方ではないので、大きく息を吸って気を落ち着けたものだった。
    「確かに左足にメドーの砲撃を喰らっちまったが、怪我は治った。問題はない」
     メドー、と嘴に出したとき、青羽の男は一瞬動きを止めたようだったが、すぐに何でもないように顎に手をあてていた。
    「そうか。それはすまなかった」
    「どうしてお前が謝るんだ?」
    「気分だよ。ところでその髪飾りのあばれ具合は類稀にみるセンスだね、ひとつ笑いを取れるだけの滑稽さと見えるよ」
    「余計なお世話だ!」
     会えば毎度にそんな会話をして、のらりくらりと日々が続き、気付けばもう一週間近くも毎日顔を付き合わせているのだから。馴染みもするものだ。
     思い出しながら、一週間。まだ一週間か、とテバは意外に思った。
     ───1日目。
    「いくら練習用の的が止まっていて打ちやすいとはいえ、毎度毎度同じコースで売ってちゃ芸がないよね。いや、誰のことってわけじゃないけ。」
    「よく動く嘴はいい的になりそうだな。何とは言わんが」
     ばちり、と視線が合った。「……へえ」「……ほう」

     ───二日目。
    「この子供用の弓、よくできてるよねえ。初めて弓を作ろうとした幼子の作品にしてはとんでもない才能だ。実用には不安が残るが記念に飾っておくには十分だね。……えっ?作ったのはきみだって?それはそれは」
    「納品前の損害賠償はひとつにつき2700ルピーだ。羽毛一つでも絡まってたらお前に請求するぞ」
    「へぇ、弦で指を切るような誰かさんじゃなきゃあり得ない話だね」
    「ほう、何が何でもルピーが支払いたいと見える」

     ───三日目。
    「今日は雲がよく動くねぇ。よほど風が強いのかくるくる回ったりして……ああ!違った違った。風に遊ばれていたのは白い羽毛の君か。いや、あまりにも流されるままだからつい勘違いしちゃったよ」
    「いやあ、この距離で生物と雲との見分けがつかないとは若いのに大変だな、いい医者を紹介してやろうか」
    「誰が近眼だい、この雪男!」

     ───四日五日で。雨が降り。
    「ああ? お前、いたのか。濡れ鼠のように景気の悪い色立ちで全く気付かなかったな」
    「君こそそろそろ目が鈍ってるんじゃないか?お年を召しているんだから無理しないほうがいいんじゃない。昼と夜の区別がつかなくなったら、リトの鳥目は厳しいよ」
    「誰が老眼だ!」

     ──そして今日。
    「何だ、言いたいことがあるなら言えばいいだろう。用が無いならとっとと出てけ」
    「……………」
    「おい、そのだんまりは、用はあるってことでいいんだな?」
     まったく、とテバはため息をついた。どうして俺はこんなご機嫌伺いみたいなことを言ってるんだか。今日のちびは普段聞いていなくてもしゃべるような口うるささはどこへ行ったか、不気味なほどだんまりで、さらにテバは頭を悩ませた。
     お互い黙ったまま火を焚いて、あまり積もってはいないが屋根の雪を落として、備品を一つ一つ確認して、棚から作りかけの弓を取り出して、いつもの場所に座った。
     奴は飛行訓練場の上昇気流に番をするように部屋とバルコニーとの節の柱に寄りかかっている。いつもの定位置だ。いつもはそこからテバが飛んだり、弓を射ったり、手作業をするのを内や外を向いて眺めている。お節介な嘴を挟むのも忘れずに、だ。
     そんな男がじっと、動かず見ているちょうど目の前に座ることに若干の気まずさを感じつつ、テバは弓づくりを再開した。
    「ねえ。君はどうして戦士になったんだ?」
    「は?」
     突然の問いかけにテバは素っ頓狂な声を上げた。
     そう、普段は来るなりベラベラと喋り倒してはテバが弓を引くのを眺めて、意味ありげにため息をついたり笑ったり舌打ちをしたり、と自分勝手きわまりなく過ごしているちびがだんまりだったので、油断していた。
     こうして話しかけられたときにテバが素っ頓狂な声をあげて大げさに顔を振り仰いでしまったのは仕方の無いことだった。
    「なぜこんなこと・・・・・を続けているんだい。まだ、君の羽毛に紛れ込んだ雪のひとひらを探す方が、希望の光が見えるってものじゃないか?」
    「なぜって……」
     短気なテバが、どこからともなくやって来る生意気な嘴にも平静を保てるような馴染みになった奇妙な両者の関係は、しかしながら未だ名前もない。だからちび、と呼んでいる。
     テバが最近漸く気づいたのは、この生意気な青年がやって来るのはテバがひとりのときだ、ということくらい。
    「いったい何の話だ」
    「君、飛ぶのは上手くても弓が下手だろう?」
     テバは手を止めた。男は気にせず淡々と言葉を続ける。
    「いや、下手は正しくないな。訂正しよう。君の飛び方は、“合っていない”」
     弓を置いて、ちらりと顔を見る。ちびの顔は普段のからかいは鳴りをひそめて、真剣だった。
    「誰かの影を真似て、それが身体に合っていない。君の動きはどれもそういう無理が出ているものばかりだ」
    「……ほう?なぜ分かった?」
    「見ればわかるよ。ようく身に染みて知っている型なもんだから。それに加えてきみったら、弓の打ち方がガサツだよ。作るのも射るのもね、あれはそういう力任せにやったんじゃ失敗するようになってる動きなんだよ」
    「一言多いぞ!」
     いや一言どころか先程から二言三言………余計に悪口を言われている気がする。
     嘴を開きかけて手元の、弓になる予定の大きな木片をちらりと見て、いつでも棚に積み上がっている同じ型の弓に目を移して、テバはため息をついた。
    「悪かった、思ったことがつい嘴をついて出ちゃって」
    「……はあ」
     悪びれもせず、いけしゃあしゃあと。
     何度目かとなればいちいち怒鳴る気も起きなくなる。無論じっとりと睨むことは忘れない。
     睨みついでに彫刻用の小刀を手に取る。
    「確かに、俺は無理やり自分の飛び方を止めて、他人の型に合わせようとしている。その伝承の文献に倣った通りのやり方は、俺には窮屈にも感じる」
    「分かっているなら、どうして固執するんだ?」
    「俺が、そうしたいからだ」
    「なぜ?」
    「決まってるだろう。……伝説の英雄様に、追い付くためだ」
    「追い付く?まさか英雄になりたい、何て言うのかい、子供みたいに」
     器用に片眉を跳ね上げて怪訝そうに問いかけてくるちびを傍目に、テバは然程のことではないように彫刻を続けた。
    「お前こそ何をいうんだ。そんなんじゃないさ。リトの男なら、弓を手にする者なら、誰だって憧れるだろう。お伽噺でもなんでもない。100年前の大厄災で、命を落とされた、リト史上最高の戦士と謳われるハイラルとリトの英傑、リーバル様だぞ」
     一拍の間を置いて、返事の無い様子を訝ったテバが手元を休め、顔を上げる。ちびは喉の奥に魚の小骨が刺さったような顔をして肩を竦めた。
    「……さてね。100年前にほこり被った鳥の名前だったかな。その程度だ」
    「リト族の癖して、リーバル様を知らない! お前、どんな田舎で育ったんだ?いや、このリトの村が田舎だから、逆にどんな都会で育ったんだ?」
     テバの嘴とちびの嘴、大きなため息が重なった。
    「……僕は、そうだな、そう。はぐれものだからね。そういう伝承とやらはよく知らないんだよ。あまり好きでもないし。理不尽なばかりで人を振り回すから」
     後頭部の立派な三つ編みを弄くりながらちびは憮然としている。
     このハイラルに生きて、あの目覚ましき伝承を知らぬものがいるとはな、とテバは胸中で感嘆すら覚えた。
     ──ハイラルで最も有名な神話。女神が作りたもうた聖なる力の証、トライフォース。
     欲深く悪心に囚われた厄災ガノン。世界の危機に立ち上がる姫巫女と勇者。長きにわたる光と影の戦いには犠牲もあれば、生まれる絆もあった。100年前には、ハイラル生きる4種族全てが心を一つにして厄災の禍根を絶たんと集められ、リトからは最も優れた戦士が、王家の姫巫女直々に協力を請われた。
    「──その栄誉ある戦士が英傑リーバル様だ」
    「でも、甲斐なく死んだろう」
    「確かに姫巫女の修行の出迎えに際して、突然に厄災が復活し、託された神獣へと向かわれたリーバル様はそのまま行方が知れなくなった。そう伝えられている。だが、それをただ甲斐がない、と言うのは事実を目にしていない俺たちが言えることではない」
    「役目を果たさず死んだなら、甲斐がないってものだろ」
     やたらと意固地になって食いついてくるちびにテバは少し、身を引いた。
    「まぁ、他人の主義にあれこれと嘴を突っ込む訳にもいかないが……お前も空を制するリトの端くれなら、リーバル様の名前くらいは知っておけ。それくらい、あの人は偉大な戦士であり、英雄だ」
    「……ふぅん。へえ。なるほど。フム」
    「大事なものを守るにも、強さが必要だ。志半ばにして倒れられたリーバル様も、確かな強さを備えていたことだろう。かの英雄のおかげでリトは今に導かれているのだから」
    「で、君も英傑リーバルのようになりたいって?」
    「まぁ、そういう部分もあるだろうな」
     自身の抱えている憧憬が傍目から見て稚気じみている自覚がある分、テバは歯切れ悪く返事を返した。
    「憧れを追うのは結構なことだけれど、英雄になりたいなら止めておきなよ」
    「だからといって、英雄になりたいわけでは、」
    「同じことだね」
     遮るようにそう言って背を向けたまま、ちびは演説者のごとく両手を広げる。
    「きみが、英傑リーバルを英雄だと思って、英傑リーバルのようになりたいと願うなら、同じこと」
     そうして、くるりと振り返ったちびはテバを指し示した。
    「“英雄”っていうのは“悲劇”の最後を飾るものだからさ」
    「……だから、どうだというんだ?」
    「まぁ、分からなくてもいい。その方がいいよ」
    「おい……」
    「そうだ、一つ聞きたいね。その………大層な身分を背負った英傑のリーダーとリトの誇り“リーバル様”と、君はどっちが優れていると思うんだ?」
     ひとり満足して何かを誤魔化すように、今日は実によく喋る。テバは問答に若干の飽きを感じながら嘴を開いた。
    「どっち?どちらもハイラルのためにと命を賭した方々だ。比べようもない」
    「いいから、答えてみなよ」
    「……無理だって言ってるだろう」
    「さあ」
     じりじりと詰め寄ってくるような気迫に押されてテバは苦し気に嘴を開く。
    「……単純に考えれば。退魔の剣を携えた、伝承に違わぬ勇者であるからこそ、厄災に相対する要となるのだろうし、リトの英傑もそうと認めたと見るべきだ。何せ剣一本で魔物の集団を壊滅させるハイラルいちの騎士だったと聞く。どんなことにも選ばれることには理由が伴うだろう」
     とにかく言い切ってホッと息をついたテバに対して、ちびはいかにも苦虫を食ったという表情で苦節何十年の渋みを重ねたように低い声を出した。
    「へぇ。そうか。そうか。君もそうなんだ。いや、わかりきったことだったね。ああ、つまらない感傷に拘ってしまったよ。」
     とんと見当がつかないのはこちらの台詞だ。
     急にヘソを曲げられた上に、勝手に落胆されたテバは居心地悪く首を回した。
    「……他人を支え、導くのは、ただ突っ走るよりも高度で難しいことだ」
    「……何?」
    「単に、役割の話だ。英傑と呼ばれ集められた戦士達と、伝承に役割が定められた勇者と姫巫女と、役割が違うのだから、その強さや力を一概に図ろうと言ってもそれは土台無理な話なんだ」
     それを踏まえて聞いてくれ、とテバは言った。ちびは黙っているままなので、勝手に喋ることにした。
    「人の心を図り、人の技量を計り。自分の力量をよく理解し、自分の出来ることとすべきことを適切に判断する。人の力量を計るのは、少し鍛練を積めば自分が敵う相手かそうでないか、くらいは簡単に分かるし、人の技量を知るにはただじっと見ていればいい。しかし自分の力量を、ましてや可能不可能を知るには気の遠くなるような厳しい研鑽が必要だ」
     俺もまだそうとは及ばない、と付け足してテバはちらりと相手の反応を窺った。嘴の端を下げて不機嫌そうだが、黙ってつづきを促している。聞く気は有るらしい。
    「リトの英傑が勇者や姫巫女を認めたように──自己を磨きあげた正しく立派な方々だからこそ、姫と勇者を補佐する英傑にふさわしいと認められたのだろう……と、俺は思っている」
     テバは節々に自身の憧れを語ってしまったことに気付いて、最後には語調を弱めた。ちびの視線はヘブラの雪山の何処かを睨み付けたままだった。ちびは嘴を挟まなかったし、話し終わってなお、発したのはたった一言だけ。
    「……そう」
     テバからは感情の判別がつかない、静かな声音だった。しかし、さっきまでの険が薄れていることだけはテバにも分かった。
     そうして、今日も奴の方から踵を帰したのだった。


     ──翌朝。リトの村でいつも通りの穏やかな朝日に目を細めるテバがゆり起こす必要もなく自分からしゃっきり寝床を飛び起き、しっかりと服を着替え、朝食を食べ、食器を片付けサキに頭を撫でられたチューリは、意気軒昂に飛行訓練場まで飛びきった。
    「前よりも速くなったんじゃないか?」
     風で勢いよくなびいた“とさか”を撫で付けて直してやると、チューリは得意そうに胸を張った。
    「戦士たるもの、日々“シュウレン”だからね」
    「ようし。弓の持ち方は?」
    「ちゃんと覚えてるよ!」
     チューリは、テバたち戦士が持つ弓よりも幾分か小さな木製の弓を、力いっぱい握りしめて、からだの前につきだした。姿勢をぴんと正して弦を引く真似をして、ちらりとこちらを伺ってくる。
    「ねえ、もう射つ練習をしていい?」
     テバはチューリの姿勢をよく確認して、ふむ、と考える仕草をする。
    「まだ駄目だ。」
    「えぇー!」
     恨みがましい悲鳴が上がった。非難を帯びた視線もついてきた。
    「ちゃんと手入れだってできるよ?」
    「毎日やるんだぞ?」
    「できるよ!」
    「昨日、母さんにオモチャの片付けを怒られたのは誰だっけな?」
    「う……でもさ、じゃあ、いつになったらいいの!」
     一瞬目を逸らしたチューリは唸りながらぶすくれた表情でテバを見る。丸い顔の羽毛が膨らんで、さらに丸くなっている。よく跳ねそうだ、と思い、テバは笑いを表に出さぬように一層のしかめっ面を作る。
    「その弓を持ったまま、どこへでも行けるようになってから、だ。」
     いきりあがっていたチューリの肩が、するりと落ちる。
    「……ずっと持ってていいの?」
    「そうだ。」
     おそるおそる、と伺うように上目でチューリはテバを見上げる。
     チューリが抱える明らかに子供用の小さな弓は、しかしいつもテバが飛行訓練場に保管するものだった。チューリは今までずっと訓練場に居る間だけ、この弓を触ることを許された。訓練場で父と“遊んで”いるときだけ、チューリは背伸びをして父達戦士の仲間になったような心地を楽しんでいた。
    「これ……、僕の?」
    「ああ。今日からようやく“戦士みならい”だな」
    「!」
     チューリは目を丸くして、手元の弓とテバの顔とを交互に見て、テバが笑い返してやると、目を輝かせた。
    「あ、あのね!僕ぜったいぜったい大事にするから、りっぱな戦士になるから、えと……!」
    「ああ」
    「父ちゃんありがと!、う、あー……ううん……」
     元気よくお礼を言おうとしただろうチューリの声が中途半端に下がっていき、テバは思った反応と違うことをいぶかしんだ。
    「どうした?」
    「あのね……モモちゃんが馬宿に来る劇団を見に行こうって、それで……これから行ってもいい?」
     チューリはうつむきながらそう打ち明けた。ははぁ、とテバは得心がいった。今日は朝からこれを言い出すために張り切っていたのだろう。我が子ながら中々スミに置けないことだとテバは苦笑した。
     せっかく弓をもらったのだから修練を頑張ってみせたいが、友達と遊びにも行きたい、でも弓をくれた父親相手には言いにくい……。と迷うチューリの心が、ふよりと揺れる“とさか“に現れているようだった。
     ふう、とため息をついたテバはしゃがみこんで、両の手でチューリの顔を上げさせた。
    「いいぞ。行ってこい」
    「やった!」
     今度こそ屈託なく喜ぶチューリに、テバも頬をゆるめた。
    「弓を落とすんじゃないぞ」
    「うん!」
    「母ちゃんにいつ帰るかちゃんと言うこと」
    「はあい」
    「………勝手に出し物に触るんじゃないぞ?」
    「わかってるよぅ!」
     再三の確認に眉と嘴を尖らせたチューリが大事そうに弓を抱えたまま、ばたばたと足踏みする。わかったわかったと言い宥めて括り紐を取ってやり、しっかりと目線を合わせる。
    「近くとはいえ、しっかりモモちゃんを護るんだぞ。お前は戦士なんだからな」
    「……うん!」
     みならい、だけど。と少し口ごもるチューリの頭をわしゃわしゃとかき撫でてテバは笑った。
    「それでいいんだ」
     きゅっと結び目を締める。チューリは、そうっと自分の背中を覗き込んで、ぱっと笑顔になった。背丈には幾分か大振りな弓を背負い、ぴょこぴょこ跳ねたりくるくる回ったり忙しいチューリの向こうに中天の陽射しが見えて、テバは思い出したように付け足した。
    「ついでに、夕飯前……いや、モモちゃんの帰りを送った後に、呼びに来てくれ」
    「父ちゃんも、早く帰らないと母ちゃんに怒られるの?」
     きょと、と丸い目をいっそう丸くして見上げてくるチューリから、テバは目をそらす。
    「……まぁ、そういうことだ」

     ──本日もヘブラの山は異例の晴天である。

    *****

     少し曇が出てきたが、昼の陽射しが屋内に影を作る中、テバは手のひらにまとわりつく木屑を払った。よく乾燥した木片は扱いを間違えればまっぷたつにヒビが入ってしまう。
     慎重に刃を当て、静かに滑らせる。木を削ぐ音に交じって些か高い声がぴぃぴぃ響く。
     そういえば、そろそろ祭事の歌役の引き継ぎが始まる頃だ。村では女たちがあれこれと手を尽くして子どもたちに唄を教え込んでいることだろう、とテバは耳を澄ました。
     子供の成長は早いものだ。特に女の子は知らない間にどんどん女としての振る舞い方を身に付けていき、どこからかませた知識を仕入れては男親を泣かせるものだ。お父さんと一緒にいると恥ずかしい!とかな。
     今世代のリトでは女児が多かったので、きっと成人の宴ではむさい嗚咽が聞こえることだろう。風情はないが、まぁ、らしいものだ。とテバは他人事のようにあくびをした。チューリは立派な男児なので。実に他人事である。
     たぶんきっと俺よりもサキが泣くだろう、と考えてテバは小さく身震いした。客の気配だ。
     ──羽ばたきの音が聞こえる。
     それはテバが一通り的を打ち壊して、峡谷を飛び回り、ついでに雪の重みでしなった枝を蹴りとばして、戻ってきて作りかけの弓を引っ張り出して、ようやっと飛行訓練場で一息をついた、そのちょっと後のことだった。ばさり、と聞こえた羽ばたきの音。チューリにしては音が大きいし、何より早すぎる。
     ──間違いない、あいつ・・・だ。
     こつこつと蹴爪が屋根を叩く音がする。一際大きく木板が軋んだのを視界に入れながら、テバは深呼吸をした。──感情を動かしたら負けだ──弓に新しく弦を張る時のように、雑念を捨てろ──一点を目指して弦を引き絞る時のように平静を保て──よし、いける!
    「またやってるのか、ご苦労なことだね」
     目を開けて気を引き締めると同時に、“ご挨拶”が飛んでくる。
     先日の不気味な沈黙を思い出して、聞き慣れたとおりの癇に障る声が響いたことに少しだけテバは安堵した。
    「知ってるかチビすけ、ご苦労ってのは上の者から下の者への労いの言葉だぞ」
    「君じゃあるまいに、知ってるよ。あとチビすけって言うなよ」
    「ほう、俺はお前よりも歳上なんだがな?」
     テバは眉をぴくりと動かして、相手の様子をうかがう。
     両手を広げて、肩を竦めて、痛ましく目を瞑って、いかにも呆れて嘆いていますというジェスチュアだ。
     仕草とも動作とも相応しくない、ジェスチュアとしか言い様のない作りっぷりだった。
    「たかだか数年先に生まれたからって、無条件に尊敬できるものでもないよねぇ」
     ──このガキ。
     ぎりりと手元の弓が不吉な音を立てた。
     いかんいかん落ち着け………俺は冷静だ……クールにいけ、俺!
     テバが内心で方向を見失った鼓舞をしていると、ハ!と鼻笑いが聞こえてくる。
    「僕の敬意は安くないってことだよ、アホウドリくん」
    「だッれがアホウドリだ!! ッェ!?」
     びぃんと鈍く音を響かせて、弦が切れた。テバの黒い指先から血が滲んでいる。
     ──前言撤回だ、前ぐらい静かでよかった。
    「あーあ、弓はデリケートな武器なんだよ。いくら不器用だって、気勢くらいもっと丁寧に扱うんだね」
    「誰のせいだ。誰の!」
     痛そうだ、と覗き込みながら、くつくつと喉の奥で笑う奴の姿はなかなか格好が決まっているのが尚更腹立たしい。テバは小さく舌打ちをした。
     すると益々面白がるので、傷口を広げないようにテバは救急箱に手を伸ばした。手を空かそうと弓を置いた拍子にかっさらわれる。
    「さっきから見てたけど……相変わらず、風変わりな飛び方をするね。ま、君には似合いなんじゃないか」
    「いったい、どこから……」
     じっとりとした視線を送りながら適当に軟膏を塗るテバを横目に、勝手に弓を奪った奴はあれこれとその出来を確かめている。
    「きみ、ここでの最高記録は? 基準は何でもいいよ、数でも時間でも」
    「……一拍に連撃3つ。前の弓術大会はそれで勝負がついた」
    「1分、おおよそ17個か。まずまずだ。君にしちゃ、やるね」
    「お前は、いちいち人にケチつけるのが趣味なのか?」
     指についた軟膏をぬぐってから、テバは自分の眉間に皺が寄るのを伸ばした。
     女は詩に秀で、男は弓に秀でると自評するリト族の名に違わず、リトの村では毎年弓術の覇を競う大会が催される。渓谷であったり山中であったり、早打ちであったり遠射であったり、場所や競技方法は年々様々だが、無駄のない飛翔の美しさと正中一矢の弓の腕を比べるという基準は同じだ。
     飛行技術が入る以上、めったな例外を除いて参加者は翼を持つリト族に限られてしまうが、見物人に関してはわざわざ山越え谷越えてまでリトの村に訪れる他種族も多い。其の大会で勝者になるということは、この世界で有数の弓使いであるという証でもある。
    「そんな悪趣味、時間の無駄だろ。僕は僕の認めた事実しか言わないよ」
     ちらと一瞥するように言い返される。自覚がないらしい。散々みて満足したのか、ずいっと弓を突き返される。
    「……で?」
     弓を受け取る返しに、ずいっと続きを促す。
    「気に入らないんだよ、君のことが」
    「急になんだ……」
     ちびはぬっと距離を詰めて、弾幕のごとく立て続けに言い放った。
    「英傑リーバルに追いつく、だって?大言壮語もいいところだね。英傑リーバルなら、君が一つ的をうち壊す間に二つを壊して次の視点に立つ。風こそが英傑リーバルに従い空を象る。雪の山脈を草原の名馬より早く飛び抜け駆け抜け滑り降り、渓谷を過る龍さえ撃ち抜くさ!」
    「お、おお……?!」
    「君が数年かけたって欠片しか分からないような芸術的な飛行技術だって、英傑リーバルが会得したのは君よりずっと若い頃。わかるかい?もし、彼が生きていて君と同じくらいの年頃だったなら 、そう。君は追い付くなんて夢を見る間もなかったろうよ!」
     言い切ってフッと鼻を鳴らしたちびは、どうだと言わんばかりに腕を組み、テバを挑発するように睨んでみせた。
    「おまえ……」
     テバは目を見張った。
    「随分、勉強したんだな……! 村でもそこまできっちり話を調べている奴は俺と族長ぐらいだぞ。そんなにリーバル様の伝説が気に入ったか?ま、リトの男なら憧れるのも当然か……」
     うんうんと頷きながらテバがいたく感心すると、ちびは皮肉っぽく吊り上げていた嘴の端が引きつって、片手で顔を覆った。なぜか大きく長いため息も添えて。
    「……そう。そうだね。ざっと100年間ぐらい省みたからね……」
    「100年分、の間違いだろう。そうだ、つい最近リーバル様の日記が見つかってな、まだ俺が調査を進めながら管理をしているところだ。見ていくか?」
    「結構だ!……いや、なんだって?日記?君が?日記を?」
     ぴしゃりと叩きつけるように断ったと思ったら、うそだろ、やら、なんで…、とか、もしあいつが……、と等とぶつぶつと言い始めた。
     テバが自宅に英傑リーバルの日記を取りに行こうかと立ち上がると、ばっと振り向いてもう一度「行かなくていい、いらない。頼むからやめてくれ」と悲鳴のごとく断られたので、テバは少し残念に思いながら座りなおした。
    「とにかく!」
     座ったテバを正面から見下ろすように立って、ちびは咳ばらいをした。
    「とにかく、だ」
    「何がだ」
     黙って聞け、と視線で圧力をかけられて、テバは嘴を閉じた。
    「君は、センスはいい。少なくともちゃんと言葉尻に噛み付いてくるくらいには普通だ。あいつと違って」
    「お前、その言い方はどう考えても人を貶してるだろう」
     テバの指摘は綺麗に黙殺された。直す気もないらしい。
    「弓の腕だって、悪いとは言わないよ。愚直な鍛錬に弱音を吐かないのは戦士として好ましい。ただ、下手だ。何にもないゼロから英傑リーバルの技術を手に入れようとするのは、星が大地に落ちて価値の分からない野蛮人の胃袋に消えてしまうくらい、下手な方法だ」
     ひとつ、と指を立てて、低められた声が語る。
    「アレはそれこそ全てを弓に、空に、費やしてカラッカラになっても尽きぬ才があってこそ築くモノだ 」
     ふたつ、と背筋を伸ばした翡翠が見下ろす。
    「研鑽が足りない。血が滲み視界がかすれ息が切れる“程度”の研鑽で届く域ではない」
     みっつ、と青と白の片翼が空を指す。
    「時間が足りない。短命なリト族の成人である君に、空を往ける時間は短すぎる」
     言い終えた男は両腕を広げて、脅しかけるようにテバを覗き込む。
    「そうやって、がむしゃらに鍛練を重ねたところで、君が辿り着くのは“英傑リーバルがどんなに凄かったか! ”という気付きだけだ。ほら、とんでもなく下手な時間の使い方だろう」
     笑って青色は後ろ手に腕を組んだ。
    「……それで、愚の骨頂、か?結局、お前が言いたいことはなんだ。……俺を止めるか?」
     止められたとしても、テバは引く気はなかった。それで諦めることならば、とうにテバは戦士を止めて妻の隣で過ごして居る。
     格好つけなのか気障な質なのか、どうにも実の見えない言葉が回りくどくてかなわない。
    「いいや?僕は止めないさ。ああ、止めないともリトの戦士よ、君があいつの隣に収まる程度じゃつまらないんだよ。───君には、しるべが必要だ」
     ばさり。羽ばたきの音が聞こえる。相変わらずの調子で雪を降らす空は時間の経過が見えないが、囲炉裏の火は勢いを失い、燻っている。今度こそはチューリだろう。
    「誰よりも華麗に空を征き、最も苛烈に弓を唄わせるのは、何時の時代もリトの戦士でなくっちゃあ、ね」
     風が一陣渦巻いて、消える男と立ち替わるようにひょこりとチューリの頭がのぞいた。


     日は変わってある穏やかな昼下がりのこと。テバは朝からチューリを連れて飛行訓練場での訓練を取り行い、昼食のために一度リトの村へと帰宅した。妻が作り置いてくれたサンドイッチやサラダを食べて、元気が十分に補充されたチューリが意気込んで尋ねる。
    「父ちゃん!お昼からのくんれんは何?」
    「ああ。今日は午後は休みにしよう」
    「休み?」
     くりくりと目を瞬かせ不思議そうな表情を浮かべるわが子とは日々、午前と午後に分けて一人前の戦士とするべく弓の訓練に出掛けている。広場まで出てきたはいいが、普段から設けている休日でもなしに言い渡された休みに疑問符を浮かばせ続けているチューリに、テバは口元を緩ませて丸い頭を撫でる。休みの理由を聞けば、きっと弾むように飛び跳ねるだろう。
    「リンクが来る。お前も遊んでもらいたいだろう」
    「リンクが!」
     ぱっとチューリの目が輝く。その名を持つハイリア人の青年のことを思い出しているのだろう。遊んでもらった記憶か、いつかの参考にと訓練の様子を見せてもらった記憶か、はたまた別のものか。
     どれだとしてもチューリにとってその名とその名が表す人物が楽しい思い出と結びついていることは見て明らかだった。
    「今回はお姫さんも一緒らしいがな。」
    「リンクがくるの!?わあい!やったあ!」
    「あまり迷惑をかけるんじゃないぞ」
    「うん!」
     勢いよく返事をしてすぐ「あ、僕が!僕が、兄ちゃんと、遊んでやるんだからね!」と子供らしい念押しをしてチューリはウキウキと村の入り口へと駆けていった。
     随分と楽しそうだ。実の父親といるときよりも心なしか輝いているように見えてしまう息子のはしゃぎっぷりに、一抹の寂しさを覚えるテバであった。
     リンクとは、世界でも最も多くの個体数を持つ種族・ハイリア人の青年で、何やら込み入った事情で世界を旅していた折にこのリトの村にも訪れた。ちょうど、村の上空で古代の遺物とやらの神獣メド―が暴れだした一大事のときに、彼の協力あって難を逃れ、今では伝説の勇者再来だと信じられている。
     リンクはおおよそいつも剣を携えているが、大概の武器は扱えるらしく、身一つ一人旅で魔物の跋扈する各地を旅するのも納得の腕前である。弓の腕も例外ではなく、以前に言ったリトの弓術大会のめったな例外とは彼のことだ。
     村の入り口の方へ駆けていくチューリを目で追っていると、ぎしり、と木張りの道を鳴らす音がして広場の客が増える。
    「今日はお休みですか?テバ殿」
    「詩人殿か」
    「おはようございます」と人当たりのいい笑顔で声をかけてきたのはカッシーワという、リトでは珍しい男の楽士である。
     特徴的な嘴によって表情に乏しいリト族はキツい印象に思われがちだが、カッシーワは何時でも“笑っている”という印象を崩させない。また、つい先日まで世界を飛び回っていた旅烏のような物怖じしない気儘さの一方で、五人の娘を持つ父親である。
     子供の歳が近いせいか、テバはカッシーワとは何かと縁がある。子育てや先の事件に警戒していたこともあってリトの村から遠出したことのないテバにはカッシーワの話す旅路の世界は非常に興味深かった。
     ハーツは片親ということに引け目を感じてか、あまり関わっている姿を見ないが、詩人殿のおかげで愛娘の唄が上達した、と言っていたから仲が悪いわけではないのだろう。
     師匠の教えを受け継ぎ、古の詩とやらを求めて旅に出たと言うこの男に関しては、詩人殿と言えば大体に通じる。通じてしまうせいか、名前よりも“詩人殿”という呼び名で親しまれている。
    「いつもの五つ子の姿がないな」
    「みな、末裔殿のところに一目散なもので」
    「ほう……いつかリンクのとこに嫁に行くと言い出すんじゃないか?」
     カッシーワの子供は五つ子の娘たちで、父親に倣ってか、連日揃いも揃って姦しく唄い回っている。娘を、それも五人も持つと苦労しそうだと考えながらテバが茶化すとカッシーワは笑って言った。
    「それは………いくら英傑さまの末裔殿と言っても。少し考えなくてはなりませんね」
     カッシーワがすっと目を細めた瞬間、柔らかい日差しが降り注いでいるにも関わらず、テバは周囲の温度が下がるのを感じた。
     普段、丁寧な物腰を崩さない詩人殿が、家族を除いて、自分の前だけでは時折飾り気ない言葉遣いをするのに少しばかり優越を持っているテバではあるが、このときばかりはそんな浮わついた心持ちは出てこなかった。むしろ出てきてほしかった。
     笑顔がきれいなやつは心のどっかに空恐ろしいものを抱えている。間違いない。テバはつい最近目覚めた持論に、持ちたくはなかった確信を持った。
    「おーい!」
    「おっと、人気者のお出ましだ」
     広場でだべっている間に、街道から青い服を身に着けた金髪の男女が歩いてくる。
     テバとカッシーワを見つけて手を振りながら歩いてくるのがリンクというハイリア人の青年、村の衛兵たちにも丁寧に挨拶をしながら少し遅れて歩いてくるのがゼルダという名のハイリア人の女性だ。
    「ごきげんよう、ひ……ゼルダ様、リンク殿」
    「へえ、あんたがリンクの“姫さん”か」
    「こんにちは。ええと、…はい。私は、ゼルダと申します。カッシーワさん、そしてあなたがテバさん、でしょうか。以前リンクがお世話になったと……その節はありがとうございます」
    「そんなかしこまられちまっても困る。リンクにはむしろ手伝ってもらった俺たちが礼をしなきゃならないさ。さん、も不要だ」
     優雅に一礼するカッシーワに「今日は神獣の様子を見に来た、あとは苺を仕入れに」とのんきに話すリンクに対し、挨拶もそこそこに深く礼をし始めたゼルダにテバは慌てて頭を上げさせた。
    「ですが、やはり何かお礼を……!」
    「あー、……じゃあ、な。英傑様の話を知らないか?勇者リンクの末裔なら、それに近しい者なら、何か伝え聞いた話でもあれば、教えてくれ。礼ならそれでいい」
    「リトの英傑、となるとリーバルの話でしょうか」
    「リーバルか……」
     おとなしそうな見た目に反して押しが強いゼルダに、視線をさまよわせながらテバは提案した。
     青と金の二人は顔を見合わせて少し考えこんで、先にゼルダが語り始める。
    「……英傑リーバルが、英傑に選ばれた所以はご存知ですか?」
    「類稀なる弓の腕と飛行技術を買われて、と聞いているが」
    「ええ、それも理由の一つです」
    「ひとつ?」
    「英傑を各地の種族から集めたのはハイラル王家ですが、英傑リーバルは、女神の御使いたる”龍を射抜いた稀有な戦士”として、ハイラルの城に噂が持ち込まれました」
    「へえ、龍を!」そいつはまた不遜な話だ、とテバは楽しそうに相槌を打った。そういう話は好きだ。
    「100年前……厄災に対抗する力として古代兵器・神獣の起用を考えていたハイラルの姫巫女はその噂を聞き、彼を空を征く神獣・ヴァ・メド―の繰り手として見初めたのです」
    「神獣ってのはメドーのことだよな?兵器なのか、あれは」
     ゼルダは少し言葉を止めてじっとテバの方を見た。
    「100年前の英傑たちが共に厄災と戦う誇り高き仲間と認めるものたち、だ」
     ゼルダに語りを任せていたリンクが沈黙に口添えをして、ゼルダもうなずいた。
    「神獣の繰り手となるには、相応の“力”が必要です。もちろん、物理的なものとは限りません。魔を打ち祓い、光を敷く神獣を従えるにふさわしい、聖なる力。それを身に備えるための、聖なる試練を突破し得る人材を集めていたハイラルの姫巫女は、直接出向いて彼に面会し、英傑として厄災討伐に加わってほしい、と頼みました」
     「その試練というのが、先日に見つかった新しい記録ですね」とカッシーワが補足すると、リンクも続いて「飛行訓練場でテバの言ってたあれもだよ。的を4つ壊すっていう……」と言ってテバの方を向いた。
    「あれが、聖なる力を得る試練なのか?神様とやらの考えはよくわからんな」
    「強き者は、心もまた強い、ということかもしれませんね」
     何かを確かめるように呟いたゼルダを区切りに、また一寸の沈黙が降りた。
     テバがゼルダからカッシーワへ視線を移し、カッシーワがリンクへ視線を受け流し、リンクはちょっと面食らった表情をしてから口を開いた。
    「ええと、たしか……そうだ。その時はまだ、英傑リンクが近衛騎士に任じられる前だったから、ハイラル軍の兵士や姫付きの侍女たちがついていったんだけど……なんでも、姫巫女様の前で“受けてやってもいい。ただし、君のとこのなんとかいう剣士が自信を無くしても責任は取らない”とか言っちゃって、さらには姫巫女様にも“君の言うことはまるでおとぎ話のようで、面白い”なんて言って、結構お城の人はお冠だったらしいね」
    「おそらく、姫巫女の方へは褒めている言葉だと思うのですが……」
    「なんとかいう剣士って、ねえ……君、だとか退魔の剣の騎士、なんて言って、そう言えばあんまり名前を呼ばれたことがないな」
     ぽんぽんと出てくる英傑リーバルの決して名誉だけではない話に、テバは軽く吹き出した。
    「はは! 伝承に聞く通りの“素直じゃなさ”だな」
     素直じゃない、という言葉にハイリア人の二人もそろって吹き出した。
    「彼の言葉はいつも自信にあふれていて、反感を買うこともありましたが、でも。その不遜さにこそ救われる者もあったのです。“青い鳥だったかな、君たちのまじない。──リト至宝の翡翠が運ぶ幸運を持ってしてできないことは、君以外のほかの誰にだってできないことさ。もちろん、僕を除けば。そうだろう? ”なんて。私はそれを聞いたとき呆れるでも怒るでもなく、なんだか笑ってしまったんです。……安心して」
    「なんだかんだで、リーバルは人のことをよく見てたんだろうな」
    「そう、です。彼は──英傑リーバルは。己にも他人にも厳しく、努力の価値を知る人でした」
    「意地っ張りってだけじゃ無いんだな」とテバは呟く。
    「ええ。でもこれは話せません。特に、リンク、あなたには。あのとき礼儀を破ってしまったのは私。彼との約束、ですから」
     しみじみと話すゼルダは遠く上空のメド―を見上げる。リンクはちょっと怪訝そうな顔をして空を見つめる視線を追い、黙った。
     メド―は暴走を食い止めて以来、村の巨塔に留まって翼を広げてぴくりとも動かない。族長はリトの守護神が戻ってきたのだと大いに喜んでいた。テバは親友の負傷を目にしてぶっ潰すといい切ってしまった手前、守護神サマを素直に有難がることができずにいる。
     複雑な思いを抱えてメド―の姿を眺めながらテバはふっと呟いた。
    「まるで本人と話してきたような口ぶりだな」
    「……あっ」
     口元を抑えたゼルダに続いて、リンクがしどろもどろに話しだす。
    「えっあっ、いや………そう!俺の、じいさん!が!そういう風に言われたって話してくれたんだ」
     何故か慌てた様子のリンクと不自然に勢いよく頷いて同意を示すゼルダとを隠すように詩人殿が立ち上がる。テバはおや、と思ったが、何をどう、とは言いだせないので嘴は閉じたまま、頷くに留めておいた。
    「末裔殿ともなれば、我々の伝承に残らぬ英傑のお話も聞き伝えられているのでしょう。よい機会に巡り会えました」
    「ああ、十分すぎる礼だよ」
    「……うん。……うわっ!?」
     なにやら言いたげなリンクは曖昧な返事をして、後ろからの衝突物にバランスを崩した。
    「リンクー!みつけた!なあ、ペーダのにーちゃんが店やってるってほんとー!?」
     くっついたのは白くて丸い元気な毛玉。そして畳みかけるように噂が人を呼ぶ。
    「あら!まぁまぁまぁ!うちの息子の?ちょっとあたしにも聞かせてくださいな~!そうだわ、うちでタルトを焼いたから、皆さんでお茶にしない?」
     そして菓子は忍び寄る毛玉の目にきらりと火をつける。
    「タルト!」「あたし、サーモン味がいい!」「サーモンは晩ごはんでしょー? 」「お花のお砂糖かけたーい!」「ねえねえ、おかーさんも呼んでいい?」「ちょ、ちょっと!落ちる、落ちる……!」「おにーちゃん、もっと踏ん張って」
     次々とカラフルな毛玉がリンクに張り付いた。いち、に、さん、し、ご。頭の上のチューリで、ろく。
     上から下まで毛玉コーディネートに包まれたリンクは、よろけはしないものの、うろたえた表情でゼルダに助けを訴えている。
     ゼルダは目を丸くしてシーカーストーンのシャッターを切った。
     テバはゼルダが口元を覆っているのを見て、あれは笑っているな、間違いなくと確信した。
     詩人殿はいつもの温和な笑顔のまま、少し目が据わっていた。テバは見なかったことにした。
    「ええ!甘いのもしょっぱいのもちゅん天堂にお任せを~!……ね、末裔様。そちらのお嬢さんも。どうかうちにお越しになってくださいな~」
     件のペーダの母・ミササは、ぴぃぴぃと盛り上がる雛たちに大きく頷いて、とん、と胸をたたき。ハイリア人の客人たちの手を取った。
    「は、はあ……」
    「では、その、お邪魔します」
     遠慮がちに返事をする客人にミササはにっこりと笑って子供たちに向き直る。
    「そうと決まれば、さ! みんな行くわよ~!」
    「はーい」「まってまってにいちゃん頭!頭うごかさないで!」「ええっ」「わわ、うでがー!」「あたし降りるー」「お姫様もタルト好き?」「ええ」「あたしもー!」
     見るにも聞くにも晴れやか賑やかな集団が広場からタルトをめがけて行軍していく様を見送って、テバは詩人殿と顔を見合わせた。
    「流石に、あの女大所帯に混ざるのはなあ……」
    「ええ……末裔殿には申し訳ありませんが……」
     はあ、とため息が並んだ。

    *****

     詩人殿と広場で別れ、今日は自分もこのまま休むことにして、テバは暇をつぶしにハーツのもとへ向かう。
     日頃の礼を兼ねて酒の一つでも持っていけば快く家に上げてくれるだろうと踏んで、店に寄っていく。店主のミササが調理場に出ているせいで店番をおっかぶせられたバレーに昼間から? と言いたげな、もっと細かく言えば羨ましげな顔に素知らぬ振りをして一本道のゆるく螺旋を描く階段を昇る。
     途中、ハーツの娘とすれ違い挨拶を交わした。広場にはいなかったが、あの五つ子の誰かに誘われ呼ばれたらしい。念のために、お父さんは家にいるか? と聞くと頷きながらパパはお仕事いそがちいち、モモちゃんもお兄ちゃんにお歌聞いてもらうの、と言って駆けていった。
     ──あれは逆だな、お兄ちゃんにお歌を聞いてもらうと言い出したから拗ねて弓をいじくり始めやがったな──何故か微妙に申し訳ない気分になったのを、丁度いいタイミングだったのだと言い訳して、テバはハーツの家に上がり込んだ。
    「──しかし、知らなかったな。リトの伝説に龍の話があるとは」
    「へえ。テバが知らない、なんてことがあるんだな」
     がさがさと道具を片付けて適当なスペースを作りながら、テバは先ほど聞いた話をハーツにそっくり聞かせた。ハーツも商品と未完成品とを傷を付けないように押しやって、どっかりと向かい合うように座り込んだ。
    「そりゃあ、そうだ。リトでだって100年前の伝説にいちばん詳しいのは族鳥だ。それでも全ての事情を知っているわけでは無いらしいがな」
    「その族鳥の噺を全部覚えちまってるお前も相当だよ」
     呆れたようにハーツがテバを指差した。勝手知ったる幼馴染の家、とカップを取ってやるついでに指を下ろさせる。
    「チューリも英傑様の噺が好きだからな、話す機会が多いだけだ」
    「やっぱ小さくともリトの男だな。モモは噺より唄の方が好きみたいでなァ。あればっかりは女たちに任せるしかない」
    「詩人殿がいるだろ」
    「たとえ人親でも野郎は許さん。目を瞑るのはあれっきりだ」
     にこにこと笑いながらもドスのきいた声だった。詩人殿のおかげで娘の唄が上達した、とだらしなく頬を緩めてはしゃいでいたのは誰だったかと思いながらテバも酒を煽る。
    「詩人殿みたいになるって言って村を飛び出されちまったら俺は泣くからな……!」
    「おい……情けないことを言うな」
    「うるせぇ……お前も娘を持てばわかる……!この辛さが………!」
     そんなものだろうか。しゃくり泣きは流石に演技と分かるが、妙に高音の慟哭、と表してやるべきだろう声は鬼気迫るものがあるかもしらん。
     腑に落ちない思いは沈めて、遠くないかもしれない未来にがっくりと項垂れて長々とため息をつくハーツを宥めて、テバはちらりと奥の文机を覗く。先月の矢やら弓やらの収支表がぺらりと乗っていた。自分の名前の項目を見つけたので確認する──この間新しく弓を壊したことは黙っておこう──テバはそっと紙切れを元の場所へ追いやった。
    「テバ?聞いてんのかァ?」
    「ぁあ?うん。おう。いや……チューリもその内“リーバル様みたいになる”と言い出すんだろうな」
     少し咳払いをしてから、我が子の成長を思い返して、目を細める。リトの男で英傑に憧れない者はいない。母の唄にまどろみその目蓋を開ける前から皆、彼の伝説を聞かされて育つ。弓を取る者も取らぬ者も誰しもが射る矢細を穿ち天駆けること疾風のごとしと詠われる英傑の姿を言葉の向こうに夢見るのだ。
    「お父さんみたいになる、じゃなくていいのかぁ?」
     からかうようにハーツが目尻を下げた。そう言うハーツ自身、幼い時分には「親父の後を継いで弓師なんぞにはなるのは御免だ、俺は英傑様のように戦士になる」と言っては父親とぶつかっていた張本人である。飄々とした風体ながら、中々一線を譲らないのは頑固な血筋なのか、結果として今では立派にリトの村を誇る弓職人になっているのだから、人生分からないものだ。元来器用な質なのか弓造り自体は苦ではないと言ってはいたが、弓を作っていては、修練の時間が削れ、腕がなまっちまいそうで不安になって、それでまたつい夜中まで弓を作ってしまって……と。あの子もお仕事柄が様になってきた、と評するはちゅん天堂のミササの言である。
    「リーバル様に憧れるのは当然だろう。俺は俺で、手本を示してやるだけだ。お前こそ、モモちゃんが詩人になるより弓師を継ぐと言い出す方が気が気でないんじゃないのか」
    「それを言うんじゃねえよ。………まあ、そうかもしれんが……」
    「なんだ、歯切れの悪い」
     早くも酔いが回ったのだろうか。何かを言いあぐねているハーツを訝しむと、カップを突きだされるので酒を注いでやる。溺愛する娘の前では父親の風格を崩さぬよう穏和に努めているようだが、ハーツもこれで荒っぽいところがある。
    「いやな。チューリが、というより……お前だろう」
     一気に中身をあおったカップをテーブルに置いて、ハーツがこちらを向いた。見慣れた絵面だが、黒い髪で金の瞳がゆらゆらと霞むのはいつでも不思議な色気を持っている。
    「いちばん、リーバル様のようになりたいのはお前だろう?」
     お前はずっとそうだった筈だ、と笑うハーツの言葉はさして特別なものではなかったが、テバの耳には、少し前の青いちびの言い放った言葉と重なって、いつまでもその響きがからかうように木霊した。
     ──そうやって俺の夢を見透かして、彼らは、彼は何が言いたいのか?
     テバは応える代わりに酒を注いでやった。時間も酒もたっぷりある。親友の翠緑の目の向こうをさんざと聞き明かしてしまえば、それと似たあの翡翠の瞳の向こうも分かるだろうか。
     テバの夢を知り、からかい、皮肉りながら、けれど決してテバを否定することはない何故だかよく似た二人の翠の目の男を重ね見て、テバは一息にカップの中身を煽った。


    つづく
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