第三者目線現パロブラ晶♀ 駅に直結した大型の商業施設。地階の片隅のベンチに腰を下ろした一人の男は、待ち合わせ場所に着いたことを、これから合流する相手へ手短に知らせた。すぐに既読がついて、あと五分くらいで着くから、と返事が来る。
少し喉が渇いたが、これからカフェに行く予定なので、少しだけ我慢しよう。適当に時間を潰そうと、手にしたスマートフォンを適当に弄る。
(そうだ、明日の天気は……)
そろそろシーツを洗濯したかったのだ。もしも明日晴れるなら、と天気予報アプリを開いたところで、「お前、まだやんのかよ」と呆れたような若い男の声が耳に届いた。
「あと一回だけ! あと一回だけやらせてください!」
答えるのは、こちらも若い女性の声。
なんとなく顔を上げると、向かいのガチャガチャコーナーの一角に座り込む女性と、その隣に立つ背の高い男が見えた。
「お前なあ、さっきもそう言ってたじゃねえか」
ため息をつく若い男の髪は、白にも見える銀と黒のツートンカラー。黒のライダースに細身のパンツは、長身の彼によく似合っているが、髪色の特徴も相まって少々近寄りがたい印象を受ける。
その男と話す女性の方はというと、男とは正反対と言ってもいい。淡い色合いのロングスカートと暖かそうなニットカーディガン。背に流れるビターブラウンの髪は、つややかで癖一つない。
(彼氏彼女、ってわけじゃないのかな。友達同士?)
一見全く違うタイプに見える男女だが、交わす言葉は気安く、気の置けない関係であることは間違いなさそうだ。
なんとなく気になって、男はガチャガチャコーナーに居座る男女を観察することにした。
「だって、あと三毛ちゃんが出ればコンプリートなんです」
「もう出きってるんじゃねえか? 残り少ねえぞ」
いかつい男が、女性が座り込む筐体の中を覗き込んでいる。
「それは、やってみなければ分からないことです!」
「あ~あ~、そうかよ」
女性の熱意に、いかつい男は諦めることにしたようだ。腕を組み、片側に体重をかけた待ちの体勢で、女性を上から見守っている。
その時、いかつい男が腕にぶら下げた袋が見えた。目を眇め、そこに描かれたものの正体が分かって、あやうく吹き出しそうになる。
(猫のエコバッグ……。あの女の人の持ち物かな)
男が持っていたのは、黒猫の顔が全面にプリントされたエコバッグだった。もしもこの場に通りかかっただけだったとしても、間違いなく二度見していただろう。
いかつい風貌の男のものとはさすがに思えない。とすると、一緒にいる女性の荷物を持ってあげている、と考えるのが妥当だ。三毛ちゃん、と言っていたのも聞こえたから、もしかしたら猫が好きな女性なのかもしれない。
しゃがみ込んだ女性は、膝の上で財布をごそごそ探っている。そして、「あっ」と悲しそうな声を出した。
「……お前、まさか使い切ったのか?」
「そう、みたいです」
なんと、現金が底をつくまでガチャガチャを回していたようだ。
女性は、それでもしばらく名残惜しそうに筐体の前にしゃがみ込んでいた。そしてゆるゆると立ち上がる。
「……付き合ってくれて、ありがとうございました。ブラッドリー」
「諦めんのか?」
「お金、なくなっちゃいましたから」
そこでようやく女性の顔がはっきりと見えた。凛とした顔立ちの、きれいな人だ。いかつい男の方も、よくよく見ればはっきりとした目鼻立ちをした、整った顔をしている。美男美女、というのはこういうことなんだなあと、二人を見守る男は呑気に思った。
悲しそうに笑う女性の顔を、いかつい男はなぜかじっと見つめている。女性が不思議そうに「ブラッドリー?」と小首をかしげる。
ブラッドリーと呼ばれたいかつい男は、おもむろにパンツの後ろポケットから財布を出すと、紙幣を一枚引き抜いた。金額までは、この場所からではさすがに見えない。
「ほら」
「えっ、と……」
「あとは、三毛だけなんだろ?」
一拍置いて、女性の顔がぱあっと明るくなった。それを見て、いかつい男が口の端を軽く持ち上げ、朝鮮籍に笑う。
「一発で当てろよ」
「はい! 両替えしてきます!」
紙幣を握り、女性がガチャガチャコーナーの奥に消えていく。やれやれ、と言った様子でブラッドリーが息をついているが、その表情に呆れや苛立ちは全く見受けられない。
(……うん、やっぱり二人は付き合ってるんだろうな。きっと)
ブラッドリーはなんだかんだと言いながらも女性に甘いし、女性の方も、ブラッドリーを心から信頼しているように見える。もし仲のいい友人同士なのだとしても、相手のことを少なからず特別に想っていることに間違いはない。
(三毛ちゃん、出るといいですね……!)
硬貨を握りしめ、意気揚々と戻ってきた女性を見て、心の中で声援を送る。勝手に見守っているだけだというのに、なんだかこっちまでどきどきしてきた。
女性が例の筐体の前に再びしゃがみ込む。固唾をのんで見守っていると、「あなた、何見てるの?」と聞き慣れた声に呼ばれた。
はっと顔を上げると、待ち合わせ相手――妻のカナリアがすぐ隣に立っていた。
「待たせちゃってごめんなさいね。美容院がちょっと混んでて」
「ううん、全然待ってないよ」
男――クックロビンは、少し髪が短くなった妻に笑いかけながら立ち上がる。
「あそこにいる二人、なかなか見ていて飽きなくてさ」
「あそこにいる……? あら!」
小声で話しながら視線だけで例の男女を示すと、つい、とそちらを向いたカナリアが軽く目を見開いた。
「どうしたんだい?」
「あの子なのよ。ほら、今年からうちの部署に来た――」
「あっ、もしかしてアキラさん?」
カナリアが最近仲良くしている同僚の話はよく聞かされていた。少し年下で、大の猫好きの女性だ。カナリアとはよくご飯に行ったり、休日に買い物に一緒に出掛けたりと、本当に気が合うらしい。
「そうそう! 今日はデートなんだって、昨日嬉しそうに言ってたのよ。ふ~ん、あの人が例の彼氏さんね」
にやにやと楽しそうに笑いながら、カナリアはガチャガチャの前で手を合わせて念(?)を送る女性――晶とブラッドリーを眺めている。やはり二人は恋人同士だったのだ。
「声、かけないのかい?」
「ええ。せっかくのデートなんですもの。邪魔しちゃ悪いわ」
とは言いつつも、二人の様子をしっかりと見ているので、気になることは気になるらしい。
散々念を送った晶が、硬貨を入れ、ガチャガチャを回している。ごそごそとカプセルを取り出したあと、「あっ!」と嬉しそうにブラッドリーを見上げているから、きっとお目当ての三毛ちゃんが出たのだろう。
心の中で小さく拍手を送っていると、カナリアが「そろそろ行きましょうか」と言った。クックロビンはそうだね、と頷き、ひそかに見守っていた男女から目を逸らして歩き始める。
「そうだ、カナリア」
「なにかしら」
商業施設の出入り口のドアを開け、先に行かせたカナリアの背に声をかける。
「髪、よく似合ってるよ」
もっと気の利いたことを言ればいいのだが、口から出たのは、そんなありきたりな言葉で。
けれどクックロビンを振り返った妻の顔は、とても嬉しそうだった。
「ありがとう、あなた」