賢者様、家出する(大変、すっかり遅くなっちゃったわ)
空に濃紺の帳が下り、街頭に暖かな火が灯り始めたのを横目に見ながら、カナリアは自宅へと急いでいた。帰路に着いた時にはまだ空は夕焼けに赤く染まっていたのだが、夕飯の買い出しが難航したせいで、すっかり暗くなってしまったのだ。
「あの人、無理してキッチンに立っていないかしら……」
先に帰っているはずのクックロビンは、家事を積極的に手伝ってくれる良い夫なのだけれど、料理だけは任せられなかった。
というのも、キッチンに立たせればどんなに気を付けても鍋を焦がすし、切った具材は薄さも大きさもバラバラ。極めつけに包丁で指を切り落としかけるという事件が起きたので、お湯を沸かす以外ではキッチンに入らないで、と言うしかなかったのである。
そのお願いをクックロビンはしっかり守ってくれていたけれど、今日ばかりは、帰宅が遅れているカナリアに代わり自分がやらなければ、なんて考えていてもおかしくない。
(……もしもの時は、フィガロ先生にくっつけてもらいましょう)
旦那の指を心配しつつ、大通りを右に曲がる。四軒目の赤い屋根の小さな一軒家がカナリアとクックロビンの家だ。
鍵を開けて中に入れば、カナリアがただいまと声を上げるより先に、クックロビンが居間から飛び出してきた。
「大変だよ、カナリア!」
あわあわと所在なく泳ぐ手にはきちんと五本ずつ指が揃っていた。どうやら無謀な挑戦はしなかったらしい。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「と、とにかく、早くこっちに来て!」
「はいはい」
ばたばたと居間へ取って返したクックロビンの後を追えば、この家へ引っ越す時奮発して買ったお気に入りのソファに、とある人物が座っていた。『彼女』は居間に入ってきたカナリアを見るとおもむろに立ち上がり、ぺこりと小さく頭を下げる。
「お帰りなさい、カナリアさん。お邪魔しています」
困ったように眉尻を下げて笑ったのは、異世界からやって来た賢者様だった。
♢
湯気の立つ出来立てのパスタを頬張って、晶はなんだか泣きそうになってしまった。
「おいしい……」
程よい塩気と甘さを兼ね備えた優しい味わいのクリームパスタが空腹に沁み渡る。
「ネロさんに比べればまだまだですけど、喜んでいただけて良かったわ」
「ネロの料理もカナリアさんの料理も、どっちもとてもおいしいです」
謙遜に首を振ってから、晶はさっそく二口目に進んだ。もぐもぐ咀嚼していると、勝手に頬が緩んでいく。
そんな晶を見て、カナリアの隣、晶の斜向かいに座ったクックロビンがほっとしたように笑った。
「それにしても驚きましたよ、賢者様。『家出してきたから泊めてください』なんておっしゃるので」
「本当にすみません。頼れる先がお二人以外に思いつかなくて」
諸事情あって魔法舎を飛び出してきたのだが、晶には他に行くところがなかった。どうしたものかと立ち尽くしていたところに、書類を魔法舎へ届けに行く途中のクックロビンに出会ったのだ。
「賢者様ならいつだって大歓迎だわ。今日はうちでゆっくりしていってくださいね」
「本当にありがとうございます。助かります」
「一体、何があったんですか? 賢者様が家出なんて……」
「ちょっとあなた、今それを聞かなくてもいいじゃないの」
きょとんとした表情のクックロビンを、カナリアがぴしゃりと窘める。何かよほどの理由があったのだと思われているらしい。
「い、いいんです。置いてもらう以上、黙っているわけにもいきませんし」
それに、事情と言うほどの事情でもないのだ。これまで話さずにいたのは、単純に恥ずかしいからというだけ。
(あーあ、本当に情けない)
思い出すだけで頭を抱えたくなるような己の行動を悔いながら、晶は重い口を開く。
「実は、フィガロと喧嘩をしまして……」
予想外だったのだろう。クックロビンとカナリアが目を瞠り、顔を見合わせている。
「あら、そんなことが……。賢者様とフィガロ先生が喧嘩なんて、珍しいですね」
「喧嘩、といっても、私が一方的に怒っただけなんです。それでフィガロに合わせる顔がなくて」
ますます意外だと表情で語りながら、クックロビンは「魔法使いの皆さん、心配されていますよね」と呟く。賢者が突然魔法舎から消えた、というこの状況だけを見れば、その考えも無理はないだろう。
けれど晶はその点に関しては、あまり心配はしていなかった。
「フィガロがうまく誤魔化してくれていると思います。そうでなければ、今頃誰かが迎えに来ていますから」
魔法を使えば、消えた晶が今どこにいるのかはすぐに掴めるはずだ。だというのに今の今まで何もないということは、事情を知るフィガロが他の魔法使いたちに何か言っているのだろう。
フィガロ本人が迎えに来ないのは、しばらくそっとしておこうと思っているのか、はたまた理不尽な晶の態度に愛想を尽かせたのか。後者だとはあまり考えたくない。
「朝になったら魔法舎に戻って、フィガロにちゃんと謝ります。なので一晩、お世話になります」
カトラリーを置き改めて頼めば、「そんな、畏まらないでください!」とクックロビンの慌てた声が聞こえてきた。
「魔法舎に比べれば手狭かもしれませんが、ゆっくりしていってください」
「困った時はお互い様ですよ、賢者様」
突然押しかけたにもかかわらず、温かく迎えてくれた夫婦の優しさに、また泣きそうになってきた。こんなにも涙腺が弱かっただろうか。
うっかり涙が溢れないように目に力を入れながら、ネロが作ってくれるより少し柔らかめなパスタを堪能する。話題は晶の家出から、クックロビンが口にした今日の会議の話へ移っていた。
「……分かってはいたけれど、魔法使いへの偏見は根深いのね」
「魔法使いと人間の未来のための重要な会議だって言うから、賢者様にもわざわざ出席してもらったのに、ひどいものだったよ。口を開けば賢者の魔法使いのみなさんへの悪口ばかりで」
「賢者様に聞かせる話でないことは確かだわ。――大変でしたね、賢者様」
「い、いえ。私はただ聞いているだけでしたので」
「聞いているだけも気分のいいものではありませんよ。すみません、魔法管理省として、会議の詳細を事前にきちんと確認するべきでした」
クックロビンが改まって深々と頭を下げてきたので、晶は顔を上げてと言いたかった。けれどそれは、「全くだわ」と呆れたように同意するカナリアの声に先を越されてしまう。
「うちの人が本当にごめんなさい。――あなた、今後同じことが起こるようなら、私が会議に乗り込んでいきますからね」
「分かったよ、カナリア……」
カナリアに全く敵わないクックロビンを、申し訳ないと思いながらも、晶はちょっと笑ってしまった。
(素敵な夫婦だよな、カナリアさんとクックロビンさん)
二人の仲睦まじい様子を、晶は穏やかな気持ちで見守っていたのだった。
♢
カナリアから借りたネグリジェは袖口や裾にフリルがあしらわれていて、いつも寝心地重視でパジャマを愛用する晶には新鮮だった。ちょっと恥ずかしい。
(……フィガロ、こういうの好きなのかな)
自然と浮かんだ恋人の顔に、案内された客間のベッドに腰掛けながらしゅんと肩を落とす。今回の件、非は完全に晶にあった。本当になんてことを言ってしまったのだろうと、時間が経つごとに申し訳なさと罪悪感は膨らむばかりだった。
「私って、だめな賢者だな」
自虐に薄く笑ったところで、部屋のドアが控えめに叩かれた。「どうぞ」と答えれば、開いたドアの隙間から、カナリアがひょいと顔を覗かせる。
「もうお休みになられるところでした?」
そう尋ねるカナリアも、晶と同じようなネグリジェを身に着けていて、そろそろ休む頃のように見えた。
「いえ、なんだか目が冴えてしまって」
首を振れば、カナリアは「良かった」と嬉しそうな顔をした。そしてどういうわけか、ドアを開けたまま部屋を出て行ってしまう。
不思議に思っているうちにゆったりとした足音が近付いてきて、カナリアが肩でドアを押し開け再び部屋に入ってきた。彼女が両手で持ったトレイには、ポットと二つのカップ、そしてクッキーの盛られた小皿が載せられている。
「夜に食べるお菓子って、なんだかいつもよりおいしいと思いませんか?」
いたずらっぽく輝いた琥珀色の瞳に、晶はぱちくりと瞬いてから、「そうですね」と笑った。
「太るって分かっていても、止められないですよね」
「いつもは我慢するんですけど、今日は特別ということにしましょう」
くすくす笑いあって、カナリアが晶の隣に腰を下ろす。二人の間にトレイを置くと、慣れた手つきでポットからお茶を注ぎ始めた。
「賢者様が意味もなく一方的に怒る方ではないことを、私はよく知っています。何があったのか、聞かせていただけますか?」
問いかけがただの詮索でないことは、カナリアの声音からすぐに分かった。晶が一人抱えているものに気付いていて、話を聞こうとしてくれているのだ。
渡されたカップに口をつけ、お茶で喉を湿らせてから、晶は「ちょっと、色々あって」と曖昧に切り出す。
「最近は任務が立てこんでいて、ちょっと疲れていたんです。でも大事な会議だから行かないわけにはいかないって思って、お城へ行って。そうしたら、あんなことを聞かされて……」
魔法使いを本能的に恐れ、忌避する人々の気持ちが全く分からないわけではない。けれど会議で飛び交った言葉たちは、魔法使いたちを馬鹿にし貶めるような、悪意にまみれたものばかり。
「魔法使いをよく思わない人がいるのは知っていましたし、そういう言葉を聞くのも初めてではありません。でも今日はなんだかそれが、すごく辛くて……」
刺々しい言葉の一つ一つが頭の中で反響して、何も考えられなくなってしまったのだ。
賢者として、毅然とした態度を取るべきだったのに、晶はただ黙って、会議とも呼べない悪口の言い合いを見ていることしかできなかった。
「そういうこと、旦那に言っていいんですよ。あの人も今回のことは反省しているみたいですけど」
「魔法管理省に非はないですよ。少なくとも、私はそう思っています」
会議に集まった役人たちも、ただ罵詈雑言を聞かせるために晶を呼び出したわけではなかったはずだ。彼らは本当に、人間と魔法使いの将来を話し合うつもりで人を集めたのだろう。
その結果、魔法使いという存在がいかに危険な存在なのかに焦点が当たり、主観的な意見が飛び交ってしまった。きっとあれは、そういうこと。
これが現実なのだ。魔法使いと人間の間には、あまりにも深い溝がある。見下ろせば飲み込まれてしまいそうな深い闇が。
普段は万全の状態で向き合う闇に、けれども今日ばかりは疲弊し、大した準備もできずに踏み込んで、足が竦んでしまった。
「それに、クックロビンさんはドラモンドさんと一緒に、私の代わりに抗議してくれたんです。そういう偏見があるから歩み寄ることができないんだって。まずは彼らの本当の姿を知るべきだと、言っていました」
「まぁ、あの人がそんなことを……」
ちょっと見直しました、とカナリアがクッキー片手に軽く目を見開いている。
「その会議の後に、フィガロ先生と喧嘩を?」
「はい……」
思い出しただけで声の調子ががくんと落ちた。
そう、晶がやらかしたのは会議のあと、魔法舎に帰ってからだ。
「まっすぐ自分の部屋に戻ろうと思ったんですけど、ちょうどフィガロと会って。私、多分すごくひどい顔をしていたので、何かあったのかって聞かれたんです」
フィガロ先生に何でも話してごらん。その笑顔に、全てを打ち明けてしまいたかった。
けれども、
「話すわけにはいきませんでした」
「どうしてです?」
「だって、嫌じゃないですが。あの人たちがあなたたちのことをこんな風に言っていました、なんて聞かされるのは」
長く生きてきたフィガロが、それしきのことをいちいち気にするとは思えないけれど、誰だって自分に関する悪口など知らないに越したことはない。
「だから何でもないですって、私は言ったんです。……案の定、フィガロはそれで誤魔化されてくれなかったんですが」
晶の強がりをフィガロはしっかり見抜いていた。意図的に目を逸らす晶の視界に入ってきて、遠慮なんてしなくていいんだよと、優しく言葉を重ねてきたのだ。
「疲れてるだけだからって言っても信じてもらえなくて、何回も『本当のことを話しいて』って迫られたら、なんだか頭の中がぐちゃぐちゃになって。それで、つい言ってしまったんです。私のことは放っておいてくださいって」
フィガロに打ち明けてしまいたい気持ちと、そんなこと聞かせられないという気持ちがせめぎ合って、そこに立て続けの任務の疲労が重なって、晶の中で何かが弾けてしまった。
自分の声の大きさに自分で驚いて、そしていたたまれなさから晶はその場を逃げ出したのだ。
「その後に旦那に会ったんですね」
「はい。フィガロとどうしても顔を合わせたくなくて、魔法舎の外をふらふらしていた時に」
この世界に魔法舎以外の居場所なんてない。そう思っていたところで行き会ったクックロビンに、頼れる人がまだいたことを思い出した、というのが事の顛末だった。
「本当に、突然すみませんでした」
「いえいえ。賢者様のお役に立てて良かったです」
「明日、頑張ってフィガロに謝ります。フィガロが許してくれるかは、分かりませんが……」
「フィガロ先生、怒ってなんかいないと思いますよ」
「そうでしょうか?」
「ええ。賢者様が理不尽に怒りをぶつける方ではないと、私以上に分かってらっしゃるでしょうから」
賢者の魔法使いの中でも一番ね、と晶とフィガロの関係を仄めかされて、反射的に顔が熱くなる。フィガロと恋人同士になって少し経つけれど、話題にされるとそのたびに赤面してしまうので、それがなおさら恥ずかしい。
「でも、賢者様が少し元気になられたようで良かったです」
「カナリアさんに話したら、気持ちが落ち着いたというか、頭のなかがすっきりしました」
疲労とストレスに押しつぶされて、誰かに寄りかかりたいのに寄りかかれない。そんな状態だった晶を、カナリアとクックロビンは優しく抱きしめてくれた。本当に、感謝してもしきれない。
「さて、賢者様が元気になったことですし――」
もう休みましょうか、と言われるのかと思ったが、そうではなかった。
カナリアは目をひときわ輝かせて、こう言ってきたのだ。
「最近、フィガロ様とどうですか? 仲良くされてます?」
(もしかしなくても、これって恋バナの流れ……?)
人の話を聞くことは好きだったけれど、自分の恋愛事情を話すのは恥ずかしい。そう気付いたのは、フィガロへの想いを自覚して、ぽつぽつとカナリアへ打ち明けるようになってからだった。
「女同士、真夜中にお菓子を持ち寄ってやることは一つですよ、賢者様」
意味深に笑うカナリアに、晶はクッキーを一つ指でつまんで小さく頷いた。
「……分かりました。その代わり、カナリアさんとクックロビンさんの話も聞かせてくださいね」
「もちろんです! さぁ、まずは賢者様の番ですよ。――実際のところ、どこまで進みました?」
「ど、どこまでっていうと、その……」
女たちの楽し気な笑い声は夜が更けても絶えることはなかった。
♢
「それでは、お世話になりました」
「本当にお一人で魔法舎まで行かれるんですか?」
玄関口でぺこりと頭を下げれば、クックロビンが心配そうに眉をひそめた。
「俺とカナリアももう少ししたら出勤ですし、その時一緒に――」
「その必要はないよ」
突然降ってきた声にはっと空を見上げれば、そこには白衣をはためかせながら箒に腰を下ろすフィガロの姿があった。
滑るように地上へ降りてきたフィガロは、晶の前に立つと、「昨日はごめんね」と眉尻を下げる。
「きみのことを心配するあまり、逆にきみを追い詰めちゃったみたい」
「そんなことないです! 私こそ、あんな言い方をしてごめんなさい」
ぺこりと頭を下げれば、カナリアが軽やかな足取りで歩み寄ってきて、晶の顔をひょいと覗き込む。
「仲直り、できてよかったですね」
「はい!」
「クックロビン、カナリア。賢者様のこと、助かったよ。ありがとう」
フィガロの感謝に、クックロビンもカナリアも、大したことはしていないと笑顔で首を振った。謙遜ではなく、本当にそう思っているかのように。
「賢者様は俺が責任をもって魔法舎まで送り届けるから、心配いらないよ」
「それなら安心です。――賢者様、ではまた魔法舎で。昨日届けるはずだった書類を今日お持ちしますね」
「はい。――カナリアさんも」
「ええ」
フィガロの手を借りて箒に乗り、その背中にしがみつくと足が地面を離れた。
小さくなっていく書記官夫妻に手を振っていると、「でも、良かった」とフィガロが安心したように呟いた。
「昨日のきみはすごく思いつめた顔してたけど、もう大丈夫みたいだね」
「はい。もう大丈夫です」
一晩中カナリアと語り合って絶賛寝不足だけれど、気持ちはすっきりと晴れやかだった。
魔法使いには――フィガロには相談できないことでも、頼る先がいる。助けてくれる人がいる。それが頼もしくて、嬉しい。
「今日からまた頑張ります」
「うん。でも、ほどほどにね」
そう返すフィガロは、カナリアの言う通り、やはり晶の気質をよく知っている。
頑張ろうとして、頑張りすぎて、寄りかかることを忘れてしまえば、いつか限界がきてしまう。それを痛感した晶だったから、「そうですね」とフィガロに同意した。
「ほどほどに頑張ります!」
「うん、それがいいよ」
♢
「賢者様が元気になって良かった……」
迎えに来たフィガロの箒で魔法舎へ帰っていった晶を見送り、クックロビンが心底安堵したように呟いている。
「あなた、昨日はすごく慌てていたものね」
「当たり前だよ。あんなに思いつめた顔の賢者様、初めて見たんだから」
そういうカナリアは落ち着いていたね、と言われたので、ようやく種明かしをすることにした。
「だって私、家に賢者様が来ていることを知っていたもの」
あっさり打ち明ければ、クックロビンはぱちぱちと音が聞こえそうな大きな瞬きを二度繰り返してから、えぇっと近所迷惑になりかねない大声を上げた。
「ちょっとあなた、静かにして」
「カナリア、知っていたのかい⁉」
「ええ。昨日、うちへ帰ろうとしたところでフィガロ先生に呼び止められたの。今きみの家に賢者様がいるだろうから、一晩泊めてあげてって」
何かひどく思いつめているようだったけれど、俺には、というか魔法使いには言いにくいことだったみたいだから。
その晩晶から話を聞き、フィガロが事情を知らずとも彼女のことを分かっていたことを知ったのだ。
「前もって知らなければ、夕飯の買い出しを三人分してくることはできないでしょう?」
「確かに、そうだね……」
クックロビンが気付くきっかけはあったのだが、気付くわけないというのがカナリアの予想だった。そしてその予想はしっかり当たっていた。
「でも、きみと話して、賢者様も吹っ切れたみたいだね。朝起きてきた賢者様は、いつもの賢者様に見えたから」
「昨日は女同士、色々と盛り上がったわ。恋愛の話なんか白熱しちゃって。私もあなたとの出会いを思い出して、懐かしくなったわ」
「カナリア、まさか俺が昔やらかしたあんなことやこんなこと、賢者様に話したんじゃ……」
「ふふっ、どうかしら」
曖昧に濁せば、「そんなぁ」と情けない声が聞こえた。
昨日の夜、晶と何を話したのか。それは女二人だけの秘密なのだ。