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    weedspine

    気ままな落書き集積所。

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    weedspine

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    弟子と入れ替わるように現れた蛇との日々…という妄想。

    じょうずな へびつかいプロフェッサー事件の真相が明るみになった日から数年が経ち
    亜双義は帰国を決めた。
    まだ学ぶことは尽きないが、日本での法の変化に置いて行かれ
    ることを危惧して一度戻るのだと言う。
    ここで得たものを日本へ伝え後進を見届けた後には必ず戻る、
    だからいつか戻るその日まで、立派な検事でいるように。
    そう言い残し、別れ際に痛いほどの力で握手をして彼は
    英国を去った。

    翌朝。
    まどろみの中、バンジークスは顔にくすぐったさを感じた。
    毎朝のように起こしに来ていた弟子はもういない。
    いたとしてもこんな起こし方はしないだろう。
    ましてや使用人な訳もない。
    恐る恐る目を開けると、とびこんできたのは細く長い赤い紐。
    その向こうに白く光る鱗と、金色の目玉がふたつ。
    蛇が、顔をちろちろと舐めていたのだ。
    驚いて飛び起きると、ふとんの上にとぐろを巻きなおして
    じっと見つめてくる。
    どこから入ったかは分からないが、とにかく追い出してもらう
    ために呼び鈴へ手を伸ばすと、その腕に巻き付かれた。
    そしてするりと伸ばした尾の先で、枕元にある時計を指す。
    もう起きなければいけない時間だ。
    慌ててベッドを出て身支度を始めると、蛇は姿を消していた。

    朝食を終え、仕事へ向かうための準備をする。
    昨日までは勝手に終えられていたが、今日からは自分ですべて
    行わなければならない。
    何もかも先んじて片づけておいて、さも心配そうな顔をして
    自分がいなくなったらどうするのだと言ってくるのだから
    あの弟子は意地が悪かった。
    甘くもない感傷に浸る暇はない。鞄の中にあれこれ詰め込み
    忘れ物はないか周囲を確認する。
    再び鞄の中に目を落とした瞬間、悲鳴をあげそうになった。
    荷物の隙間に沿うように、さきほどの蛇が入っていた。
    取り出そうかとも思ったが、外に放すならこのまま運んだ方が
    楽かもしれないと考え、蓋を閉じた。

    検事局につき、執務室で鞄を開ける。
    蛇は初めから場所を知っていたかのように、クッションへ向かい
    陣取った。弟子が座っていたあのクッションである。
    彼が見習いではなく一人の検事として認められた際、自室を与え
    られたが、クッションと文机はそのままにしてあった。
    考えをまとめたり、書き物をしたり、相談をしたり……何かと
    ここへ来て過ごすため、しまいには彼に用事がある者が先に
    こちらを訪ねてくるようになったくらいである。
    あの、ぴんと伸びた背筋が思い出されたが、今座っているのは
    とぐろを巻いた蛇である。
    外に連れて行くのは後でもいいだろうと仕事に取り掛かる。
    蛇は出て行くこともなく、バンジークスが落としたペンを咥えて
    卓上に戻したり、書類の上を這ったかと思えば提出期限の日付を
    尾の先で叩いて示したりと、気の付くような働きをする。
    まるでカズマのようだ、と本人には呼ぶことのなかったファースト
    ネームが口をつく。
    白い身体に赤い舌のコントラストが、彼の服装を思い起させたの
    かもしれない。
    仕事終わりに当然のように鞄の中へ入ってくる蛇を止める気も
    起きず、屋敷へ連れ帰ってしまった。


    それからバンジークスは知り合いや動物に詳しい人にこの蛇に
    ついて聞いて回ったが正体は分からずじまいだった。
    傍を離れずにいるかと思えば、ふっと姿が見えなくなる時もある。
    そしてどうやら何も食べていないようだが、弱る気配はない。
    もはや、ヨウカイの類だと言われた方が納得できる。
    これ以上調べるのも面倒になり、害意はなさそうだからと好きに
    させることにした。
    この蛇のおかげで、弟子のいない寂しさが紛れているのも事実。
    毎朝の起こし方は変えて欲しいと思うが、それすら慣れていった。

    亜双義が日本に戻ってからまた数年が経った。
    バンジークスを死神と呼ぶ者はもういないが、かわりに蛇使い検事
    という異名がついていた。
    実際、白い蛇が片時も離れずまとわりついているのだから、そう
    呼ばれるのは仕方ないと受け入れていた。
    現場で天井裏に隠されていた証拠品を見つけてくれたこともある。
    飲みすぎだと言わんばかりに、ボトルを持つ手を絞められたこと
    もあった。
    その身体で出来得る限りの、仕事や身の回りの世話をしているかの
    ようだ。そして周りの人達もすっかり慣れてしまった。

    ある日、執事が運んできた郵便物の束に潜り込んだ蛇が一通の封筒
    を咥え、バンジークスの手元へ持ってきた。
    差し出し人は亜双義一真。
    日本でやるべきことは終えたため、英国へ戻るという内容だ。
    戻る予定の日付を手帳に書き写していると、蛇は首へ巻き付いてきた。
    彼がこの様子を見たらなんと言うだろうか。
    いきなり掴んで放り投げないことを願った。


    亜双義が戻る日の朝。
    起きろ!という大声が、バンジークスの耳をつんざいた。
    何事かと飛び起きればベッドの横に亜双義が立っている。
    戻ってくるのは今日の午後ではと尋ねると、少しでも早く着くために
    道中いろいろと無茶をしたらしい。驚いた顔が見たかったと笑っている。
    呆れて何も言えずにいると、枕元にいた蛇がバンジークスの背を這い
    首元に巻き付いた。そうだ、この蛇について説明をしなければ…と
    思っている間に亜双義が蛇の頭に触れた。触れた指先に溶けるかの
    ように、蛇の姿が消えていった。
    随分、世話をされたようだなと告げると、何事もなかったかのように
    寝室を出て行く。残されたバンジークスは、ひとり、首をかしげる。
    それ以降、あの蛇は現れなくなった。

    この数年で倫敦の検事局にもいろいろと変化があった。
    英国出身以外の検事も増えた。その一人に中国系がいると知り
    東洋人同士の意見交換がしたいと亜双義は会いに行った。
    その夜、帰国前同様に下宿しているバンジークス邸へ戻った彼は
    楽しく有意義な時間が過ごせたと語る。
    仕事以外にも話が弾み、あの不思議な蛇についてもいろいろと
    聞いたようだ。

    強い思いによって、体から離れた魂がその人の姿をとり、思い人の
    元へ現れるという類話がある。あの蛇も似たようなものだったのでは
    ないか。議論の末、そんな結論に至ったらしい。
    元の体は寝込んだり呆けたりするらしいが、今回は人の姿そのままでは
    なく、小さい蛇だったため体に影響がなかったのかもしれない。
    自分は日本にいて師を思うことはあっても寝込んだりはしなかった…
    そう彼が大真面目に語る中、バンジークスは待ったをかけた。
    それでは、まるで強い思い残しがあったようではないか、と。
    否定されるかと思ったが、何をいまさらと一笑に付された。
    心配で心配でたまらなかったし、実際、ずいぶんお世話されて
    いたではないか。あの蛇から伝わったぞと続ける。
    それは弟子が師に抱く思いの重さを越えているのではないかとも
    思ったが、もう何を言っても無駄な気がして口には出さなかった。
    蛇がいなくなって寂しいかもしれないが、これからはずっと
    自分がいるから安心するといい。そう言って亜双義は
    バンジークスへ手を差し出した。
    蛇の方が可愛げがあったと呟くと、気を悪くするでもなく
    本当に望むのならまた蛇になってやろうかと言う。
    彼の執念なら本当になれるようにも思えたが、優秀な検事を一人
    減らすのも惜しい。
    それに、握れる手があるのは心強い。
    差し出された手へ触れようと伸ばした指先は、触れる前につかまれた。
    蛇の身では感じられなかった熱が、じわりと広がっていく。

    蛇が消えてからも、蛇使い検事の異名は消えなかった。
    まとわりついていた白い蛇身と入れ替わるように、白い検事服が
    傍についてまわり、相変わらず世話を焼かれているのだから
    諦めて受け入れることにした。
    ただ、この蛇を使えている自信はない。

    -完-
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