ぶとうかいのハプニング.
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今日の王宮は舞踏会を開いている。いつもの舞踏会は自分のような体型の貴族のみ参加しているが、今回は国民の大半を占めている人間にも楽しんでもらえるよう、広い庭園のほうを開放している。
「きょうはみんなのためのぶとうかいだ! ぞんぶんにたのしんでくれ!」
会場となる庭園の広場から見て二階にある白いバルコニーには、専用の踏み台とマイクが設置されていた。その上で開会宣言をしたのち、下で待機していた司会のロゼがハンドサインで交響楽団に演奏を始めさせ、次第に優雅な音楽が流れた。
オレは祭りや祝い事などで、機会があれば国民と交流を深めていたが、今回の舞踏会ばかりはそうともいかない。ダンスができない訳ではないが、前述のように体格差があり、安全のために不参加となったのだ。それでも、こうしてバルコニーから国民の笑顔が見れたのだから、舞踏会を計画してよかったと思う。またタイミングを見て開催するか。
オレの代わりとして、ロゼには今日の司会と交流担当を勤めてもらっている。ロゼのことだから何も心配は要らないだろうが、あの鮮やかな紫が動けば、目が行かないほうが難しい。
「あいかわらずダンスがじょうずだ」
見てみれば、同じ人間の女性の誘いを受けて、一つ綺麗に辞儀をしたのち、リズムに乗って社交ダンスを始めた。あれは確か大手行商人の娘だ。恐らく貿易のために親交を深めようと誘いを受けたのだろう。実にロゼらしい。
演奏が一旦終わり、広場で回っていた人々は止まって談笑を始めたり、次の相手を探したり、用意された料理に手をつけたりしていた。ロゼを探してみれば、バルコニーのほぼ下の所で、同じ相手と歓談を続けているようだ。
「ん?」
と、思えば、朗らかに身振り手振り楽しく話していた相手が何かに躓いたのか、ぽふっとした音でも聞こえそうな勢いで、ロゼの腕の中に飛び込んでしまった。
ずきっ
「……ん?」
一瞬、胸に変な感覚をしたが、それよりもまず二人の様子を確かめようとした。しかし元からバルコニーのほぼ直下にいた二人は、さっきの出来事ですっかりバルコニーに隠れてしまった。もう少し手摺から頭を出せたら見えるかもしれない。つま先立ちなら、と、思考より早く体が動いたのがいけなかった。
「あっ」
足についていた踏み台の感触が離れ、ほんの一瞬だけ体が浮いた。
◇
真上のバルコニーから何か大きな物音がした。今現在、その方向にいる人物は一人しかいない。
「!! 陛下!!!」
脳内に瞬時に浮かぶよくない想像で肝が冷えたが、幸い周りに何か落ちてきた音も、それらしい光景も見られない。それでも、上で何があったのは間違いないだろう。ついさっきまで手摺からひょこっと出ている可愛らしい黄金色を横目で確認できていたが、ここだと何も見えない。まさかこの短時間で何かが起きてしまうなんて。
「申し訳ありません。陛下の様子を見て参ります」
旅のことについて歓談していた彼女はこちらこそすみませんと、躓いたことに謝りながら、止めるどころか、むしろ早く向かうように促してくれた。短い礼を言って二階に向かおうとした時、二階からとは思えない大声が響いた。
「お、オレはだいじょうぶだーー!!! きにするなロゼー!」
「へ、陛下……っ」
いつもの穏やかなトーンと違うそれは、明らかに大丈夫ではないと感じるが、陛下から頼まれた任務を放り出す訳にもいかず……と迷いながらも、足が先に動いた。
「陛下!!」
バルコニーのある部屋に到着し、ノックをし忘れたと思い出したのは、ドアを勢いよく開いた後だった。
「な!? だ、だいじょうぶと、いったはずだが」
「全然大丈夫ではないじゃないですか……!!!」
「だ、だいじょうぶだ!」
何があったか、聞くまでもなかった。まだバルコニーにある、本来の向きと違うことになっている踏み台と、陛下の白いおでこにできた薄赤い腫れを見れば、一目瞭然だった。急いで手当てしていたであろうメイドたちに手を振って下がってもらい、パタン、とゆっくりドアが閉じられたら、急いで陛下の座っている椅子の前に膝をつけた。
「何してるんですか……!! 他に怪我は?」
「だいじょうぶだといっている!」
「……ではこのたんこぶは僕の幻覚とでも?」
「いたっ」
「っ! も、申し訳ありません」
しつこく大丈夫と言い張る陛下についカッとなって無礼で失礼な真似をしてしまった。触れてはいけない状態であるのは、見れば分かるのに。
「……上から物音を聞こえた時、一瞬、陛下が二階から落ちたかと思って、心臓が止まりそうになりました。ご無事でなによりです」
「む……しんぱいかけて、すまない。あしがすべって……」
と、聞いた所、転んでしまったそうだけれど、確かにこれといって服に汚れもなく、最大の被害は恐らくさっき僕に触られてしまったおでこの腫れだけだろう。
「どうしたんですか、らしくないことを」
「……な、んでもない、ふちゅういだ」
細い足の小さな膝に置かれた小さな手に僕の手を重ねて、なるべく優しく聞いてみるも、琥珀色のそれは逃げるように逸らされた。これは嘘をついている時の仕草だ。(本人はバレていると少しも気付いてないようだけれど)
「……司くん」
「っ」
びくっと、艶のある黄色の尻尾が不自然に揺れた。
「このままでは、任された仕事を続けるにも、少しも集中できそうにないんだ。何か気にかかることがあったのか、教えてくれないかい?」
「……」
コクリ、小さく頷かれた後に、床の絨毯に向けられていた琥珀色がようやくゆっくりとこちらに向いてくれた。窓から差し込んでいる日の光に当たったそれは、綺麗な杏色に変わっていく。
「……るいが、ぎょうしょうにんのむすめと、ダンスしているのをみていた」
「……うん。 ……うん?」
それって、
「まて! や、やきもちでは、ない!」
「まだ何も言ってないよ」
「ほんとうだ! まだ、あのときは、だ」
「……ん?」
「……しゃこうダンスなど、オレだってよくほかのひとと、している。だからそれぐらいなら、べつになんともおもわない」
「なら……あっ」
さっき、躓いた娘を受け止めるように元いた位置から離れて、バルコニーの下まで入ってしまったことを思い出した。
「……るいがみえなくなったとたん、むねがざわざわして、あせってしまった」
それで身を乗り出そうとしたら、足が滑ったというわけか。思わず愛おしいと思ってしまったのは、怒られそうだから黙っておこう。
「それは……申し訳ないことをしたねぇ」
「う、うたがっている、わけではないが……」
「うん、大丈夫。大丈夫だよ。僕でもきっと同じ気持ちになっていたさ」
もしくは、より大変なことになっていたかもしれないね。とまで言わずに、元から小さいのに更に小さく縮こまった柔らかい体を、ゆっくり抱き締めた。
「落っこちた時、怖くなかったかい」
「こ、こどもあつかいするな。 ……すこしびっくりしただけだ」
「それはよかった」
そのまま暫く背中を摩っていたが、反抗的だったのはセリフだけだった。ドアの方向からコンコン、とした音と共に、「ロゼ様、そろそろ次の段階に」と空気の読めない声が響いたので、名残惜しく司くんから離れた。
「陛下、椅子を用意させるので、一階に移動しませんか」
「お、オレもそうしようとすこし、おもったが、これがなかなか……」
「おや」
苦笑いしながら指差された白いおでこを見たら、例の腫れ痕はまだまだ主張が強かった。これでは確かに一階で民の近くにいるのには色んな意味で相応しくないかもしれない。
「では……」
「? わっなにをする!?」
立ち上がるついでに、その軽い体を慣れた手つきで抱き上げる。多少暴れられたが、そのままバルコニーに出ればすぐに落ち着いて、いつもの冷静な(に見えるような)表情を作ってくれた。
その日の舞踏会は、最後までずっとその体勢で、特に何の問題もなく成功に終わった。少し痺れてしまった僕の腕を、司くんがマッサージすると言って、マッサージに交えて時々怒ったようにぺちぺちしてきたのは、僕と彼だけの秘密である。
ちなみに、数えられない回数をぺちぺちされたが、別段痛くもなかったため、これもまた何の問題もなかった。