青空の下、二度目、三度目のキスをした この頃、類の機嫌が宜しくない時が多い。話しかければ柔らかい笑顔を向いてくれるが、それ以外の時は、眉間に皺を寄せて、深刻そうな顔で考え事に耽ることが多くなった。それは、まるで今の空模様のようで、類の顔は、そしてオレの胸の中は、曇りだった。
そんな類に、大丈夫かと尋ねたこともあるが、返ってくるのは予想通りの柔らかい笑顔と、「大丈夫だよ。気にしないで」という気遣いで固く包んだような答えのみ。そう答えた類は、また難しい顔で、何もない所を見るんだ。
教えてもらえないからって何も知れないオレではない。むしろ心当たりは大いにあるのだ。
そう、きっと、オレがことごとく類の「お誘い」を断ってきたのがいけないんだ。
オレたちは恋人同士になってはや一か月。友達のそれとは違う抱擁や、キス、そしてセ……、その、体を重ねることだって、したいのもわかるし、オレも全く興味がないわけではない。
いつも類は、ムードに気を付けながら、自然ときっかけを作ってくれていた。それなのにオレが……く……っ、オレが不甲斐ないせいで、いつも行為の直前で避けて、拒んでしまうんだ。
未来のスターとして、実に情けないことだとわかっている。だが、だがな……類が、類の顔が近づくと、顔に吐息がかかると、心臓が爆発しそうになって仕方がないんだ。本当に触れてしまったら、オレは死んでしまうかもしれない。それは類だって望まないはずだ。
だからオレが避ければ、類はそれ以上行為を無理に続けようとしないし、一回でも断ればブラックリストでも入れられるのか、もう二度とその行為をしてくることはない。
……その結果、恋人同士らしいことを一切できないまま、一か月が経った。そして、それでストレスが溜まった類が出来上がってしまったんだ。いや、オレが作ってしまったんだ、類のストレスを。
……責任を、取らねば。
「……類!!」
「? どうしたんだい?」
空っぽになった黄色い弁当箱をぼうと見ていた類の目線は、オレの声に引っ張られて、こっちへ向いてくれたら、すぐに甘く蕩けた。その溢れんばかりの愛情にあやかって、オレも勇気を、出した。
「……き、……き、」
「木?」
「キスをしようか!!!」
思わず大声になってしまった。類は目を丸くさせ、数秒間、返答がなかった。
「……え?? 本当にどうしたんだい?」
「るい、るいと、キスが、したいというんだ!」
「……それは、本当かい?」
八の字に見えるぐらいふにゃり下がっていた紫の眉は、その瞬間、真剣に斜めに上がった。真っすぐ見つめてくる瞳から、甘いだけではない熱が滲み出る。
ゴクリ。
「あ、あぁ……ほ、ほんとうだ……」
「……なら、お言葉に甘えて……」
座っていても縮まなかった身長差が、類の行動一つでゼロになり、目の前が暗くなる。
「……っ、っ」
「…………」
目を瞑って腹を括っていたが、緊張で乾いてきた唇は、やがて何にも触れることなく終わった。
「……?」
薄っすら目を開けてみれば、類の苦笑いが見えた。
「無理、しないで。僕は大丈夫だから」
「……!!」
そう言って、類がオレから離れようとする。
だ、だめだ。
今、やめたら、
「!?」
考えるより先に手が動いた。距離を取ろうとしている類を、引き戻そうとして、バランスが、崩れた。
「っ、」
やわら、かい。
やわらかくて、あつい。
「……っ」
数センチしかない距離にある類の瞳に、自分の顔が映っているのが見えた。豆鉄砲を食った鳩のようで、リンゴのように赤く染まったカッコ悪い表情をしている。オレの情けない姿を、類の妖艶に光った月色が、ゆっくり包み込む。
「ん……」
その金に見惚れて、意識を奪われそうになった頃、類の唇は一回離れては、間もなくまた、オレのそれに触れた。
「んぅ……っ」
大きな手が、オレの頬を包む。今のオレは、風邪で熱を出したかのような体温なのに、類の手にも同じぐらいの熱が籠っていた。中から、外から、溶かされてしまいそうだ。
「っ、ふ……」
ゆっくり、類の長い睫毛が扇のように綺麗な曲線を描いて、瞳を隠したので、オレもならって、瞼を閉じた。視界が閉ざされば、更に感覚が研ぎ澄まされる。唇から伝わる類の愛情が、たまにちょん、と触れる湿った舌先が、頭をクラクラさせる。
……どれくらい続けたかわからなかった。瞼の向こうが明るくなって、顔に、唇に触れている熱が離れて、やっと、朦朧としていた意識が戻った。
「……でき、た」
「うん、できた、ね。キス」
「よか、った……よかった」
気づいた事実が嬉しくて余韻から抜け出せないオレを、類は愛しそうに見つめてくる。大きな手に今度は後頭部を触れられ、ゆっくり撫でられた。
「……どう、だった? 大丈夫そうかい?」
「あ……あぁ、だいじょ、ぶだ。そ、その」
「ん?」
「っ……きもち、よか、った」
「……よかった」
ゆっくり抱きしめられ、今度は全身がぽかぽかしてきた。
「……もう一度、」
耳元で、類の熱い吐息がかかる。
「もう一度、してもいいかい?」
その甘い音が少しこそばゆくて、震える指でグレーのカーディガンを掴み、コクリと頷いた。
午後の授業の予鈴が鳴るまで、沢山、オレ達は熱を分け合った。