Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    rabimomo

    @rabimomo

    桃山らびの書きかけなどのちょっとしたログ置き場。
    GK月鯉(右鯉)、APH普独(右独)など。

    ツイッター
    @rabimomo (総合)
    @rabi_momousa (隔離)

    普段の生息地はこちら
    @rabimomo_usa

    完成した作品や常設のサンプル置き場はpixivまで
    http://pixiv.me/rabimomo

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    rabimomo

    ☆quiet follow

    エリート島シリーズその3
    月視点を交えてその後を書くつもりが、あまりにも長くなってしまったので一度切ります。
    キス止まりですが絡みありなのでご注意下さい。(月鯉)
    そろそろ原稿もピンチなので、続きは少し落ち着いてからの予定です〜えろいシーン含めた完成品をそのうちpixivにアップ予定です!

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    ③エリートリーマン月×大学生鯉 取引先の経営者の次男である、高校生の家庭教師をしてくれ。

     その厄介な頼み事に対し、初め月島は困惑し頭を抱えたのだった。
     まずどうして、自分なのかが理解出来ない。大学受験など遥か昔のことであり、しかも恥じるような学歴ではないだろうが社にはT大やK大を出ている者もいる。修士課程を修了している者もいる。その中では、地方の学士のみで就職した月島の学歴では見劣りするのだとは否めない。もう少し若く、学歴も月島よりも上の者の方が適任ではないのかと思ったものだが、その取引先は直属の上司である鶴見の懇意のご家族で、鶴見からは信用出来る部下となればお前しかいないのだと頼み込まれた。社則で副業は基本的に禁止されているが、重要な取引先相手となればそれは上層部からも一種のプロジェクトとして許可が下されている。つまり月島がいくら釈然としないものを抱えていようが、ほとんど社命に近かった。サラリーマンたる月島に、それを断るという選択肢は初めから用意されていないのだった。
     鯉登家といえば、いくつかのグループ企業を有する実業家である。長男は月島とほぼ同世代で、既に経営の中枢にいる。年の離れた末っ子の鯉登音之進が今回月島に託された『生徒』だった。
     鯉登音之進は、誰もが名を知る私大の最高峰とも呼ばれる学校の付属校に、小学校から通っている。文武両道、成績も極めて優秀で、一体この子に何を教えろというのかと頭を抱えた。国立大学の受験対策ならばまだうっすらと覚えがあるが、鯉登音之進は国立大学の受験を希望しておらず内部進学を予定しているというのだから、ますます解せない。私学は偏差値以上に経営者や政治家やマスコミ関係者などの子息が揃い、それは生涯に渡る人脈となり得るが故に、一定のクラスの家柄の者にはT大よりもよほど価値があるそうだが、それならばなおさら何故家庭教師が必要なのかまるで理解が出来ない。彼は医学部以外ならば、危なげは一切ない成績だと聞かされている。そうして鯉登は、置かれた立場的にも、本人の興味関心的にも、科目の得手不得手的にも、医学部への進学は一切視野に入れていないそうだから、月島の指導など無意味だろう。

     まるで気乗りはしなかったが、上から命じられた仕事なのだから仕方がない。高校生向けの参考書をいくつか購入して事前に復習をし直し、約束の日に手持ちの中で一番上等なスーツを身につけて鯉登の家へと向かったのだった。背丈の割に厚みのある体型のため、既製品のスーツではどうしても決まりが悪い。毎日着るものだからと、当時の月島は普段使いには既製品の丈の直して貰ったものを着ていたが、重役との会合や重要な商談のために体型に合わせたオーダーものも所有しており、鯉登の家にそれを着用していった。それは無論下心からではない。あくまでも、重要な取引先を訪ねるための最低限の礼儀のつもりだった。
     しかし鯉登の家を訪れ、鯉登音之進と顔を合わせた瞬間、月島は頭が真っ白になりそうだった。美しく伸びやかな四肢と、綺麗な顔立ちと。きらきらと光り輝くような雰囲気に、一撃で落ちた。ほとんど一目惚れだったのだ。
     家でくつろいでいた鯉登はラフな格好をしていたが、それも月島のように学生時代から愛用しているようなくたびれスウェットではなく、部屋着すら小洒落ておりとても似合っている。月島のスーツのことも目敏く良いものを着ていると手放しで褒める様を見て、良いものに囲まれて育った彼には誤魔化しは通用しないのだと思い知らされた。次からは私服でと言われたが、当時の月島はスーツならばまだしも、普段着は適当に量販店で購入したものを着回しているだけだった。
     こんな立派な家に、こんな綺麗な人を訪ねるというのに、小汚い格好など出来るはずもない。
     慌てて、仕事帰りに百貨店に立ち寄り、目についたブランドのショップに駆け込んだ。月島が当時購入していた衣類とは比喩ではなく桁が違うような店で、何をどう購入していいのかもわからぬまま途方に暮れていたが、近寄って来たショップの店員は辛抱強く話を聞いてくれ、的確なアドバイスをくれた。それが彼らの接客であり営業であったとしても、静かにウィンドウショッピングを楽しみたいときにこの手の接客は煩わしいと感じる人は少なくないのだとしても、その時の月島は店員に助けられたのだった。どうにか体裁を取り繕える服を購入し、不自然にならないようにいくつかの店を覗いて親身になってくれたところで購入し、スーツもかつて世話になった店で複数着を改めてオーダーし直した。その月の支払い金額はとんでもないことになったが、奨学金の返済が終わって以降は貯金は貯まるばかりだったので、たいした負担ではないと思えた。鯉登と懇意になるには、このくらいのものを身につけていなければ話にもならないだろう。
     いや、だからといって彼と距離を縮められるとは限らないのだとは理解しているつもりだった。未成年である高校生を相手に、アラサーの自分がおいそれと迫るわけにはいかない。それでは完全にただの犯罪者だ。しかし諦めることも出来なかったため、年上の良き理解者になれれば良いと願っていた。恋愛関係になろうとする際には同性であることは障壁になるだろうが、程よい距離で付き合うならばむしろ同性であることはメリットだった。三十路の男が女子高生を連れ回していれば事案もかくやの案件だが、男同士となれば途端に怪しさは薄れ何かのOBなど付き合いのある相手のようにも見えるはずだ。そうして、きちんとした格好をすることは第三者から見た不信感を軽減させるためにも必要だと思えた。小汚い格好のおっさんが有名私立の制服姿の男子高校生を伴っていれば、さすがに同性であろうとも通報されかねない。
     クレジットカードも、出張が少なからずあるため、ラウンジで休めるようにと鶴見のアドバイスでゴールドカードは持っていた。このくらいのものは持っていた方がいいと言われたが、月島にはラウンジを無料で使用できるということ以外には、いまいち価値はわからなかった。それでも漫然と長く使っているうちに、上級会員へのインビテーションを受けたが、現状でも価値がよくわからないものをわざわざグレードアップする意味はまるでわからなかった。年会費だって馬鹿にはならないというのに。
     けれど鯉登と家の外で会い飲食をする可能性があるならば、カードすらもそれ相応のものがいいのではないかと、月島は考えた。年会費は安くはないとはいえ、月当たりの金額を考えれば決して無理のある額ではない。思い切って切り替え希望の連絡を入れれば、即座に手続きがされあっという間に月島の手元に書留が送られてきた。完全にただの見栄だなと気恥ずかしくもあったが、コンシェルジュに連絡を取れば、上質な飲食店の紹介や予約の手配などを手軽に行ってくれるのだった。都内であれば選択肢も豊富で、高級店に明るくない月島にとってはそれは心強かったため、悪くはないと思い知らされた。上質なものの価値は、このようなところに付随するのだと生まれて初めて知ったのだった。
     無理をしていたのかと聞かれれば、確かにそうなのかもしれない。それでも鯉登と過ごす時間は魔法にかけられたかのようで、楽しかったのだ。月島はなんだかんだと今の今までずっと真面目に人生をひた走っていた。娯楽を望めなかった子供の頃にはもう諦める癖が出来上がっており、物欲も性欲すらほとんどなかったのだった。
     諦念に慣れきった人生で、けれど鯉登のことは、この人だけはと強く望んだのだ。この人のためならば、生まれ変わりたいと願った。彼のように生まれながらの富裕層ではない、育ちは今更どうにもならないが、努力し続けた人生で、初めて報われたと感じた瞬間だった。ままならぬことに腐って道を踏み外していれば、この人と並び立つことが出来るような立場など得られなかっただろう。それは紛れもなく、月島の誇りであり自信でもあったのだ。非日常的な贅沢を楽しめるという、それ自体も月島の努力で勝ち得たものだ。

     それでも、家格の違いや年齢差、同性であるという事実ばかりは如何ともし難い。だからこの関係を、無理に発展させる気は微塵もなかったのだった。親兄弟でもないが、親しくしていて頼れる年上の者。血の繋がりのある人間には言い出しづらい悩みを聞いたり、少し羽目を外した遊びをするのにはちょうど良い相手だと思って貰えればいい。身内では堅苦しいが、同世代では難しいこと。たとえば、一泊の国内旅行に付き合ったことがある。高校生の一人旅や友人だけでの旅行は両親から難色を示されたが、成人しており社会的に責任を持てる立場である月島が付きそうならばと許可が降りたのだった。これが異性ならば、同性の同級生同士以上に強固な反対にあっただろうから、その意味では同性の強みだった。ただし同じ部屋での寝泊まりをするにあたり、信用して送り出してくれた親御さんや何より無邪気に慕ってくれる鯉登のために、間違いを起こさないように耐え抜く必要もあったのだったが。空港のラウンジは、月島のカードのグレードだと同伴者も入れるのもありがたかった。(そうでなくとも支払いをすれば入れるのだが)この人を雑多なロビーで待たせるわけにはいかない。鯉登の家こそもっと上級なカードを所有してそうだが、家族カードであろうとも高校生は持てないのだと鯉登からは教えられた。
     そうやって、便利に使ってくれれば良い。家庭教師という名目ではあるが、勉学だけではなく私生活の悩みにも相談に乗ってやるようにとは鶴見や他の上司からも言われている。そうして月島は、それがたとえ仕事ではなかろうとも、個人の意思でそうするつもりでいた。下心も劣情も、全て飲み込んで接しているつもりだった。それでも彼の近くにいることが出来るのならば、それだけで良かった。

     鯉登は家庭教師を付けることに対して、あまり乗り気ではなかったらしい。実際に、初めての来訪の日はしばらく表情が固かった。月島とて気が重い役割を押し付けられたと内心では不満だったのだから、それはお互い様だろう。月島の不満は鯉登と顔を合わせた瞬間に、跡形もなく消え失せたのだったが。
     それでも、日を追うごとに鯉登は月島に懐くようになり、気がつけば勉強以外のさまざまな話をするようになっていた。綺麗な顔立ちの鯉登はさぞかし女性を、何なら男性をも惹きつけるだろうが、恋愛には興味が持てないのだと、誰とも付き合ったことがないのだと、そんな自分はおかしいのだろうかと打ち明けられ――月島は全力で否定した。
     あなたの心のままに、好きなように生きればいい。そのことであなたの価値が損なわれるわけなどない、普通の枠に無理に嵌まろうとせずともあるがままで良い。そうすればいつか良い人と巡り合う日が来るかもしれないし、来なくてもあなたは充分に魅力的な人なのだから、そのままでも何の問題もない。
     ――それは鯉登のためというよりは、自分のための言葉だった。
     この美しくしなやかで人を惹きつけて止まない人が、世間体という処世のために適当な相手と恋人となるなど耐えがたいことだ。月島のものになる可能性など万に一つもないのだとしても、この人が誰のものにもならないのならばまだ救いはあるように思えていた。たとえいつかこの人も他の誰かと恋に落ちるのだとしても、本気でこの人が愛しこの人を愛する人ならばまだ耐えられる。耐えられずとも、耐えなければならないと思える。けれど、適当な相手で済ませてほしくはない。
     それは徹頭徹尾、月島のエゴイスティックな感情でしかなかったのだった。
     それでも瞳を輝かせ、あいがと月島、と、呟くものだから、本当に見た目だけではなく性根も美しく真っ直ぐな人だとますます愛おしさを募らせていった。

     とはいえ無理に踏み込もうとするよりは、このままの距離でいたかった。
     出逢った頃の鯉登は高校生で、手を出せば犯罪だと通報される可能性も高かった。そうでなくても、大切な取引先の愛息で、家庭教師の話はほとんど社の意向で、そこにヒビを入れるような真似は許されない。己を律するには充分過ぎる理由があった。
     大学への推薦が決まり、最後の定期テストも修了し、自由登校となったその後は、家庭教師の役割もつつがなく終了した。その頃にはとっくに個人的な連絡先も交換済みで、家の外でも――つまり家庭教師としてではなく、頻繁に会っていた。役割は終えても、鯉登は何くれと月島を頼っていたし、月島もそれでいいと思っていた。高校を卒業した後は一人暮らしを始めた彼の家に招かれたこともあったが、理性を総動員するのに必死だった。簡単に男を招くなと窘めたいところだが、それは同性である彼に下心を抱いているのだと告げるようなものであり、言えるはずもない。
     それでも、付き合いが長くなるにつれて、違和感を覚えるようになってきた。たとえばバーのカウンターで隣り合わせに座った時の距離の近さだとか、ごく親密な友人との飲み会だった鯉登を迎えにいった際の、妙に熱心な触れ方だとか。鯉登が二十歳を過ぎ、飲酒する機会が増え、そこからスキンシップは急激に増えた。初めは、冗談めかして。次は、酔っ払いの戯れのような触れ方で。恋愛に興味がないと言い切っていた、潔癖でけれど一本筋の通っていたかつての男子高校生は、気がつけば一緒に飲んだ帰り道のタクシーの中で、わたしのようなこどもなど相手にするはずもないと、酔いに任せて零していた。魔が差した月島は、指先で艶やかな髪を撫でながら、あなたを好きにならない人はいませんと言い切った。月島も酔っていた、そういうことにしておきたかった。
     はっと顔を上げた鯉登の潤んだ瞳が月島を捉えた、その視線に熱を感じたのだった。その瞬間に、甘やかな吐息と掠れた囁きが、タクシーのエンジン音の合間に落ちる。
     月島がそう言ってくれるなら、それで。それだけで、いいんだ。
     くすぐったそうに小さく笑った、端正な青年に――鼓動は甘やかに跳ね上がりながらも、対照的に冷や水を浴びせられるかのような感触をも覚えた。
     取り繕う微笑みの向こう側に、押し殺された表情を意識した。それは年の功だと思いたかったが、明らかに月島はここ五年ほど鯉登の一挙一動を注視していた。それこそ、鯉登から薄気味悪がられても仕方がないほどに。
     けれど現実には、向けられたのは侮蔑ではなく憧憬だった。そこに柔らかな熱情が潜む可能性を見つけた月島は、一気に酔いが覚める心地だった。
     こんな我欲と計算にまみれた大人の世界で生きる月島の醜いばかりの執着心と、清廉な若者の瑞々しい情熱が同質であろうとは、到底思えない。けれどその美しい親愛を、それは月島の抱く性愛を含む欲望とは異なる綺麗なものだからと遠ざけるほど、月島はいとけなくはなかった。取り合わないということは、相手に恥をかかせることにも繋がる。何もわざわざ、愛しい者の心に傷を負わせる必要などあるはずもない。月島は鯉登に対し、常に望む以上のものを与えてあげたいと願っている。
     ――というのは、おそらく言い訳だった。
     五年秘めやかに拗らせていた感情が、報われる余地があるのかと意識すれば、このまま闇に葬り何食わぬ顔をし続けることなど出来なかった。我ながら狡い男だと思うのだが、汚い大人の打算などそんなものだ。崇高なる理想だけを語れるほどには、もう月島は若くはない。その自覚はある。
     けれど、若くはないからこそ、酒の力で有無を言わせず迫るような真似をする気はなかった。今は雰囲気に飲まれているだけで、素面の時にはこの言葉などこの感情など抜け落ちているかもしれない。あれは酔っ払いの戯れ言であったのならば、潔く諦めようと思えた。そのリスクを取ってでも、手を伸ばしたいとも。
     そうして月島は、その翌々日にホテル最上階のバーへと鯉登を呼び出したのだった。
     月島の知る限りで、平日の夜に待ち合わせが可能な範囲で最も夜景の綺麗な場所だ。せめて綺麗なものを見ながら話をしたかった。
     そう、平日も平日それも週の前半だ。あまりにも性急だなと自嘲しながらも、言いたいことを告げるだけ告げて解散するならば、平日の方が都合が良いだろう。どのような結果であろうと、平日は仕事に集中するしかない。鯉登の学業を邪魔するわけにもいかないだろう。どのような応えが返ろうとも、急かすつもりはない。
     あなたのことが好きだと、その言葉は自然に唇から滑り落ちた。感情を押さえつけ隠し通すよりも、口にしてしまう方が容易いのだと知った。純粋無垢な視線を向ける鯉登は私も好きだと微笑むが、それは恋愛感情のことを指すのではないだろうとは明らかだった。
     だから言い直したが、その瞬間に鯉登の頬は真っ赤に染まっていった。伝えた言葉を正しく認識された瞬間のその可愛らしい反応に、それだけで大袈裟ではなく生きていて良かったと心の奥底からそう思ったのだった。決して順風満帆とは言い難い人生だったが、古くて狭いアパートの一室で、空腹に耐えながら教科書をめくり続けていた子供時代は、全てこの日のためにあったのではないかと錯覚するほどに。

     もしも想いを成就させたとしようとも、決して焦りはしないのだと、心に決めていた。初回のデートでは、手を握るなどの性的ではないスキンシップだけに留めておく。鯉登とてもはや子供ではない年齢である、恋愛に興味がないといつか口にしていた彼には交際経験はないだろうが、一方で性的なことに対する好奇心に関しては未知数だった。直球で問いただすなど興醒めだろう、だから少しずつ反応を見ながら進めて行くつもりだった。
     踏み込みすぎて、身体目当てだなどといった誤解を招くことのないように。けれど月島が鯉登に向ける感情は、性愛も含むのだということは理解して貰えるように。鯉登が望まぬのならば、我慢することに不満はない。おそらく性行為の経験が一切ないであろう相手に、無理を強いるほど獣ではない。恋人として認識して貰えるだけでも、身の丈に余るほどの幸せだった。
     けれど月島は、鯉登に対し劣情を抱いている。身体の隅々まで暴き尽くしたいと願っている。そのことだけは、正しく知っておいて欲しかった。大切にしているから慎重にしているのでなく、単に欲情していないのだと思われては双方にとって不幸なことに違いない。
     二回目のデートでは、唇を重ねるまでに留めた。今日はここまでだと一線は引いていたが、どこまで触れるかは反応を見てから決める気でいた。
     結果的には、触れただけのキスだけで、鯉登は瞳を潤ませていた。嫌悪ではないのだとは百も承知だが、如何せん十代の少女のような夢見がちな視線を前に、性的なニュアンスを含めた粘膜の触れ合いを仕掛けるなど、あまりにも無粋だと判断した。その日は結局、きっちり三回唇の先で触れ合っただけで解散した。
     想定以上の時間が必要かもしれないと、その日の月島は覚悟を決めた。性体験の有無など敢えて聞かずとも、初めてくちびるを触れたその瞬間で察してしまえるほどに、その反応は初心であった。
     急かすつもりはない。それは幾度も繰り返す。
     しかしこの激情の存在だけは、知っておいて欲しいのだというのも、偽りのない本音だ。
     子供同士ならばまだしも、鯉登とてとっくに二十歳は過ぎて久しい。三度目で誘いかけるのは、一般的には心象を悪くするほど性急ではないに違いない。むしろ誘う機会を脱してしまえば、肉体関係を持ちたくないのかと誤解される恐れもあるだろう。
     月島はずっと、鯉登のことを愛おしく思っていた。
     初めはその美しい容姿に、次には清廉で一本気な気質と聡明さに、今では一挙一動その全てに惚れていた。見守るだけで良かったのだと、かつてはその感情は殺していた。しかし恋人と呼べる立場になってまで、無欲なふりを貫けない。
     そうだ、ふりだった。特別に親しい、年上の友人。兄のようでいて、実兄よりは気安い関係。見返りを求めず、尽くすことはやぶさかではなかったのだ。けれどそれは、全てそうあろうと振る舞っていただけにすぎず、自ら欲を発散させる際には幾度となくその肌を暴くことを想像した。
     繰り返した夢想を、現実にしたいと願うのは、男として当然持ち合わせる欲であり、恋人にそれを望むこと自体は当然のものだ。無論、相手の意向を無視してまで、強引に迫っては恋仲とは言えども暴力にしかなり得ないのだとも知るが、内心は自由であるはずだ。
     驚かせることのないように、ゆっくり進めたい。けれど求めているのだということは、知らしめたい。そうして、あわよくばなし崩しにしたい。舐めたい。齧りつきたい。抱きたい。堂々巡りの思考は、いつもそこで行き止まってしまうのだった。

     そうして迷った挙句に、月島は三度目のデートの日にホテルの手配を行ったのだった。こういう時にはプラチナデスクは非常に便利だ、カードキーを受け取ることが出来る一番早い時間にチェックインの手続きを済ませられるように手配して貰い、待ち合わせの前に手続きとキーの受け取りを済ませた。カード会社を通しての手配では、ホテルは上級会員扱いになっており、随分と早い時間にチェックインの手続きが可能だった。待ち合わせの時間は、そのあとでも間に合う時間に調整した。そもそも約束の段階で、互いに翌日に予定のない土曜日を選んでいる。はっきりとそれは下心だった。そうして何食わぬ顔で鯉登と合流し、夕食を終えた後で、少し飲みましょうかとホテルのバーに誘い出した。あの日鯉登に想いを告げた場所であり、今日既にチェックインを済ませたホテルに併設された店だ。ここは鯉登の家の最寄りから近く、彼が帰りたくなってもタクシーで容易に帰ることが可能だ。アプリを用いれば利用料金は月島のカードで決済されるため、鯉登の負担になることもない。
     突然斯様なことを告げたところで、鯉登が一晩を共に過ごしてくれる可能性は低いだろうと踏んでいた。良くて終電までの間に唇くらいは許してくれるか、悪ければふざけるなと引っ叩かれるか。或いは、抱かれるのは嫌だ、抱かれるくらいならば抱いた方がマシだと言われることも想定していた。鯉登がそう望むならばそれでも良いとは思えたが、願望を口にせずにはいられなかった。
     けれど実際には、真っ赤に頬を染めながら月島の言葉に頷く鯉登は、会計を済ませバーを出て客室へと向かう月島に、大人しく着いてきたのだった。エレベーターの中で、服が引かれた感触に思わず視線を走らせれば、鯉登の指先が月島の服の裾を掴んでいた。
     ぐっと閉じられたまま、口角は下げられたままの唇。布地を掴む指は若干色味が抜けるほどに強く握られ、細かく震えていた。眉尻も下がっていたが、その頬は未だに紅潮したままだ。地肌の色味が濃くとも、はっきりとそうわかるほどには。
    「…………鯉登さん」
     ほとんど反射のように、裾を引いていた手を掴み握りしめる。
     好きです。大事にします。無理はしません。ずっと好きでした。
     胸の奥につかえていた感情を、吐き出すように零した。頬が熱く、鯉登の顔をまともに見ることが出来ない。お前は幾つだ、情けない、子供ではあるまいし。けれど掴んだ指先にぎゅうと力が込められ、言葉を口に乗せたことは間違いではないのだと、そう思った。そう思いたかっただけなのかもしれない。
     軽快なベル音と共に目的のフロアへと辿り着くと、月島は長い廊下を足速に歩いた。急かしすぎているのだと自覚はあるが、月島よりも鯉登の方がリーチは長い。あの足の一歩は月島の一・五歩くらいはあってもおかしくないと思えるほどに。そんな言い訳を脳内でこね回すほどに、急いていた。
     大事にするつもりだった。一歩ずつ進むつもりでいた。けれど月島の優秀な頭脳が記憶していたルームナンバーの表示を見つけ、カードキーをかざした先で小さく緑の光が灯った。ドアノブを押し下げ部屋へと足を踏み入れた、鯉登がそれに続き入り口の扉が閉まった――いや月島が手で閉めた次の瞬間には、唇を重ねていた。子供の触れ合いに留まらず、舌先で唇をなぞれば、鯉登の肩が跳ねた。散り散りになりそうな理性を掻き集めて、唇を離した月島は両手で鯉登の頬を包む。
    「……嫌ですか?」
     きっと酷い顔をしている。自覚はある。けれど鯉登は、小さく首を振るった。艶やかな髪がさらりと眼前で揺れ、ぶわりと衝動が腹の底を這い上がる。
     落ち着こう。息を細く逃してから、鼻先に口付けた。自分とは異なり、すんなりと綺麗に通った鼻筋だ。ああ、綺麗だ。本当に、綺麗で可愛い。愛おしくて、たまらない。
     大切にしなければ。けれど耐えられるのだろうか。部屋まで着いてきた時点で合意だろう、などという腐った言い訳はしたくない。彼の嫌がることは、一つだってしたくはない。
     暴走しないよう、奥歯を噛み締めた。それでも足りない気がして、こっそりと唇の裏側を噛んだ。噛み切ってしまい、口内炎でも出来たら痛い目を見るに違いない。そのくらい、意識を逸らせる方がちょうど良い。
     未だ月島は、部屋の扉から数歩の距離にいた。そのことを思い出した瞬間、声を上げそうになってしまったのだった。
     何をやっているんだ、こんなところで盛るなど。中学生じゃあるまいし。
     落ち着けと、もう一度胸の内に唱えた。濡れた瞳は、ただじっと月島を見つめていた。鯉登こそ、どうしていいのかわからずここに立ち尽くしているのだろう。こんなところではなく、部屋の中に誘導してやらなければならない。
     そこに思い至った瞬間、月島は鯉登を抱き上げていた。鯉登は月島よりは細身だが、骨は太く筋肉の張りは人並みを超えている。習い事で剣道を、部活でサッカーをずっとやってきたのだと聞いている。身長も世の中の平均よりも高く、決して女性のように軽い身体ではない。
     それでも、月島は鍛えていた。学生時代は、割が良いからと肉体労働系のアルバイトばかりしていたせいもあり、また他に余暇の過ごし方を知らないため、趣味と実益を兼ねて筋トレと走り込みを欠かさずにいた。走るだけならば、マシンを使わずにするトレーニングだけならば、貧乏学生だった月島にも手軽に行うことが出来たのだった。
     社会に出てからも、身体を鍛える習慣は続いていた。他に趣味がなかったのだ。ある程度の年齢になって以降は、さすがにジムを契約して効率性を重視していたが、今でも身体を動かすことはいい気晴らしだった。
     だから、鯉登を持ち上げることは困難ではなかった。さすがに姫抱きは出来なかったが、危なげなくベッドの前まで運びそっと下ろした。まさか抱き上げられるとは想像もしていなかったのだろう、鯉登は目を丸くしていたが、月島とて我を忘れていたのだった。
    「嫌なことは嫌と言って下さい。あなたが嫌がることはしたくありませんから」
     ベッドの上に腰を降ろした格好の鯉登の前で膝を折り、目線を合わせて囁いた言葉に、鯉登は小さく頷いた。
    「帰りたい時は、何時でもいいので言って下さい。タクシー呼びますので」
     続けた言葉には、鯉登は今度は首を左右に振る。長い腕が伸ばされ、月島の背中をかき抱くように絡みつく。それはまるで、正常位で抱いた時のしがみつかれ方だ。そんなことを考えてしまい、一気に頭に血が登りそうになった。ついでに、股間にも。
    「いやだ、帰らん……朝まで一緒が、良か……」
     囁く声は、ひどく甘やかだった。いい加減、頭が沸き立っているから、そう聞こえるだけなのだとも理解しているつもりだ。鯉登に誘う意図はないのだ、冷静ではない自分がそう見ているからそう感じるだけに過ぎない。この清廉潔白にて純粋無垢な青年が、女性とすら関係したこともない初心な彼が、男を誘う術など知るはずもない。そんなことは、わかっている。
     そんなに煽らないでください、という言葉は、寸でのところで飲み込んだ。鯉登は煽ってなどいない、そんなことはわかっている。
    「大事にします、誓います」
     だから許して欲しいと乞うのか、だから暴走するなと己に言い聞かせるのかもわからぬまま、顔を寄せた。長い睫毛に飾られた瞼が伏せられた、その瞬間に唇を重ねた。そのまま柔らかくスプリングの効いたベッドの上へと、しなやかな長身を押し倒す。何の抵抗もなく白いシーツの上へと転がる身体に覆い被さるよう抱きしめながら、角度を変えて幾度も口付けた。美しい髪は見目通りに滑らかな指通りで、無我夢中に唇を求めながら撫で回すと心地良い。
     男同士で身体を重ねるとなれば、処女を抱くよりもなお困難だとは下調べ済みだ。焦るつもりはなければ、鯉登に宣言した通り今夜は抱くつもりはない。
     けれどこれは、果たしてブレーキをかけることが出来るのだろうか。
     一抹の不安は、捨てきれずにいた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺☺🙏🙏🙏💞💞💕💘💘💖💖💖😍😍😍💞💞💞🙏❤❤👏👏👏👏👏👏👏👏👏😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works

    3ten98yen

    MOURNINGhttps://privatter.net/p/8208460にアップしていたものと同テーマで鯉登視点のものを書こうとしていたけれど手詰まりになってしまったので没ネタ供養&ポイピク試したかったので。
    ある日、急に軍曹の内心が文字として見えるようになってしまった少尉の話。色々とあるようでさしてない日常、山猫を添えて。
    ○○は口ほどにものを言う/鯉登の場合【月鯉/転生現パロ】 ある朝、恋人の呼び声で目を覚ましたら、その恋人の顔にデカデカと字が書かれていた。
     
    「鯉登さん? どうかしたんですか? 鯉登さん?」
     ベッドの上で身を起こした私の顔を、傍に立つ月島が怪訝な表情で覗き込んでいる。
     鼻の低さや目つきの剣呑さなど、造形は少々独特だが渋みがあって男らしい、大好きな月島の顔。ところが今、その肉の薄く固そうな頬になんとも邪魔な黒文字が浮かんでいるではないか。
    『寝ぼけてるのか? 大丈夫だろうか』
     それも、なぜか角ゴシック体である。
     しばらく月島の顔をじっと見つめていた私は、意を決して口を開いた。
    「……なあ、月島。お前顔に文字を書いたなどということはないな?」
    「は?」
     眉根を寄せて聞き返してきた月島の顔にはありありと『この人は何を言ってるんだ』と書いてあるようだった。いや、実際に書かれている。先ほどまで浮かんでいた文字が一瞬でそう変わっていた。
    6690