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    hatori2020

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    hatori2020

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    ヴィクトリア朝パロぜんねずのプロット。プロットなのでとっても荒いです。起承転結の転まで書き終えてあります。結はあと少しです…!



    駅の待合にいる善逸。
    突然の列車のトラブルにより、足止めを食う。
    列車は一等車や二等車と階級ごとに分けられるが、待合はそうではない。
    待合の端に座って、ぼんやりと過去を振り返る。



    善逸の父と母は駆け落ち同然で結婚した。三人で新天地アメリカで暮らしていたが、善逸が三つになる前に父は逝去し、女手一つで育ててくれた母も七つの時に死んでしまった。生前の父と母は人徳のおかげでおかげで天涯孤独となった善逸もどうにか暮らしていけた。しかし、母が亡くなって一年後に事態は急展開を迎える。



    父の父、つまりは善逸にとって祖父だと名乗る人物が現れたのだ。祖父公爵であり、父は公爵の三男だったという。しかし公爵家の男子はみな死んでしまって、唯一残った善逸が爵位を継ぐのだと代理人である弁護士に言われた。
    渡英した善逸の世界は一変した。厳しいマナーや貴族としての威厳とプライド。しかし、血は争えないものなのか。公爵が一番気に入っていた三男である父によく似た善逸は正しく貴族として生きていくこととなる。レディファーストを信条とする性質と国柄も彼に合っていたのだろう。社交界でも名うての紳士になろうはずだった。



    善逸は18になった時だった。
    社交界にもどうにか慣れて、そろそろ公爵の持つ爵位のひとつを継ぐ予定だった。(高位貴族になると爵位をいくつも持つのが慣例であり、そのうちのひとつを息子や孫が受け継ぐ)
    公爵の長男の息子だという男が現れた。彼はフランス訛りの啓蒙思想の青年だった。
    祖父は努力家(善逸は自分をそうだと認めない)の善逸をとても愛していた。善逸も同じように祖父のことを敬愛していた。
    公爵は立派に育った善逸が自分のあとを継ぐのを夢見ていた。当然、ぱっと出の啓蒙かぶれを跡取りなんかにしたくはないが、爵位は法律上は長男の息子が継ぐことになっている。
    お家騒動が勃発する。



    裁判さえ辞さない公爵と、完璧な結婚証明(伯爵長男とどっかの嫁)を持つ長男の息子。
    そういったごたごたを余所に、公爵の領地で流行病が出てしまい、あわやという事態が起こる。お家騒動なんかをしていたせいで後手後手に回ってしまったせいだ。
    善逸は決意する。これまでの努力が水の泡になろうとも、領民を一番に考え助けていくのが貴族だと公爵に教え込まれてきていたからだ。
    彼は書き置きを残さずに、公爵家を出た。
    とりあえず何か仕事をしようと思っているが、善逸に分かるのは自分が属していた社会くらいだ。必然とどこかの邸宅に雇ってもらおうと思っているが、なまじ知人が多いせいで都心部では探せない。



    待合で、善逸の目の前の椅子に一人の少女が座る。見かけたことのない少女だ。一瞬、目を奪われたことは否めないし、その少女に「何かご用でしょうか」と声をかけられるまで不躾に見つめていたのだから大概だ。
    あわてて謝罪してから、中折れ帽をちょいと引いた。
    それからようやく気付いたが、彼女の服装がなんとも時代錯誤だ。



    「お話を聞いてくれますか?」
    「え、ああ。俺なんかで良かったら」
    「ああ、良かった。今侍女がやっといなくなったんです。列車がいつ頃復旧するか聞きに行ったんです」
    「最近、新しい路線が出来たから、それに戸惑ってるみたいですよ」
    「ふふ。わたし、その路線の先からやってきたの。こちらはとても華やか。目がくらみそう」
    彼女は禰豆子と名乗った。
    「禰豆子ちゃんはもしかして、もう帰るの?」
    (今は2月終わり頃)社交の最盛期は4月頃だ。だから、彼女が帰るのはあまりにも早すぎる。



    「わたし、まだデビュタント(社交界デビュー)していないの。本当はするはずだったけど、今日シャペロン(付添人)に会ったら突然断られてしまって」
    善逸は彼女の出で立ちを眺めて、目を細めた。
    「もしかして、禰豆子ちゃんが招待されたのは○○邸のパーティー?」
    「ええ」
    それで納得がいった。○○伯爵夫人は身分差を気にせず、見目麗しい女子のデビュタントを推奨する方だが、それと同時にハイセイスを要求してくる。彼女の着ているドレスからすると、当日のドレスも想像でき、門前払いをくらってしまうだろう。だからシャペロンは付き添いを断ったのだ。



    シャペロンが断ったことに納得している様子の善逸に彼女が食いついてくる。仕方なしに、彼女の服装の時代遅れを指摘すると、彼女は目を丸くした。怒り出すかと善逸は覚悟したけど、彼女は鈴を転がしたような声でクスクスと笑うだけだった。
    (伏線、禰豆子のだんな様になる善逸と出会ったので、確かにドレスにはジンクスがあった)
    「やっぱり。このドレス、お母さまがお父さまと出会ったときに着ていたドレスなの。良いお品なのは認めるけど、社交界はそればかりじゃないよね」



    そこでようやく彼女は自分のフルネームを名乗る。
    「竈門禰豆子」
    竈門という性は珍しいのに、ピンとこなかった。
    我妻と名乗りかけて、善逸は口を閉ざした。言ってしまえば、身分がばれてしまうからだ。咄嗟に出たのは服を借りた御者に姓と自分の名前だった。(注*偽名の姓は書かないようにする)
    「ごめんなさい。わたしったらうっかりしていたわ。善逸さんはこういったことにとても詳しいようだけど…?」
    言外に身分を訊ねられた。
    「ああ、俺は……○○伯爵のご友人の方にお仕えしてたんだよ。フ、フットマンだったんだけど色々とあって今日やめてきたところ」
    嘘をつくのは気が咎めた。
    「まあ、そうなの」
    「うん。紹介状はもらえたから、どこか雇ってくれそうなところを探してるんだ」
    紹介状は自分で書いておいた。阿呆な状況に自分でもため息が出た。(伏線、この紹介状をあとで禰豆子が見て、善逸の勤めていた屋敷がわかる。名前が一緒だが、そこは書かない)



    禰豆子が神妙な顔してから、うちで働くのはどうかと訊いてきた。
    禰豆子の屋敷はとても田舎にあって、都会の洗練された使用人がいない。
    今回デビュタントをこなせなかった禰豆子は来年には必ず成功させたいのだと言う。禰豆子のデビュタントが遅れれば、下にいる妹のデビュタントも遅れてしまい、婚期を逃してしまうからだ。
    そのために、自分を特訓してほしいという。
    突拍子もない持ちかけ話に、何故か善逸は快諾していた。
    嬉しそうに微笑んで、「これからよろしくお願いします、善逸さん」と手を差し伸べてくる禰豆子の手のひらを恭しくとって、これ限り紳士の振るまいは封印するとして、本来の彼らしく禰豆子の手のひらに口づけをした。



    竈門家は男爵だった。しかし、列車に揺られてそこからあまり上等とは言えない竈門の馬車に乗りかえて3時間。ようやく見えてきた竈門の領地を見て、何故自分が知らないのか理解ができた。あまりにも田舎過ぎた。貴族の邸宅として形を成しているとは言え、竈門の城は、何というか古ぼけていた。その古さからすれば、それなりに古くからある家なのだろうと思うのに。



    自分の書いた紹介状は効果を発揮した。すんなりと雇われることが決定して、給金もそこそこ……だと思う。と言うのも、善逸は使用人に給金に口を出す立場ではなかったので相場が分からなかった。
    竈門男爵と夫人を紹介される。どこかの社交界であったことがあるかもしれないと緊張していたが、竈門男爵は体が弱くあまり外出できないらしい。男爵のそばから離れない夫人も見かけたことがなかった。男爵はやつれた様子だったが立派な紳士だった。夫人も美しく気品ある人だった。
    ふたりの間には6人の子どもが居た。炭治郎という長男はパブリックスクールに入っている。善逸がいたパブリックスクールとは違う学校のようだ。
    禰豆子が恥ずかしそうに、「学校に行けるのはお兄ちゃんだけなの」と教えてくれた。内情を見る限り、他の3人を学校へ通わせる余裕はないのだろう。



    男の使用人は執事と伯爵付従者と御者しかいなかった。
    善逸は、前職だと偽ったフットマンになった。しかし、竈門にはフットマンがいたことがなく、フットマン兼下僕兼従者兼…と言った感じらしい。それに善逸は驚くものの、田舎ではこのように何役も兼任するのが普通だと言われてしまった。



    こうして、竈門家のフットマンとして善逸は働くことになった。
    竈門家の屋根裏部屋の使用人たちが寝る一部屋(使用人が少なくひとり部屋を使えた)で善逸は小さなベッドで天井を見上げて、眠った。

    使用人として善逸は働きはじめたが、なにせ田舎だ。客人が訪ねてくることもない。自然と男爵のこどもたちの面倒を見ることになってくる。家庭教師として雇われたんじゃないけどなと思いつつ、こどもたちの面倒を見ていて善逸は気付いた。
    庭(と、言っても自然と同化している)を散策中の禰豆子に日傘を差し出しながら「日焼けするのは良くありませんよ。お嬢さま」とたしなめる。
    禰豆子が小さく舌を出す。可愛らしいけど、淑女としてはバツだ。
    「それもなりません。そういうときは、ありがとうと受け取りだけで」
    「ありがとう、善逸さん」
    「はい。それではお嬢さま、ひとつ質問してもよろしいでしょうか」
    「ええ、なんでも」
    「失礼ながら、カードゲームは嗜まれますか?」
    「カードゲーム? ジャックだったら出来ます」
    「ジャック?ああ、兵隊ですね。ジャックの呼び方はお嬢さまに相応しくありません。兵隊とお呼びください」
    「はい」
    ときおり禰豆子と言葉を交わすが、端々で彼女は労働階級が使う言葉を使用する。発音こそは美しいのに、それがちぐはぐに聞こえた。



    「それから、ダンスは得意ですか?」
    「カドリールとポルカは踊れるけど、ワルツが苦手なの」
    気恥ずかしそうに禰豆子が言う。どうしてかと訊くとカドリールとポルカはみんなで踊るけどワルツは男性と二人きりで踊るから恥ずかしいと言う。初々しさに善逸はドキリとした。
    そのままでいて欲しい。だけど、ダンスは自分をアピールする場だし、禰豆子の器量から絶対にダンスに誘われることになるだろう。そんな時に恥ずかしさに頬を赤らめて踊る可憐な彼女を見たら、ダンスホールの男どもはこぞって彼女を誘ってくるだろう。
    想像しただけでもムカムカした。
    「ダンスは誰に師事したのですか?」
    声に不機嫌が混じった。
    「その」
    禰豆子が言い淀む。それが更に腹立たしい。
    「おとうさまとおかあさまです。この辺りでダンスが出来る人がいなくて」
    善逸は驚いた。
    「じゃあ、禰豆子ちゃんは旦那さま以外の男の人と踊ったことないの!?」
    つい慌てて、口調が砕けてしまった。訂正して謝罪すると、禰豆子は気にしない様子で首を振る。
    「善逸さんは年が近いせいかしら?それとも善逸さんの物腰がせいかな?あなたにそう呼ばれるの、とても好きよ、わたし」
    「使用人との距離は近すぎて良いことはないです。それよりさっきの質問は…」
    「ありません。それもあってワルツに苦手意識もあるの」
    「提案なのですが…」



    昼下がり、善逸は竈門の広大な庭園(自然と一体化して境目が分かりにくい)にいた。そこにはフォリー(装飾建築)がある。中央には彫像があるが、風化して、見たことがあるような気がするが、いまいち分からない。(←伏線。)
    彫像に彫られた文字を睨みながら善逸は悩んでた。
    禰豆子にダンスを教えると言ってしまったからだ。使用人との身分の差を考えるように窘めながら、彼女の手を取るようなことを言ってしまった。本当に善逸が労働階級出ならばありえないことだ。どこかで自分をジェントルマンだと思っているのかもしれない。
    悩んでいると禰豆子がやってきた。
    善逸がしっかりと日傘をさしなさいと言った言いつけを守って、優雅に日傘を傾けていた。善逸を認めると、柔らかく微笑んでくる。
    胸がぎゅうと苦しくなる。最近はずっとこの調子だ。主治医に見せた方がいいかもしれない。あ、公爵家を出奔したから主治医もいないんだった
    そこではじめて、禰豆子とワルツを踊る。彼女が父親以外の男性と踊ったのは俺が初めだ。
    苦手だと言ってた禰豆子だったけど、何人もの令嬢と踊ってきた善逸からすると彼女のダンスは及第点どころか得意だと言っていいレベルだ。
    「善逸さん、とてもお上手だわ」
    「ありがとうございます。練習してきた甲斐がありました。…仕えていた主人が道楽で俺にも習わせてくださったんです」
    「まあ、そうなの。良ければ弟たちにも教えてもらえると嬉しいわ」
    「いえ。そこまでしますと、だんな様とお給金と役職のご相談をしなくてはいけなくなりますのでご容赦ください。これはふたりきりの秘密に致しましょう」
    「ええ、そういう事なら。だけど、また踊ってくれる?善逸さんと踊るととても楽しいの。こうやってふたりきりで誰にも邪魔されずにお話が出来るからワルツって人気なのね」
    「俺で良ければいくらでも踊ります」
    善逸は困ったように笑った。そんな善逸とは対照的に禰豆子は軽やかに次のステップを踏む。彼女の細い腰を抱き寄せて、善逸も同じようにステップを踏み始めた。



    踊ってわかった。
    善逸は禰豆子に惹かれていってる。
    手を離すのが惜しい。禰豆子が腕の中でステップを踏むと善逸の心まで浮き上がる。ずっとこうしてふたりきりでいたい。
    彼女の名前を呼びたい。
    使用人として、もってはいけない気持ちだ。男爵令嬢とはいえ禰豆子は貴族だ。では、善逸が本来の地位に戻るとなると、そこには公爵家と男爵家の身分差が生じる。どちらにしても結ばれない。
    結ばれないなら、せめて禰豆子にとって、また恩義ある男爵家にとっての良縁を見つけられるように彼女を見劣りしない令嬢への磨きあげることしか出来ない。
    教授するという名目で、禰豆子とふたりきりになれる時間が取れることに善逸はほの暗い喜びを覚えた。



    シーズンになった。
    公爵家はカントリーハウスの他にタウンハウスもいくか持っている。本当は禰豆子の付き添いでこちらに戻るのは知己に会う確率が非常に跳ね上がるので本来は避けたかったのだが、竈門は年がら年中人手不足だ。
    竈門はタウンハウスを持っていないので、遠縁の子爵夫人のタウンハウスを借りる。子爵夫人は遠方に行って不在だという。



    子爵夫人のタウンハウスは公爵家が持つタウンハウスはないエリアだった。タウンハウスに住む子爵家の使用人とも仲良くなる。17才のハウスメイドもてきぱきと動く。(伏線、禰豆子が嫉妬する)竈門の女の使用人は家政婦と年配の雑役女中がふたりしか居なかった。
    禰豆子のデビュタントは昨年招待してくれた○○伯爵夫人だ。相変わらず心が広い。
    午後に、打ち合わせのために禰豆子のシャペロン(付添人)が訪問したが、それに善逸は危惧を覚える。身なりは確かに良いが、どことなく品がない。シャペロンは令嬢とは関係ないが、それでもシャペロンの果たす役割は大きい。しばし熟考したあと、一枚の手紙を書き出した。(伏線、恩のある男爵の令嬢が困っているので助けてほしいと知人の伯爵夫人に手紙を出した)



    子爵夫人のタウンハウスは公爵家が持つタウンハウスはないエリアだった。タウンハウスに住む子爵家の使用人とも仲良くなる。17才のハウスメイドもてきぱきと動く。(伏線、禰豆子が嫉妬する)竈門の女の使用人は家政婦と年配の雑役女中がふたりしか居なかった。
    禰豆子のデビュタントは昨年招待してくれた○○伯爵夫人だ。相変わらず心が広い。
    午後に、打ち合わせのために禰豆子のシャペロン(付添人)が訪問したが、それに善逸は危惧を覚える。身なりは確かに良いが、どことなく品がない。シャペロンは令嬢とは関係ないが、それでもシャペロンの果たす役割は大きい。しばし熟考したあと、一枚の手紙を書き出した。(伏線、恩のある男爵の令嬢が困っているので助けてほしいと知人の伯爵夫人に手紙を出した)


    〈ここから禰豆子視点〉
    禰豆子は馬車の中で突然の出来事に唖然としながら、指先を見つめて思い返す。
    頼んだシャペロンからは丁重な断りをもらって、すわデビュタント失敗かと思った。
    昨年の禰豆子は、今思い出しても欠点だらけだった。母の思い出のドレスにケチをつける気はないが、それでも流行廃りというものはある。今、身につけているのは善逸が一緒にしっかりと吟味してくれた当世、流行のスタイルだ。カードゲームにも詳しくなって、ダンスもまだ善逸以外の男の人と踊ったことはないけど、きっと大丈夫だろう。立ち振る舞いも自分では分からないけど、家族からはとても変わったと言われている。カップの持ち方、扇子の広げ方、ほんのひとつひとつを善逸に修正されてきた。
    これだったら思った矢先にシャペロンを断れて、途方に暮れているし突然、××伯爵夫人から連絡がきた。



    ××伯爵夫人の母のナニーと前男爵夫人であった祖母は古い友人で、人づてに禰豆子がシャペロンがいなくなってしまったことを聞いて、付き添い人を買って出てくれたのだ。そんな話を聞いたことはなかったが、ふたりの出身地と年代が合致していることを考えるとあり得ない話ではない。そもそも伯爵夫人が嘘をつく理由もない。ただ、伯爵夫人が退室するときに意味ありげに善逸に目配せをしたのが気になった。



    あとで善逸を問い詰めると、彼はあっさりと白状した。××伯爵夫人の使用人にパブで会って、つい愚痴をもらしてしまったと。本来ならば決してやってはいけないことだと彼は頭を下げた。
    禰豆子は彼の金の髪を見ながら、気にしないでと言った。
    善逸は話が伯爵夫人に行くと確信して、それを愚痴ったのだと禰豆子には分かっていたからだ。
    もうひとつ聞きたいことがあった。
    「善逸さん、下の(下と言うのは使用人が日中仕事をするの地下のこと)みんなは大丈夫?」
    「特に変わりありませんよ。子爵夫人のメイドもよくやってくれてます」
    「うちには若いメイドはいないけど、やっぱりいる方がいいの?」
    「年齢よりも信頼出来る出来ないが大きいですね。そういった意味では子爵夫人のメイドは信頼できるかと見受けられます」
    禰豆子が欲しかった答え出なかった。そもそも質問が間違えていた。メイドの子と親密になっているのかを聞きたかった。だけど、質問は違った方向に飛んで言ってしまった。
    善逸はときおり、使用人側ではない視点で物事を見るときがある。
    前職はフットマンだと善逸は言うけど、禰豆子はたまにそれを疑ってしまうときがある。もっと、なにか違うような仕事をしてきたのではないかと考えてしまう。それこそ人を雇うような執事や家令でもおかしくないが、年齢が若すぎる。
    もしかしたら労働階級ではなくて、ジェントリ(下級地主層)かもしれない。と、そんなことを妄想して、禰豆子はぽおと頬を赤くした。ジェントリと男爵令嬢だったら、多少の差はあっても竈門のような貧乏男爵家だったら身分違いにはならない。
    あの人と結婚できるかも。
    そんな淡い思いを抱いていた。
    好きになっていた。好きにならないで居られない。いつも親身になって禰豆子を支えてくれた。
    彼は知らないけど禰豆子は見ていた。善逸が下働きの子を庇うのを何度も見た。町中にいる浮浪児にも優しく声をかけたりしていた。
    それを嬉しく思いつつ、内心で少しの悲しみを覚えていた。彼がジェントリ出身であったら、あのような気さくさは持てないからだ。
    禰豆子が好きになってしまった資質は、彼女が所属する階級からは持ちにくいものだった。



    馬車にはシャペロンの伯爵夫人が一緒にいる。禰豆子のことをとても気に入ってくれたようだ。
    招待してくれた○○伯爵夫人とも仲が良いようで安心している。
    馬車が豪華な○○伯爵邸宅の前で停まった。
    禰豆子の社交界デビューがはじまった
    何か特別なことがあるのかと思ったけど、デビュタントは呆気ないものだった。
    百人くらいいたダンスホールで何人もの男性とくるくるとダンスを踊った。人生ではじめてあれだけの男の人と話もしたし、褒められることも初めてだった。
    招待してくれた伯爵夫人からは、「今日のパーティーの花は、あなたね」とお世辞までいただいたほどだ。
    最初の5人まで覚えていたけど、6人目からは名前がごっちゃになってしまった。
    名刺代わりになるカードを見ながら、午後のお茶を飲んでいると善逸が少しだけ不機嫌そうに部屋にやってきた。
    「お嬢さま、デビュタントおめでとうございます」
    「ありがとう、善逸さん。善逸さんのおかげで恙なくデビューできました」
    善逸がため息をつく。
    「実は、○○伯爵の使用人に聞きました。お嬢さまはまさに花のようだったと皆が噂していました。それからこちらが、パーティーの招待状です」
    ざっと出された封筒の数に禰豆子が驚く。昨日までは一通たりとも来ていなかったのに!(そもそもデビュー前である)
    「えっと……。これどうすればいいの?」
    「そうですね。詳しい方と相談して、返信をなさった方が良いです。ああ、その一番上にある方のパーティーは過酷だと聞きましたよ。料理が不味いと」
    「…善逸さん、意地悪だわ。あなた以外に詳しいひとなんて、わたし知らないもの」
    善逸がくすりと笑って、禰豆子の近くに控えた。
    「では、今から一緒に手紙を拝見しましょう」
    優しそうにそう言ってくれるのが胸が痛くなるほどに嬉しかった。
    結局、20通あった招待の中から二通だけ招待を受けることにした。
    上流地主階級と男爵の邸宅からのだ。基本、身分が上の階級からの誘いは断らない方がいいと言われたが、今のところ一通もきていない。
    善逸が部屋から退室するときに、ちらりと振り向いて「ダンス、上手になりましたね」と微笑んでくれた。
    嬉しくなったけど、彼はどこで禰豆子のダンスを見たのかそれは分からなかった。



    デビュタントからはや二ヶ月。社交シーズンの最盛期を迎える。(4月の下旬あたり)
    禰豆子も計7回のパーティーに出席したことになる。付き添いの伯爵夫人は少ないと仰っていたが、禰豆子はその合間にお茶会に5回も招待された。
    あまり招待を受けられない。それは、恥ずかしい話だけど禰豆子のドレスが足りないのだ!禰豆子のドレスなんて覚えているひとはいないと言うのに、善逸が決してそんなことはないと断言した。同じドレスで出席するのは、招いた方への無礼に当たるし禰豆子の評判も落ちるという。禰豆子は、善逸が想定していたよりも注目を集めていたらしい。たしかに、最初よりもダンスに誘われる回数も多くなって、それだけではなくて、恋愛経験皆無な禰豆子でも口説かれている!と、思ってしまうときも多くなってきた。
    「そうですねぇ。本当はあと5枚程度、夜会用のドレスがあればよかったんですが」
    善逸が困ったように招待状を裁きながら考え込んでいる。
    当初は禰豆子の横に立って、使用人然としていたが、とんでもない数の招待状をさばくにあたって、彼に机と椅子を提供したのだ。フットマンと言うより秘書に近い。
    禰豆子はくすりと笑って、用意してあった紅茶をいれて、そっと善逸の横に置く。彼は真剣なようで気がつかない。だからちょっと悪戯心がわいた。
    「だんなさま、紅茶がはいりました」
    冗談のようにそう言った。令嬢のドレスの自分がフットマンのお仕着せを着た彼にそれを言う。なんと答えるのか。慌てて立ち上がるのか、おどろいて口でもあけるのか。
    だけど善逸の反応は禰豆子の予想していたものと違った。
    「ああ、ありがとう。禰豆子ちゃん」
    そう言って、そうされるのが当然であるかのように品良くうなづき、カップをとって口にする。さらさらと金の髪が日の光りにあたって、貴公子に見えた。
    「…ん!?」
    善逸がおおげさに反応した。
    「ごめんなさ」
    禰豆子が謝ろうとしたが、彼の視線は一通の封筒に向けられている。
    おそるおそる封筒を覗き込むと、**侯爵と書かれていた。
    「こ、侯爵様から!」
    「…ちっ」
    善逸が苦虫をつぶしたように顔をしかめて、らしくもなく舌打ちをする。善逸の舌打ちなんて禰豆子ははじめて聞いた。
    「侯爵様からのご招待は受けるのよね?」
    「……」
    禰豆子の質問に善逸は黙り込んでいる。不安になっていると、彼がそっと手紙を伸ばした。
    「これは…使用人じゃない立場から言わせて頂きます。あのね、禰豆子ちゃん」
    禰豆子ちゃん呼びにドキリとする。
    「**侯爵は爵位も高いし、領地も広い。つまりはお金持ちの侯爵様なんだ。たしか年齢は37才。独身。使用人の中では、あまりいい噂の聞かない。あー…独身っていったけど、子どもが5人いる」
    「まあ、奥さまを亡くされて?」
    「それが違う。…平たく言うと遊び人。王家とも縁繋がりだから、誰も諫められないし、そもそも諫められるような身分の子には手を出さない。3人の子どもは使用人に手を出して、あとのふたりは…男爵令嬢と中流階級の子だったかな」
    「え」
    「でも、お金持ちだからきちんとする。5人は非嫡子だけど、女性と子どもには家を与えてるはずだよ。男爵令嬢の家は口利きしてもらって、中流階級の方は借金を返済してあげたらしい」
    「それって」
    「うん。禰豆子ちゃんが承諾するのかって話だね」
    侯爵に招待されたからと言って、そのままそういった意味ではないだろうと禰豆子は反論したが善逸は、「それはありえないよ。禰豆子ちゃんは男爵令嬢だ。侯爵家が招待するにはステータスが違いすぎる」
    「でも、ご招待は断れないのでしょう?」
    「そう。だから、これは警告。いや、違うな。脅しかな。絶対にふたりきりにならないようにして。…禰豆子ちゃんは俺では助けられない」



    持ってきたドレスで2番目のお気に入りを選んだ。少しでも勇気が出るように。一番のお気に入りは、善逸が選んでくれたものだ。
    ドレスを買いに行ったことを思い出す。何着も選んで試着した禰豆子はくたくたになってしまって、外で待っていた善逸を呼びつけて、最後の1枚を選びなさいと命令したのだ。そのときの善逸のきょとんとした顔。それを思い出してくすくす笑う。彼は焦りながら数々のドレスの中から禰豆子に一番似合うドレスを探し出して、コーディネートしてくれた。
    「可愛い!」
    試着室から出てきた禰豆子にストレートな賛辞をして、ふと我に返って善逸はごほんと咳払いをした。
    「申し訳ありません。とても良くお似合いです。…こちらのドレス代、俺が払っても構いませんか?」
    「え、そんないいのよ。ちゃんとお父様からお支度金頂いてるもの」
    そんなことを言った彼だったけど、ドレスの金額を聞いて大きく目を見開いた。
    「も、申し訳ありません。差し出がましいことを申しました。お嬢さま。……え、こんなに高いの!?」
    と、最後は小声で呟いていたがはっきりと聞こえてしまった。
    自分に買ってあげたいと善逸が思ってくれたことが禰豆子には嬉しかった。



    侯爵家のタウンハウスはこれまで招待されたエリアにはなかった。あまり足を運んだことの無い一等地に広々とした邸宅が建てられていた。
    ホールに入ると名前を告げられる。
    禰豆子は男爵令嬢なので、レディではなくてミスだ。名前の呼び方ひとつでも身分差をアピールする。
    侯爵のパーティはハイクラスな方々が多かった。流石に緊張するが、ダンスに誘われて踊ってしまえばほぐれて行く。
    ただ、とても驚いたのはダンスホールだけでは手狭になって、広間や温室までが解放されて会場になっているところだった。
    4人目と踊ったあと、喉を潤すために禰豆子は席を外した。付き添いの伯爵夫人が気にしていたが、旧友と会っていために禰豆子は付き添いを辞退して、ひとりで別室へ向かっていた。


    (この章はきらびやかさとむなしさを強調)
    パーティには軽食が用意されている。サンドイッチやフルーツなどが用意され、たまにアイスなんかが用意されていると禰豆子的には当たりのパーティだった。
    どうやら当たりのようだ。美しいガラスにミルク色のアイスが入っていた。
    少しばかりあたたかくなってきた4月の陽気と人の多さに加えて、休みなく踊り続けてきた体にひんやりとしたアイスが染み渡る。ほっと一息ついたときだった。
    「よろしいでしょうか、ミス」
    振り返ると主催の侯爵がにこやかな笑顔を浮かべていた。
    世間話をしてるうちに侯爵からダンスを誘われて、それを断る理由も見当たらなかったので禰豆子は承諾してしまった。
    広間に行くと人が多く、侯爵が禰豆子の背に軽く触れて「仕方ありませんな。こちらで踊りましょう。こちらも解放しているのですよ」
    と、誘われて行った先はテラスだ。
    そこは誰もいなかった。
    「おや、わたしたちが一番乗りのようですな。それでは禰豆子嬢、お手を」
    鳴っている音楽はワルツの曲。おずおずと手を差し出しながら禰豆子は失敗したことを悟る。
    ふたりきりにならないで。善逸にそう言われていたのに。
    ステップを踏む。侯爵のリードはたくみだけど、とても強引だ。引き寄せられて彼の胸元にすがりつくような体制になった。瞬間、母からの忠告を思い出す。
    ──テラスでは踊らないことよ、禰豆子。口説くチャンスをあげているものだから──
    「あの、わたし!」
    「ほらほら。そのような大きな声では月の音を遮ってしまうよ。もう少し声を落とそう。さて、明後日の朝だが禰豆子嬢の予定はいかがかな? 」
    「侯爵さま、わたしこの曲が終わったらお部屋に戻りたいと思います」
    「ふむ。声が小さすぎて質問が聞こえなかったのか。では、こうしようか」
    腰に回った腕が強く禰豆子を抱き寄せて、上半身をぐっと近づけて耳ともに侯爵の口がきた。
    「私は禰豆子嬢を誘っているのだよ。…明後日の朝ではなくて、今宵の予定でも構わないよ。部屋はいくらでもある」
    侯爵がちらっと邸宅の上を見た。パーティ会場になっているのは1階のみで、2階に行ってしまえば叫んだとしても1階の騒ぎで聞こえないだろう。
    タン!と、ありえないところで侯爵がステップを止めた。禰豆子のドレスの裾が弱々しくひるがえって、元に戻った。
    「それでは答えを?」
    「あ」
    頭の中が真っ白になった。次の瞬間、禰豆子が背にしている室内への扉が開き、誰かがやってきた。侯爵が禰豆子の頭越しに誰かを見つめ、驚いたように口を開けた。
    「これは…。いったいどのような風の吹き回しでしょうか。このようなパーティへわざわざ貴方がいらっしゃるとは」
    ごほんと禰豆子から見えない人が咳払いをした。
    「ああ、そうですね。禰豆子嬢、失礼ですがここは退席していただけますかな?先程の話はまた後ほど」
    「は、はい。あ、いいえ!結構です!ダンスにお誘いくださいまして光栄でした。それでは失礼いたします」
    身をひるがえして侯爵から離れると、入ってきた人は禰豆子と顔を合わせたくないのか後ろを向いていた。立ち姿の美しい明らかに高位の貴族だ。侯爵がへりくだって話すほどなのだ。そんな方だったらレディでもない禰豆子と同席するのも嫌だろう。
    失礼のないように、後ろ姿にカーテシー(女性が行う身分が上のものに対する挨拶)をして足早に室内に逃げ込むと、後ろからドレスを引っ張られた。ぎょっとして肩越しに振り返るとドアノブにレースが引っかかっていた。すると謎の人物が後ろ手でさっとレースを外してくれた。
    「ありがとうございます」
    小声でお礼を言うと、謎の人物は後ろを向いたまま顎を引くような動作をした。
    謎の人は上質な手袋をはめた手で一度だけ右側を指さした。
    右に行けということだろうか。禰豆子が見上げると、テラスの扉は閉まって、謎の人はゆっくりと侯爵の方へと歩み寄っていた。
    一度だけその人の後ろ姿を盗み見る。
    ランタンランプに照らされたほの暗いテラスで、その人の金色の髪は輝いて見えた。
    禰豆子は指示されたとおりに右へ行って、曲がり角で後ろを振り向くと、反対側から5~6人ほどの青年が笑いながらこちらへとやってくるところだった。
    遭遇していたら面倒なことになっていただろう。禰豆子はさっと身を翻して、先へ進んだ。
    (助けてくださったのかしら)
    自惚れかもしれないけど、今は嘘の優しさでも嬉しかった。
    デビュタントの意味が分かった今は。



    禰豆子はあのあと,
    付添人の伯爵夫人に顔色が悪いと言われて帰ってしまった。
    帰る間際、ダンスホールで騒ぎがあった。ちらりと伺い聞いたのは、1年前から行方をくらませていた青年が突然現れたとか。よく分からないまま禰豆子は侯爵邸をあとにした。
    タウンハウスについて、着替えるのもそこそこでベッドへ潜り込んだ。禰豆子の身の回りを世話してくれる侍女から何か報告があったが、それもよくわからないまま泥のように眠りについた。
    翌朝はいつもより少しだけ早く目が覚めた。それもそのはずだ。昨日就寝時間はいつもより格段と早かったからだ。こちらにきてから不健康かつ貴族的な生活を送っていることだと嘲笑する。
    きちんとした時間に朝ご飯をいただいている禰豆子は不思議そうに給仕をする使用人を見た。
    「善逸さんはどうしたのかしら?」
    朝食後に届けられた招待状を受け取りながら、禰豆子は使用人に尋ねると、昨夜に実家でトラブルが起こったので数日間、休むをもらうという。そういえば寝る前にそんなことを聞いたような覚えがあった。恥ずかしさに顔を赤らめて、招待状をチェックし始めた。
    いつも一緒に招待状を確認してくれる彼がいないのはひどくさみしくて、心細い。
    禰豆子は昨夜のパーティーでようやくデビュタントの真の意味が分かった。
    これはつまり、禰豆子が結婚相手を探しはじめた。
    竈門男爵の長女、ミス禰豆子は結婚適齢期だと周りに知らしめたのだ。男性からの美術館へのお誘いや、オペラの招待などといったものの先には、婚約が待ち受けている。
    まだ誰とも個人的にそういったお付き合いはしていない。善逸がことごとく却下してきたからだ。
    次の日、また色々な方から招待状がきた。しかし、1通だけパーティーの招待ではない招待状が紛れていた。
    先日の侯爵からで、○○公園で散策をしましょうといったものだった。
    「善逸さん、こちらはどのようにお返事すればいいかしら?」
    いまだ帰ってこないひとにした質問がぽつりと落ちた。
    善逸は侯爵との約束の日まで帰ってこない。
    上手く断る文言も思いつかないし、付き添いの伯爵夫人に相談しても困った顔を向けられる始末だ。
    自分で判断しなくてはならない。
    散策をしたからと恋人になるわけではない。軽く考えるべきだ。禰豆子は承諾の手紙を送った。



    ○○公園への散策は楽しかった。5月の気候はおだやかで、緑の生い茂る公園はとても美しかった。
    侯爵もパーティーのときとは違い、紳士らしく禰豆子を気遣ってくれた。
    物慣れた侯爵が下級貴族の娘によくしてくれていると禰豆子は思っていた。心持ちが軽くなっていたのに、お別れの時に侯爵は言ってきた。
    「では、次回はオペラなど観覧しよう。ああ、そうそう。オペラの前に一緒にドレスでも見繕う。なに、禰豆子嬢が気にすることではないよ。これは私が気になっていたことだ」
    つまり禰豆子の服装が気になるということだ。かっと火が付いたように怒りと羞恥が燃え上がったが、その場で喚くほど分別がないわけではなかった。
    ただひとつだけ確認をしておかないといけない。
    「……パーティーの時には侯爵さまがエスコートしてくださいますか?」
    「これは面白い冗談だ。禰豆子嬢が招かれるパーティーに私が招かれる珍事があるというのかな。いや、これは面白い。それではまた次回に。次も禰豆子嬢のジョークを楽しみしていることにしよう」
    答えはわかった。
    侯爵は禰豆子と遊ぶだけだ。だからパーティーではエスコートをしない。
    遊ばれて、身ごもってしまえば噂通りならば侯爵は面倒を見てくれるだろう。弟や妹も侯爵ならば良いようにしてくれるはずだ。
    ただ禰豆子だけが日陰になればよかった。



    タウンハウスに帰って、刺繍をしながら考える。
    その時だった。忙しないノック音とともに善逸が部屋に入ってきた。
    「お嬢さま!」
    「善逸さん!」
    彼が扉をしっかりと閉めたと確認する理性まではあった。禰豆子は刺繍を取り落としながら、彼に抱きついた。
    頭上で善逸がはっと息を飲む音が聞こえたけど、もう構いはしなかった。
    フットマンのお仕着せの背にすがりつく。我慢していた不安が涙と一緒にこぼれた。
    「わたし、わたし…どうしたら良いのかわからないの。おうちのことを考えると、きっと侯爵さまの言う通りにしたほうが良いはずなの。でも、わたしの心がそれは嫌だって叫ぶの」
    「お嬢さま………」
    長い、とても長い間があってから善逸が優しく抱きしめてくれた。
    「禰豆子ちゃん」
    小さなささやき声。背中を押されたと勘違いするには過ぎた優しく甘い声だった。
    「善逸さん…………好き」
    彼が驚いたように固まる。
    「ごめんなさい。好きになってしまってごめんなさい…。こんなの善逸さんが教えてくれた立派なレディじゃないわ」
    「俺は……、俺だって君のことが好きだ。…最初に会った時から好きだった。一目で恋に落ちるなんてシェイクスピアじゃないだから有り得ないと思ってた」
    「善逸さんはこちらで雇ってるハウスメイドのことが好きだと思っていたわ」
    「まさかって言ったら失礼だし、俺の身分的には彼女のほうが釣り合っているよね。でも、こんな俺だけど君に焦がれたんだ」
    禰豆子が見上げると瞳からほろほろと涙がまた零れる。
    「可愛い。大好きだよ」
    彼がそっと身をかがめてくる。禰豆子も目を閉じた。けれど、いつになっても感触はない。
    「キスしたら、歯止めが効かなくなる」
    そう言って善逸はハンカチで優しく禰豆子の目元を拭って、離れてから、わざとらしく咳払いをした。
    善逸がいなかった間(一週間程度)にたまった招待状を片付ける。向き合って、時折言葉を交わして、小さく微笑み合う。
    それだけで満たされる。ほんのりと下がった眉の形が禰豆子にはいっそう愛おしく見えた。
    だけど。結婚はできない。禰豆子もそれは分かっている。
    「善逸さん、聞いて。わたしね、そろそろ家に帰ろうかと思っているの。もうパーティーは出ないわ。お茶会も出ないの」
    「どうして?まだ帰郷には早いと思うけど」
    「ううん。いいの。わたし全然考えていなかった。…パーティーに出るのはデビュタントしたからだけど、でもその先にあるのは結婚なんだよね。わたし、結婚しなくちゃなのよね」
    「禰豆子ちゃん。…うん、そうだよ。女は爵位を継げないし、そもそも禰豆子ちゃんにはお兄様がいる。女家庭教師をする手もあるけど、禰豆子ちゃんにはお勧めできない」
    「どうして?」
    「可愛いから。禰豆子ちゃんがとんでもなく可愛いから。…あまり言いたくはないけど、家庭教師は美人でないことが求められるんだよ」
    「え、でもお勉強を教えるのに容姿は関係ないじゃない」
    「屋敷には子どもしかいないわけじゃないんだよ。美人がいたら使用人共がそわそわするでしょ。…一昔はけっこうあったらしいよ。家庭教師と主人との…そのねえ?」
    困ったように彼が笑って、禰豆子はそこでようやくその意味に気がついた。
    「まあ!」
    「ま。家同士で結婚する貴族なんかだと浮気なんて珍しいものじゃないよ。と言うわけで、禰豆子ちゃんがガヴァネス(家庭教師)になるのはなし」
    「わたし、結婚しなくてもいいようにひとりで身を立てたい。でも、さしあたって帰る準備をしないと侯爵さまによいお断りの返事ができないわ」
    「侯爵さま? なんのこと?」
    そう言えば善逸にはそのあたりのことを話していなかった。禰豆子は侯爵のパーティーでダンスに誘われて高位貴族の誰かに助けられたこと(その時のひとが善逸に似ていたと思ったのは伏せたけど)それから侯爵からデートの誘いがあって、午前中に一緒に出掛けたこと、次回の約束としてオペラに誘われたことをかいつまんで話した。
    すると、善逸はひどく強ばった顔をして黙り込んでしまった。
    「……そんなことがあったんだ。ごめん。俺がもっと考えておけば良かった。侯爵(あいつ)の女の趣味を考えるとあり得ないとたかを括ってた」
    それから善逸はざっと招待状を広げて、ひとち考え始めた。
    「大丈夫だよ、善逸さん。体の不調だって言って田舎に帰っちゃえば侯爵さまだってわざわざいらしたりはしないわ」
    「ん。それ、やった子いた。結果、田舎に帰れば逃げ場もなくなって……ね?禰豆子ちゃんの家族は君をそんな目にあわせることなんてしないけど、遠い親戚までは分からないでしょう。だから、最善を考えるよ」
    善逸は立ち上がって、暗くなってきた部屋の明かりを付け始めた。それから本来の職務のように壁際に無表情で立った。
    そうして、その日は終わった。



    朝、目が覚めると禰豆子は驚いた。いや、驚く前に悲しみが胸を貫いていた。
    善逸が、手紙一枚だけを残してフットマンを辞めていたからだ。
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