休日暮らすファースト緊張して強張っていた鋭心の体が、糸が切れたかのように弛緩した。
「あ…………」
それに最初に気づいたのは、鋭心の頭を抱え、舌を絡め取っていた秀だった。
くたりと体から力が抜けた彼の体は重い。秀は唇を離して、彼の口元に手をやる。息はしている。よく聞けばそのまますうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。
「え、嘘、マユミくんトんだ?」
「寝てますね」
「わー……やりすぎちゃったかな……?」
絶頂の余韻に浸っていた百々人が、少しふわふわとした口調でそう言う。そして、やっと萎えた性器を、ナカを傷つけぬように引き抜いた。
百々人はゴムを処理して、秀によって寝かされた鋭心を覗き込む。
「珍しいですね……」
「いつもバテてるの僕達だもんね」
そう言って二人は顔を見合わせた。お互いの顔には「ここまで体を酷使させたことは申し訳ないけど、それはそれとして介抱できる側に回れるのは嬉しい」と顔に書いてあるのが分かる。しかしそれを素直に喜ぶのは、些か罪悪感が過ぎるため、誰も言語化しようとはしなかった。
「今日のマユミくん、なんかすっごいエッチだったよね……」
つい先ほどまで、鋭心の体を貪っていた百々人は少し恥ずかしそうにしながらそう言った。それに秀も、そうですねと返す。
3人で集まるのは久々で、3人で体を重ねるのはもっと久しぶりだった。互いに悶々としながら誰かのことを考えて、ようやく今日という日を迎えられた。
鋭心はそんな素振りを全く見せなかったが、もしかしたらかなり忙しかったのかもしれない。昔は互いのスケジュールをなんとなく把握できていたが、今はそれもできない。完成したものを見かけて、「あ、そういう仕事やっていたのか」となることも多々ある。
サービス精神旺盛に振る舞いながらも、ところどころでお強請りを見せてくる鋭心はそれはそれは可愛かった。周りの人間は知る由もない彼の姿に、年下の二人も大いに盛り上がってしまった。とはいえまさか、ユニット内で一番体力のある彼を気絶させてしまうとは。
(でもこれ、二人がかりじゃなきゃこうならないし。そうだとしても、いつもは鋭心先輩元気だしな……)
秀はそこまで考えて思考を止めた。しょうもないプライドではあるが、ちょっと悔しくなってしまう。
「僕はお風呂と食事の準備をしておくから、アマミネくんはマユミくんの体拭いといてくれる?」
「了解です」
役割分担をして、二人は一旦ベッドの上から離れた。素っ裸で横になっている鋭心の上に、生き残ったタオルをとりあえずかけておいてやる。
二人は落ちている下着を適当に拾い上げて履いた。
「百々人先輩も上着なよ」
「あ、そんなところにあったの?ありがとう」
あらぬ所に飛んでいた百々人のシャツを秀は拾って、丸めて投げた。鋭心が見ていればきっと、皺がつくと顔を顰めているだろう。
それをキャッチして羽織る彼の姿はなんだかとても様になっているように見えた。
洗面所の方へ向かい、百々人は風呂の準備を始める。秀は洗面器を風呂場から拝借し、温かいお湯をシャワーから入れていた。
なんとなく秀は自分の下半身を見る。
「やば。俺間違えて鋭心先輩の下着履いちゃった」
「あはは!じゃあもうそれも洗濯機入れちゃおう、全部」
「寝室までノーパンで帰れと?」
「ノーパンもなにも、さっきまですっぽんぽんだったでしょ」
なるほど、違和感の正体はこれであったか。秀は納得して、下着から足を抜いた。そして棚から綺麗なタオルを抜き取って、先に寝室へ戻る。しかし下半身が素っ裸なんて、なんともしまらない。
寝室へ帰って来て、お湯が入った桶をサイドテーブルに置く。そして今度こそ自分の下着を履き直して、秀は再びベッドの上に乗った。
相変わらず寝ている鋭心を起こさぬように、そっとタオルで体を拭い取ってやる。
すると、ふ、と翡翠の色が瞼から垣間見えた。
「秀…………?」
「あ、起きちゃいましたか。このまま寝ちゃって大丈夫ですよ」
「いや、そんなわけには……」
「だーめーでーす。たまには俺たちに先輩の世話焼かせてくださいよ」
そう言って、秀は鋭心の目を掌で覆い隠した。
「寝ないと子守唄歌いますよ」
「あぁ、それはいいな。お前は歌が上手いから」
「いや冗談なんですけど。はい、もう、寝てください。……無理させてごめんなさい」
小さな声で秀がそう言うと、鋭心はくすりと笑って、それからまたすうすうと控えめな寝息が聞こえてきた。
程なくして彼の体を拭き終えた秀は、クローゼットから鋭心の下着を取り出して履かせた。それからちゃんとした布団を取ってきて、上から被せる。
桶の中にタオルを放り込み、ついでに散らばった衣服やバスタオルなども全部抱えて洗面所に戻った。
浴室にはもう百々人の姿は無かった。ということはリビングの方だろう。秀はそんなことを考えながら、ドラム式の洗濯機の中に洗濯物を全て放り込んだ。風呂に入った後に回せば問題ないだろう。
そしてリビングの方へ向かう。扉を開けると、ふわりといい匂いがしてきた。
「味噌汁ですか?」
「うん。明日の朝ごはん。いやブランチ?」
キッチンでは百々人が料理をしていた。炊飯器も、起きるであろう時間に設定されている。
百々人はあまり食に頓着は無いようだが、それはそれとして中々それなりの料理を作ることはできる。自分と鋭心の食育の賜物だと思いたいところだ。
そんなことを考えつつ、秀は鍋を覗き込む。
「味見して?」
「はい」
百々人はお玉で鍋のものをすくい、小皿に入れて秀に寄越した。それを一口で飲み切る。作ったばかりでやや薄味だが、きっと次に起きる頃には丁度良い味になっているだろう。
「美味しいです。……あ、そういや前、鋭心先輩が美味しいって言ってましたもんね」
「……そういうこと、わざわざ言わなくていいよ」
秀が何気なく記憶を辿っていると、百々人は少し恥ずかしそうにしてみせた。相変わらず、この人の恥ずかしいと感じるポイントがよく分からない。
「お風呂順番に入っちゃおうか」
「そうですね。お先にどうぞ」
「じゃあ、お先に」
百々人はそう言って火を消し、風呂場へと向かった。秀は一瞬寝室に戻るか迷ったが、そのままリビングに残ることにして、小さな音でテレビを観始める。
ザッピングをしてみるが、もうこの時間だと深夜アニメも終わり始め、いよいよ怪しげな通販番組しか残っていない。SNSもちらっと覗いてみたが、当然この時間であるので動きがあるわけがない。
謎のダイエット器具や、安いのか安くないのかよく分からない宝石を使ったアクセサリーの紹介をなんとなくボーッと観ていると、リビングの扉が開いた。
「お風呂上がったよ」
「はい。……百々人先輩、ちゃんと髪乾かしてくださいね」
「………………うん」
「さては自然乾燥する気だったな。ダメですよ、この前もヘアメイクさんに悲鳴上げられてたんですから」
すれ違いざまにお節介を焼くと、案の定であった。百々人はドライヤーを洗面所に取りに帰って、リビングの方へと戻っていった。
秀は逆方向へ行き、浴室に入って体を洗って、湯船に使った。温かいお湯に鼻先まで浸かると、段々と疲労感と眠気がとろとろと流れ込んでくる。そりゃあんなことやこんなことしてたらこうもなるか。秀だって、多忙な毎日を過ごして来て、ようやくの休みだ。明日は昼まで全員で惰眠を貪ることになりそうだ。
そんなことを考えながら、風呂を上がる。追い焚きをできる状態に設定だけしておいて、秀は服を着替える。最後に洗濯機をすっかり慣れた手つきで操作した。動き始めた洗濯機に秀はいつも感心する。
というのも、百々人の家の洗濯機の静音性にいつも驚かされるているからだ。天峰家の縦長のそれでは、夜中に回すことはできない。しかもそのまま放置すれば乾燥までしてくれる。今度家にプレゼントすれば、祖母が喜ぶかもしれない。
そんなことを考えながら寝室へと戻った。
恐らく二人とも寝ているだろうと思い、忍足で入ろうとすると、片手で本を読みながら、鋭心の緋色の髪をさらさらと撫でている百々人が目に入った。
「おかえり」
「寝てても良かったのに」
「いいじゃん」
百々人はそう言って、眼鏡を外して脇にあるテーブルに乗せた。そして、くあっと欠伸をしてみせる。一緒に置いた本は、鋭心が以前後輩二人にオススメしていた純文学だったような。
秀がベッドにのぼり、それに合わせて百々人も寝転んだ。二人で鋭心を挟む形になる。
百々人がリモコンで電気を消して、部屋は真っ暗になった。
「目覚まし要らないですよね?」
「いらないいらない」
「はーい。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ〜」
小声で会話を交わして、二人は眠りに落ちた。
*
鋭心はぱちりと目が覚めたと同時に、身動きが取れないほど絡みついてくる両脇の男たちに苦笑した。
昨日はあれから寝てしまったが、体も周りも綺麗になっている。この二人に全部やらせてしまったことを申し訳なく思いながら、鋭心は二人の寝顔をじっと見た。
まずは秀、年々精悍な顔つきへと変化を遂げているものの、出会った当初から持ち続ける愛らしさは今でも変わらない。特に眠っていると本当に天使のようだ。
次に百々人、彼が気持ちよさそうに寝ていると安堵するものがある。柔らかい印象はあるが、どこか底知れない魅力を持つ彼も、目を閉じているとまだまだ子供のような雰囲気だ。
頭のてっぺんを見ると、色が抜けていない黒髪が覗いていた。鋭心は途端に何か愛くるしい感情が湧き出て、そっと彼の明るい金髪に手を伸ばす。
「……おはよ。相変わらず早いね」
「おはよう。昨日は世話をかけたな」
「気にしないで。ていうか、たまには僕たちにもやらせてよ」
百々人はそう言ってにこりと笑った。そして、ちゅうっと軽い口付けを落としてくる。
何度も何度もそういうことをしていると、次第に雰囲気が良からぬ方へと転がり始める。Tシャツの裾に手を入れられそうになったところで、鋭心はぱっとその手を取った。
「だめだ」
「えへへ、バレちゃった」
「せめて食事のあとまで待て」
「……いいの?」
自分から仕掛けたくせに驚いたような反応をする百々人に、鋭心は意味深に口角を上げた。
すごすごと身をひいた彼は、鋭心越しに秀の寝顔を覗き込んだ。
「可愛いね」
「そうだな」
ニコニコしながら見ていると、ゆるりと瞼が動いて、紺碧の瞳が覗いた。
「あ、起きちゃったの。可愛かったのに」
「……今の俺が可愛くないと?」
「安心しろ、お前はずっと可愛い」
「それはそれで複雑……おはようございます。今何時ですか?」
「おはよ〜、えっとねぇ、まだ10時前」
「マジか、二度寝しません?」
秀はそう言って、くふぁと気の抜けた欠伸をした。秀の言葉に顔を見合わせた二人はそのまま大人しく布団の中に戻った。皆、まだ完全な覚醒というわけではなく、眠気の淵に立っていた。
全員でもう一度目を閉じる。当たり前のように両脇から抱きしめられるため、鋭心も片方ずつ二人の肩あたりに回す。
次第にまた緩やかな眠気が3人を包む。
多幸感に包まれながら、彼らの休日は穏やかに過ぎていく。
完