旅団の予算に関する書類を見て、レコベルは総予算の規模が違う！ と呻いた。旧人と敵の排除は国是であり、領地の拡充は最優先事項と位置付けられている。
「学者どもが遊んでおる間に兵士たちは命懸けで戦っておるのだ。当然よな」
「別に遊んでるわけじゃないんですけど」
旅団の管理者としての職務はただでさえ雑務が多い。前任の秘書官任せであった部分の会計報告を見て、レコベルは呆れ半分感嘆半分のような声を上げた。
「こんなざるな書類で予算がつくなんて信じられないですね」
「最前線に立つ者の求めであればそれに応えるのが後方のものの職務であろうよ」
レコベルは息を詰めて目を丸くした。
「ええと、つまり、融通が効くっていうのは」
ピロは目を三日月に細めてその尻の切れた質問に答えた。


前線地帯において、レコベルは思ったほど戦闘を恐れなかった。
戦争が怖いのではなかったのか、と尋ねると、レコベルは少し唸った。
「うーん……怖くはありますけど」
当千術士と名高いピロの戦いは常に一方的だ。砲の届かない高台でもある環境であれば逃げ惑う兵たちを見晴らしの良い場所から狙い撃つだけの簡単な仕事である。
「司令のお側であれば命の危険は無さそうなので」
「世辞か？ 事実ではあるがな」
「怪我なら治せますし……」
怪我では済んでいない敵兵の残骸を見下ろしながら言う顔があまり動じていないので、つくづく面白い女を拾ったものだとピロは思う。



「司令の魔法の限界が知りたいです」
「国境付近に先史時代の遺構があって……汚染濃度は低めなんですけど、ただどうもクメルの動きが怪しいみたいで」
「ディナーですか？ 食べます！」
「前回の探索で見つけた資料に面白そ……役に立ちそうな図面がありまして！」

さまざまな要望を語るレコベルの目の中には確かに星があった。

「貴様の好奇心のために寿命を縮めろと？」
「要らん戦闘を起こす気か」
「呼んどらんわ、厚かましいな」
「遊びに使う予算があると思うか？」

それぞれに冷静な反論を返せば一度は耳を垂らすのだが、まあよいわ、と是を示せばその星はぱっと外側に散るようにきらめくのだから現金なものだ。
巧妙に適当な理由をつけては遠征だの視察だの訓練だのと旅団を連れまわし、結果として国から小さな表彰を受けることもあった。名声が高まるのは悪くは無い。
レコベルの無駄遣いを込みにしても旅団の予算は健全化が進んだらしい。本国の文官が冷や汗を垂らしながらこれからもできればこのようにお願いします、と遠回しな諫言を寄越してきた。
治療所を覗いた際、「レコベルさんが来てくれて本当によかった」などとレコベルの手を握りながら涙交じりに言う負傷兵が居たこともあった。本人は曖昧に笑うだけであったが、その光景は確かにピロを苛立たさた。


ある日の夕食の折り、デザートを終えたピロはいち早く席を立ち、同席していたレコベルに後で自身の天幕に寄るように伝えた。
その時レコベルはきょとんと目を丸くするばかりであったし、馬鹿正直に食後の膨れた腹のままで男の寝所を訪れた。
遠征中で近くにこれといった街もなく、少し作戦が長引いてもいた。ピロが率いる旅団には女と呼べる者がほとんどいなかった。一人を除いて。
「そういった者が必要であるとは幼体成熟には分からんか」
「…………」
それはずいぶん言い訳じみた言い草だったが、その中に含まれる各種の意識はレコベルの思考停止を誘うには十分だった。
「はぁ……それこそ幼体成熟ですので、お応えできるとは……」
「だからそれを試してやろうではないかというのだ」
獰猛な笑顔で覗き込めば視線は逸らされなかった。その目の中に星は無かったが、明らかな怯えが向けられていたので、ピロはそれはそれで溜飲を下げる。