視察に行こう、資材と人手を回してほしい、久しぶりに海老が食べたい、図面を書く道具が足りない、丈夫な布があれば、おおがかりな調査団を。
次々と湧き出るレコベルの我儘をすべて承認してやったのはピロだった。
理由と用途を滔々と捲し立てるレコベルの目の中にはいつでも星が輝いていた。
それで良かった。
お前の願いは私のおかげで叶うのだ。
力があれば金が手に入る。金があればなんでも出来る。この世の真理、この世の条理。
(あなたさえいなければ、あたしは悪いことも狡いこともできなくなる)
——いつの間にか、目が合わなくなった。
気が付かなかった/気が付かないふりをしていたそれは、旅団内で起こる造反の頻度が増えるに従って無視のできないものになった。
相変わらず拒まれることはないベッドの上で、星のない眼差しはどこか遠くにやられていた。
「つまらんな」
魔法でも使っているのか、苦痛の反応すら鈍らせたレコベルに、失望を吐きかけながら。
「お前はまったくつまらん女だ」
それでも手を伸ばせば受け容れられた。
それでも小さな温みを手放すことは出来なかった。
確証を得るまでは。
現旅団への派遣以後何組目となったかも知れない造反者は焼け爛れた頬を引き攣らせてもう眠っているはずではなかったのか、と喚いた。
レコベルを呼ぶ夜は天幕の警備線を少しばかり遠ざける。今夜もその通りになっていたのだが、このときは偶々レコベルは自身の天幕に戻っていた。肉の懐炉が居なくなった寝台の広さを多少持て余していたところに飛び込んできたのがこの男だった。致命傷を避けたのは多少狙いが逸れたからか、造反者が特別頑丈であったからか。
「貴様の都合など知るか。寝込みを襲うとはなんたる卑怯」
都合の良い言い草に呆れながら、ピロは苛立ちのままに一撃を放った。
「ちくしょう、あのガキ! ガセネタを!!」
そんな断末魔とともに男は黙る。はずみで豪奢な天幕に火が付いた。
(……?)
ガキと言ったか。
疲労と眠気の中で、問い詰めようにももう灰になってしまった男の言葉を反芻する。疑惑と違和感は難しくなく結びついた。
真夜中の惨事に、下がらせていた警備兵たちが慌てて集まってくる気配がした。大きな寝台や、遠征地には不釣り合いに質の良い調度品も燃えていく。
炎の中で、ピロは牙を剥いた。
そういうことか、と笑う。
お前もか、と笑う。
お前も、この私を、裏切るか。
騒ぎをよそに、ピロは笑う。
「司令、ご避難を!」
燃え盛る炎に臆することなく飛び込んできた無能な警備兵を苛立ち紛れに焼き払って、ピロはゆっくりと顔を上げた。炎はピロの従属で、恐るるに足らない。
火の粉が立ち上る。曇った夜空に星と散る。
「他の資材に燃え移るぞ! 消化にかかれ!」
「司令! 司令!! ご避難を!」
夢は終わる。
所詮己はただ一人であったと知る。
(許すまいぞ)
親しみ深い怒りが燃え盛る。思い通りにならぬ全てへの怒りだ。
見知らぬ怒りが燻り熾きる。腕の中から消えた少女への◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎だ。
その二つ名に相応しく、その胸の内に燃え盛るは罰の如き火炎であった。