毒にもならない「オビトはさ、リンが自分以外の誰かと幸せになることを決めた時、それでもリンの幸福を願える?好きなままでいられると思う?」
どうしてそんなことを聞いたのか、事のきっかけを今となっては思い出せない。
ただそれを大人相手に聞くのは憚られたから、チームメイトであったオビトに聞いたのだと思う。
その問いかけにオビトは苛立ちに口元を引き攣らせながら、眉根を寄せてオレを見下ろした。
「お前それは暗に、オレの想いが報われねーよって言ってんの?」
「違うよ。純粋な疑問」
当時のオレはオビトに散々言ってたから、ケンカを売ったんだって取られてもおかしくはない。
低い声で問い返してくるオビトに、首を振ってみせると納得も理解もできないようだったが、オビトは険しい表情のまま額当ての上のゴーグルを、コツコツ、と指で叩いた。
「そりゃあ想いは報われるのが一番だろうけど。オレにとってリンは特別だから、そういう色や形がなくなっても。好きだよ。いや、でもお前を認めたとかじゃないから。それはそれこれはこれだから」
「ふーん」
「なんなんだよムカつくねお前ホント」
オレが欲しい答え以外にごちゃごちゃ言ってるので、面倒になって求めていた言葉にだけ返事をしたら気に入らなかったようで舌を打たれたけど、オレはそれも無視してオビトから顔を逸らす。
「オレは無理だな。オレを愛してくれない人の幸福を祈るなんてできない。嫌いになって、恨んでしまう」
ぼんやりと遠くの空を見上げながらそんなことをぽつり、と零すとオビトは途端に真面目な顔をして。
オレの名を呼んで、選んだ言葉をかけようとしてくれているのがわかったから、オレはそれに下手な笑みを返して誤魔化した。
それは、それは。
八つ当たりで、愚痴で、懺悔だった。
自分とはまるで違うオビトが、自分とはまるで違うことを言ってくれることに安堵したかっただけ。
そしてオレは安堵を得て、滲みそうになる想いにしっかりフタをして、幾重にも鍵をかけて、重石をつけて、ずっとずっと深くへと沈めた。
自分が人に愛されないことを、人を愛せないことを飲み込んでさえしまえれば、息苦しさはなかった。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、というやつだ。
オレはそのまま一生、潤いもせず、渇いたままの心を抱えて生きていくのだと思った。
けれどオビトが。そう、いつだってオレの閉ざした心を破壊するのはオビト。
誰も愛されたくないオレを、愛して。
誰も愛したくないオレに、愛させる。
それが、オレが、一番苦しいことだと知っていてなお、それを強いる。
「お前は。オレに愛されて、オレを愛することが一番苦しいだろ」
火影室で、オビトにそんなことを言われてキスをされたとき。深くに沈めた箱から、滲み出てきたものに気付いて泣いてしまいそうになった。
こんなオレに愛を与えないで、思い出させないで。悔しくて、苦しくて、舌を噛み千切ってしまいたくなったのをオビトは見抜いていたのだろうか。
ぬるり、とオレの口の中に入り込んできた舌が。
誰にも開けられなかった鍵を、いとも容易く外して。開いたフタから、中身がどろどろと溢れて。
静かだった水面を乱し、嵐の夜のように。激しく、波を立てた。
*****
火影というものは、本当に里の中心で、里の者皆に愛される存在だというのを、オビトを見ていると痛感する。
そこにいるだけで皆に笑いかけられ、話しかけられ、あっという間に輪の中心となる。
オビトは昔からそういうところがあって、ひとりで泣いている背もよく見ていたけどオレの記憶には、誰かと共に笑っている顔の方が強く張り付いている。
本当におかしいときに笑った顔が、幼い頃とまったく変わっていなくて。オレはその笑顔を見ていたくなくて、窓の下へと、身を沈めた。
それからしばらくして、玄関のドアが慌ただしく開閉する。
当然そこにいたのは、オビトで。疲れた様子で深く息を吐くと、オレを見ておかしそうに笑いながら近付いてきた。
「なにやってんだよ、カカシ」
「ここの窓から、見えたから。お前が」
「イマサラ身を隠す必要があるか?」
そりゃ、帰ってきてオレがベランダに寝そべっていたらオビトの目にだって異様なものに映るだろう。
なにをしてるんだと問う声に、最低限だけ応えるとやっぱりオビトはおかしそうに笑った。
そのまますぐ傍にしゃがんで、背を向けたままでいるオレの前へと身を乗り出してきて額と瞼へと唇を触れさせる。
「ただいま」
「ん」
おかえり。なんて言ってやれないオレに、いつだってオビトはそう告げる。
四六時中オビトに見張られているような生活から解放はされたが、忍としての資格を失ってそれ以外の道で生きていく方法を知らぬオレは、ただ見張られていないだけの生活をしている。
オビトだって毎日帰ってこられるわけではないので、今日だって顔を合わせるのは数日振りだ。
もはや抗う気力もないのでなすがまま、されるがまま口付けを受けていると腕を取られ、そのままずるずると部屋の中へと体を引きずられる。
「抱き上げろとは言わないけどね。適当だよね」
「お前が毎日ちゃんと食事を取ってくれたら、抱き上げてだってやるし、抱いてだってやる」
「ちゃんと毎日食事をとることは約束に入ってない。守る必要がない」
「はいはいそうかよ」
掴んでないとズボンや下着を置いてきぼりにしてきてしまうような、雑な運び方に形だけの文句を零すと、言いたいだけだってわかってるオビトには通用しない。
オビトはちゃんと食べろ、と言うが数日食事を取らなくたって「死なない」ので、その必要はないと首を振ると、ため息をオレの口へと流し込んだ。