competitive ブライダルフェアに感化されたのか、弥代が「もし結婚するなら……」と小さく呟いたのが耳に届いた。
「何?」
「もし節見さんが結婚するなら、お相手はどんな方だろうって」
「自分の結婚じゃなくて、俺の話? 俺は一人が楽で好きなんだ。誰かと一緒にいたいって思う未来は……今の所見えない。どう考えても弥代の方が先でしょ」
「……そうなんでしょうか。今回の依頼でこれだけ色々調べたり準備したのに、自分が結婚するってイメージ、全然できませんでしたし。あ、でも、新開さんに『お前にそう言うやつができたら、俺より強いか試してやるから連れてこい』って言われたのはちょっと面白かったです」
面白いと思っているとは見えない顔で告げられた内容は、確かに少し面白い。
「……あいつより強いやつなんて、滅多にいないだろ」
「ですよねえ。新開さん、同い年なんですけど、なんだかお兄ちゃんみたいな心配のされ方と言いますか……。『しょーもないやつだったら追い返す』とも仰ってましたし……」
「追い返されないハードル高すぎだろ」
静の呆れた声を最後に、不意にふたりの言葉が途切れた。
静は決して口数が多いタイプではない。仕事以外の会話を膨らませるのにはあまり向いていない自覚があるし、いつもは周りが勝手に喋って勝手に満足してくれるから、自分と似たタイプの弥代と二人きりの時に沈黙が訪れることは珍しくない。
今も、聞こえるのは時計の針の音だけ。しかし、出会ったばかりの頃とは違い、長い沈黙が訪れても、しりとりで場を繋ぐようなことをせずとも、弥代は焦ったり居心地悪く感じたりしないようだ。
(沈黙とか間とか気にしない弥代みたいなタイプなら、一緒にいても――)
具体的に彼女を思い浮かべた自分に驚いていると、ぽつりと「そういえば」と切り出される。
「一緒にいるうちに、似てくるって言いますよね」
「ん?」
「夫婦とか、恋人とか、友達とか。口調だったり食べ物の好みだったり癖だったり、似てくるって言うなら、節見さんと一緒にいるうちに、私も激辛好きになったりするのかな……と」
「……」
反応が、一瞬遅れる。そこに何か深い意味が含まれている訳ではなく、彼女なりに世間話を膨らませただけ。何と返そうか言葉を探していると、彼女の目線がこちらを向いていた。
「……節見さんもそういう顔するんですね」
「ん?」
「いい顔、見せて頂きました」
そう言う弥代の方が、珍しい顔をしている。いつかミカが言っていた、ギャップとも少し違うし、穏やかとも少し違う。心なしか嬉しそうで、でも、それだけではなくて――。
(ああ、「綺麗」なんだ)
纏う空気と、眼差しと。それが何故か、綺麗だと思った。
「……」
こんな感情が自分の中にあるのを初めて知って、少なからず動揺する。今この時ほど感情が顔に出難いタイプで良かったと思うと同時に、もし「綺麗」と告げたら、彼女の見たことのない表情を引き出せるのだろうかと脳裏に浮かぶ。
(……それよりも)
負けず嫌いが顔を出して、つい口を吐いて出た。
「もし俺が弥代の結婚相手だって名乗り出たら、新開どうすんだろな」