人生一回目のモテ期について「彼女はいないの? それなら紹介したい人がいてね……」
「結構だ。見合いをするつもりはない」
またコレか。親戚の集まりなんぞ、寿司が出るからといって出席するものではない。レポートで忙しいと適当にごまかしてしまえば良かった。そもそも俺はまだ結婚に焦るような歳じゃあない。
さらに俺には都合の悪いことに、無駄に多い親戚の中には歳の離れた小さな子供が多いのだ。近寄っては来ないものの、遠くからそれとなく観察されるのは気に食わない。ついでに遠くからでも喧しく泣き叫ぶ子供の多さときたら、もう勘弁してくれと言いたくなる。
夏の暑さと窮屈なスーツのせいもあり、苛つきに襲われる。早く終わってくれ。一人暮らしを初めて正解だった。自分の家に一人の方がどれほど過ごしやすいか。
「おにいちゃん」
「!」
子供が近づいてくるのは珍しい。明るい髪色と大きな目が目立つ少女。先ほどまで他の子供達と遊んで騒いでいたうちの一人。うるさい子供は得意ではない。とは言え無下に扱って泣かれても面倒だ。
「なんだ」
「おにいちゃんは王子様なの?」
「……は?」
なんなんだこの子供は。
「あのね、王子様はゆーめいじんだから、りつかとあくしゅしてほしいの」
小さな手をこれでもかとこちらに伸ばしてくる。……有名人が何なんだかも分かっていないだろう、こいつ。
「はぁ……。俺は王子なんかじゃない」
「ちがうの? 王子様はかみのけがキラキラでまじでやばいイケメンだっておねえちゃんがいってたのに」
まだ幼い妹にどんな話をしてるんだこいつの姉は!
「王子じゃなくて残念だったな。気が済んだら向こうへ行っていろ。俺は別にお前と遊ぶつもりはない。向こうでオトモダチと遊んでいろ」
「やだ! みんないじわるするんだもん。もうあそんであげないの!」
数人の生意気そうな子供達が遠巻きにこちらの様子を見ている。男ばかり、どうもこの「りつか」という少女に気があるようだ。そういえば人生には3回モテ期が来ると言うな。まぁ人によってはそんなもの一度だって来ないのだろうが。
「王子様のおにいちゃん、りつかとあそんでよ〜!」
「だから王子じゃないと言っているだろう」
こちらの返事なんて気にも止めず、勝手にあぐらをかいていた俺の脚の間に陣取る。子供は遠慮がなくて、こちらの都合などお構いなしだ。周りも微笑ましそうにこちらを生温い目で見るばかり。誰かこいつをどけてくれ。
「おにいちゃん、これよんでほしいの」
……ハードカバーの小説。こんな子供ならもっと、絵本か何かを持ってくるものだろう。
「この本はまだお前には早い」
「おねえちゃんもよんでくれなかったの……」
そりゃあそうだろう。こんな小さな子供に読むような本じゃない。しかし、まずいな。さっきまで喧しかったのに急に大人しくなった。嵐の前の静けさとはこのことか。放置したら泣くに違いない。
「ああ、クソ……面倒だな。それはお前が大人になったらこれを読んでやるから今日は別のにしろ!」
「もうこのおうちのごほんはよんじゃったもん。おにいちゃん、ほかのおはなしをおしえて?」
「他の……?」
なんて面倒な子供だ。
とは言え妙に期待してこちらを見られると、これを裏切るのはさすがに非道な気がしてくるものだ。適当にでっち上げて話してやるしかない。
妙に自分に懐いてなしまった彼女にせがまれるままに物語を紡ぐ。子供は厄介だと思っていたが、これくらい害のない子供なら少しくらい構ってやってもいいかもしれない。俺はうだるような暑さの中、自分より高い体温を脚に乗せながら子供向けの話を脳内で組み立てる羽目になったのだった。