unknown そこに散らばっているのは紙。紙。紙。
部屋にある来客用のソファーを除いて広がっている乱雑なそれらに思わず深い深いため息をついた。その大量の紙から視線を上げ、二人掛けのソファーを映せば、寝そべっているのであろう、部屋の主の足がはみ出している。
「水上さーん」
呼びかけるが返答はない。もう一度息を吐きだして落ちている書類に目を向ける。組織に所属する隊員たちの基礎情報と最近の実践および戦闘訓練の行動履歴だ。この部屋の主は、戦闘時を除いて日々のほとんどをこの情報のインプットに充てている。
ちなみに、隊員数は優に100名を超えており、当然ながら関わりのない名前と顔が一致しない人間なんてざらにいるのだ。そんな中この人は、すべての隊員の顔と名前どころか戦闘時の癖まで把握していた。戦闘時に出来るだけ短い時間で判断するためにしているとのことだが、正直なところ、どうかしていると思う。
人並外れて頭の良い人だ。その冴え渡る頭脳を以てして、入隊から大した時間も経たずして軍事顧問の補佐をしているだけはある。
そしてその水上さんの補佐として任命された俺は、毎日こうして散らばった書類を集めてシュレッダーにかけるのが通常業務なのであった。ちなみにこの悪癖を除けば、会話も普通にできるし、冗談だって言う。その頭の良さを振りかざすこともなく、聞けば分かりやすく答えてくれる。割と『当たり』の部類の上官だった。
なお、この悪癖だって放っておけば勝手に片付けてくれるのだ。そこまでされてしまうと補佐として立つ瀬がないので、小間使いのような雑務を引き受けていた。重要書類だからそもそも散らかさないでくれとは思うけれど。
「水上さん」
「何や」
書類を拾いながらもう一度呼びかければ返答がある。それに少し面喰いながら、近寄って足元に立った。
「今度新しい隊の参謀になったそうですね」
「ああ、もう話回っとるんか」
「出来れば同期からではなく、ご本人の口から聞きたかったんですけどね」
「お前耳早いからすぐ聞くやろ思うてたんや」
それはそうだけど。補佐っていう立場がですね。
内心むっつりと頬を膨らませたが、子供っぽい真似を悟られるのは恥ずかしいので、誤魔化すように笑みを浮かべる。書類から視線を外して、ちらりと目線を寄越された。確実に声音と間で全部見抜かれたのであろうと悟り、結局恥ずかしくなった。
ごほん、と仰々しく咳ばらいをし、話を切り替える。新規で結成される隊にこの人が据えられるのは初めてのことだ。何せ頭がいいものだからど正論で相手にぶつかるので、並みのメンタルの人間だと直ぐに折れてしまうのである。だから、彼がフォローするのは固定の隊ではなく、上級職のメンバーが多かった。そして彼自身も、自身の思い至らぬ強さと対応力を持って戦場に立つ彼らを尊敬しているようだった。新任の隊長の参謀につくと聞いて、最初は信じられなかったものだ。
「隊長に据えるのは剣の達人だとか」
「…あの人のこと知らんのか?」
「え?有名人ですか?」
「割と。居合がやばいって入隊時に噂なってた」
「へえ。あの時期の入隊だと隠岐くんの話で持ち切りだったから」
「お前の情報網、女子に特化しすぎやろ。男からも話聞けや」
えへへ。笑って誤魔化すと呆れの声が吐き出された。
本当は貴方がそうしろと本気で命じるのであれば、当然そうするけれど。過去本気で釘を刺されたことはない。なら、自他ともに認める美少年顔は目一杯利用する所存だ。あるものは使えとは貴方の言葉なので。
この人が見つめる書類。生駒達人と書かれた書類が透けて見える。
「楽しみですか?」
「そうやな。面白い駒みたいやから」
そう呟いた上官に思わず肩をすくめる。顔も知らない生駒さんに心の中で合掌しつつ、書類拾いを再開するのだった。