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    yanagi_denkiya

    @yanagi_denkiya

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    yanagi_denkiya

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    注意
    ベリとフェルが大体同じくらいの年代の子供
    ファーがフェルの実の父親です

    子ベリがファーとフェルの親子に拾われる話習作 ズル、ズル、と何かを引きずる音がする。
     同時に己の後頭部から背中にかけてを土のようなざらついたもので擦られているような痛みで、引きずられているものが自分なのだと気が付いた。
     いよいよ『悪魔の子』を処刑すると聞き、命からがら逃げだしてきたものの、長年監禁されていた身体で遠くに行けるはずもなく森の中で行き倒れていた。
     きっと追手がかかったのだ。
     またあの場所に戻されるのならばいっそ一思いに――。
     だが衰弱しきった身体には最早自らの命を絶つばかりの力すら残ってはいなかったのだ。
     このまま森の獣に食われて死にたい。あの場所に戻るくらいなら。
     そう祈りながら目を閉じ――次に気がついた時にはこれだったというわけだ。ゴチ、と鈍い音がして痛みが止まった。
    「……ルシフェル、何だそれは」
    「森の中で倒れていた。このままでは野獣に襲われる危険がある故連れて来たのだ」
     低い声と高い声。両方男。大人と子供が話し合う声だ。
     少なくとも村でこの声を聞いたことはなかった。僅かばかり安堵する。
    「また獣か。ウチでは飼えん。逃がしてこい。森のルールは弱肉強食だろう」
    「いや、ヒトだ。私と同じくらいの子供だ」
     言葉の終わりに急に視界が開けた。目はかすんでいてよく見えないが、自分は布のようなものに包まれて引きずられていたのだ。
     のぞき込んできたのは同じ顔が二つ。否、瓜二つではあるが片方は大人で片方は子供だ。きっと兄弟か親子なのだろうと推察できた。
    「……お前はまた、厄介な……」
     低い声がそうぼやき、大きな手が頬に当てられ何かを確認するように顔を覗き込まれた。その顔は今まで見たことがないほどに美しかった。先に声を聞いていなければ女性と間違えていたかもしれない。目の前で指を左右に振られ、思わず目で追ってしまう。
    「意識はあるな。脱がせるぞ」
     そう言って男は容赦なく汚れた衣類を剥ぎ取っていく。身体を横に転がされ背中の骨まで確認されたところで再び仰向けに寝かせられた。
    「大きな外傷はないな。この痩せ細り具合と足に付いた枷の痕……身体に烙印はないから犯罪者でも奴隷でもない……となると、自ずと境遇は絞れてくるが」
    「ルシファー。犯罪者だったとしても、怪我をしているならば助けるべきだ」
    「今そんな議論をしている場合か。調合薬の五番と六番。それからタオルと湯を持ってこい」
    「この子を助けてくれるのだな!」
    「何故お前が嬉しそうなんだ……」
    「すぐに取ってくる! 何処に運べばいいだろうか?」
    「研究室まで」
    「分かった!」
     ぱたぱたと掛けていく背中を見送り、汚れた身体の子供を何の躊躇いもなく抱え上げた男は、薄い溜息を吐いて「全く厄介な」と繰り返した。



     次に気がついたときには柔らかなベッドの上に居た。身体は清められ、麻の寝間着が着せられている。腹が抉れるような空腹はあったが、驚くことに身体は今までにないくらいスムーズに動いたのだ。
     ベッドから降りて何歩か歩いてみる。痛みは感じない。
     嬉しくなって開け放たれたままの扉から外に出て、廊下を小走りで走った。身体が軽い。今ならどこまででも走れてしまいそうだ。
     突き当たりにあった階段の手すりにしがみついて下の階を見下ろすと、ちょうどそこで本を広げていた子供と目が合った。その青い大きな目が見開かれ、勢いよく立ち上がる。
    「ルシファー! 起きた! あの子が!」
     大声で叫んだ子供は少々危なっかしい足取りで階段を上り、寝間着の腕を取った。「降りられそうだろうか?」という問いに頷けば、そのまま身体を補助するようにして下の階まで付き添ってくれた。少しでもふらつけば、存外に力強く子供が支えてくれる。
     そのまま引っ張られるように入った部屋はキッチンのようだった。中では――確か『ルシファー』と呼ばれていた大人の男がマグカップを片手に読書に勤しんでいたようだった。背後にある竈の上には鍋が置かれ、何とも旨そうな匂いを漂わせている。
     二人に気付いた様子のルシファーは、視線でそこに座れと自分の正面の席を指した。再び子供に背を押されながら椅子の上によじ登る。
    「お前、言葉は」
    「……少しです。あ、あー……えーと、通じて、いますか?」
     言葉を発すること自体が久しぶりすぎて自分の声すら忘れていた。己の口から零れる声に新鮮さすら感じたが、果たしてこの他人の会話を聞いただけで学んだそれが上手く機能しているのだろうか。
     たどたどしい言葉に、それでも男は浅く頷いた。
    「ニュアンスで伝わってはくるが……まあいい。そのまま答えろ。名前は」
    「悪魔の子……です」
     その答えにルシファーは大きな溜息を吐き出し、子供は悲しそうに眉を寄せた。
    「馬鹿馬鹿しい。神も悪魔もヒトの身体には降りん。お前は体よくスケープゴートにされたわけだ」
     言葉が難しく何と答えて良いものか考え込んでいると、小さな手が背中を摩った。いつのまにか椅子から降りていた子供が隣に立っていたのだ。
    「……食事にしよう。きっとお腹が減っているだろう。難しい話は、その後でいい」
    「最低限の栄養素は薬剤で入れていたが、やはり経口摂取が最も効率が良いからな。食べられるならそうした方が良いだろう」
    「ルシファー、その鍋の中身は?」
    「今日の夕食のシチュー……だったが、また後で作り直す」
     ルシファーは立ち上がると鍋の蓋を開けた。すると、ふわりと湯気が立ち上りキッチンを満たす美味しそうな匂いが強くなった。思わずふんふんと鼻を鳴らしてしまうと、隣に立つ子供が口元に手を当てて上品に笑い、戸棚から木製の器を取り出した。それをルシファーに差し出すと、とろみのついた白い液体が器の中に注がれる。思わず生唾を呑み込むと、聞こえたのか振り返った男が呆れたように肩を竦める。
    「固形物……いや、形のあるものを食べていたのか? 液体だけを口にしていたか?」
    「ルシファー、その言い方はまだ難しい。今までの食事は、何を食べていたんだい?」
     向けられた問いに、おずおずと言葉を返す。
    「パンと、スープを……」
    「ならば大丈夫だな。ルシフェル、持って行ってやれ」
    「うん」
     たっぷりとシチューの入った器が目の前に置かれ、腹の虫が切なくなった。そのまま器に口を付けて啜る。熱さや味なんて気にならず、無心でそれを腹の中に収めていく。餌を横取りされるのを恐れる野良猫のようにあっという間に胃袋に納めると、隣には木の匙を持った子供が困ったように笑っていた。
    「具は、これで掬った方が食べやすいように思うよ。……おかわりは?」
     聞いた覚えたのない言葉に首を傾げていると、テーブルにドンと鍋が置かれ、鍋に差し込まれた大きな匙の柄が此方に向けられた。
    「好きなだけ食べて良い」
     鍋の中にはまだ沢山シチューと呼ばれた液体が残っている。椅子の上に立ち上がり鍋から直接食べようとすると、額を軽くはたかれた。
    「馬鹿者。器に移し替えろ」
    「ルシファー、私がするから怒らないで欲しい」
     反射的に額を押さえた隣から子供が手を伸ばし、シチューを器に注いでくれる。
     それを飲み干しては注がれ、また飲み干しては注ぎと数度繰り返し、結局鍋の半分をたいらげて、腹が苦しいという感覚を初めて味わった。
    「ええと……その、あり、がとう」
    「どういたしまして。水を持ってこよう」
     にこりと微笑んだ子供は嫌な顔一つせずグラスに水を注いでテーブルに置いてくれた。それで喉を潤し、ようやく一息つくことができた。
     そこからはルシファーの尋問が始まった。何処に住んでいて、何故森で倒れていたのか。今までの暮らしはどうだったのか、家族は居るのか。身振りを交えながら答えていくうちに、二人の表情がどんどん歪んでいく。男は苦々しく、子供は悲しげに。
     物心ついてからずっと村の地下牢に押し込まれていただけの人生だ。語れることは多くない。
     僅か数分で己の全てを話し終えると、隣で行儀良く座っていた子供がおずおずと口を挟んだ。
    「ルシファー、行く当てがないのならばここに住んで貰うのはどうだろうか。部屋は一つあいているし、私も一緒に遊ぶ友達が出来るのは嬉しい」
    「……まあ、お前はさっさと手が掛からなくなったからな。ふむ」
     ルシファーがじっと此方を見つめてくる。まるで値踏みするように赤い瞳の奥を覗き込んでくる。言いようのない恐ろしさを感じ、思わず瞳を閉じようとした瞬間ルシファーの視線が逸らされた。全身にのし掛かっていた不思議な重圧が霧散していく。寝間着の下の背中は冷や汗でじっとりと濡れていた。
    「まあ、手伝いをするなら置いてやらんこともない。ルシフェルのついでに勉学を教えてやっても構わん。飲み込みが悪ければ一生小間使いだがな」
    「勉強ならば私も教えよう。そうだ、名乗り忘れていたが私はルシフェル。彼は父のルシファー。君は……ええと……」
    「自分の名を決めるところから勉学を始めれば良い。……そうだな、一週間だ。自分で決めた己の名を紙に書いて俺の所に持ってこい。ルシフェルの付き添いがある時に限り書斎への立ち入りを許す」
     一体何を言われているのか分からなかったが、隣のルシフェルは酷く嬉しそうにしていた。



     それはいずれ、『ベリアル』と呼ばれることになる子供の物語である。
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