恋敵が消えた恋敵が消えた
イヴァンにとってそれは良いニュースであり悪いニュースでもあった。
あのROUD5の日以来ティルは荒んで投げやりだった生活がますます荒れていった。食事は最低限の栄養補給糧食と少しの水だけ。眠りは浅く夜半に幾度も叫んでは飛び起きる、そんな日々を過ごしていた。
ミジとスアが互いを愛しく尊いものとしていたように、ティルにとってのミジは、希望であり、信仰であり、愛着であった。生死不明のミジは、エイリアンステージのシステム機構に重大な瑕疵をもたらした、華やかなイメージの毀損。だが、華麗なる舞台の裏で渦巻くペット人間の愛憎を曝け出しステージ上でパフォーマンス以外の興奮をもたらしたとして一部のコアな世界人は歓喜した。また、公式発表でunknownとされている謎の襲撃犯についてゴシップ誌が好き放題に記事を書き散らしたことで、襲撃犯の正体についてアンチエイリアンステージ過激派だの、ROUND1から4で敗退したペットの熱狂的なファンであるなど、真相はまさしく闇の中となった。
ある夜、イヴァンはティルをベッドに誘った。養成施設以来のことだった。おそらくティルはイヴァンの真意を半分も理解していないだろうに、アナクトガーデンに居た頃のように素直に頷いた。健康管理システムから処方された睡眠剤をイヴァンは所持していた、問題は寝る前にその錠剤をティルが素直に飲むかどうかだ。
ティルは世界人相手の時のように着衣を脱ぎ始める。対するイヴァンは頭を振って衣服ごとティルを抱きしめた。
「今はペットらしく振舞う必要は無い。」
夜の誘いをそうとしか捉えられないのはペット人間として至極当然のことではあったが、それがイヴァンには口惜しかった。こんな惰性のように身体を差し出されたかった訳ではなかったからだ。
「ん、悪い……」
素直にティルが腕の中に納まり続けていることに驚きつつ、イヴァンはティルの唇に錠剤を押し当てる。
「ボクと一緒なら眠れるだろう?」
「知らないな。」
柔らかく問いかけながらも、イヴァンの指はティルの唇をこじ開け錠剤を下の奥へと滑らせる。苦味が溶け反射的にティルは眉根を寄せイヴァンの指に歯を立てる。噛むではなく甘噛みのような柔さで。
即効性か遅効性かそれはどうでもいいことだった。ティルが眠りにつくまでイヴァンはその身体を手放すつもりは無かった。