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    cantabile_mori

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    cantabile_mori

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    わからせアンソロサンプル

    わからせアンソロサンプル『臍を噬む』臍を噬む
    モリト

     音が聞こえる。
    ぎぃ、ぎぃ、床板を踏み、おおきくなってくる音。
    ひゅう、ひゅう、呼び人の凍てつく空気を肺に吸いこんで生温かい息として吐く音。
     すり、すり、質素な衣がかさついた肌に触れ衣摺れを起こす音。
    ごう、ごう、ようやく咲いた花弁を容赦なく巻き上げる風の音。
    はぁ、はぁ、焦燥と恐怖により荒げる自分の吐息の音。
    それらすべてが、嫌いだった。
    嫌悪せどもなくなることはない。明日も、次の日もこの耳に 届いてくる音なのだ。もちろん今日だって、どんなに聞きたく ないと思って耳を塞いでいたとしても、尖った歯が恐れからくる振動でがちがちとうるさい音を立ててしまっていたとしても、 聞こえてしまう音なのだ。
    その音が一瞬止まる。暗く物置のような部屋で、道満は耳を 塞いでいた手を一層強く強張らせた。
    「開けてもいい」
     ちいさく、そして疑問の形をとった言葉が自分の部屋の引き戸の向こうから投げかけられる。いつもの呼び人ではない、もっと幼い声だ。一体誰だろう、と思ったところで寺に先日預けられた自分と同じ歳くらいのあの子だと思い出す。どうぞ、と言う前に引き戸が開かれて、あまり血の気が良くないのっぺりとした子どもの顔が現れた。
    「どうしたの。儂の部屋にいてはいけない。はよう帰り」
     道満は耳を塞ぐ手を下ろし、ちいさな声で言った。
     初めて寺で出会った同年代の子どもということで道満は少年のことをよく思っていた。道満は陰陽術を寺の人間に見つからぬようこっそり身につけている。だが見つかれば気味が悪い、悪辣な鬼め、と納屋に閉じ込められてしまう。誰にも見つからぬように陰陽道の巻物を開いているのを、この少年にたまたま見られてしまったのだが、落書き帳だと思ったのか楽しげに読んでくれたのだ。この絵は天体図を表し、空の星々の順列で意味が変わるのだと言うと、くすりと笑っておもしろいねと言ってくれた。そんな少年を、はじめての友だちを道満が嫌うわけがなかったのだ。
    「厠。こわくて、いけなくて」
     ぽつり、ぽつりと少年は言った。もう暮夜である、暗くて少年の表情は見えなかったがきっと恐怖で強張っているのだろう。自分と同じだと思った。道満は手を差し出して、少年の手を取った。
    「こっち。いっしょに行こう」
    「……うん」
     二人で行けば怖くない。廊下を歩き厠へ向かう。皆寝ている時間だと思って、今日ようやく理解できた陰陽術の話題を振るが、どうにも返答がはっきりしなかった。きっとそれほどまでに怖いのだろう。それにしても、いつもの呼び人が来なかったということは、今夜はあの『いやなこと』はされないということか。それだけで道満はほっとしていたし浮き足立っていた。
     話をしているうちにいつの間にか手を引っ張られていた少年が前を歩くようになり、道満を引っ張っていた。それにすこし、おかしかった。少年のゆく廊下は厠への道ではないのだ。
    「ねえ、ちがうよ。ねえ、止まって。だってそっちは」
     この方向は、この道は。少年の顔が見えない。手を振り解けない。つよくつよく手を握られてしまっていて、ぎぃぎぃと床板を踏む音がおおきくなっていく。手を振り解けない。いやな予感がする。そしてその予感は、的中した。
     少年がある部屋の前で止まる。ああ、この部屋は。
    「つれてきました」
     扉を開けると、寺の高僧と見知らぬ男たちがいた。
    「遅いぞ。もうこんなに蝋が燃えてしまった」
     部屋の光景を見てこれから起こることを察知した道満は踵を返して逃げ出そうとしたが、僧に肩ほどまで伸ばされた髪を捕まれ持ち上げられてしまった。ぶちぶち、と髪の毛が抜ける。
    「どう、して」
    「どうしても何も。此奴に呼び人の任を与えたのだ。罰を与えるべきは道満、貴様だからな。貴様は生きているだけで罪なのだから、我らが清め、教え導きねばならない」
     僧にそのまま放り投げられて、部屋の中心に身体を打ちつける。打身の痛みよりも、これから行われる凌辱よりも、少年へ向けていた心が痛かった。
     どうして、どうして、どうして。
     男たちに手を伸ばされて雑巾も同然の着物を乱暴に脱がされる。悲鳴を上げるからと言って口に石を入れられる。まさぐられて、肌を汚されて、殴られて。屈辱的に、性の捌け口に、性奴隷として扱われる道満を少年は見下ろしていた。
    「どう、して……」
     道満は男たちに群がられながら手を伸ばす。灯明の火にあてられて先ほどまで見えなかった少年の顔がぼうっと浮き上がった。
     泥を被り蠢く虫を目にしたかのように顔を顰めて、少年は視線を逸らす。そんな、そんな──道満は目を見開いた。
    「戻ってよい。これから道満の仕置をする。余計な真似をするな」
     はい、と言って少年は扉を閉める。男たちの気持ちの悪い湿った息よりも、己の股座に男たちの肉棒が突き立てられることよりも、少年の足音がずっと、耳から離れなかった。
    「理解したか。貴様は仏の慈悲を賜る資格などない。あの子を 仏の使者だと思っていたか? よもや貴様の味方だと思っていたのか? その傲慢な頭に、理解させる必要があるようだ」
     床板を踏む音が聞こえる。
     ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ。
     高僧の蔑む言葉も、下卑た男たちの嗤い声も、その音に掻き 消されてもう聞こえなかった。





    続きは本誌にて!
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