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    cantabile_mori

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    晴道新刊 人妻ハピエン

    7/23新刊『ワンモアトゥルーラブ』ワンモアトゥルーラブ



    お隣さんは陰陽師


    「はぁ……」
     すこし色褪せた緑色、裏葉色というのだが、そんな色のエプロンとジーンズ、そして縦セーターを身につけた一人の男が、箒を持って佇んでいた。
     ここは首都圏から快速で四十分ほどかかる小さな町。そんな町に住む彼は溜息を吐いて、また一つ大きな溜息を吐いた。
     彼の名は道満。仰々しい名前だがきちんとした寺の長子であった。そして──
     道満は、人妻であった。
     品行方正、掃除はもちろん炊事は誰にも負けないほど美味しく作れる自信がある。まあ、和食のみであるが。二メートルもの背丈はあり部屋を移動する際には天井が低いため前屈みになるほど長身なのだが、そこいらの専業主婦よりも主婦らしい、まさに完璧な人妻であった。
     けれども。その人妻の側には旦那がいない。いつもいないのだ。はぁ、と今日も帰ってこない夫婦の契りを結んだはずの伴侶をこうして待っているのだが、やはり音沙汰はなさそうだった。また一つ溜息を吐き、箒を再度握りながら玄関前の掃除を始めだした。
     ザアッ、ザアッ、物憂げな表情で落ち葉を箒ではらっていく。そんな道満を、少し離れた場所で観察している男がいた。
     駅前のタワーマンションの最上階、何も不自由などしていないような高級な居住空間でカーテンで遮っていた大窓を左右に開き、そのよく視える目で人の営みを観察していた男は、ふと近場を見たのだ。見てしまったのだ。
     普段驚愕することのない男がゆっくりと目を見開く。
    「ああ、おまえ。そこにいたのかい」
     それはとても懐かしそうに、そして嬉しそうに、これから起きる──いや、起こすことを楽しげにしているような声色だった。


       ✧


    「初めまして。私は隣に越してきた安倍晴明と申します。職業はIT系、前職は探偵業のようなものをしておりました。なので何かお困りなことなどありましたら私にお任せください」
    「は、はぁ……」
     すっきりとした顔立ちに、誰が見てもわかる洗練された身のこなし。謂わば、イケメンというべき男が蘆屋道満の住むアパートのインターフォンを鳴らし、突然引っ越しの挨拶をしてきたのだ。正直道満は面食らっていた。だってこんな早朝に挨拶をしてこられたのだから。決してその容貌に見惚れてしまったわけではない。
    「その。よろしくお願いいたしまする、安倍殿。拙僧は道満と申します。ああ、拙僧というのは寺の生まれなものでして」
    「ああ、よくわかっている。それよりも貴方に安倍と呼ばれるより晴明と呼ばれる方が好ましいのだが、そう呼んではくれるかな?」
    「……せ、晴明殿?」
    「よろしい」
     なんだが目の前の男にペースを握られている気がする。なんだがそれが気持ちが悪いような、既視感があるような感じがしたが道満は気にしないことにした。せっかくご丁寧に引っ越しの挨拶をしてきてくれたのだ、非礼なことはしたくない。それは完璧な人妻、完璧な主婦として失格なのだから。それにしても晴明殿、と呼ぶのはしっくりとくる。口の中でもう一度晴明殿と呼んでみて、やはりなんだかパズルのピースが合ったような感覚がした。何なのだろう、この感じは。道満はきゅ、とエプロンの上から手を握る。
     それで、と晴明が大きな袋を差し出してきた。
    「ちょっとしたものですが、受け取っていただけたらありがたい。お隣さんのよしみということ、つまりこれからよろしくといった意味合いです」
    「これはご丁寧に……、⁉︎」
     袋に入っていたのは、見るだけでふかふかで高級そうなタオルに和風出汁の詰め合わせなど、主婦にとっては喉から手が出るほど嬉しいものばかりであった。ぼうっとその夢のような中身を見てしまい、ハッと道満は晴明の顔を見て言った。
    「こんなに頂けませぬ! こんな、こんなのって──」
    「まるで誕生日プレゼント? いやクリスマスプレゼントかな? いやまあ、今まで頑張ってきたであろう貴方への労いですよ。受け取って頂けたら、こちらとしてもとても、とても嬉しいのだが」
     そう区切って、晴明はほんの少し笑みを浮かべた。その笑みは道満にはひどく眩しいもので、頷くほかなかった。
    「……快く、受け取らせて頂きまする」
    「それがいい。ああ、渡しそびれていた。私の名刺だ、何かあったら、いや……何もなくとも連絡してきてもいい」
     そう言って胸元のポケットから取り出したのは真っ白な名刺で、何やらマーク──星形の、五芒星というべきか、そのような印のついた名刺を道満に渡す。名前と電話番号とメールアドレス、至って普通の名刺だったが、手にした瞬間何か清涼な空気に自分が包まれたような気がした。
     道満は言われたことを咀嚼できなくてこう尋ねる。
    「何もなくとも連絡してもよいというのは、一体どういう……」
     ふ、と晴明はまた笑った。
    「そのままの意味です。では、道満殿」
     手をくい、と挨拶するようにし、晴明はスキップでもするかの如く軽い足取りで隣の部屋へと入っていった。
    「一体、なんだったのでしょう……」
     道満は、玄関で大きな『プレゼント』を抱えて独りごちた。
     突然現れて、色々なものを与えて去っていった晴明とかいう男。道満には記憶のない男だ。けれどもなぜか、心のどこかが掻き乱されるような感覚がして、『プレゼント』の袋をぎゅうと抱え直したのだった。


        ✧


     その次の朝のこと。
     朝の支度も終わり、さてゴミを出しに行こうかと道満が思った矢先のことだった。
    「ちょっと! アンタね、ここのゴミ出しルールを知らないわけェ⁉︎ こんなもの常識よ⁉︎ ねえちょっと聞いてるの!」
     という、五十代ほどの妙齢の女性の金切声が聞こえてきたのだ。
     道満は何事かと扉を開けて様子を見れば、なんとゴミ捨て場にいたのは昨日の安倍晴明、そしてここら一帯の町内会の会長を務める女性の姿があった。
    「いやはや、今日が燃えないゴミの日だとは知らなくてですね」
    「知らないなんて言わせないわよ! あたしは知ってるんだよ、アンタ二年前からここに住んでるでしょ! これはれっきとした違反よ違反!」
    「いやあ、違うんですけどねぇ、あっはっは」
     どうやら晴明と町内会長の会話は平行線のようだった。道満は扉から飛び出して、とんとんとんと音を立てて階段を降り、ゴミ捨て場にいる二人に声をかけた。
    「町内会長殿、晴明殿、おはようございまする。一体どうなさいましたかな?」
    「あら道満さん。おはようございます。ねえ聞いてちょうだい、この人がね、うちの町内会のルールを破ったのよ! 二年も住んでるのに知らないなんてしらばっくれて!」
     道満はつとめて宥めるように言った。
    「町内会長殿。このお方はつい昨日拙僧のアパートに引っ越してきたのですぞ。二年も前というのはいささかサバよみしすぎではありませんかな」
    「……あら、そうだったの? 道満さんが言うんなら、確かに……見ない顔ね。アンタ本当に昨日越してきたばかりなの?」
    「ええ、そうですよ?」
     今伝えたばかりなのに、さっきから伝えているではないかといったばかりの態度に道満は目を細めた。この男、全く悪びれていないし反省の色も見えない。勘違いと言いがかりで怒りだしたこの町内会長も町内会長だが、この男の態度も助長させていたのだ。
     道満はひとまずこの騒ぎを収めようと口を開いた。
    「まあ、町内会長殿。この通り晴明殿も引っ越したばかりで右も左もわからなかったようですし、ちゃあんと反省しているようですし、次からはゴミ出しのルールをきちんと守ってくれるでしょう。本日は快晴、気持ちも晴れやかにしてこれにて手打ちにしませぬか」
     にこり、と人が思わず安堵してしまいそうな笑みを浮かべて、道満は町内会長に言い寄った。すると、町内会長もピンク色の口紅をした唇を横に広げて何度も頷いた。
    「ええ、ええ、そうしましょう。あたしも少し言いすぎたわ。ごめんなさいね、イケメンさん! でも次からはルールは守るのよ!」
    「ええ、そうしますとも」
     と晴明も続いて言うと、町内会長はくるりと背を向けて去っていった。
     ふぅ、と道満は一息ついて晴明に向き直る。
    「晴明殿、貴方一切反省していませぬね。あれでは町内会長殿を怒らせてしまうだけでございます。たとえこの町のルールを未だ何も知らずとも態度だけでもしおらしくしてはいかがでしょうか。そうすればあんなことにはならずとも、注意だけ受けるだけに留まったでしょう。晴明殿、聞いておられるのです、か──」
     つい小言をつらつらと連ねてしまったが、晴明の顔を見てみるとなんと、顔を真っ赤に赤らめて顔を手で隠すようにしていたのだった。
     これは……恥ずかしがっている?
     町内会長にはあんな態度だったというのに自分を前にすると恥ずかしがっている。これは一体何を示しているのだろう。
    「晴明殿、なぜ顔を赤らめているのです?」
     晴明は、ああ、その、とモゴモゴと口の中で言葉を踊らせている。
     なんだかその姿がひどく可愛らしく見えてきて、道満は思わずくすり、と笑ってしまったのだった。
    「道満、殿?」
     まだ顔の赤い晴明が尋ねると、道満はくすくすとまた笑い出した。
    「道満、でよろしいです」
     そしてまた道満は笑って言った。
    「ふふ、だって、なんとも顔のよろしい御仁が頬を赤らめていらっしゃるのを見るのは初めてでございますし、なんだか晴明殿の様子を見ていると幼子を見ているようで可愛らしくて……ああ、気を悪くなさらないでくださいまし!」
     道満は慌てふためいて、とにかくこのままでは自分が自分でなくなってしまいそうだったので家に帰ろうとする。
    「で、では晴明殿! 燃えるゴミの日は火曜と金曜でございますからね!」
     踵を返して再び階段をとんとんとんと上がり、バタンと扉を閉めて家の中に入る。そしてその場の玄関で座り込み、顔を覆う。
    「な、なんなのですか、あの人は……」
     顔を覆っていた手を下げると、道満の頬もまた赤らんでいたのだった。
     自分相手にだけ恥ずかしがっていたあの姿を思い返すと、顔が爆発しそうなくらい熱くなった。このめちゃくちゃな感情がわからない。昨日から道満の心は掻き乱されてばかりいる。これは一体、一体──
    「……あ、ゴミを出すのを忘れておりました」
     玄関に置きっぱなしだった黄色いゴミ袋を見て道満は我に帰った。立ち上がってゴミ袋を掴み扉を開ければ、そこには晴明がちょうど部屋に入ろうとしていた時であった。
    「! せ、拙僧はゴミ出しがございますれば!」
     そう早口に捲し立てて道満はずんずんと進んでいった。
     その後ろ姿から見える道満の耳はまだ赤くて。
     先ほどより階段を降りる音が荒々しいのもまた可愛らしくて。
    「これは予想外だったなァ」
     晴明は、珍しくまた顔を手で覆ったのだった。


        ✧


     晴明の部屋は、前に住んでいたタワーマンションの暮らしとは正反対のものであった。
     キッチンは一口コンロしかなく野菜を切るにもスペースがないという狭いものであったし、冷蔵庫の冷えはいつも一定でなく牛乳を早くも腐らせてしまうことがあった。部屋も一つだけであったし、インターネットの取り付けもとても大変なものであった。元々インターネットの設備が整っていなかったのもあったし、工事も長時間かかってしまった。大家からはゴミ出しのルールさえも教えてもらえなかった。しかし、それでも晴明にとってここは楽園のような場所であった。
     まず晴明は料理をしない。いつもカップ麺やコンビニ飯の生活だったし、一口コンロだけで事足りた。インターネットさえあれば株の操作もできるしこれからの生活費も稼げる。それに、シャワーからお湯が出ない日があろうとも、晴明には他の人にはできない芸当で水からお湯に変えてみせた。それは──陰陽術だった。
     安倍晴明は常人とは違う。いわゆる陰陽師という者であった。何を隠そう、平安時代に活躍した伝説的人物、安倍晴明と同一人物であり、今日まで生き続けていたのだった。つまり、千年以上生きながらえている超人なのである。神社に縁があったりするのだが、そこからは少し、いやしばらくの間留守にしていて──神様連中からはそろそろ自分の居場所へ帰れと言われている──まあ、悠々自適な暮らしをしていた。金は株を使えば一攫千金となったし、その金でタワーマンションを渡り住んで、ずっと考え込んでいた。晴明には平安時代からの悩みがあったのだ。それをずっと千年間考え続けるためにこうして地上で人間に模倣して生きていた。そしてもう一つ、大きな目的があった。これが主目的と言ってもいいくらいのものである。自らの仇敵、かつての弟子、安倍晴明と双璧を成すあの人物──蘆屋道満の転生体を探していたのだ。
     いくら待っても道満は生まれ変わらない。平安の世で悪事を為したという罪があるからなのか、天の意志はわからないものだが待てども待てども道満は現れない。晴明の心に燻る悩みが解決するには道満が必要なのだ。だから、待った。何度か自分のいるべき場所に帰るべきかと迷った。だけれども、道満の声が聞きたかった。人は亡くなった人物の声から忘れていくという。それは晴明も同様だった。会いたい。声を聞きたい。そして、そして晴明は──何がしたいのだろうか。
     ふう、と息をついてパソコンから目を離す。現代では目薬という薬があり大変助かる。目が疲れるたびに陰陽術を使う羽目にはならないから晴明は重宝している。
     ともあれ蘆屋道満の転生体は見つけた。問題は彼に記憶がないことである。いやもしかすると晴明にとっては朗報だったのかもしれない。こうして平和的に隣室で暮らせるのだから。先日だってそうだ、ゴミ出しの日を間違えたせいで厄介ごとに巻き込まれたのを道満が収めてくれて、珍しく赤面した姿も見れたのだ。まあ、自分もなぜか顔を赤くしてしまったのだが、その理由は何だかわかっていない。晴明は有能だが万能ではないのだ。とりわけ自分の感情に関して、だが。


    <続く>



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