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    cantabile_mori

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    晴道新刊 人妻ハピエン

    ワンモアトゥルーラブ進捗②「まあ、私が道満に近づくのは面白半分なのだけれどもね」
     と晴明は小さな部屋で一人呟く。
     あの道満が転生したのだ。しかも記憶がないときた。これはもう近くで観察するほかないだろう。だから見つけたその日に引っ越した。確かに会いたかった、声も聞きたかった、だが晴明は自らの感情を自覚できていない。故に記憶のない道満を弄ったりちょっかいを出したりして面白がりたいという感情が先行してしまっているのだ。晴明の性格がすこぶる悪いと言われる所以である。ちょっかいを出すにはまず調査からだ。晴明はパソコンに向かいカタカタと指を走らせた。
     道満に挨拶をした際に前職は探偵のようなものをやっていたというのは嘘ではなく、その術で道満のことを調べ上げた結果、どうやら道満は男と結婚しているらしくその夫は毎晩家へ帰ってきていないことがわかった。それもそのはず、夫は出張と称して浮気を繰り返しているらしく、道満への愛はないようであった。
    (転生して結婚したはいいが愛のない偽装結婚だったとは運がないなァ)
     晴明は頬杖をつく。その後も調べていくと、驚愕の事実が浮かび上がってきた。
    (道満の夫とやら、薬にも手を出しているな)
     まさに最低の男だった。どうして道満は大人しくこの男と結婚などしたのだろう。そう思いキーボードを叩けば、何やら道満の生まれた寺への融資があったようで、要するに金の匂いのする結婚だったというわけであった。
    (なるほど。道満の家族は子沢山らしいし、道満が長子であったため結婚の相手に選ばれたのだろう。元来心根の優しい道満のことであるし断れきれず、今も帰ってこない旦那を一人待ち続けているというわけだ)
     ふぅ、と晴明はパソコンの画面から視線を外し、床の畳に身体を倒した。なんとも難儀で可哀想な立ち位置にいるものだ、道満は。
     さてどのように道満にちょっかいをかけていこうか、と思ったその時、ピンポンと古びたインターフォンが晴明の部屋に鳴り響いた。寝転がっていた状態から立ち上がって扉へ向かうと、そこには先ほどまで調べ上げていた本人こと道満が立っていた。
    「おや、道満ど……道満。一体どうしたのです?」
    「道満と呼んでくださりありがとうございまする。実はその、肉じゃがを作りすぎてしまいまして……よければ晴明殿、食べていただけませんでしょうか」
     道満が両手で持つ鍋の中は窺い知れないが、なにやら鼻をくすぐる美味しそうな香りがしていた。
    「つまり、お裾分け、というやつかな?」
    「ええ、まあ、……はい。お口に合えば良いのですが」
     道満はその豊満な肉体をもじ、とさせる。肉じゃがの味に自信がないのだろうか、いやそうであったらお裾分けなどしないだろう。単に恥ずかしがっているだけなのか、それとも先日のゴミ捨ての一件が尾を引いているのだろうか。もしそうだとしたら、この道満、大変可愛らしく思えてくる。
     ふ、と思わず晴明は笑みを浮かべて、その美味しそうな香りのする肉じゃが鍋を道満から受け取った。
    「ありがたく受け取らせていただくよ。実は私は料理をしないものでね、栄養バランスという面から見て大変に助かるんだ」
    「まさか毎日カップ麺生活などされているのではありませぬか?」
    「ははは、そのまさかだ」
     道満は晴明の食生活に驚いたようで、目をまん丸くしている。
    「それはいけませぬ……ふむ、そうですねェ」
     晴明の部屋の玄関先で道満は少し考え込む。道満の後ろから夕焼けが差し込んでいて、とても綺麗だった。
     長い白黒の髪の毛を編み込んだ姿はこの人は人妻だと思わせる何かがあり、言葉で表すのであれば官能的、であった。そんな道満を上から下まで観察して、晴明は自分でもよくわからないがごくりと溜飲を下げてしまった。
     道満は晴明の様子などいざ知らず、人差し指を立てて思い付いたようにこう言った。
    「実を言うと拙僧、ご飯を作りすぎてしまう悪癖がございまして。これから先、少し手伝っていただけませぬか?」
    「つまりこれからもお裾分けをするから食生活を見直せ、と?」
    「端的に言うとそうでございます」
    「おまえに何のメリットがあるのです? 作りすぎたのなら次の日に回して食べてしまえば良いではありませんか」
    「いえ、拙僧はお隣さんが不摂生な生活をしているのが見ていられないのです。作りたての方が美味しいですし、これこそウィンウインの関係、というべきなのではありませぬか?」
     そこまで言われてしまえば晴明は黙るしかない。
    「では、今度からそういたしましょう。ええ、拙僧も腕によりをかけて作りますゆえ、楽しみにしておいてくだされ!」
     では拙僧はこれで! と大変元気な声で道満は晴明の部屋の扉を閉めて出て行ってしまった。
     台風のようだった、と晴明は心の中で思った。生前でもそうであったか? いや、そうだったかもしれない。道満が晴明の弟子だったその昔、家事の一つもできず式神にすべてを任せっきりにしていた実情を道満に知られたときは烈火の如く怒られたものだ。貴方ほどの術者ならば式神を無駄遣いせずもっと衆生に役立てられるはずです、と道満が自らの衣を細い布で縛りその場でくまなく掃除をし出したのを思い出して、晴明はふふ、と笑った。ああ、こんな風に笑えたのは何百年ぶりだろうか。
     受け取った鍋をコンロに置き火をかけて、しばらく待つ。そうするとコトコトといい音が聞こえてきて、晴明は自らの機嫌が上向いていくのを感じる。
     棚から深皿を引っ張り出して(随分と使っていなかったから一番奥にあった)、鍋の蓋を開けると部屋中に肉じゃがの香ばしい香りが広がった。
    (これは……うまそうだ)
     普段少食である晴明であってもその美味そうな香りには逆らえず、深皿に多めによそう。そういえばと思い立ちパックご飯を取り出して電子レンジにかけた。肉じゃがにご飯がないとダメだろう、とどこかで得た知識に感謝をする。
     早く食べたくてしょうがない。電子レンジの前で残り秒数を見つめたり、うろうろとキッチンを彷徨いたりしていると待ちに待ったチンという音が鳴り、熱々のパックご飯の端っこを持ってワンルームにひとつしかないデスクへ持っていく。
     目の前には、ほかほかの美味しそうな肉じゃがとパックご飯。まあ、見栄えはいいのだ、食べられればいいのだ、それで。
     晴明は手を合わせて道満の手作りの肉じゃがを一口、口に入れた。
    (ああ、これは──)
     黙々と箸が進む。熱すぎるお米のことなど気にせず大口開けて飲み込み、また肉じゃがを口に含む。じゃがいもに汁が染みていて良い。白滝や玉ねぎなんかは最高だ。煮汁には何を使っているのだろう。陰陽術で解析する間もなく晴明はものすごい勢いで咀嚼していき、気づいた時には深皿とパックご飯の中身は空になっていた。
    「…………はぁ」
     うまかった。
     とても、うまかった。
     こんな単純な言葉でしか形容できないなんて私も鈍ったかな、と一人自嘲して、晴明は立ち上がった。
     無論、おかわりを深皿によそうためである。


        ✧


     隣部屋、道満は一人キッチンで立ち尽くしていた。
    「ちゃんと美味しい、と思ってくれているでしょうか……」
     初めて、他人に自分の料理を振る舞った。旦那は一度も道満の作った肉じゃがを食べたことがない。故に美味しいと言ってくれた経験がなかった。
     ぎゅ、とキッチンの台の上で握り拳を作ったそのとき、古びたインターフォンが道満の部屋に鳴り響いた。
    「はい、どなたでしょう……晴明殿?」
     扉の先には晴明が立っていた。いやあ、その、と晴明が喋り出す。
    「その、道満。さっきの肉じゃがの残りって、あったりしますか?」
     晴明は照れ臭そうに頭を掻いている。そしてこうも、小さく言ったのだ。
    「あまりにもうますぎて」

     その言葉を聞いて、道満は。
     嬉しそうに、嬉しそうに微笑んで、もちろんです、と言ったのだった。



    <続く>


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