幸せな夢を断つ話 二 月待依宵という、赤いリボンの髪飾りが似合う仙狐の生徒は、多くの後輩に優しかったから、すれ違った生徒が彼女に手を振ったり、穏やかに話しかけたりすることが多々あった。彼女自身も、何かあれば後輩を気に掛け、相談を受けたり、時には共闘した。
五社の生徒は、武器を用いて神を戦うことが出来る舞手と、術を使い、舞手を援護する詠手の二種類にわけられる。依宵は舞手だった。一対のハルパーを使って神殺しを行う。彼女は神を殺すことを、弔いであると称していた。
「彼らを殺してあげられるのは、私達しかいないから、だから私にとって、神殺しは弔いなの」
そう、同級生にそう語ったことがある。
一方で、五社の外にいる妹のことが大好きで、とても大事に思っており、
「とっても可愛くて、私より頭がいいの!」
と、よく周囲に自慢していた。妹は幼く、一緒に五社に来ることが出来なかったため、常に心配もしていた。
そんな彼女が群を抜いて気に掛けていたのが、金烏の一年生、夜咲未だった。
未は、ショートヘアで少し目付きが悪い。くすんだ赤いセーラー服の上に、薄いベージュ色のカーディガンを羽織っているため、間違えることは早々なかったが、一つ上の学年に在籍している兄と瓜二つであった。
舞手であり、青い刀身を煌めかせながら神を狩る少女は、端から見ても多少無茶な戦い方をしていた。時には笑いながら刃を突きつけ、戦闘後に体液まみれになることも多かった。そのせいだろうか、周囲は未を避けていたように見える。
そんな周囲など露知らず、依宵は未に声をかけていた。
「未!」
「……なんですか、月待先輩」
未は今日も、ぼろぼろの姿で学校の敷地内を歩いていた。今回の相手は相当手強かったようで、頬が切れ出血している。
「あれほど無茶な戦い方をしないでって言ってるのに!」
「こうでもしないと、倒せないから。あの化物」
「限度というものがあるでしょう 怪我もして、手当は?」
未は顔をしかめる。またその質問か、と小さな声で呟いた。
「……不要です」
「っ、貴女ねぇ!」
ぐい、と未の腕を掴むと、依宵は校舎に向かって歩きだす。
「ちょっと、」
「手当てするから。嫌だと言われても聞かないから、諦めてね」
「横暴でしょう」
「言うことを聞かない後輩よりましだと思うの」
先を行く赤いリボンが、やけに恨めしく感じられた。
夜咲未は、彼女が苦手だった。
誰にでも優しく、意思が強く、自分のことを放っておいてくれない、彼女が。今も自分の腕を優しく握って、それでも決して離そうとしない月待という先輩のことが、とても苦手だった。
保健室についた。先生がいなかったため帰ろうとすれば、依宵に無理矢理座らされる。彼女は慣れた手つきで保健室の備品を取り出して、未の顔に消毒液をかける。
「う」
「私、医療器具の使い方はよくわからなくて。怪我を悪化させてもいけないから。アナログだけど許してね」
そういうことではないのだが。
「怪我くらいそのうち治る」
「自分の体は大事にしなきゃ駄目でしょう。貴女、お兄さんいるでしょう? 魅君、彼も心配するんだから、無茶したら駄目よ」
「……兄のこと、知ってるんですね」
「去年知り合ったの。あまり話す機会はないけれど、覚えてるわ」
ガーゼを当てる彼女の指は、絆創膏だらけだった。よく見れば、制服で隠れている箇所に包帯が巻かれている。
自分を大事にしていないのは、果たしてどちらなのだろう。
「はい、おしまい。他に痛いところはない?」
「……ありせまん」
「そ、よかった」
口元のほくろが、ゆっくりと動いた。
「次無茶なことしてたら、止めに行くから」
「……」
本当に面倒な人と知り合ってしまった、そう思った。
「私、妹がいるの」
片付けながら、依宵は話し出す。
「夏宵って言ってね、私より賢くて可愛い、七歳下の妹なんだけれど」
「はぁ」
「私、夏宵のためにここに来たの。将来苦労させたくないから。夏宵のために、ここから生きて本土に帰りたいの」
「……そうですか」
「貴女には、そういう人いないの? 魅君以外で」
「……」
五月の連休明けの放課後。外から聞こえる他の生徒の声が、やけに遠く感じた。白を貴重とした、少し寒々しく感じる保健室で、黙って見つめ合う。
「……妹が、います。僕や兄を好いている妹が」
声が響く。
「じゃあその妹さんを哀しませるようなこと、しちゃ駄目よ」
ほんの少しトーンの下がった、少女の声がした。
「……ええ、そう、ですね。妹なら、どんな僕を見ても、かっこいいと言ってくれるでしょうけど」
「でもきっと泣いてしまうわ」
「……ええ、そう、その通りです」
「妹さんを泣かせては駄目よ。もちろん魅君もだけれど。生きて、ここを出なきゃ」
優しく微笑んでいるはずなのに、ほんの少し悲しそうな色を感じた。
「月待せ、」
「さ、もう用はないし、出ましょうか」
「あ、はい」
彼女のことは苦手だ、それでも、嫌いにはなれない自分がいる。未はその事実を、ぼんやり認めていた。厳しくて優しく、少し寂しさを持つ彼女に、自分は惹かれているのだと。
(──でも、貴女は、それが出来なかったじゃないですか、月待先輩)
「……?」
足を止める。今のはなんだと、周囲を見渡す。
「未? どうしたの?」
「いえ、……何でも」
よくわからない。わからないけれど、なにか重要なことだった。……気がする。
首をかしげながら、未は依宵の後を追った。