1.ゆびきり ダイ×アバン――――――15歳ダイくん×31歳アバン先生
好きだと真っ直ぐに伝えた。尊敬しているとか、元大勇者として憧れていたという綺麗な気持ちじゃない。
誰にも渡したくない。二人だけの時間を沢山作って、そして二人だけの秘密を重ねたい。秘密というのはキスとかセックスのことだよ? とダイは念を押して言うと、告白されたアバンは動揺を隠さないままに視線を彷徨わせ、「まさか、キミからそんな言葉が出るだなんて思いもしませんでした」と呆然と呟いている。
「あの大戦から3年だよ? 先生。おれだって大人になる」
「私から見れば、まだまだ子供ですよ、ダイくん」
苦笑いを浮かべながら、ダイから距離を取ろうとするアバンを、ダイが一歩、前へと進んで臆病そうな腕を掴んだ。
あれから3年。ダイの身長は大きく伸びて、あともう少しでアバンと並ぶ。おそらく、アバンよりも高くなるだろうという予感がダイにはあった。
「逃げないで、先生。おれの傍にいて……おれの隣を暖めてよ」
大魔王バーンと戦い、冥竜ヴェルザーを退けた救世主、と、今やダイは生きた伝説と言われる程に神格化されている。誰もがダイを敬い、頭を垂れて数歩引き下がる。
(それが、どんな孤独を引き起こすか、回りは知らない)
かつて、大勇者として周囲の人々から持て囃されたアバンにとって、ダイが抱えている孤独を知っていたし、その孤独が闇を引き寄せる事も重々理解していた。――だから。
「補佐としてキミの隣に立つことはしましょう。でも、恋人はなsです」
「先生はおれのことが嫌いですか?」
「まさか、私はダイくんのことが大好きですよ。眩しい程に真っ直ぐで、勇敢で優しい。キミは私にとって最高の勇者ですよ……私はね、キミが大魔王の誘いを断った時、地上に平和が訪れても自分は人の世界には留まらない。人の恐怖の対象となった自分は地上から去るのだとレオナ姫から聞いた時、凄く後悔したんですよ」
「後悔? 先生が?」
「キミを勇者にしたことです」
アバンはダイに腕を掴まれたまま、その手で相手の腕を掴み返して言う。
「ダイくんはこんなにも優しい。人もモンスターも分け隔てなく接して、のびやかに育ったのに、私はその子供に戦い方を教え、世界を救えと重荷を負わせてしまった」
戦い方など教えなければ、ダイはデルムリン島で友人達を仲良く暮らして行けただろうに、親友たるゴメちゃんを失う事もなかったろうに。
アバンの視界は歪み、熱い涙は頬を濡らして地上へと降り注ぐ。
「そんな例え話は意味がないよ、先生」
「……ええ、分かっています。貴方に戦い方を、魔王に打ち勝つ術を教えなかったら、ブラスさんは魔王の傘下へと下り、島のモンスターは凶暴化したまま、キミを殺していたかもしれない」
何よりも地上は大魔王バーンに破壊され、人間は滅ぼされていただろう。世界は勇者を望んでいたし、それを遂行できるのはダイしかいなかった。
「先生、顔、あげてもらえますか?」
俯いた頭上から優しい声がする。その声の命じるままにアバンは顔を上げると頬に口づけられて、思わずアバンは後ろへと飛び退いた。
「な、な、な」
「だって、おれの腕、先生が掴んで離さないんだもの。涙を拭くにはこれしかないでしょ?」
気付けば、かなりの力でダイの肘辺りを掴んでいたことを思い出して、アバンは顔を赤く染めたまま、咄嗟にダイから手を引いた。
「意外とプレイボーイなんですね、ダイくん」
「先生だけですよ。他の人にはしません」
にっかりと笑うダイは無邪気で、初めて会った頃を思い出して、アバンは溜息をこぼしながら眼鏡の縁を押し上げた。
「おれのこと、可哀想だって、いい子だって思うなら、ひとつだけ願いを叶えて」
「ダイくん」
「恋人になってとはいわない。おれの傍にいて、他愛ない話を毎日して欲しい」
「……それなら」
頷いたアバンに、ダイは軽く飛び上がり、じゃあ、約束、と小指を差し出してきた。
「ゆびきりげんまん、うそついたら、針、千本の~ます!」
もう十五になるのに、満面の笑みでアバンの小指に自分の小指を絡めて上下に振るダイは子供っぽくて微笑ましい。アバンも調子に乗ってゆびきりの文言を唱え終ると、にやり、と笑うダイの視線とかち合う。
「今は、これでいいんです。今は。――おれ、先生に好きになってもらう自信あるから」
自信満々な光を瞳の中に見つけて、ああ、この子はただの子供ではないのだと、竜魔人の血を引く、圧倒的な力を持つ男だったのだとアバンは気がついたのだが、すべて、後の祭りだった。