よりみちソーダ味
その日も遊んだ帰りに二人で寄り道をしていた。神社の階段に腰掛け、宿題どれくらい終わった? とか、もうすぐ文化祭だなーとか無駄に口は動いた。少しでも家に帰り着くのが遅くなるように。
「文化祭は初めてだから楽しみだな」
そう小首を頷かせ、新はソーダを一口飲んだ。
仁が振った話題で唯一食いついたのは文化祭の話で、何日か前に四人で夏祭りに行った事を思い出す。無表情な顔に珍しく赤みが差し、楽しそうに夜店を回っていた。意外に祭りが好きなのだ。
夏休みが終われば文化祭。待ち焦がれた祭りがやって来る。
……祭りが。
突然蝉の合唱が止むように、隣で押し黙る仁に新は視線を向ける。僅かに眉をしかめる新に、俯く仁は気が付いていない。名前を呼ばれても手元に目を落としたまま。
だから反応が遅れた。それは口に触れるだけ触れてすぐに離れた。
「……何? ドッキリ?」
「違う。君が」
「俺が?」
「呼んでも気付かないくらい酷い顔をしていたから」
「……理由になってなくね?」
そうだな、と新の口元が歪んで笑みを形作る。
「……でも、したのは君が先だろう」
…………参った、バレてたか。いつぞやの放課後、寝てる新にこっそりキスしたこと。舌を出した仁を見返すのはいつもと同じ無表情な瞳。
人を憐れんでも疎んでもいない、何も見えてこないこの表情は苦手だ。
「俺も理由が分からなかった、だからこれでお相子だ」
「要するに仕返しか」
「有り体に言えばそうなる」
「お前そんな真顔でさ、勘違いされたらどうすんの」
辺りはそろそろ夕暮れから深い藍色へと変わりつつあった。人気の無い空気に背中を押されて一線を越えてきたら、驚くだろうなコイツ。
「例えば、押し倒されても文句言えないよなって」
「……それは困る」
「余裕が窺えるんだが、俺のことナメてる?」
「いや、思いがけないくらい動揺してる」
目線を明後日の方向に反らす新はどこまでも真顔だ。心なしか仁から距離を離そうとしている腕を掴むと、怯えた目をして見開いた。
本当に気付いてないから試しただけなんだなー…
このまま押さえつけたら面白そうだけど、もし反撃があったりしたら怖い事になる。小柄ながらも武器を持つと強いのだ、コイツは。
ジョーダン、と微笑んで仁は手を離した。あからさまにホッと息を吐いている新の隣で立ち上がって、帰るとも何とも言わずに石段を下り始める。
続けて下りてくる足音を背中に、口元に残ったソーダの味を指で拭った。
2014.11