君と、ふたり
起きてみると一つのベッドで赤毛と二人。
何の冗談かとシンクの眉間に皺が寄る。文句は間抜け面で寝ているルークに言えばいいのか、それとも──そもそも前提が間違っている気がして、頭を整理する事にした。
ここに何をしに来たかと言えば、人肌欲しさにこの屋敷の主を訪ねた訳で、本来ここに居る筈のない赤毛のレプリカと同じベッドで眠りこける覚えは微塵も無かった。
屋敷の主はレプリカの使用人であり、親友だから居てもおかしくは無いけど、彼一人の屋敷に人が居るのは慣れない。
音を立てずにベッドを抜け出し、彼が居るであろうリビングへと向かった。
「おはようさん、よく眠れたかい」
「……まだ暗いみたいだけど?」
「ん。一時って所か」
用事は終わったのかと訊くまでもなく、ガイの手元にはまだ工具がしっかりと握られている。二時間経ってもこの調子だ。音機関をいじり始めると加減が利かない。
寝ぼけ眼でガイを睨み付けてから、キッチンで二人分のコーヒーを淹れてテーブルに乗せる。
「コーヒー、置いとくから飲めば」
「ありがとう。このネジを締めたら頂くよ」
ようやく顔を上げたガイは清々しく汗を拭った。
「……ルークとは酒場で会ってな」
向き合ってしばらく無言でコーヒーを啜っていたガイが口を開いた。
ガイがバイトに入っている酒場へ、何の前触れもなく急にやって来たルークは明らかに落ち込んでいた。放って置けなくて自分の屋敷へ連れ帰って来て、
「おたくがベッドに居るの忘れててさ……でもよかったよ、ルークも落ち着いたみたいだし」
「……」
それは。
***と呟かれたのが薄らと耳元に蘇って。
「アンタは、僕があの坊やにイロイロされても気にならなかった訳だ」
「ルークが? まさか、そんな事ある訳ないだろ?」
「イオンと見間違えたなら有り得ない事じゃない」
「……そうか、葬式だったな」
導師イオンの葬式が大々的に行われたのは記憶に新しく、ハッキリと吹っ切れてない心を揺さぶるには覿面で。
例え本物じゃなくても、顔が瓜二つなら縋り付いても不思議じゃない。
「思い詰めてるなら尚の事だね」
目蓋を伏せ、シンクは一口、コーヒーを啜る。
「……あの二人がそんな深い仲には見えなかったがなぁ」
「ま、あんなヘタレに何か出来るとは思わないけど」
「それは手を出されてないと取っていいのかい」
「さあね。何なら確かめてみる?」
両手を伸ばし、ガイの頬を挟んで強引に顔を近づけた。テーブル越しに彼の汗ばんだ鼻先に口付ける。
汗臭いだろ? と困った風にガイの目尻が下がったが、構わないよと答える。切っ掛けは何でもよかった。肌が触れ合えれば何でも。
感極まったように、彼はシンクの座るソファに回り込んで来て、小さい背中に腕を回した。
「……」
口付ける直前、ガイの後ろにある扉に目を向けた。僅かに隙間の開いた扉の向こうに、
クス。と微笑って見せた。
*
イオン? と尋ねる声は震えがちで、余りにも不明瞭に響いたから目を開く気にもならなかった。微睡みが見せる夢だと疑いもせず、シンクはシーツの上で体を丸める。
浅い眠りにうとうとする頭を恐る恐る撫でる手のひら。
「……イオン、じゃないよな」
「……」
「はは、何言ってんだ俺……イオンはもういないのに」
「……こんばんは、ルーク」
声を真似て、"イオン”の顔を作るだけで、別人だ
と解っていても動揺が走る。
寝転んだまま、あなたも一緒に休みませんかとなりきって微笑むと、ますます相手は困惑した。
「疲れてるでしょう? 嫌な事は眠って忘れた方がいいですよ」
「……」
真似をするだけしてシンクは再び目蓋を伏せ、眠ってしまった。決してルークを騙したり、からかったり等と企んだ訳じゃないが、何をしたかはシンク自身もよく解ってなかった。ただ寝ぼけて、一緒に休まないかと招いただけ。
微睡みの中、イオンじゃないのに……とルークの落胆した呟きが聞こえてきたのが最後だった。
一頻り汗をかいてへばっていた所に、ルークが部屋に入ってきた。動けないので、シャツ一枚で横になったまま見上げる。
やっぱり違ったんだな。とソファの上のシンクを見下ろす顔は、どことなくほっとしていた。
「当たり前だろ。本当にアイツだと思ったワケ?」
「もしかしたら……て少し期待したけど、やっぱりいなかった」
「そう」
「そりゃ逢えたら嬉しかったけど……きっとこれでいいんだ。イオンがいない世界は寂しいけど、向こうで幸せになってほしいからさ」
ガイはシャワーを浴びに行っていない。家主がいない中、敵同士の二人は奇妙な縁で向き合っていた。
「レプリカは亡くなったら世界を漂う音素に還るだけだよ」
「お前はそうでも、俺はイオンが救われたって信じる」
勝手にしなよ、とシンクはソファに顔を伏せる。
「そうだ、お前ってさガイの事好きなんだよな」
「別に。何とも」
「……ふーん? そっか」
「何か文句でもあるワケ?」
「べっつに。俺もシャワー浴びてこよ。ガイー、シャワー貸してー」
「……フン」
「さっきの本当か?」
「だからそう言ってるだろ、しつこいなあ!」
顔を上げた先で、タオルを頭に乗せたガイが子猫のようにしょげていた。
困った。別に好きじゃないから言い繕えないし、何でこんな事で悩まなくちゃいけないのか。
「……」
結局、ガイのご機嫌を取る為に、三日間会う約束に応じる羽目になったシンクだった。
2014.6