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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    始×新

    残滓

    「……先輩」
     そう呼ばれて、自分はまだ学校に居ただろうかと始は机から顔を上げる。フローリングの床に敷かれた部屋は紛れもなく自室だ。
     じゃあ誰が呼んだのか、と首を巡らせるとドアの隙間から新が見えた。お茶菓子を手に、休憩しない? と小さく微笑って。
     また懐かしい呼び方をする。
     まだ怪異としてさ迷っていた頃、初めて会った新に「先輩」と呼び掛けられ、一週間だけ学校の先輩として過ごした秋の始め。
     こちらに戻った時、小さかった弟との年の差はたった一つになっていたが、数々の矛盾は無視されすんなりと日常に戻った。
    「お風呂空いてるから先に入らないか聞きにきました。あと、休憩用のお茶ここに置いとくからちゃんと食べてね」
    「ああ、すまない。そんな時間か」
    「……お茶は後で淹れ直しますね」
    「よかったら後で一緒に食べないか?」
     少し躊躇った後、お風呂出たら呼んで。と新は部屋に戻っていった。
     久しく再会した弟との仲は少しぎこちなく、以前のように気軽に触ってくれなくなった。思春期のせいかもしれないし、単に大きくなったから兄離れか。……それは寂しい。
     考えを巡らせたが納得の行く答えは得られない。先輩と呟いた新の目は、寂しくてしがみついてきた小さい頃によく似ていて。
    「…………」
     気のせいならそれでいい、拗らせたままでは俺も新も進めない。
    「何か気になることでもあるのか? あるなら話してみろ」
     自室に招いて差し障りのない会話を交わしている間にも、ふと新が視線を外して、違う何かを見ている事に気づいてしまう。談笑しながら、遠くを見るような目をした瞬間、話している俺に気づいて目を伏せる。寂しそうに。
     様子がおかしいのは明らかだった。悩んでるなら言ってくれと口にしたのを決定打に、おもむろに新は立ち上がって手に取る。
     昔被っていた警備帽を。
    「………………」
     そっと始に被せた。
    「……先輩」
    「違う」
    「もういないって解ってます。先輩は最初からはじめ兄ちゃんで、勘違いしてたのは俺だって……」
    「……」
    「あの不思議な世界で会った先輩の事が忘れられなくて、ずっと気になってました」
     その言葉は前にも聞いた。白い少女を探しているはずが何故か矛先が自分になり、出る出ないの押し問答になって、勢い余って口から飛び出したらしい告白を。
    「……それで?」
    「先輩を外へ連れて行きたかった、一緒に」
     その願いは叶ったけどもう叶わないのだろう。兄と先輩、両方を連れ出すのは無理なのだから。辛そうに顔を歪める新に、兄としてかける言葉が見つからない。
     自分じゃない自分を想って悲しむ弟を慰められるほど器用じゃない。
    「外に出ればすぐに忘れる、逢魔ヶ時の世界も怪異の事も。先輩がそう言っていました。それが正しいんです、日常に帰るってことだから」
    「……そうだな」
    「先輩が兄ちゃんだって思い出してうれしい反面、先輩がいなくなってしまうって気づいて焦りました。矛盾してるのは分かってるけど、どうしようもなく寂しい。それでやっと気づいたんです」
     顔を上げる。真剣な目がまっすぐに貫いてくる。
    「先輩の存在があの世界でずっと支えになっていました。あなたのことが好きです、出会ってからずっと」



    「――俺はここから出られないと言っただろう。出る気もない」
    「一緒に出られる方法が無いか捜してみます」
    「無駄だ」
    「やってみないと分かりません。最後まで諦めませんから」
    「……好きにしろ」
     はい、と微笑う新はうれしそうだった。少女のことも先輩のことも見捨てないで何とかしようと祭りの間奔走していたのだろう。結局、一人を救けるだけで精一杯だったけれど。
     また兄弟に戻れてよかった、でも新は寂しがっている。
     先輩にもう逢えないと。
    「ひとつ怖い話をしましょう。……ちっとも怖くないですけど」
     最後に祭りで遊んだ時、本当に楽しそうだった新。どんな思いであの話をしたのか。「兄」を取り戻すために「先輩」を切り捨てる、どれほどの覚悟をしただろう。それは誰にも計り知れない。
    「聞いてくれてありがとうございました……これでお別れです、先輩」
     何も言えなかった。新が警備帽を取ろうと手を伸ばす。
    「一緒に出られなくてすまない」
    「気にしないで下さい、俺の一人相撲だから」
    「お前と会えて人の温もりを思い出せた、感謝している。最後の祭り、本当に楽しかった」
    「俺……も、です」
    「もっとたくさん遊んでやれたらよかったが」
    「……」
     涙を流し、ぶんぶんと左右に振る頭を引き寄せ、肩に押し当てる。気の利いた言葉は紡げずに震える小さな肩をただ抱き締める。そんな事しか出来ない自分が不甲斐なかった。

    2014.12
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