いくつになっても
居間で並んでTVを見ていた新が何気なく呼びかけた。
「ねぇ、兄さん。今年のクリスマスだけど」
「うん……新は彼女とでも過ごすのか」
「彼女なんていないよ、兄さんはどうするの」
「兄ちゃんもいないから家でケーキかな」
自分で口にして違和感に気付く。弟の呼び方が不意に変わっているのだ。兄ちゃんから兄さんに。
もうそんな年かとしみじみする。呼び方一つで大げさなと自分でも思うが、小さい頃から懐いていた弟が一人立ちするのは寂しいものだ。
約七年見守ってやれなかったせいで、急に思春期がやってきた風に感じてしまう。
「じゃあ、久しぶりに兄ちゃ……兄さんと一緒にクリスマスだね」
「わざわざ言い直さなくてもいいのに。もう兄ちゃんって呼ばないのか?」
「ちょっと子供っぽいかなって変えてみたんだけど変かな」
「自分じゃない感じがするよ、その内慣れるだろうけど。新が離れてくみたいで兄ちゃん寂しいな」
「呼び方変えたくらいで離れたりしないよ」
変な兄さん、そう見覚えのある顔で笑う。七年経って大人びた横顔は、自分の知らない所でしっかりと成長していて、埋まらない穴が空く。
突然離れた現実と、突然放り出された非現実。その間に挟まれて身動きが取れなかった空白はどうやっても理められない。
お風呂沸いてるから入りなさい、と母の声がする。
「俺部屋に戻るから、兄さん先どうぞ」
「じゃ、お先に。そうだ、新」
「何?」
「久しぶりに今日は一緒に寝ようか、俺の部屋で」
「……え、でも」
急に放って行かれた気分になって、つい意地悪して甘えてしまう。ソファから立ち上がった始にすれ違いざま囁かれた内容に、虚を突かれた新は母親を伺う。関心がなさそうにキッチンで明日の下拵えをしていた。
明らかに困惑する新に、眠たくなったらおいで、と後押しすると……わかったと渋々、小さく頷いた。
「兄さんと眠るの久しぶり」
「七年振りかな」
部屋に入るまでやや躊躇いがちだったものの、布団に入る頃には童心に帰ったようにはしゃいだ。ちょっと狭いね、と呟く新の体を引き寄せる。
「兄さん、近いよ」
「風邪を引いたら大変だろう」
「そうだけど…兄さんってこんな人だったかな、何か調子狂う」
「良くも悪くも昔とは変わるよ。大きくなったなあ新」
「……背は小さいけどね」
「すぐ伸びるさ、俺の弟だから」
旋毛を撫でてやるとくすぐったいと身をよじる。
くすくす、と小さく笑い合う。
「兄さんが甘えるなんていつもと逆だね」
「偶には兄ちゃんも甘えたい日があるんだよ」
「受験のストレス?」
「どうだかね」
埋められない年月を取り戻すように他愛ないお喋りをして、触れ合ってやがて眠りにつく。
お休みのキスを強請ると流石に突っぱねられたが、
「子供の頃はよくしてくれたのに…」
「してないから! もう、記憶捏造止めて」
「覚えてないか? 兄ちゃん大好きーてこう……」
「わあああ、止めてってば!! ……あーもう、過去を知る身内が一番厄介だ……分かったよ、やるから今晩だけだよ!?」
やはり恥ずかしい過去を握ってる家族には勝てないようで、左頬にちゅ、と温かい感触が触れた。耳まで赤くした新と目が合う。幾つになっても俺の弟はかわいらしい。
「お休み、新」
お返しに額に口付けて、電気を消した。お休みなさい…とますます顔を赤くした新が頭まで布団を被るのが微笑ましく、始は目蓋を閉じた。
2014.12