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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    仁×新+先輩

    A少年の不運な一夜

     少年にとって不運だったのは、人は怪異に脅かされる存在で、怪異から守る存在だと思い込んでしまった事にあった。逢魔ヶ時に迷い込む人が善人ばかりだと何故決め付けてしまったのか解らない。
     怪異を祓えるからと、知らず知らず驕っていたのかもしれない。
     悪いのは怪異だけじゃない、悪人はすぐ傍に潜んでいるのだと気付いた頃にはもう手遅れだった。
    「……っ」
     下唇を噛む。
     押さえ付けられた体は男たちの玩具に成り果てていた。服は破かれ、所々赤く腫れた体のあちこちに青痣が見られた。
     最初は新の持つ刀を渡せと言ってきたのに、それをはね退けただけで誰も見向きもしなくなった。妖刀は離れた場所に転がったままだ。
     痛めつけられた手足がジンジンと痛んだ。
     どうせやるなら女の方がよかったな、と一人が残念そうに新を見る。不躾な視線に含まれた意味など一介の男子高校生には分からない。
     値踏みされるような目に晒されながら、男の一人にシャツの下の素肌に触れられて、ようやく新は迫る危機感を自覚した。
     殴られ、痛めつけられても不思議と感じなかった恐怖が、今更じわりと汗になって頭を伝う。
     ……自覚した所でどうしようもないのに。
     新の表情の変化に気付いた男たちの行動は早かった。小柄な体から服を剥ぎ、各々欲望をぶつけ始める。抵抗は唯一自由になる口で救けを呼ぶしかない。
    「だ……」
     声を出そうとすれば異物で口を塞がれ、喉まで突かれる。
     動けない、救けも呼べない状態で、いくつもの薄笑いを浮かべた顔に見下ろされる様は悪夢としか言いようがなかった。
    「今更逃げられると思ってんの?」
    「あ……」
     降り注ぐ嘲笑に頭が真っ白になり、抵抗もSOSも何も出来なくなる。
     完全に怯えてしまっていた。
     混乱した頭で、出来る事はただ彼らの下で必死にもがくだけ──そう覚悟した時、
     ぼやける視界を黒い何かが横切った。
     黒い……影?
     しなやかに伸縮する黒い影に絡め捕られ、薄笑いが一つ減り、また一つ減っていく。
     最後の一人は悲鳴を上げ、影に捕らわれる前に慌てて逃げ出す。
    「アンタさ、逃げるならコイツらも持ってってよ」
     その背中に影は容赦なく他の男たちを叩きつける。
     影を纏う男の、この場にそぐわない軽薄な口調には覚えがあった。
    「君大丈……え、新?」
    「…………」
     目を見開いた仁が呼びかける声は大層間抜けに響いた。
     気まずい事この上ない。
     取りあえず向き合ってても仕方ないと察したのか、先に動いたのは仁だった。取りあえずコレ。と自分の着ていたシャツを羽織らせて教室を出て行く。
     まだ頭の整理がつかない。救けてくれたのが仁だとして、あの影は何だったのだろう。
     腰を上げると体の節々に痛みが走る。仕方なくもう一度床に座り込んで膝を抱える。
     程なく仁が帰って来た。
    「うわ、俺のピッタリ。彼シャツか」
    「……誰が誰の彼氏だ」
    「ジョーダンが通じないんだからもー。お前の体操服。ほら」
    「……あ、ありがとう」
     弱った時は人の親切が身に滲みる。それがたとえ仁でも。
     渡しながら仁は目線を横へずらす。彼には一体どんな風に映ってるのだろうか。
     驚くぐらい力が入らなくてズボンに足を通すだけなのに普段の倍、時間がかかった。
    「シャワー浴びた方がよくない?」
    「そうしたいのは山々だが、とても辿り着けそうにない」
     よっと新の体が持ち上がり、易々と仁に抱きかかえられていた。膝下と背中を腕で支え、このまま連れて行こっか? とニヤニヤ笑うこの男はおそらく本気で言っている。それだけは死んでも御免だ。
    「じゃあ背負ってやるよ、それならいいだろ?」
     それでも十分嫌だが妥協して甘える事にした。今日はどうかしている。
    「知ってる? 男は無性にヤりたくてしょうがない時が周期的にくるんだってさ」
    「……初耳だな」
     道すがら突拍子もない事を言われて、仁の肩に乗せた手に力が入った。冗談だったのか肩が上下に揺れている。ちっとも笑えない。
     それっきり沈黙が続き、何事もなくシャワー室に着いた。
     入口には、汚れた制服を洗うのに丁度いい洗濯機が置かれている。
    「俺のシャツ?」
    「洗ってもいいか? 干しておけば朝まで乾くと思うし」
     そのままでいいよと言う彼の言葉に甘えて、シャツを手渡す。
     シャワー室から出ると、祭りにでも行ったのか仁の姿はもうなかった。
     正直歩くのはまだ辛い、このまま少女の探索を続けても捗らず、無為に夜を明かす事になるだろう。いっそのこと保健室で休むのも手か。
     方針が決まると途端に睡魔が襲ってくる、ここから保健室が近いのが幸いだった。



     目を覚ますと暗闇の中で動く影を見つけ、問答無用で引き抜いた刀で突き刺した。少々動きが鈍いが寝起きだし、こんなものだろう。
     同時に飛び退く人影。
    「おまっ……起き抜けに刀振り回すなよ!」
    「何だ君か」
     居るならどうして明かりを点けないんだと仁を睨むが、言葉を濁すばかりではっきりしなかった。
     刀を鞘に納め、電気のスイッチを入れる。
     白い明かりが皓々と灯る中、仁の周りだけがひどく薄暗い。
     彼の影は煙のように黒々と立ち上り、体の周りに纏わりついていた。
    「その影は……」
     彼は答えず静かに片手を振り下ろした。周りでうねっていた影が意志を持って迫ってくる。
     抜き放った刀身でふたつ同時に斬り伏せ、尚且つ迫り来る影の塊を横一直線に薙ぎ払った。
    「あーもう、厄介だなそれ。やっぱりお前に刀持たしたら駄目だわ」
    「君は仁じゃないのか?」
    「さあね、どっちだと思う?」
     姿形は仁にしか見えない。でもこの影は何だ?
     彼は怪異に操られてるのか?
    「ホラ、考え事してっと」
    「……っ!」
    「──捕まえた」
     影に隠れて目の前に現れた仁の腕を危うく斬ってしまいそうになり、振りかぶった刀を無理矢理留めた。
     そんな新の手首を壁に縫い付け、手を付く仁。
     壁に肩が触れて、やっと追い込まれた事に気付いた。
     捻り上げられた手から無常にも力が落ちる。
    「……離してくれ」
     声が震える。この先に起こる事はきっと、さっきの焼き直し。
     男には抑えられなくなる時があると言っていた。あれは予告だ。
     始まるのは一方的な肉体の干渉。物みたいに扱われても何も出来ないあの無力感に打ち拉がれるのは嫌だ。
    「離しても逃げない?」
    「……どうせ逃げられないし」
    「どうしても嫌なら、あの妖刀で斬れば逃げられるかもよ」
    「馬鹿な事を言……コホっ、ゴホ」
    「新?」
     今日は厄日だ、嫌な事が一度に押し寄せて来てそれから逃れられないなんて、意地悪にも程がある。
     次から次へと咳が出て息が苦しい。頭が熱くて、足がふらついた。風邪かもしれない。
     倒れても保健室だから手間が省けていいな。浮かぶのはそんな役に立たない、取り止めの無い事ばかり。
     スイッチが落ちたように真っ暗になって、新の意識は途切れた。



     幼い頃、風邪を引いたらいつも誰かが傍で手を握ってくれていた。母さんは世話を看る事はしないからその誰かは捏造した「誰か」で、実際にはいない筈だった。
     なのに、手のひらにもらった温もりはとても偽物とは思えなくて。
     もし記憶だけの存在じゃないなら、目の前に現れて捏造じゃない本物の「家族」になってほしい。
    「……ちゃん」
    「目が覚めたみたいだが」
    「話しかけんなよ、いるのバレる!」
    「先輩……?」
     新の視線は保健室の天井を見つめていた。
     横には白いベッドに付き添うように警備帽を被った先輩が座ってる。見回り中、無理矢理引っ張って来られたとコップの水を差し出しながら、口をへの字に曲げた。
    「ゴホッ……お忙しい所どうもすみません」
    「構わない。どうやら風邪のようだな、薬を飲んで大人しく寝ていろ」
    「さすがに焼きそばはゴホッ……食べるの無理です……」
     先輩の手には夜店で買ってきたであろう焼きそば。焼きたての麺からソースの香ばしい匂いが立ち上っている。
     食欲が沸かない今は匂いも毒なだけ。
    「薬は何か食べてからでないと胃が荒れるぞ」
    「もっと軽い物の方がよかったな、鈴カステラとかたこ焼きとかさ。やっぱ病人に焼きそばは無理ゲーだって」
    「……話に混じるなら出て来たらいいじゃないか」
    「だそうだ」
     仁、と仕切りの白いカーテンの向こうの人影に呼びかけるが中々出てこようとしない。出て来ないなら来ないで、完璧に隠し通した振りをすればいいのに面倒な奴だ。
     仕方ない。
    「別に怒ってないから……ゴホゴホ」
    「本当に?」
    「コホ……というか鬱陶しいから姿を見せてくれ」
    「ちょいと新サーン、本音ダダ漏れてませんかー? 冷たくされると俺泣いちゃうよ」
    「確かに鬱陶しいな」
    「でしょう」
     結局、何も口にせず薬を水で流し込んで新は一息ついた。
    「やけに疲労しているようだが何かあったのか」
    「ちょっと……言い難いので詳しい事は」
    「そうか」
     先輩は少し残念そうだが、さすがに男に襲われたとは言い難かった。喉の調子が悪いのも、男の一物を突っ込まれたからだと原因ははっきりしたものだ。
    「実はー…」
    「待て。……男だろう?」
    「そーいう世界もあるの。コイツは体も小さいし、十分代わりになるとか思われたんじゃ?」
    「だからと言って……人間の嗜好はよく解らん」
    「欲の形は様々って言うし……で、そいつら探してるんだけどアンタ見てない?」
     ひそひそと声を潜める仁と先輩。二人の話は新には聞こえていなかった。夜明けまで二時間も無いが、うとうとと落ちる目蓋を止められない。
     静かに寝息を立てる新の寝顔を二人は現き込んで、
    「顔はそこそこ、黙ってれば可愛いからなーコイツ。ぶっちゃけ襲う気持ちも解る」
    「そういうものか……やはり俺には解り兼ねんな」
    「怪異(アンタ)と人じゃ感覚も遠く異なるかもねー。それで話は戻るけど」
     仁がその集団の特徴をかい摘んで話し、先輩は横に首を振る。
    「知らんな、祭りに紛れたのかもしれん」
    「そう。ハメ撮りされてたっぽいから念の為消しときたいんだよね、記憶と違ってどうなるか分からないしさ。確認しときたい」
    「ハメ撮り?」
    「行為の最中を、画像や映像に撮られたかもって事ね、新は気付いてなかったぽいけど。ビデオカメラ分かる? 持ってた奴だけでも見つけないと」
    「それくらい分かる。見つけて壊しておこう」
     俺も、と立ち上がりかけた仁を目で制し、先輩は颯爽と風のようにいなくなった。怪異の世界には怪異だ、任せておこう。
     絞った濡れタオルを額に置いて、仁は一人、朝を待つ。
     静かだ。
     祭りは遠くて、ここには喧騒も聞こえてこない。
     多分見つからなくても問題はないだろう、だってここは逢魔ヶ時の世界だから。
     記憶に残らないなら、当然記録に残せる訳がない。
     そう考えるのが自然だ。
     仁の手がポケットを探る。スマホのカメラで適当に保健室の中を撮った。
    「やっぱりね」
     当然のように、何も撮れていなかった。



    「取りあえず一発。それで水に流そう」
    「え、何で俺が殴られる羽目になってんの? ねえ」
    「俺が感じた精神的負担の分だ」
     ベチン、と仁の頬が小気味良い音を鳴らした。両手でサンドとはまた容赦のない事で。
    「いってー!」
    「よし。次はちょっと屈んでから目を閉じて」
    「まだあんの……もー勘弁」
    と柔らかい感触が額に当たる。目を開くと丁度新が離れる所だった。思わず、離すまいと腕を掴む。
    「こっちは感謝の印。……仁、近い」
    「今のもっかい」
    「悪いが、感謝の印は一度だけと決まってる」
    「じゃあ俺もお返し」
    「待てやめろ。それ以上近づい……」
     差を詰められる度、顔が赤くなる新が面白くてどこまで赤くなるのか近づいていく。二人の鼻先が触れるか否かの距離、それが限界だった。
     泣き出す一歩手前の潤んだ瞳に負けて、身を引いてしまった。
    「あはは、真に受けちゃってんの」
    「う……君は紛らわしいんだ」
    「うそ嘘。ありがと、新」
     泣いた鴉がもう笑った。
     これを無意識でやってるんだから、コイツには一生勝てない。

    2014.12
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