喧嘩するほど
「お前って乱暴者だよな!」
「どっちが」
「……何の騒ぎだ」
普段は日も落ちれば静かになる昏い教室が、今日は随分と騒がしい。顔を覗かせる警備帽の少年の目に、二人の少年が両手を組み合わせていがみ合っている姿が映った。傍らには口を挟めないで立ち尽くす白い少女と、床に放り出された魔を祓う刀。
異界に来てまで喧嘩するこの二人は一体何なんだ。助けを求めるような少女の視線に、仕方なく仲裁に入った。
先輩、と新の顔が少年の方を向いた。
「こんな所で何をしている」
「アンタに関係ないだろ」
「何で先輩に食ってかかるんだ、君は」
「だってお前が……!」
「いいから仲違いの理由を聞かせろ」
新の方はすぐに仁から手を放して落ち着いたが、もう片方はイライラと踵を鳴らしている。しずしずと少女が新の側に寄り添った。
「……刀を見せてほしいって言っただけじゃん」
「刀を抜いて見せたら『何か斬ってみたいなー』なんて言い出す危険人物におちおち渡せるか」
「試し斬りくらいいーだろ!?」
「これは怪異を斬る刀だが、もちろん人だって傷つけられる。その上で一体、君は何を斬るつもりなんだ?」
また言い争いを始めた二人を余所に少年は刀を拾い上げ、
「では俺が預かっておこう」
「あっ、ズル! 俺も帯刀したいのに」
「先輩がですか?」
「お前たちの頭が冷えたら返してやる。何か反論はあるか?」
いえ、と新が首を振った。納得いかない仁は恨めしそうに睨んでくるが無理に取り返しはしなかった。
もう喧嘩するなよ、と言い残してパトロールに戻っていく少年。
「行っちゃったね……」
「後で先輩にお詫びしないと」
「先輩、先輩って……お前、あの人にやたら懐いてない?」
「気のせいじゃないか」
「絶対懐いてるって! 怪異だろ、少しは怖がれよ」
「……」
白い少女の肩が落ちる。アンタの事じゃねーからとすかさずフォローが入る所は流石だ。
先輩が怖い? 朴訥とした喋り方や振る舞いが少しおっかない印象を人によっては与えるかもしれないが、新は考えた事もない。
「怪異とか、あの人はそうじゃなくて……」
何だろう、上手く説明出来ない。
「お前危なっかしいからなー…、あんまりあの先輩に気許すなよ」
「少なくとも君よりは信用出来る」
「あんな得体の知れない奴より俺のが下かよ、傷つくわー」
「……友達なのに信用低いんだね」
「そうだね、君は友達はちゃんと選んだ方がいい」
肩を落とし悄げる仁にフォローする者はいない。おずおずと頭を撫でて慰めてくれる少女がいじらしかった。
「何してるんだ、一緒に行かないのか?」
教室を出ようとした新が振り返る。仁は、行かないと拗ねた声を上げてそっぽを向いた。
「一人はさびしいよ、一緒にいよう……?」
「いいよもう、夜明けまで昇降口で待ってるから」
「それで平気なのか?」
「子どもじゃないんだし一人でも……」
「どうにか出来るとでも? 馬鹿言ってないで一緒に行くぞ。離れてると守れない」
新が腕を引く。武器もないのにどうやって。
「守るって、お前が?」
「悪いか? 君より俺の方が動けるはずだ」
「無いわー、いくら何でも俺のがマシだろ」
「なら、君が守ってくれ」
廊下に出て歩いていく新の背中に白い少女が付いて歩く。
散々言っておいて後に上げるのは狡い。計算してやってるならまだいいが、天然ならとんだタラシじゃないか。背中は預けてくれるらしい口振りに、仁の口角がうれしそうに上がった。
2015.1