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    karanoito

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    karanoito

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    モブと始

    彼の話をしよう

     ここで一つ彼の話をしよう。彼は大人しそうな少年に見えた、外見だけはね。実際は他人の為に身を削る、割とアクティブなタイプだった。どちらかと言うと向こう見ずな方の、ね。
    「助けてもらった相手にずいぶんな言い様ですね」
     ストップ。兆候を診たいから普段の口調で会話しようか。はい、仕切り直し。
    「……助けてもらった相手にしてはずいぶんな言い様だ」
     助けてもらったからこの評価なんだよ? 過大も過小もしないが信条だからね。自分の身を省みないで他人に尽くせるのは素晴らしい。それが大多数の意見だろうが、僕は散々だと思うね。
     寂しいと迫ってくる相手を受け入れることが幸福だとでも言うのかい? 優しくすれば自分が破滅させられてもいい? 自己犠牲は尊くて素晴らしいものだと君は思うのかい?
    「自己犠牲は優しさから来るものじゃない、全く違うものだろう」
     いいや、突き詰めればいずれ辿り着く。彼のようなタイプはね自分と他人の境界が実にあやふやなんだ。だから身を削っている自覚すら持たない。
     他人への自己投影なんて碌なものじゃないよ、程々にしないとね。
    「自分は他人との境がはっきりしているとでも言いたげだな。他人を省みない性格にしか見えないが」
     そうだね、彼とは正反対で僕は自己保身の塊だから。親身になってくれない冷たい奴と根っからの評判さ。彼のように人を助けて感謝されることもない、人に縛られない僕は至って自由だ。
    「確かに伸び伸びとしているな。だが、人に関わらないことが自由とは言い切れない」
     いや、ちょっと考えてごらんよ、お願いされた訳でもないのに勝手に人に手を貸し、挙げ句の果てには自己を失う。これの何処が自由だって? 不自由な精神に他ならないじゃないか。
    「奴は犠牲になったとは思っていない、異界に囚われた肉親を助けようとした結果だ。それは家族として当然じゃないのか?」
     僕には親身になる相手はいないから解らないけどね……自己満で助けられた方は感謝すると思うかい? 満足したのは散った彼だけだ。逆に自分を責めるだろうよ、どうしてあいつを助けられなかったんだ、二人で助かる道は本当になかったのか。それが今の君だよ。だから、親しい家族だろうと線引きは絶対に必要だと考える。
    「後悔しているからなんだ? 嘆いて何になる。こんなものあいつが帰って来ないなら何の意味もないんだ」
     堂々巡りだね。君、考えるべきはそこじゃないよ。世界に準じて彼を諦めるか、逆らって取り戻すか。目的を見誤ってはいけないよ。
    「逢魔ヶ時の世界から取り戻す……? そんなこと……」
     まあ無理だろうね。君の話を一から信じるなら、彼はもう存在しない人間だ。現に僕が向こうで出会った彼は「人」じゃなかった。
     あの「彼」が、君の存在(いな)くなった家族と言うのはあくまで僕の仮定だよ、君が話した外見的特徴の一致から判断したに過ぎない。怪異になった彼が君の望む形で帰って来ることはほぼあり得ないと言っておくよ。
    「……だろうな。全てを忘れて過ごすことがあいつの望みだったんだから。ずっと反抗していたが踏ん切りがついた、これでやっと最後に出来る」
     しかし、むこうはアフターケアがなっちゃいないね。君の唯一無二を奪っておいて、今更その記憶が浮き上がってくるとは。随分な扱いだとは思わないかい?
    「あいつとの思い出を浮き上がらせた俺が異端だっただけだろう、プログラムのバグみたいなものだ」
     もしくは……
    「何だ?」
     いや。最後に、これからどうするのか訊いても構わないかな?
     そこで患者の少年は椅子から立ち上がった。
    「もう逢魔ヶ時の世界をさ迷うのは終わりにしようと思う」
     …………そうだね、それが賢明だよ。命あっての物種だ。君との会話は楽しかったけど仕方ない。
    「はい、ありがとうございました先生」
     吹っ切れたように小さな笑みを残して彼はカウンセリングルームを後にした。
     母親が心配する虚言癖、空想癖の類は一向に見られなかった。変えようのない真実に悩み、苦しんでいただけで、彼は至ってまともだった。あの伝承を知らなかった母親が頑なに信じようとしなかっただけだろう。
     ――あちらの世界は怪異の世界。迷い込んだら出られる保証は、ない――
     病んだ少年が訪れた病院に、逢魔ヶ時の世界を知るカウンセラーがいた。これが偶然かどうかは分からない。
    「むこうでも息災でね、逢坂くん」
     カルテに書き込みながらカウンセラーが呟いた。この診察を最後に、世界から一人の少年が人知れずいなくなった。それに気づいた者は誰もいなかった。

    2015.2
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