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    karanoito

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    POIPOI 207

    karanoito

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    鬼×新

    届かなかったモノローグ

    「何故助けた」
     怒りと悲しみが入り混じった少年の声は震えて当然だと言えた。そんな人を蔑ろにした行為が許される筈がないと拳を握り締めて、鬼の怪異を非難する目を床に落とす。
     まだ仲が険悪ではなかった昨日は邂逅が短すぎただけで、火種は既に転がって点火の機会を窺っていた。
     少年の姿をした怪異が見せたスマホの画面、そこには眠ったままの少年が赤裸々に暴かれる。一部始終余すことなく映し出された動画が流れている。手を出した本人による撮影は悪趣味としか言いようがない。意識がない体を弄んだばかりかそれを映像に残して、少年が怒るのも無理はなかった。
     それはどうしたんだ、と尋ねる少年に、拾ったんだと堂々と嘘を吐く。
    「何でこんな……」
    「保険だよ。こうしとけば簡単に逃げられないだろ? アンタが兄貴放って逃げたりはしないだろうけど、念の為」
     いくら逃げられないようにとは言え、何の興味のない人の体を抱いてまで引き止める事なのか甚だ疑問だ。少年の手の中で再生される動画は、まるで自分とは程遠い少年が身じろいでいる。
     晒された体も快楽に喘ぐ声も別人にしか思えなくて躊躇ってしまう。他人から見た姿はひどく小さく見えた。
    「寄越せ」
    「全てが終わったらちゃんと消すから安心しろって」
     それまでこんな恥を残せと言うのか、冗談じゃない。携帯に伸ばした少年の手が空を切ったその時、
     ──愛してると、少年じゃない声が微かに混じった。
    「は?」
    「げっ、止めたのに何で入ってんだよ」
     目隠しをした鬼の少年が初めて動揺した、その隙に少年の手が四角い物体をもぎ取った。
     恐る恐る画面を覗いた先には、少年の肩を抱き、愛おしく髪を梳きながら恥ずかしい台詞を囁く怪異の姿。さながらドラマも真っ青なワンシーンに、思わず手から落としそうになる。
     しばらくして録画が止まり、辺りに気まずい静寂が漂う。
     これは一体……顔を上げた少年と目が合った鬼は顔を真っ赤に耳まで染め上げて、視線を逸らした。
    「……今の」
    「いや、違うんだって! これは手違いってか……うん、誤解だから!」
    「客観的に見てかなり本気に見えたんだが」
    「だからー……もう、何でこうなるんだよ、有り得ないだろ……」
    「つまり何だ、どうせ聞こえないからと俺に囁いたのは全部、君の本音と言う事か」
    「あーそうだよ」
     観念した少年がか細い声で頷いた。あー、もうマジ信じられねー、と泣きそうなんだか不貞腐れたんだか分からない口調で頭を抱えるが、こっちだって信じられない。最初はともかく、最後の抱擁からは少年を思う気持ちが白熱して、痛いくらい伝わってくる、あれを演技だとするならまさしく迫真の演技だ。
     会ったばかりの人物にどうしてここまで入れ込めるのか、それとも何処かで彼と会って忘れてるのか、考えても見当も付かない。
    「済まないが君と何処かで会った事が」
    「ないよ、昨日が最初」
    「……会って数十分であれ?」
    「うん。だってさあ、出会い頭にもう好きでしょうがなくて、抑えられなかったんだって。信じられる? こっちが聞きたいくらいだわ」
     はあ、頭を抱えた端から溜め息が零れ出る少年に少年は目を丸くする。自分より年上に見えていた長身が今や年下にも見えて、少し微笑ましい。
     それでも彼の行った事は許されない恥ずべき行為だ。そう告げると素直に頭を下げた。
    「おかしいって解ってはいたけど、お前見た時、会いたい奴にやっと会えた感動つーかそういうのがこみ上げて来て……怪異が人間みたいに喜ぶなんて変だよなあ」
     臆面もなく面と向かって言われると照れてしまう。気付いた鬼が焦って顔を背けた。
     立ち止まってる場合じゃないのに一歩も動けないで携帯を胸に抱き締める。
     削除するから貸して、と手渡す前に少年の指が画面に触れ、もう一度流れ始める動画にそっと耳をすませた。
    「いや、恥ずいから返して」
    「俺の方がもっと恥ずかしい目に遭ってる」
    「ごめんって」
    「許さない」
    「それは分かってるけど」
    「反省してるなら、君の口から直に聞かせて」
     これ、と画面を向ける。三十分を過ぎた辺りから始まった甘い抱擁を再現しろと、少年の目は見上げる。
     罰ゲームかこれは。目隠しの下で目を閉じ青年が逡巡する。
     拒否したら実行するまで動画を再生しかねない、その危険性に比べたら一時の恥として掻き捨てた方がまだマシだと気付いた。
    「……やっと見つけた。ずっと会いたかった」
     音声と肉声が重なってステレオに流れる、静寂が破れて時が巻き戻る。
    「ずっと触れたくて堪らなくてさ、乱暴にしてごめんな。痛かっただろ」
     少年の肩を抱き寄せ、髪を梳く。それをじっと見上げ、肩に頭を預ける。
     目頭が熱い、涙が出そうになる。
    「お前の事ずっと気になってた、けど言えなかった。寂しいから錯覚してるだけだって誤解されたら立ち直れないし」
     彼の言葉は何処か懐かしく胸を打つ。こんな風に触れ合える友人が本当にいるかのように錯覚させる。
    「お前は俺の事見てないの知ってたから、もっと大切な誰かをずっと追い求めてたから、傍にいてくれなんてとても言えやしなかった」
     まるで以前からの知り合いのように鬼の独白は続く。彼は知っていた、少年の本当の望みが何処にあるのか。だから黙ったまま息を引いた。
    「でも駄目だったな、やっぱり忘れる事なんか出来なかったわ。しつこい男は嫌われるってーのにさ」
     頼に伸びる少年の手に伝い落ちる一滴の涙、拭う事なくそれは手のひらに溶けていく。
    「遠く離れても、ずっと、お前を愛してるよ」
     流れるように二人は唇を触れ合わせた。



     削除完了っと投げ渡された携帯から動画は綺麗に失くなっていた。自分の物じゃないんだが落とし物に届けた方がいいのだろうか。
    「もう持ち主のデータも残ってないしお前持っとけば? 失くした奴ももう忘れてるし、その内壊れるから」
    「そうか、壊れるのか……」
    「それが逢魔ヶ時の世界だから。出入りは自由でも在り続ける事は出来ない、形あるものはいずれ消えて無くなる」
    「君たち怪異もか?」
    「それは知らない。誰かがいなくなっても俺らは気付かないからな」
     知らない内に誰かが消えて、何処からともなく知らない誰かがやってくる。逢魔ヶ時の鳥居を越えて。
     そして誰も彼も分からなくなる。
    「じゃ、お前の演技に期待してる。頑張ってな」
    「ああ。先ほどの君ぐらいはこなしてみせるから」
    「……それ言うなよなー」
     少年は大切な人を迎えに最後の祭りへ赴く。ほんの少し心を通じ合わせた怪異との約束を守る為に。

    2015.2
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