初恋は異界と共に
ジャーン、と効果音が聞こえてきそうな勢いで橋本が数字の書かれた割り箸を取り出した。
「王様ゲームやろうぜ!」
「げー、男四人ですんの?」
「……王様ゲームって人に命令出来るアレか?」
「それだな。橋本はいつも突拍子もなく言い出すから困り者だ」
腕を組む貴文に新も納得して見守る。そろそろ丑三つ時になろうかという時間帯にゲームの提案をする彼は、まだまだ休む気はないらしい。肝試しを経て仲良くなった四人での待望のお泊まり会に、橋本のはしゃぐ気持ちは解らないでもない。徹夜で遊べるのも学生の内でしかないのだから満喫すべきだと思う。
「どうせやるなら賭け麻雀とかさあ」
「仁が勝てば命令出来るじゃん麻雀」
「それ趣旨変わってなくね? 別にいーけどね、用意してないし」
「じゃ始めよーぜっ」
橋本お手製の割り箸を一本手に取り、新は先端に書かれた数字を見る。数字の代わりに、パック詰めの食品によく見られるトゲトゲした仕切りに似た絵が書かれていた。飾り(?)も付いているしこれは多分王冠だろう。
つまり王様を引いたと。
「王様、だーれだっ?」
「……多分俺だ」
「多分て何だよ……ああ、うん納得」
「コイツは絵心が無いからな」
「お前らヒデー、何だよ色まで塗ったのに」
「命令か……1が2に善哉を食べさせる、とか?」
最初だから適当に指示して経過を見守る事にした。
「何故に善哉」
「コンビニ売ってっかな」
「橋本、餅と小豆あるー? あと砂糖と……材料何だっけ」
「なに、仁手作りすんの? わりー、うち餅も小豆も無いわ」
「何も作ってまで」
「そうは言うけど、菓子しかストックねーし、買うか作るかしかないじゃん?」
真剣に話し合う橋本と仁に、貴文の眉間の皺が深くなる。問題がどうやって善哉を用意するかにすり変わってしまった。命令も中々難しい。結局妥協してコーラを飲ませるになった。
「王様、誰だー」
「あ、俺ー」
仁が手を上げた。何だか嫌な予感がする……悪戯に余念を欠かさない仁の事だ、絶対何か用意してる。
新の持つ割り箸は1、三人しか居ないので安全圏はたった一人だ。このゲームは人数が少ないと分が悪い。
「3が女装して1と躍る」
「ちょっ……何だそれは!?」
「貴文が3かー、1はー?」
「俺……」
だけど橋本の部屋に女性の服があるとは思えない。が、仁がもちろん無理なお題を出す訳もなく、鞄の中からチャイナドレスを取り出した。これがまた貴文のサイズにピッタリで、泣く泣く二人でフォークダンスを躍った。
「3が2とキス……だけじゃ無難に逃げられるから、跪いて爪先にキスな」
「仁の鬼! 悪魔!」
「男しかいないのにそういう命令はどうなんだ……」
「王様の命令は絶対。何なら手本見せてやろーか?」
「何故こっちを見るんだ。近づくな」
「いて、踏む事ねーじゃん。新の乱暴者ー!」
「王様ー」
「俺か。そうだな…………」
「…………。貴文の命令だってエグいじゃん」
「横暴だー!」
「……宿題を一つ終わらせることがそんなに嫌か」
「いいんじゃないか? どうせ後でするんだし」
「次は俺が王様か」
「今度は何来るかな~」
「新の命令だけが癒しだからな」
「…………じゃあ1が3にメイクする」
「お、捻ってきた。メイク道具どうすんの?」
「舐められてるみたいだからな。道具は君が持ってるんだろう? その鞄の中に」
「よっしゃ任せろ! 3誰?」
「げー、橋本が1かよ」
「何故仁がメイク道具を持ってるのか気になるのは俺だけか?」
「王様、だーれだ」
「お、また俺」
「なに、仁ばっかズルー」
「言い出したのはお前だろう」
「今度は?」
「2が1の女装を手伝う」
「それ一緒じゃん、ノーカン」
「さっきのは躍ってみただろ、今度は女装してみた」
「女装は同じじゃん。とにかく同じ命令は駄目」
「駄目かー。せっかく全員に似合いそうなの揃えてきたのに、メイク道具も借りてさ……なぁ新、ちょっとこれ着てみない?」
「斬っていいか?」
「本気の目やめて! 怖いから」
様々な命令が飛び交い、阿鼻叫喚(主に仁のせい)の王様ゲームも終わろうとしていた。最後に橋本が布団に潜って、王冠の割り箸を掲げた。
「ラストは俺ー。みんなで初恋の人の話しようぜ」
「いいねー、お泊まり会に恋バナは定番だしな」
「そういうものか」
「そういうものらしい、中学の修学旅行でも話していたな」
誰から話す? と期待のこもった目を向けられても、新にはそういう話が出来る華やかな過去がない。千隼と別れてから今まで引越を繰り返し、初恋に心を割く余裕はこれっぽっちもなかった。自分には常に何かが欠けていた。大切な何かが確かにあったのにそれが分からなくて、埋めることも出来ずに穴は空いたまま。
とは言え、何か話さないとこのゲームは終わらない。何でもいいから、話を。
俺、先に話していい? と仁が手を上げた。
「小学生の時、高校の文化祭に行ったんだけど閉じ込められちゃって、そこで俺一人泣いてたんだよ」
「随分と物騒な始まりだな」
「いや、来場時間過ぎて居残ってた俺が悪いんだけど、何か校舎の様子おかしいんだよ。外に出る扉開かないわ変な声聞こえてくるわで、もう怖くって」
「あれ、怖い話になってね?」
「その高校ってもしかして」
「そ、うちの高校だよ。知らない内に逢魔ヶ時の世界に迷い込んでたんだ。でも小学生の俺にそんな事分かる訳ない、誰もいない廊下は死ぬほど不気味で、暗がりからいつ何が飛び出してきても不思議じゃなかった」
新には、彼の言う小学生くらいの男の子に覚えがあった。だとすると白い少女が初恋だったのか。
「そしたら声かけられたんだ、同じくらいの年の子たちに。白い女の子と警備員の帽子被った子が並んで立ってた。どうしたのって一言にすげー安心したの覚えてる」
「ようやく初恋の子が登場か」
「迷子になった時独りだと妙に心細いもんなー、よかったよかった。それからその二人と?」
「不思議な祭りに連れて行ってくれてさ、朝まで三人で一緒に遊んでた。楽しかったな」
「終わりか。それでどっちが初恋だったんだ?」
「えっ?」
「何で新が驚いてんの」
突いていた頬杖から思わず落ちそうになった。白い少女はともかく、もう片方は男だから考えるまでもないだろうと思っていたから。
橋本と貴文は男女の二人組だと気づいてないようだ。そう言えば、仁は一言も男の子とは言わなかった。
「いや、警備員の帽子の子は男だと思ってたから」
「あ、そっか。仁だから二人共女の子だと思い込んでた」
「どういう意味だよ、当時小学生だぞ」
「だったら女の子は一人か」
「ノーコメントで。どっちにしろ人間じゃなかったしな」
「結局そういうオチか」
「恋バナ聞いてたはずがやっぱり怖い話になってた……」
期待していた橋本ががっくりと項垂れる。彼には悪いが胸を撫で下ろしてしまった。
その後、橋本の近所のお姉さんの話や貴文の同級生の女の子の話を聞いたりしている内にカーテンのむこうが明るくなっていた。
口数が少なくなり誰からともなく眠りにつく中、隣から潜めた声が囁く。寝返りを打つと仁がこっちを向いて微笑っていた。
「あの時は助かったよ、ありがとな」
「……あの時って?」
「しらばっくれるならそれでもいーけど。りんご飴好きな警備帽の怪異くん?」
「俺は怪異じゃないぞ」
「今はな。でも匂いですぐ判ったよ、お前から異界と同じ匂いするんだもん。俺、そういう鼻はよく利くんだよ」
「……それで? 俺が警備員の子だったら何なんだ」
「何も。ただ礼が言いたかっただけだから」
「そうか」
仁から視線を逸らして仰向けに寝転がる。本当にありがとな、とうれしそうに微笑む顔が子どもの頃に見た笑顔と被って、胸が落ち着かない。
りんご飴が無性に食べたくなった。
2015.2