密室の中でフラグは立たずとも
たまたま乗り合わせたエレベーターの中で君と二人閉じ込められるとか運が悪い。とでも思ってるのか、不機嫌に黙り込んだ新の口から小さくため息が漏れた。アクシデント中、必ずと言っていいくらいエレベーター内の緊急連絡用の電話は通じなくなるあれ何なんだろうな。外と連絡が取れなくなる展開はお約束と言うか、最早様式美と化しているのでは。
まあ携帯があるからいいけど、と仁はポケットに手を伸ばす。
「あれ?」
「どうかしたか」
「やべー、携帯落とした……?」
「……何のための携帯なんだろうな」
「屋外紛失物No.1嘗めんなよ! 携帯軽いから落としても気付き難いんだって……お前は持ってないんだっけ?」
「確かに携帯を持ってない俺が言えた義理じゃないな、すまない」
持たないのは個人の主義だし、それは構わないんだけど。そうすると自然復旧待ちかー…
視線を隣にやると何故か新の姿が遠い。隅の方に移動していた。
「……お前何でそんな端っこにいるわけ?」
「隅が落ち着くんだ」
「俺から距離離してる風にしか見えないんだけど。ちょっ、何で目逸らすんだよ、図星か! 傷つくっての」
気のせいだろう、とカバンから文庫本を取り出して彼はそのまま暇潰しに入った。密室空間で一人の世界に入られるとバリアー張られてるみたいで近づき難いな……手持ち無沙汰に仁は床に座り込む。
特に会話もしないで復旧を待ち続けてどれくらい経ったのか、片隅で膝を抱える新が寒そうに腕を抱いているのに気が付いた。動力が止まってるせいか箱の中はかなり冷え込んでいる、通りで肌寒いと。
「大分寒くなってきたな……見て、息白くなってきた」
「ああ、寒いな」
「近くにいた方が温かいんじゃない?」
「やっぱり寒くない」
壁に向かって顔を背ける新。何でこんなに嫌われてるんだかな……彼に一歩近づくとそれに合わせて距離を取られる。グルグルと二人だけのエレベーターで内周を回り始めた。
果たして彼の腕を掴むまで何周したことか。
「おま、余計な体力使わせるなよ……」
「体は温まったがお陰で疲れた」
「お前が逃げたからだろ」
「君が追いかけてくるから」
壁を背に二人並んで座り込んで、下らない口論をぶつけ合った後、一息ついた彼の手甲に手を乗せた。指を絡めて握る。今度はもう逃げなかった。
「……これだから君に近づくのは気が進まないんだ」
「だってさエレベーターの中で二人だけなのに、無視されると寂しいじゃん」
「別に無視はしていない」
「逃げたのに?」
「だからあれは……」
また堂々巡りに入ろうとする唇を口で塞ぐ。繋いだ指が震えて動揺が伝わってくる。握ったままの手のひらを壁に押し当てて、強く吸い付く。舌を差し入れる際、小さく開いた新の口から漏れる熱い吐息。
「ちょっと待て、監視カメラが……」
「このビルにエレベーターいくつあると思ってんだよ、金かかり過ぎて一基一基付けてられないって。精々フロアに数台あるかないかだろ?」
「ないからと言ってこんな場所ですることじゃない」
誰も見てないなら場所なんて大した問題じゃないだろうに。空いた右手をピーコートの背中に回し、細い腰を撫で上げる。身じろぎする体は壁と仁に行く手を挟まれて。
首に巻かれたマフラーを緩め、首筋に舌を乗せた。
「……っ、だから駄目だと言……」
「誰もいないから大丈夫だって。少しだけだから。な?」
大丈夫じゃない……っ、と身を竦める新の目には涙が浮かんで、でも無理に押し留めようとはしない。コートのボタンを外し、広げたシャツの襟から鎖骨が顔を覗かせる。
「――本当にする気か?」
「新は俺とするの嫌?」
「…………嫌じゃない、けどこんな所で」
「こんな所だからいいんじゃない? 滅多に出来ないレアケースなのにさ、ヤらないのは勿体ないって」
「……この色情魔」
「とか言って期待してたり?」
してない、とそっぽを向いた頬は赤く照れていた。抱き締める腕に力がこもる。赤くなった耳が恐々と振り向きかけた瞬間、ガクンと箱が揺れて――
それからすぐにエレベーターは復旧して、結局それっきりになったんだけど。
短い逢瀬の別れ際に、また今度なって声を掛けた俺に新は何とも言えない顔をしていた。
2015.3